●平成16(ワ)3640 特許権 「無停電性スイッチングレギュレータ」

  本日は、『平成16(ワ)3640 特許権 民事訴訟「無停電性スイッチングレギュレータ」平成16年12月21日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/FF232108D81A531F4925701B000BA3BE.pdf)について取り上げます。


 本件も、均等論について判断され、均等侵害の第5要件の出願経過の参酌により、被告製品が意識的に除外されたと認定され、非侵害と判断された事案です。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 田中 俊次 裁判長)は、

『 争点(3)(被告製品と本件特許発明との均等の成否)について

(1)特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、i) 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく(均等の第1要件)、ii) 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(均等の第2要件)、iii) 上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(均等の第3要件)、iv) 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく(均等の第4要件)、かつ、v) 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(均等の第5要件)は、上記対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。


 以下では、均等の第5要件(意識的除外等)について検討する。

(2)ア 原告は、補正により、特許請求の範囲の記載を、別紙「特許請求の範囲の記載」の「補正前」から「補正後」のように改めた(前記第2、2(7)ウ、乙第6号証)。その補正の内容は、次のとおりであった。


i)  補正前の構成要件は、「高周波トランスの三次巻線と定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止ダイオード二次電池とを直列に接続するとともに」であり、三次巻線、定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオード及び二次電池の直列接続の仕方は特に限定されていなかった。


 しかし、補正により、構成要件の上記部分は、「高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接続し、この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続するとともに」(構成要件Dの一部)とされ、三次巻線、定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオード及び二次電池の直列接続の仕方が特定された。


ii)   三次側スイッチング素子の位置について、補正前の構成要件は、「三次巻線と二次電池の間であって」であり、三次巻線の巻き始め側か巻き終わり側か、及び二次電池の正極側か負極側かの限定はされていなかった。しかし、補正により、構成要件の上記部分は、「前記三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負極の間であって」(構成要件Eの一部)とされ、三次巻線及び二次電池との接続の方向が特定された。


iii) 補正により、「二次電池の負極側から三次側スイッチング素子を通って三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオード」を備えること(構成要件F)が付加された。


iv) 補正前の構成要件には、電流の流れ方は記載されていなかった。しかし、補正により、交流電源の電圧が正常範囲内にある時の電流の流れについて、「交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記三次側スイッチング素子がON状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大であるため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の巻き終わり端に電流が流れて、該二次電池が充電され」ること(構成要件G)が付加され、交流電源の電圧が低下若しくは停止した時の電流の流れについて、「交流電源の電圧が低下もしくは停止すると、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子を通って該二次電池の負極に流れ、負荷に対して出力が供給されること」(構成要件H)が付加された。


イ 原告は、出願当初明細書の発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の記載(段落【0004】)についても、前記アの特許請求の範囲の補正に合わせて補正を行った(前記第2、2(7)ウ、乙第6号証)。


ウ このような補正の内容からすると、出願当初明細書の特許請求の範囲の記載は、各回路素子の接続の仕方や電流の流れ方について、複数のあり方を許容するものであったが、原告は、補正により、これを、補正後の特許請求の範囲に示された各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方を備えたものに限定したものと認められる。


(3)ア さらに、補正の趣旨を明らかにするために、意見書(乙第7号証)の記載について検討する。意見書の「請求範囲の限定の根拠について」(2/5頁11行)という欄の記載は、次のとおりである。


i) 「請求項1の限定は、特に接続状態をより明確にするために図1及び明細書中の文言を基にして追加したものであります。」(2/5頁12ないし13行)として、請求項1を限定した趣旨が記載されている。


ii) 「具体的には、補正前(元)の明細書の段落番号0006の3行目から4行目にかけて『三次巻線電圧の巻き始め極性側と、充電すべき二次電池14の正極側を接続し、』との表現があり、『三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接続し、』に限定しました。又、補正前(元)の明細書の段落番号0006の8行目から10行目にかけて『定電流検出抵抗16と、トランジスタよりなる直列ドロッパー制御用素子17を直列に接続し、これを逆流防止ダイオード18のアノード側に直列接続する。』との表現があり、『この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続する』に限定しました。」(2/5頁13ないし22行)として、前記(2)アi)の補正の根拠を示している。


iii) 「図1から『三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負極の間』に変更し、明瞭にしました。」(2/5頁22ないし23行)として、前記(2)アii)の補正の根拠を示している。


iv) 「段落番号0007と段落番号0009と段落番号0012の内容から、『交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記三次側スイッチング素子がON状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大であるため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の巻き終わり端に電流が流れて、該二次電池が充電され、前記交流電源の電圧が低下もしくは停止すると、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子を通って該二次電池の負極に流れ、負荷に対して出力が供給される』に限定しました。」(2/5頁23行ないし3/5頁3行)として、前記(2)アiv)の補正の根拠を示している。


