●平成18(行ケ)10174審決取消請求事件「3次元物体を製造する装置」

本日は、『平成18(行ケ)10174 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「3次元物体を製造する装置」平成19年09月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071002152000.pdf)について取り上げます。


  本件は、進歩性違反の拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容され、拒絶審決が取り消された事案です。


  本件では、「特許法29条1項柱書きとその3号を適用する場合はもちろんのこと,同条2項を適用する場合における同条1項3号にいう「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」とするためには,引用発明とする技術が両者にそれぞれ開示されていることが必要であり,一方に存在しない技術を他方で補って併せて一つの引用発明とすることは,特段の事情がない限り,許されないものといわなければならない。」と、複数の引例を組み合わせて進歩性の規定を適用する際の、複数引例の組み合わせができない場合を判示しており、進歩性の判断上、とても参考になる重要な事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 塚原朋一 裁判長裁判官)は、


『2 取消事由2(相違点の看過)について

(1) 「材料粉末」について

ア まず,審決は,本願発明と「刊行物1,3に記載された発明」とを対比させているので,何をもって「刊行物1,3に記載された発明」としているのかについて検討すると,審決は,「刊行物1,3に記載された発明」に関して,次のとおり説示している。


 ・・・省略・・・


イ そこで,審決の上記推論の手法について検討するに,刊行物1は特開平2−128829号公報であり,刊行物3は米国特許第5173220号明細書であって,別個に頒布された独立の刊行物であるから,特許法29条1項柱書きとその3号を適用する場合はもちろんのこと,同条2項を適用する場合における同条1項3号にいう「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」とするためには,引用発明とする技術が両者にそれぞれ開示されていることが必要であり,一方に存在しない技術を他方で補って併せて一つの引用発明とすることは,特段の事情がない限り,許されないものといわなければならない。


ウ この観点から刊行物1及び3をみると,まず,刊行物1には,審決の認定するように,「容器内に収容した光硬化性流動物質中に浸漬される支部部材に対し,可撓性を有するシート状部材を着脱自在に固定して基盤面を形成し,位置決めされた深さの該シート状部材上の流動物質に選択的に光照射を行って硬化部分を形成し,次いで,硬化部分を形成したと同じ深さとなるよう基盤を沈降させ,選択的に光照射を行い,硬化部分上に新たにこれに連続する硬化部分を得る工程を繰り返すことにより,所望形状の固体形成を行い,該固体形成後に前記シート状部材を撓ませて,前記固体から該シート状部材を剥離することを特徴とする光学的造形装置」が記載されている。


エ 一方,刊行物3の記載は,次のとおりである。


 ・・・省略・・・


エ 以上の記載によると,刊行物3には,紫外線硬化可能な液体光反応性ポリマー(光硬化性流動物質)について,選択的に紫外線(光)照射を行って硬化部分を形成し,硬化部分上に新たにこれに連続する硬化部分を得る工程を繰り返すことにより,所望形状の固体形成を行うという3次元造形技術が記載されていることが認められる。また,「請求項1に記載の方法において,材料が粉末で構成される方法材料としては,例えば,加熱されると粉末の溶融又は融解を引き起こすこともできる旨の記載がある。」(上記ウ(ア)),「金属やプラスチック粉末,曝されると二次化学物質に硬化する化学反応性材料・・・があり,3次元造形のために粉末の材料を利用する。」(上記ウ(イ))との記載がある。


 そうすると,刊行物1に開示されている材料は「光硬化性流動物質」であり,刊行物3に開示されている材料は「液体,粉末等の材料」であって,両者は明らかに異なるものであるから,刊行物1に開示のない「粉末等の材料」を構成部分とする「刊行物1,3に記載された発明」を観念し,これを特許法29条1項3号にいう発明とすることは許されない(なお,両者の上位概念として便宜上「粉末等の材料」という概念を用いたとしても,これによって,相違点が実質上消失することはないのであるから,より上位概念化等の作業によって看過された相違点については,別途,相違点として判断の対象として検討しなくてはならないのであるが,後述のように,本件ではそのような検討はされていない。)。


