●平成16(ワ)22343損害賠償等請求事件「スピーカ用振動板の製造方法

  本日は、『平成16(ワ)22343 損害賠償等請求事件 特許権 民事訴訟「スピーカ用振動板の製造方法」平成19年10月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071101144604.pdf)について取り上げます。


 本件は,スピーカ用振動板の製造方法の特許権を有する原告が,被告において使用しているスピーカ用振動板製造方法について特許法65条に基づく補償金や、民法709条に基づき実施料相当額の逸失利益等の損害の支払を求めたのに対し,被告は原告が発明者であることを争うとともに,被告の用いる製造方法は特許発明の技術的範囲に属さない,先使用権を有すると主張し,さらには損害額についても争い、損害賠償が認められた事案です。


 本件では、原告の本件特許出願前に被告がその発明に係るスピーカ用振動板の製造方法を発明や実施をしていたため、特許法第79条の先使用権の3つの成立要件のうち、「イ 先使用発明の完成」と、「ウ 発明知得経路の別個独立性」とは認められたものの、3つ目の「エ 事業の実施又は事業の準備」の要件を満たさず、被告に先使用権が認められなかった点で、特許実務上、すなわち他人の本件特許発明の出願前に自ら同一発明を完成し実施していたとしても事業の実施又は事業の準備が客観的に認められなければ、先使用権が認めらない点で、非常に参考になる事案かと思います。



 つまり、東京地裁(第29部 清水節 裁判長裁判官)は、


『エ 本件発明の出願等の経緯


 本件発明は,平成13年10月5日に特許出願され,平成15年4月18日に出願公開された(甲1,2)。


 Bが開発を進めた本件方法は,平成14年8月には本格的に,それに係る振動板の生産が開始されるに至ったが,Bは,開発を開始した平成13年6月当時,本件方法と同一内容の本件発明が既に原告により発明されていたこと,原告が本件発明について特許出願を行う予定であることを,所属していた被告開発部の者に話すことはなく,その後,本件発明について特許出願されたことも,同様に,Jを始めとする開発部員に話すことはなく,上記出願から1年程度経過した,平成14年秋ころになって,開発部長であったCに,本件発明の発明者が原告であって,原告による特許出願がされたことを伝えた。Cからその旨を聞いたJは,被告先行発明の存在により,本件方法は公知のものであり,それによって本件発明が特許登録された場合でもこれに対抗できるものと考え,同対応方針をCに伝えるなどした(証人C28〜29頁,証人J28〜30頁)。


 被告内では,特許の公開公報を,公開後およそ1か月以内に社内で回覧しており,Jを含めた被告従業員は,本件発明の出願公開後程なくして,公開公報により本件発明の内容を知った(証人B17頁,証人C15頁,証人J12〜13頁)。


(2) 検討


 以上の認定事実に基づいて,被告において,先使用権を有するといえるか否かについて検討する。


ア 先使用権の成立要件


 先使用権とは,特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし,又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者が,その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において取得する法定の通常実施権であり(法79条),その成立には,先にした発明(以下「先使用発明」という。)が完成していること,発明知得の経路が当該特許出願に係る発明と別個独立であること,事業の実施又は事業の準備をしていることが,それぞれ要件となる。


イ 先使用発明の完成について


 上記(1)ア(ア)及び(イ)のとおり,被告従業員であるHは,平成9年10月ころまでには,被告先行発明を完成させており,同発明の内容は,本件発明と同一であるから,本件発明の特許出願前に,先使用発明は完成していたと認められる。


ウ 発明知得経路の別個独立性


 上記(1)ア(ア)及び(イ)のとおり,平成9年10月ころまでには,先使用発明は完成し,被告内で,先行発明等を調査し,進歩性等を欠くことから特許要件がないとの理由で特許出願を行わないとの判断をしたのであるから,その経緯にかんがみれば,被告における先使用発明の知得は,本件発明とは別個独立になされたものと認められ,特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をした者(被告従業員)から知得したということができる。


