●平成19(行ケ)10090 審決取消請求事件 商標権「海」

  本日は、『平成19(行ケ)10090 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「海」平成19年08月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070831114343.pdf)について取上げます。


 本件は、商標法4条1項11号違反の無効審判の棄却審決の取消しを求めた事案で、その請求が棄却された事案です。


  つまり、知財高裁(第2部 中野哲弘 裁判長)は、

『2 本件商標と引用A商標の類否

(1) 商標の類否は,対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり,その具体的取引状況に基づいて判断すべきである最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照。)

 そこで,以上の見地に立って,本件商標と引用A商標の類否について判断する。


(2) 称呼上の類否について

ア 本件商標は,前記第3,1,(1)ア記載のとおり, 「海」という標準文字から成る商標であって「ウミ(訓読み)」のほか,「カイ(音読み)」の称呼が生じると認められる。一方,引用A商標は,前記第3,1,(2)ア記載のとおり「快」という文字から成る商標であって主として,「カイ」の称呼が生じると認められる。


 したがって,両商標は,いずれも「カイ」の称呼が生ずる点で共通性がある。

イ 被告は「海」の漢字は,1字のみの場合には,通常訓読みにして「ウミ」と発音されるものであって,「カイ」と発音することは自然ではないし,音読みすべき特段の事情がない限りこれを訓読みするのが経験則に徴し自然であるところ,本件商標「海」について音読みする特段の事情も考えられないから,訓読みして「ウミ」と発音するのが自然であると主張する。しかし,「海」は日本人に非常に親しまれた漢字であり,「海」の文字に接した本件商標の取引者,需要者が,訓読みである「ウミ」のほか,音読みである「カイ」の称呼をも想起することは明らかであるから,被告の上記主張は採用できない。


(3) しかしながら,本件商標は「海」という標準文字から成る商標であって,「海」の観念を生ずることが明らかであるのに対し,引用A商標は,「快」という文字から成る商標であって「こころよい」との観念を生ずることが明らかである。そうすると,たとえ両商標が「カイ」の称呼を生ずる点において共通性があるとしても,その観念は明らかに相違するものであり,その外観も「海」と「快」とでは著しく異なるものである。さらに,後記(4)ウの説示に照らすと,本件商標の指定商品「薬剤」において称呼のみで取引される実情があるとも認められない。したがって,本件商標と引用A商標は,本件無効審判請求に係る指定商品である「薬剤」と同一又はこれに類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれはないというべきであり,本件商標と引用A商標は非類似の商標と認められる。


(4) 原告の主張に対する補足的説明

ア 原告は,本件商標と引用A商標は「カイ」の称呼を共通にするもので,あるところ,簡易迅速を尊ぶ取引業界にあっては,製品の読み名(=商標の称呼)をもって取引に当たる場合が少なくなく,商標の類否判断において称呼の同一・類似性が占める割合は,他の要素である観念や外観の同一・類似性と比べて大きいと言うべきである,したがって,たとえ本件商標と引用A商標との間に観念や外観の相違があったとしても,全く同一の称呼を有する本件商標と引用A商標とは誤認混同のおそれが十分あると言うべきである,と主張する。


 しかし,前記(1)に説示したとおり,商標の類否は,対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであるから,商標の類否判断において称呼の占める割合が,当然に,他の要素である観念や外観と比べて大きいということはできない。

 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


イ 原告は,引用B商標に対し原告が請求した別件審決においても,引用A 商標「快」と引用B商標「  」との類否について,両者が「カイ」の称呼を同じくし「薬剤」たる商品の出所についても誤認,混同を生ずるおそれがあると判断している旨主張する。


 しかし,原告が指摘する別件審決が存在したとしても,別事件である同審決の判断が本件の判断を左右するものではない。しかも,同審決は,あくまで引用A商標「快」と引用B商標「  」との類否について判断したものであり,本件商標「海」と引用A商標「快」との類否について判断したものではない以上,判断対象たる両商標の外観・観念が取引者に与える印象,記憶,連想等の相違の程度も異なるから,事案も異なると言わざるを得ない。


 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


ウ 原告は,本件商標と引用A商標の使用される商品分野「薬剤」は,日用品や衣服類等とは異なり,人間の健康・生命に直結する商品である。もし,一般消費者や専門家(医師,薬剤師等)が薬剤を取り違えて処方服用した場合,それは人間の健康・生命に極めて重大な影響を与えるおそれがあり,現に取り違えられた例(甲7)もある,また,医薬品業界における実際の取引現場において,その薬剤を呼び名(=称呼)をもって特定することも多く行われるであろうことは想像に難くない,このような「薬剤」の処方,服用及び取引の現場における特殊性を考慮すると「薬剤」分野については,他の商品分野よりも誤認・混同の生じる,おそれの範囲,つまり商標の類似範囲は,需要者保護のためにも広く解釈されるべきである,と主張する。