オ 加えて,刊行物3には,上記のとおり,「液体,粉末等の材料」に関する記載があるが,唯一の実施例は,紫外線硬化液体材料を利用した立体造形装置であるところ,このような立体造形装置において,装置の適用材料につき,液体材料から粉末材料に置き換えただけで,流動性のある液体材料中と同様に,粉末を利用した立体造形装置として作動をし得るのか,具体的にいうと,粉末材料中で「浸漬される支部部材」を「沈降」させ得るものか,また,他に何の技術的操作を伴うこともなく,粉末材料中で「支持部材」を順次「沈降」させただけで,「硬化部分を形成したと同じ深さとなるよう」な,水平な表面を有する「粉末材料の層」が供給され得るものか明らかでなく,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして記載されていないことが明らかであり,実質的にも,刊行物3の「粉末等の材料」の記載をもって,「刊行物1,3に記載された発明」の構成部分とすることはできないことになる。


カ したがって,本願発明と「刊行物1,3に記載された発明」との対比において,相違点1に係る「『材料』が,本願発明においては,『材料粉末』と特定されている点」で相違するとし,争点を「粉末」と特定しているか否かに限局する審決の認定は誤りであり,本願発明においては「材料粉末」であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「光硬化性流動物質」である点で相違するものとしなければならない。


キ この点について,被告は,刊行物1,3記載の発明は,「3次元光造形」又は「3次元造形」に適用する装置であり,それぞれ,「光硬化性流動物質」又は「液体,粉末等の材料」を使用するものであるとした上で,本願発明と刊行物1,3に記載された発明を対比するときに,前者における「材料粉末」と後者における「材料」とを対比して検討することは必須不可欠であって,これ以外に一致点の認定手法はあり得ない旨主張する。


 被告の上記主張は,刊行物3に,「液体,粉末等の材料」を利用する旨の記載があることに基づくものであるが,仮に,刊行物3にそのような記載があっても,この記載は刊行物1にはないのであるから,「光硬化性流動物質」と「液体,粉末等の材料」との選択が可能な「刊行物1,3に記載された発明」は,審決又は被告の創出したものであって,特許法29条1項3号にいう「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」といえないことが明らかである。


 結局,審決は,刊行物1記載の発明を基本としつつ,被告が自ら認めるとおり,刊行物1,3記載の発明が「光硬化性流動物質」又は「液体,粉末等の材料」を使用するものであるとすることによって,「光硬化性流動物質」と「液体,粉末等の材料」とを一つのまとまりとして取り扱い,「材料」の上位概念をもって一致点とした際に,その「材料」の中に,「光硬化性流動物質」のみならず「材料粉末」をも含めてしまったため,本願発明について,進歩性の有無を判断すべき相違点を看過する結果となったものといわざるを得ない。


(2) 「上記材料の層を上記基板上あるいは上記基板上に形成された別の材料層上に供給する手段」について


ア 前記記載によれば,刊行物1では,あらかじめ材料である光硬化性流動物質が容器内に収容されており,流動物質中のベースプレートの位置を調整しながら,選択的に光照射を行い,ベースプレート上のシート状部材上面に存在する光硬化性流動物質を部分的に硬化させるというものであって,元来,材料である光硬化性流動物質が容器内に収容されているだけである。後記(3)オのとおり,刊行物1記載の発明における「材料の層」の供給操作は,水平面を有する流体中で支持手段を鉛直方向へ沈降させることのみによるものであり,粉末材料を供給する際のような層厚調整等のための別途の平面形成操作を必要とするものではないのである。以上のことは,刊行物3の光硬化性流動物質についても同様である。


イ 被告は,乙4,6,7公報により,粉粒体や液状の材料を「薄膜状に展延」して形成することなどの技術が開示されているから,層の態様で材料を供給するのは,材料粉末を供給する場合に限られるものではない旨主張する。


 しかし,ここで問題とされているのは,組合せの容易性ではなく,刊行物1,3に,「上記材料の層を上記基板上あるいは上記基板上に形成された別の材料層上に供給する手段」が開示されているか否かであって,層の態様で材料を供給する技術が別途存在するか否かではない。


(3) 以上のように,審決は,引用発明の認定を誤った違法があり,その結論に明らかな影響があって,取り消されるべきものであるが,事案にかんがみ,この誤りが進歩性の認定判断の結論にどのような影響を与えるかについて,考察を加えることとする。


