●平成18(行ケ)10542 審決取消請求事件「ガス遮断性に優れた包装材」

   本日は、『平成18(行ケ)10542 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ガス遮断性に優れた包装材」平成19年08月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829154040.pdf)について取上げます。


 本件は、無効審決の取消しを求めた審決取消し訴訟であり、その請求が棄却された事案です。


 本件では、争点が幾つかあり、そのうちの一つとして、特許請求の範囲の訂正が、明細書または図面に記載された事項の範囲を超え、新規事項の追加になると判断されており、特に化学分野の特許出願の訂正や補正の際の新規事項追加の判断に参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 中野哲弘 裁判長)は


『2 取消事由1(本件訂正の適否の判断の誤り)について

(1) 本件訂正の訂正事項aは,上記第3,1(3)に記載したとおり,本件発明1の「環状オレフィンを30モル%以上含有する環状オレフィン共重合体」を,「テトラシクロドデセンである環状オレフィンを30モル%以上含有する該環状オレフィンとエチレンとの環状オレフィン共重合体」と訂正するものである。


 そこで,かかる訂正が,平成6年法律第116号による改正前の法134条2項ただし書の「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」のものといえるかどうかについて検討する。


(2) 本件特許につき,願書に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書」という。甲17の1)には,以下のア(作用),イ(実施例),ウ(比較例)の記載がある。

ア 作用

(ア) 本発明の第1の特徴は包装材料の基体として環状オレフィン共重合体を使用することである。・・・


(ウ) 本発明者は,この相乗効果について環状オレフィンを30モル%以上含有する共重合体はガラス転移温度が著しく高くなり無機質被膜の製膜時の基材の形状変動が小さく,しかもこの製膜時にフイルム表面に異物がブリードしないので異物のない状態で無機被膜が形成されるので均一な欠陥のない被膜が形成されるためであると考えている。環状オレフィン共重合としては,環状オレフィン系化合物又は架橋多環式炭化水素系化合物とエチレンなどのアルキル誘導体やアクリレート誘導体を付加重合してなる共重合体,または前記重合体に炭化水素系重合体,塩素含有重合体,ポリエステル樹脂,ポリアミド樹脂,ポリカーボネート,不飽和酸,不飽和アルコール誘導重合体,アミン誘導重合体などの重合体を混合したものを含む(段落【0009】 ) 。


イ 実施例

(ア) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


(イ) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


(ウ) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


(エ) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


(オ) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


(カ) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


(キ) プラスチック材に環状ポリオレフィン含有量を33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルを使用し,・・・


ウ 比較例

 比較例1〜6には「環状ポリオレフィン含有量を25モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペル」を使用した旨の記載があり(段落【0022】,【0023】,【0031】,【0032】,【0034】,【0035】),比較例7には「環状ポリオレフィン含有量を33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペル」を使用した旨の記載がある(段落【0039】)。・・・


(3) 上記(2)ア〜ウによれば,当初明細書(甲17の1)には,本件発明1の「環状オレフィンを30モル%以上含有する環状オレフィン共重合体」の下位概念として,該環状オレフィン共重合体が環状オレフィン系化合物又は架橋多環式炭化水素系化合物とエチレンなどのアルキル誘導体やアクリレート誘導体を付加重合してなる共重合体や,これにさらに炭化水素系重合体,塩素含有重合体,ポリエステル樹脂,ポリアミド樹脂,ポリカーボネート,不飽和酸,不飽和アルコール誘導重合体,アミン誘導重合体などの重合体を混合したものが開示され,さらに,環状オレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルから成るプラスチック材が開示されている。


(4) そして,三井化学株式会社等のホームページやカタログ(甲7の1,2),同社のA課長名義の証明書(甲16),日本分析化学会編「新版高分子分析ハンドブック」(株式会社紀伊國屋書店1995年1月12日発行)(甲14,21,22,乙1,2)によれば,三井石油化学株式会社製のアペルについて,以下のとおりであることが認められる。


ア 上記アペルは,エチレン・テトラシクロドデセン共重合物であって,エチレン(yモル%)とテトラシクロドデセン(xモル%)の共重合比率y/xを変更することによって製造される種々のy/x比率のエチレン・テトラシクロドデセン共重合物の総称である。


イ アペルには,環状オレフィン含有量に応じて種々の銘柄があり,平成19年1月現在,三井化学株式会社は,APL8008T,APL6509T,APL6011T,APL6013T及びAPL6015Tを販売している。


 これらは,その環状オレフィン含有量が順次高くなっており,このうち環状オレフィン含有量が明らかに30モル%以上のものを含む銘柄は,APL6011T,APL6013T及びAPL6015Tであり,同含有量が明らかに33モル%を超えるものを含む銘柄は,APL6013T,APL6015Tである。


 しかるに,上記APL6011T,APL6013T及びAPL6015Tを見ると,三井化学株式会社のホームページ(平成17年3月10日現在のもの)によれば,Tg(ガラス転移温度)(℃)が順に105,125,145,HDT(熱変形温度)(1.82MPa)(℃)が順に95,115,135,曲げ弾性率(MPa)が順に2700,3000,3200であるなど,その物性はそれぞれ異なっている。


