●平成18(行ケ)10509 審決取消請求事件「中間鎖分岐界面活性剤」

  本日は、『平成18(行ケ)10509 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「中間鎖分岐界面活性剤」平成19年10月11日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071012110548.pdf)について取り上げます。


  本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟であり、その請求が棄却された事案です。


 本件では、旧特許法36条6項1号の特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものといえるか否かが争点になっており、この点で参考になる事案です。


 つまり、知財高裁(第2部 中野哲弘 裁判長裁判官)は、


2 旧36条6項1号の要件充足性について


  審決は,本願発明は,旧36条6項1号の要件を充足しないと判断し原告は,審決の上記判断が誤りであると主張するので,この点について検討する。


(1) 本願における特許請求の範囲の請求項1(第1次補正及び第2次補正後のもの)は,前記第3,1,(2)のとおりである(当事者間に争いがない。)


(2) 一方,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本願明細書(甲1)には以下の記載があることが認められる。


 ・・・省略・・・


(3) 上記(2)認定の本願明細書の記載によれば,本願発明は,洗濯及びクリーニング組成物,特に顆粒および液体洗剤組成物に有用な中間鎖分岐界面活性剤の混合物に関するもので,特に低い水温洗浄条件を使う洗濯プロセスに用いられる洗剤組成物向けで,他の界面活性剤との処方にも適するものを提供しようというものであること(上記(2)ア),本願発明の背景には,慣用的な洗浄界面活性剤は,典型的には,約10〜約20の炭素原子を通常含むアルキル,アルケニルまたはアルカリール疎水性部分に結合された,カルボキシレート,サルフェート,スルホネート,アミンオキシド,ポリオキシエチレンなどの親水基からできているところ(同イ(ア) ) ,疎水性物質の炭素鎖の中心の方で分岐を有する界面活性剤は,かなり低いクラフト温度を有することが明らかとなっており,このような界面活性剤は,特に冷却または冷水洗浄条件下(例えば,5℃〜20℃)で使用上好ましいことが判明していたが(同 (イ) ) ,他方,直鎖アルキルサルフェートは,アルキルサルフェート界面活性剤の中で最も汎用され,最も入手しやすいものの,特に低い洗浄温度傾向のために重大なクリーニング性能面の制限を有していること(同(ウ) ) ,また,分岐がアルキル疎水性部分の中心の方に2‐アルキル位から移動すると,クラフト温度が低下するという観察があるものの,慣例および公開文献の双方によると,中間鎖領域における分岐の望ましさについてあいまいであること(同(エ))といった事情があるなどからして,分岐アルキルサルフェートで更に改善させる開発においてどの方向に向かうべきかが直ちにはわからない(同(オ))といった背景があったこと,そのため,洗濯洗剤用界面活性剤の開発および処方業者は制限された(ときには矛盾した)情報から様々な可能性を考え,界面活性剤の複合混合物の存在下における性能,低い洗浄温度の傾向,ビルダー,酵素およびブリーチを含めた処方の違い,消費者の癖および習慣の様々な違い,および生分解性の必要性を含めた様々な基準のうち1以上で全体的改善を行えるように奮闘しなければならないとの状況下にあったこと(同(カ) ) ,これらを踏まえて,本願発明の目的とされたものは,低い使用温度で大きな界面活性力,水硬度への抵抗性の増加,界面活性剤系で大きな効力,布帛から脂肪または体汚れの改善された除去性,洗剤酵素との改善された適合性などを含めて,1以上の利点を有するクリーニング組成物を提供すること(同(ク))であると認められるが,本願明細書上,本願発明の低水温洗浄性及び生分解性に及ぼす効果についての言及は,実施例23に「得られた組成物は,標準布帛洗濯操作で用いられたときに,優れたしみおよび汚れ除去性能を発揮する,安定な無水重質液体洗濯洗剤である。」との記載(上記(2)コ(オ))があるのを除き,見当たらない。


(4) ところで,旧36条6項は,「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している(以下「明細書のサポート要件」という。)。


  特許制度は,発明を公開させることを前提に当該発明に特許を付与して一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。