ア 本願発明の特許請求の範囲には,「材料粉末からなる複数の層を電磁あるいは粒子放射を用いて順次連続して固化する」,「材料粉末が固化の際に接着する物質から予め作成され上記上面上に置かれた基板」,「材料粉末の層を上記基板上あるいは上記基板上に形成された別の材料層上に供給する手段」との記載があるところ,「材料粉末」とは,文字どおり,「粉末の材料」であり,電磁あるいは粒子放射を用いて固化するが,その際,下の基板と接着することが認められる。


イ 本件明細書をみると,発明の詳細な説明には,次の記載がある。


 ・・・省略・・・


ウ 以上の記載によると,(i)従来の粉末による3次元物体製造装置においては,装置の一部である金属製の台の上で成形を開始すると,金属台上に最初に粉末層として供給され,電磁照射により固化した複数の各部分は,その上に次の粉末層を供給する際に,粉末層供給手段であるワイパーの動作によって,台上で横方向の力を受けるところ,最初に固化した部分は,台上,横方向には拘束されず,横方向の移動に対抗し得る支持がないから,台上で横方向の移動が生じ,結果的に,固化した部分相互の位置関係,固化した部分の金属台に対する相対的位置関係においてズレを生じ,3次元物体としてゆがみを生ずるという問題があったこと,(ii)これを回避するために,最初に供給される粉末層を一つの粉末層全体として固化して,対象物体の基部とすることが通常であったが,第1層を完全に固化するために長い時間を要するから,物体の全製造時間を増加させるという問題があったこと,(iii)本願発明は,上記の欠点を改善するとともに,物体の製造時間を減少するように従来の方法及び装置を修正することを目的とする発明である。


 そうすると,本願発明は,「材料粉末が固化の際に接着する物質から予め作成され,前記上面上に置かれる基板」との構成を具備することによって,最初に供給された粉末層が基板上で固化される際,当該基板と接着するため,台上でズレが生じるのを防止することができ,かつ,この基板を予め作成しておくことで物体の製造時間を減少することができるというものであるから,3次元物体を製造する装置において,「材料粉末」における特有の問題点を解決する手段を提供するを前提としているものであり,「材料粉末」であることに技術的意義があるものと認められる。


エ 一方,刊行物1には,審決の認定するとおり,次の記載がある。


・・・省略・・・


オ 上記記載によれば,刊行物1では,あらかじめ材料である光硬化性流動物質が容器内に収容されており,流動物質中のベースプレートの位置を調整しながら,選択的に光照射を行い,ベースプレート上のシート状部材上面に存在する光硬化性流動物質を部分的に硬化させるというものであって,刊行物1記載の発明における「材料の層」の供給操作は,水平面を有する流体中で支持手段を鉛直方向へ沈降させることのみによるものであり,粉末材料を供給する際のような層厚調整等のための別途の平面形成操作を必要とするものではない。


 以上のことは,刊行物3の光硬化性流動物質についても同様である。


(4) そうすると,本願発明は,「材料粉末」から3次元物体を製造する装置を対象とし,「材料粉末」における当該装置に特有の技術課題を解決しようとするものであって,「光硬化性流動物質」から3次元物体を製造する装置には,このような技術課題が存在せず,広義でみれば共通の技術分野といえるとしても,「材料粉末」と「光硬化性流動物質」とでは,具体的な技術内容にかなりの隔たりがあるから,審決の相違点1における「3次元物体を製造する装置において,成形材料として,粉末状のものを使用することは,刊行物3の摘示・・・や,刊行物4の摘示・・・に示されるように,周知慣用のことであり,また,材料の形状の特定により,3次元物体を製造する装置として格別の差異があるものとも認められないから,相違点1は,当業者が適宜選択しうる程度のことである。」などといえないことは,明らかである。


3 結論


 以上のとおり,本件において正しい結論を導くためには,本願発明の技術課題とするところについて明確な理解をした上で,改めて,一致点と相違点を認定し,本願発明の進歩性を検討しなければならないことになるものである。


 そうすると,原告の取消事由2の主張は理由があり,取消事由3について判断するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。  』

 
 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。