(5) 上記(3),(4)によれば,本件発明1の「環状オレフィンを30モル%以上含有する環状オレフィン共重合体」については,当初明細書(甲17の1)の発明の詳細な説明において,環状オレフィン系化合物又は架橋多環式炭化水素系化合物とエチレンなどのアルキル誘導体やアクリレート誘導体を付加重合してなる共重合体や,さらに同共重合体に炭化水素系重合体などの重合体を混合したものが開示された上,さらに実施例において,環状オレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルから成るプラスチック材という特定の物質が開示されている。


 そうすると,上記アペルがエチレン・テトラシクロドデセン共重合物であることを踏まえると,一見,「テトラシクロドデセンである環状オレフィンを30モル%以上含有する該環状オレフィンとエチレンとの環状オレフィン共重合体」とする本件訂正の訂正事項aは,何らかの物質を新たに取り込むものではないようにも見える。


 しかし,上記アペルをより詳しく見ると,アペルは,エチレン(yモル%)とテトラシクロドデセン(xモル%)の共重合比率y/xを変更することによって製造される種々のy/x比率のエチレン・テトラシクロドデセン共重合物の総称であるところ,現在販売されているものを見ても,APL6011T,APL6013T及びAPL6015T等の種々の銘柄があり,銘柄毎の物性も異なっているというのである。


 そうすると,たとえアペルという総称がエチレン・テトラシクロドデセン共重合物であることが当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)に自明であったとしても,そのアペルには物性が異なる様々な銘柄が実際に販売もされている以上,訂正事項aは,そうした別のエチレン・テトラシクロドデセン共重合物を新たに取り込むこととなるものと言わざるを得ない。


 なぜなら,当初明細書においては「環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペル」というある特定の種類のアペルが開示されているに過ぎず,例えばAPL6013T,APL6015Tは開示されていない。


 ところが訂正事項aは,これらを含む別のアペルを新たに取り込んで,「環状オレフィンを30モル%以上含有する該環状オレフィンとエチレンとの環状オレフィン共重合体」とするものと言わざるを得ず,「環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペル」以外の,物性が異なるエチレン・テトラシクロドデセン共重合物(例えば,APL6013T,APL6015T)を新たに取り込むこととなるからである。


 そして,「環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペル」が開示されていれば,当業者にとって,新たに取り込まれた物性が異なるエチレン・テトラシクロドデセン共重合物(例えば,APL6013T,APL6015T)も開示されていることが自明であるとも認めることができない。


 以上によれば,本件訂正の訂正事項aは,新規事項の追加というべきであるから,本件訂正は,平成6年法律第116号による改正前の法134条2項ただし書の「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」のものということはできず,したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。



(6) 原告主張に対する補足的説明


ア 原告は,当初明細書における「アペル」の記載を「テトラシクロドデセンとエチレンからなる環状オレフィンの共重合体」と記述することは,ギリシア語に由来する学名で表示されていたものを日本語の通常の標記とするとか,化学式で表されていたものを一般名で表示するようなものであり,単なる表示方法の変更に過ぎないと主張する。しかし,上記(5)に説示したとおり,たとえ当初明細書における「アペル」の記載を「テトラシクロドデセンとエチレンからなる環状オレフィンの共重合体」と記述すること自体はできたとしても,なお本件訂正の訂正事項aは,開示されていない別の「アペル」を取り込んだものとして,新規事項の追加に該当するというを免れない。


イ また原告は,環状オレフィンの含有量が30モル%以上であるアペルのすべてが把握できるかは,本件訂正事項aの訂正の適否とはおよそ関係のないことであると主張する。しかし,上記(5)に説示したとおり,特定の物質であるアペルには,物性が異なる様々な銘柄が実際に販売もされている以上,訂正事項aは,当初明細書において開示されていない,「環状ポリオレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペル」以外の,物性が異なる別のアペルであるエチレン・テトラシクロドデセン共重合物(例えば,APL6013T,APL6015T)を新たに取り込んだものとの評価を免れないものであるから,原告の上記主張は採用できない。 』

 と判示されました。


 つまり、本件明細書の実施例には開示された「環状オレフィン含有量を30,32,33モル%に調整した三井石油化学株式会社製のアペルから成るプラスチック材」とは、「テトラシクロドデセンである環状オレフィンを30,32,33モル%に調整した環状オレフィン共重合体」のことを示しており、請求項1の「環状オレフィンを30モル%以上含有する環状オレフィン共重合体」を、訂正により「テトラシクロドデセンである環状オレフィンを30モル%以上含有する該環状オレフィンとエチレンとの環状オレフィン共重合体」とすると、明細書に開示のないテトラシクロドデセンである環状オレフィンを33モル%以上含有する環状オレフィン共重合体も新たに含む(取り込む)ことになり、新規事項の追加になる、と判断しています。


 化学分野は専門ではなく、自信あるコメントはあまりできませんが、化学分野の出願は、知財高裁大合議事件の一つである偏光フィルム事件等で示されている厳格なサポート要件とも絡み、どうしても明細書に具体的に記載した事項に補正や訂正をしないと当業者の自明の範囲を超え新規事項となる場合が多いようであり、出願当初明細書における具体例の記載やそのサポートが本当に重要であると思いました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。



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