  しかし,商品「薬剤」が人間の健康・生命に直結する商品であり,薬剤を取り違えて処方,服用した場合,人間の健康・生命に極めて重大な影響を与えるおそれがあり,現に取り違えの事故が報告されている(甲7)のであれば,なおさら,薬剤の取り違えのおそれを可及的に防止するため,実際の取引現場においても,商標の外観なり観念なりを意識して取引がなされ,たとえ称呼が同一であったとしても軽々には商品を取り違えることはないと考えられるし,そのような「薬剤」については,そもそも称呼のみで取引されるようなことはないというのが自然である。


 したがって「薬剤」において単に同一の称呼の商標の並存を許さないことが,必ずしも一般的に需要者保護に結び付くとはいえないというべきであるから,需要者保護のために「薬剤」については商標の類否判断において商標の類似範囲を広く解釈すべきとすることには合理的根拠がない。

 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


エ また原告は,最近は薬の処方に際しオーダリングシステムが利用されており,コンピュータ端末への入力の際,薬剤名をカタカナで入力することも考えられ,本件商標と引用A商標の場合,ともに「カイ」が薬剤名として入力されることとなり,本件商標に係る薬剤と引用A商標に係る薬剤が取り違えられるおそれが高いことは明らかである,また最近はインターネットの普及等により,一般人(患者)向けの医薬品情報の提供手段が増加しつつあり,紛らわしい名称の複数の薬剤が存在すれば,一般人(患者)に無用の混乱と不安を惹起するおそれもある,したがって,取り違えが決して許されない「薬剤」分野については,医薬品の取引や医療現場において誤認・混同が生じ得るかも考慮して,他の商品分野よりも誤認・混同の生じるおそれの範囲,つまり,商標の類似範囲は,需要者保護のためにも広く解釈されるべきである,と主張する。


 しかし,薬の処方に際しオーダリングシステムが利用され,コンピュータ端末への入力の際,薬剤名をカタカナ名で入力することが行われているとしても,実際の薬の処方の場面において,商標の外観なり観念なりを意識した処方がなされていないとはいえない。そして,紛らわしい名称の複数の薬が存在したとしても,商標の外観,観念から受ける印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察し,その商品(薬剤)の具体的取引状況に基づいて非類似であると判断される以上,一般人(患者)に無用の混乱と不安を惹起するおそれがあるということにはならない。


 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


オ また原告は,医療現場では最近,薬の取り違えによる医療過誤が大きな問題となっており,このような医療過誤は,薬剤について紛らわしく類似する商標が並存していることに起因すると考えられる,そして,紛らわしく類似する商標の並存は,商標登録出願の審査において,特に薬剤分野についての類否判断を適正化することで回避することができる,と主張する。


 しかし,取り違えの事故が発生したとしても,それは各事故ごとに様々な個別具体的な事情が原因となっていると考えられるから,称呼が共通の商標の並存が医療過誤の主な原因となっているとまで断定することはできない。また前記ウに説示したとおり,現に取り違えの事故が報告されている(甲7)のであればなおさら,薬剤の取り違えのおそれを可及的に防止するため,実際の取引現場においても,商標の外観なり観念なりを意識して取引がなされ,たとえ称呼が共通であったとしても軽々には商品を取り違えることはないと考えられるから「薬剤」において単に共通の称呼の商標の並存を許さないことが必ずしも原告の指摘する医療過誤の防止に一般的に結び付くものとも言い難い。


 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


カ さらに原告は,対象となる商品の性質や特殊性に鑑み,各商品ごとに,適正な類似範囲があってしかるべきであり,薬剤の場合,人の健康・生命に直結する商品の一つであるという特殊性を有することから,薬剤についての適正な類似範囲は,おのずと広くなると考えられる,と主張するが,上記ウ,オに照らし,かかる主張は失当である。


3 結論

 以上によれば,本件商標がその指定商品中「薬剤」について商標法4条1項11号に該当しないとした審決の判断に誤りはない。


 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 』

 と判示されました。


 別件で引用A商標「快」と共通の称呼により類似と判断された、貝印株式会社の引用B商標はどのような商標かはわかりませんが、同一称呼が生じる商標の類比の判断例として、参考になるかと思います。


  詳細は、本判決文を参照して下さい。