●平成18(行ケ)10247 審決取消請求事件「シリカ系被膜形成用組成物

 本日は、『平成19年07月25日 知的財産高等裁判所 平成18(行ケ)10247 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟シリカ系被膜形成用組成物,シリカ系被膜及びその形成方法,並びにシリカ系被膜を備える電子部品」平成19年07月25日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070725162844.pdf)について取り上げます。


 本件は、原出願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された発明の一部を分割して新たな特許出願をし、その後、分割出願に係る特許請求の範囲を補正したが、新規事項追加の補正と判断され拒絶された審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、発明特定事項の(c)成分を削除するいわゆる拡大補正をしたが、(c)成分を含まない発明が原出願当初明細書等に記載されていないため、新規事項の追加と判断された点で、参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 三村量一 裁判長裁判官)は、


『 当裁判所は,本願発明1は原出願当初明細書等に記載した事項の範囲内でないものを含んでいるから,本願について出願日の遡及は認められず,また,本願発明1は刊行物1発明と同一の発明を含んでいるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであり,本願を拒絶すべきものとした審決は,その結論において相当であるから,原告の請求を棄却すべきものと考える。その理由は,以下のとおりである。


1 取消事由1(分割要件に関する認定判断の誤り)について

(1) 本願発明1の要旨認定の誤りについて

 ア 本願明細書(甲1,2)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,前記第2 2のとおりであるから本願発明1は,(a)成分と(b) 成分とを含有するシリカ系被膜形成用組成物であることが規定されているにとどまり,(a)成分,(b)成分以外の成分を含有することが要件とされていないことは明らかである。


 もっとも,請求項1には,(a)成分(b)成分の含有量や含有割合は,規定されておらず,上記2成分以外の成分を含有しない旨の限定はないから,「シリカ系被膜形成用組成物」との要件を充足する限り ,本願発明1は、(a)成分,(b)成分以外の成分(例えば(c)成分)を含有することは妨げられないものというべきであるこのことは本願明細書の段落【0057】〜【0061】において,それぞれ(c)成分,250〜500℃の加熱温度で熱分解又は揮発する空隙形成用化合物(以下「(d)成分」という。)が任意成分として説明され段落【0089】〜 【0101】において,(c)成分及び(d)成分を含有する組成物が実施例として記載されていることに照らしても,明らかである。


 そうすると,本願発明1には,(i) (a) 成分及び(b) 成分を含有し(c)成分を含有しない態様(以下「態様(i)」という。)と、(ii) (a) 成分b成分及び(c)成分を含有する態様(以下「態様(ii)」という。)の双方が含まれるというべきである。


イ 審決は,その全体の構成からみて,本願発明1が上記ア記載の態様(i)に限定され、上記ア記載の態様(ii)を含まないという趣旨で、「本願発明1は、……オニウム塩(c)成分を含まないシリカ系被膜形成用組成物である」(審決書2頁末行〜3頁5行「本願発明1は,……(c)成分であるオニウム塩を含まないシリカ系被膜形成用組成物である。」(審決書7頁31行〜37行)と説示したものと解されるから,本願発明1の要旨の認定を誤っているといわざるを得ない。


 しかし、後記(2)のとおり本願発明1のうち態様(i)は原出願当初明細書等に記載の事項の範囲内でないから,本願発明1が原出願当初明細書等に記載の事項の範囲内でないとした審決の認定判断には結局誤りはなく,審決が,本願発明1の要旨が上記ア(i)の態様に限定されるとした点は,分割要件を満たしていないとの結論に影響するものではない。