エ 事業の実施又は事業の準備について


 法79条にいう「事業の準備」とは,「特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が,その発明につき,いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていること」を意味するものと解され(昭和61年最高裁判決),即時実施の意図を有すること及び即時実施の意図が客観的に表明されることが必要とされる。


 被告は,本件展示会に,被告先行発明によって製造された多層構造振動板を用いたAVタワーを出品したことをもって,被告先行発明による振動板製造の事業の実施の準備がされた旨主張する。


 しかしながら,本件においては,以下のとおり,被告先行発明の即時実施の意図の存在又はその意図の客観的表明の,いずれについても,これを認めることはできない。


 すなわち, AVタワーについては,上記(1)ウ(ア)のとおり,平成13年10月2日から同月6日まで開催された本件展示会に出展されており,AVタワーに使用されたスピーカの技術は特許出願され,AV タワーの意匠についても,意匠登録出願をする予定で,新規性の例外証明書を得た上で登録出願されているのであるが,本件展示会出展までに又は本件展示会において,受注に向けた具体的な商談がされた事情などは認められず,最終的に,商品化されずに終わったものである。


 そして,AVタワーに使用された振動板は,上記(1)ウ(ア)のとおり,実験用の手漉き抄紙機を用いて製作されたものである。そして,AV タワーに実際に用いられた振動板に限定せず,Bが進めていた本件方法により製造された振動板全般についてみても,上記(1)イ(ウ)及び(オ)のとおり,平成13年6月ころから,ソニーに試作品を供給して評価を得るなどの活動が進められていたが,受注に結びつくような具体的なやりとりまでされた事情は認められず,結局,平成14年2月ころまでソニーに対する営業活動を行ったが,採用されるには至らなかったものであるし,最終的に商談が成立したアルパインについては,試作品を提供するなどの営業活動が開始されたのが平成13年11月受注の内示を受けたのが同年12月であり,本件発明の特許出願時(同年10月)には,事業実施の方針が明確にされていなかったと考えざるを得ない。


 また,仮に,上記の事情をもって即時実施の意図を肯定することができるとしても,上記(1 )ウ(イ)のとおり,被告内で自動抄紙機の開発を目的とするプロジェクトが立ち上げられたのは,平成13年12月であり,それまでの間に,量産に対応できる抄紙機の調達や開発などが行われていたとは認められないのであるから,本件発明の特許出願時において,客観的に,事業実施の方針が表明されていたとはいえないものと解される。


オ まとめ


 以上から,本件において,被告が,先使用権を有するとは認められない。 』


 と判示されました。


 特許法79条の先使用権は、事業設備の保護が目的ですので、たとえ他人の特許発明より前に自ら同一発明を完成していても、その他人の特許発明の出願より前に、事業や事業の準備をしていなければ、認められない、という点に注意しておかないといけませんね。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 なお、本件は、8/9の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20070809)に取り上げた、
●『平成17(行ケ)10775 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「スピーカ用振動板の製造方法」平成18年12月07日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061208152230.pdf)と関連する事案のようです。


こちらでは、プロダクト・バイ・プロセス・クレームによる特定が許されるのは,当該発明の対象となる物の構成を製造方法と無関係に直接的に特定することが,不可能ないし困難である等,その物の製造方法によって物自体を特定することに合理性が認められるような例外的な場合に限られる等、と判示しています。



 追伸1;<気になった記事>


●『岩崎電気とフィリップスの特許侵害訴訟は連邦地裁に差し戻し(CAFC)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2131
●『Wi-LAN社,無線LANの特許侵害でAppleIntel東芝ソニーら22社を訴える』http://www.nikkeibp.co.jp/news/manu07q4/550629/
●『日本企業のもつ特許権を海外へ有効活用』http://www.bizmarketing.ne.jp/colview/o_colview.php?cid=1192751969
●『米国で特許・技術開発が盛んなトップ5州を米民間財団が発表(EMKF)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2126