  旧36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。


 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。


 そこで,上記の観点に立って,以下,本件について検討する。


(5) 本願発明の目的は,上記(2)及び(3)に述べたとおり,低い使用温度で大きな界面活性力,水硬度への抵抗性の増加,界面活性剤系で大きな効力,布帛から脂肪または体汚れの改善された除去性,洗剤酵素との改善された適合性などを含めて,1以上の利点を有するクリーニング組成物を提供する点にあると認められ,これに生分解性に関する上記(2)イ(カ)の記載を併せ考慮すれば,本願発明の解決すべき課題に低水温洗浄性及び生分解性が含まれることは明らかであるから,発明の詳細な説明には,本願発明がこれらの性能において有効であることが客観的に開示される必要があるというべきである。


 この点,上記(2)のとおり,本願明細書上,具体例として例?〜例?,例1〜例25が挙げられているところ,このうち例1〜例8(上記(2)コ(イ))は置換基Bがサルフェートである化合物の実施例であり,例17〜例22 同((ウ))は置換基Bがエトキシレートである化合物の実施例であるから,いずれも本願発明1における置換基Bの要件を満たさず,本願発明1の実施例ということはできない。他方,例?〜例?は,置換基Bがサルフェート及びアルコキシル化サルフェートである化合物の合成方法が記載されており,置換基Bの要件は満たすものの,それを洗剤界面活性剤組成物として使用した場合の性能については何も記載されていない(上記(2)オ)。また,例9〜例16,例23〜例25は,いずれも置換基Bがアルコキシル化サルフェートである化合物の実施例であり,置換基Bの要件は満たすものの,例23を除いては成分の配合例が記載されるだけであって,低水温洗浄性及び生分解性に及ぼす効果についての言及がない(上記(2)コ(エ),(カ))。さらに,例23については,その非水性液体洗剤の組成としては「MBAES」と記載されているだけである(同上)。この「MBAES」は,中間鎖分岐一級アルキル(平均総炭素=z)エトキシレート(平均EO=x)サルフェート,ナトリウム塩の略である「MBAExSz」(上記(2)コ(ア))を指すものと解されるが,本願明細書(甲1)には「(3)中間鎖分岐一級アルキルアルコキシル化サルフェート」(33〜40頁)において多数の化合物が例示され,「中間鎖分岐界面活性剤の製造」(40〜56頁)の例?〜例?において「中間鎖分岐一級アルキルアルコキシル化サルフェート」に該当する具体的な化合物の製造方法が記載されており,例23の「MBAES」の記載だけでは,例示された上記の化合物のいずれに該当するのか不明であって,その構成元素化学構造式などの具体的な技術的事項が不明であるし,ひいてはこれが本願発明1の化合物の要件に合致する化学構造を有するものであるのかも不明といわざるを得ない。また,例23の洗剤界面活性剤組成物の性能については「得られた組成物は,標準布帛洗濯操作で用いられたときに,優れたしみおよび汚れ除去性能を発揮する,安定な無水重質液体洗濯洗剤である。」(上記(2)コ(オ))との記載があるものの,この記載からは低水温洗浄性及び生分解性に関する具体的な評価を導くことはできない。


(6) 以上述べたところに照らせば,本願発明の詳細な説明には,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が本願発明1の組成物が発明の課題である低水温洗浄性及び生分解性を解決できるものであると認識できるに足る記載(旧36条4項参照)を欠いているといわざるを得ない。


 そうすると,本願発明1の特許請求の範囲の記載を引用して成る本願発明2ないし4及びこれらを更に引用して成る本願発明5ないし9についても,本願発明1と同様に解すべきことになる。


 したがって,本願発明に係る本願明細書の特許請求の範囲の記載は,旧36条6項1号の規定に違反するというべきであるから,これと同旨の審決の判断に誤りはない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸1;<気になった記事>

●『ITC、Seagate東芝子会社を特許侵害の疑いで調査』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/12/news070.html
●『米ITC、HDD特許巡り東芝など調査へ 』http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20071011AT2M1100G11102007.html
●『米国際貿易委員会,HDD特許侵害の疑いでSeagate,HP,Dell東芝子会社などを調査』http://www.nikkeibp.co.jp/news/it07q4/548007/
●『Linux ベンダーが初めて特許訴訟の被告に』http://japan.internet.com/webtech/20071013/12.html
●『USPTO Publishes Examination Guidelines for Determining Obviousness in Light of the Supreme Court’s KSR v Teleflex Decision』http://www.uspto.gov/web/offices/com/speeches/07-43.htm
●『リスクモニタリングサービス「e−マイニング」関連の特許取得に関するお知らせ』http://japan.cnet.com/release/story/0,3800075553,00022724p,00.htm