(2) 原出願当初明細書等の記載事項の認定の誤りについて


ア 原出願当初明細書等(甲3)には,次の各記載がある。

 …省略…


イ 前記ア(ア)〜(コ)の各記載を総合すると,原出願当初明細書等には,電子デバイス部品の絶縁材料における耐熱性,機械特性等のほか,更なる低比誘電率と熱処理工程の短縮を課題とし(前記ア(イ) ),(a) 成分(b)成分及び(c)成分を含有することを課題解決の手段とする発明(前記ア(ア),(エ),(キ))が記載されているところ,この発明は,低誘電性に優れ,充分な機械的強度を有し,低温・短時間で硬化可能なシリカ系被膜を形成することを目的ないし効果とし(前記ア(ウ),(オ) (c)成分は,低温・短時間での硬化を可能とし(前記ア(カ)), シリカ系被膜形成用組成物の安定性を高めるとともに,シリカ系被膜の電気特性及び機械特性をより向上させ,さらに,硬化温度の低温化と短時間化を可能とし,機械強度の低下をより一層抑制し前記ア(ク) 機械強度及び誘電特性が向上すること(前記ア(ケ))等に寄与するものであって,含有量が0.001ppm未満であると,最終的に得られるシリカ系被膜の電気特性,機械特性が劣る傾向にあるとされていること(前記ア(コ))が認められる。


 そうすると(c)成分は,耐熱性,機械特性等のほか,更なる低比誘電率と熱処理工程の短縮という,上記発明が解決しようとする課題との関係で,重要な役割を果たすものとされていることは明らかである。そして,(c)成分を含まない組成物が,上記課題を解決するに足る充分な性能を有するものであることは,原出願当初明細書等を精査しても,これを把握することはできない。


 したがって,原出願当初明細書等には,本願発明1のうち,(a) 成分,(b)成分及び(c)成分を含有する態様(前記(1)ア記載の態様(ii) )は記載されているが,本願発明1のうち(a) 成分及び(b) 成分を含有し(c)成分を含有しない態様(前記(1)ア記載の態様(i)) が記載されているということはできない。


ウ 原告は,本願発明1のうち(a)成分及び(b)成分を含有し(c)成分を含有しない態様(態様(i))は,原出願当初明細書等の記載から自明な事項であると主張し,その根拠として,(i)段落【0013】,【 0014】,【0024 】, 【0025 】,【0040】及び【0054】等の記載,(ii)実施例として(a) 成分(b)成分及び(c)成分に加え(d) 成分や,マレイン酸を含有する組成物が記載されているが,(d)成分やマレイン酸は必須成分とされていないこと,(iii)段落【0031】 〜 【0033】等 ,【0044】〜【0047】等にそれぞれ(a) 成分(b) 成分の具体例が記載されていること,?審決が,原出願当初明細書等に(a)成分と(b)成分とを含有することによる効果が示唆されているとしていること等を指摘する。


 まず,原出願当初明細書等の上記(i)の記載からは(b)成分が重要な意義を有することが認められるものの(c)成分に比べて(b) 成分の重要度がより強く認識されているからといって,(c)成分を含有しない発明が記載されていることにはならない。


 また,確かに,実施例の組成物が含有する(d)成分やマレイン酸が任意成分であることは,原出願当初明細書等に明示的に記載されているが,任意成分であるとの記載がない(c)成分を,これらと同列に扱うことができないことは明らかである。


 そして,原出願当初明細書等の上記(iii)の記載は(a)成分(b)成分となり得る化合物の例を列挙するものであるが、原出願当初明細書等には,(a)成分及び(b) 成分を含有し,(c)成分を含有しない組成物について記載されていないことは,前記イのとおりであり,かかる組成物の各成分となり得る化合物の例が記載されているということはできない。


 なお,原告が指摘するとおり,審決は,原出願当初明細書等に(a)成分と(b)成分とを含有することによる効果が示唆されているとしているが,すでに説示したとおり,原出願当初明細書等では(c)成分が課題との関係で重要な役割を果たすものとされており(c)成分を含まない組成物が課題を解決するに足る充分な性能を有することは,原出願当初明細書等から把握することができない。


 以上のとおりであるから,原告の主張は採用することができない。


(3) 小括

 以上検討したところによれば,審決には,本願発明1の要旨認定に誤りがあるものの,本願発明1は原出願当初明細書等に記載した事項の範囲内でないもの(態様(i))を含んでいるから,本願について出願日の遡及は認められないとした審決の判断には,結局のところ誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。