v) 意見書の「本願発明と引用例との対比」(3/5頁12行)の欄には、「本願発明の特徴である『交流電源からの交流を整流する・・・負荷に対して出力が供給される』点」(4/5頁4ないし26行)とし、本件特許発明の特徴として、構成要件AないしHの内容が指摘されており、それに続けて、「それらの点が、どの引用例にも記載されていないことや、これら3つの引用例を寄せ集るだけでは、本願発明の構成を実現することができないだけでなく、それを発想することは困難であることから、3つの引用例に基づいて本願発明を当業者が容易になし得るとは言えないものであります。」(4/5頁26行ないし5/5頁1行)と記載されている。なお、上記ii)、iv)に示した意見書の記載に引用された出願当初明細書の段落【0006】、【0007】、【0009】、【0012】は、いずれも、出願当初明細書の「発明の実施の形態」の欄の、実施例を記載した段落である。


イ 特許発明の構成要件の解釈に当たって、補正に際して提出された意見書の記載を参酌することは許されるというべきであるところ、前記アi)ないしv)の意見書の記載によれば、原告は、補正により、出願当初明細書の特許請求の範囲を、同明細書の実施例の記載に基づいて、補正後の特許請求の範囲に示された各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方を備えたものに限定したものと認められる。


(4)ア 原告は、出願当初明細書の特許請求の範囲には、「放電時には、定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れないようにするものである」という作用効果に対応する構成が欠落していたことから、特許請求の範囲の記載を作用効果の記載に整合させるために補正を行ったところ、改訂前審査基準の下で新規事項の追加とされるのを免れるためには、出願当初明細書に実施例として具体的に記載された、各回路素子の極性をも含めた具体的な接続の仕方、電流の流れ方を記載するしかなかった旨主張する。


イ しかし、出願当初明細書の発明の詳細な説明の段落【0004】には、「すなわち本発明の考え方は、高周波トランスの三次巻線と定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオード二次電池とを直列に接続して充電回路を構成し、この充電回路の電流路の外側に、二次電池と三次巻線と三次側スイッチング素子とを直列に配列して放電回路を設け、放電時には、前記定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れないようにする、というものである。」と記載され、段落【0009】には、放電時の作用として、「この時は、逆流防止ダイオード18のカソード側が、逆流防止ダイオード9および三次側スイッチング素子11の順電圧降下によって二次電池14の負極に対して逆極性になるため、充電回路3cは自動的に停止し、充電は行われないことになる。」と記載されている。また、特許出願の願書に添付された図面の図2には、前記段落【0004】の記載に対応する回路図が示されている。したがって、放電時に充電回路の充電電流路に電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオードを設けることは、出願当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていたと認められる。


 そうであるとすれば、改訂前審査基準の下において新規事項の追加とされるのを免れることを前提としても、特許請求の範囲に「放電時には、定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れないようにするものである」という作用効果に対応する構成を付け加えようとするならば、出願当初明細書の特許請求の範囲の「逆流防止ダイオード」という構成要件を、例えば、「放電時に充電回路の充電電流路に電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオード」と補正すれば足りたものと認められ、補正後の特許請求の範囲のように各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方まで記載しなければならなかったとは認められない。したがって、原告の前記アの主張は、採用することができない。


(5) 前記(2)ないし(4)に認定、説示したところによれば、出願当初明細書の特許請求の範囲の記載は、各回路素子の接続の仕方や電流の流れ方について、複数のあり方を許容するものであったが、原告は、補正により、これを、補正後の特許請求の範囲に示された各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方を備えたものに限定し、それ以外の各回路素子の接続の仕方や電流の流れ方を備えたものは、特許請求の範囲から意識的に除外したというべきである。


 被告製品は、前記2(1)アないしオのとおり、本件特許発明の構成要件DないしHを充足せず、充放電回路の各回路素子の接続の仕方及び電流の流れ方が、本件特許発明と異なるから、補正によって特許請求の範囲から意識的に除外されたものに該当するというべきである。したがって、被告製品は、均等の第5要件を充足せず、その余の均等の要件を判断するまでもなく、本件特許発明と均等であるとは認められない。


4 以上によれば、被告製品は、本件特許発明の構成要件DないしHを充足せず、また、本件特許発明と均等であるとも認められないから、本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない。


 よって、主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。



 追伸1;<新たに出された知財判決>


●『平成19(行ケ)10039 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「俄」平成19年08月28日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829161857.pdf
●『平成19(ネ)10015 損害賠償請求控訴事件 特許権 民事訴訟「放電燒結装置」平成19年08月28日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829154546.pdf
●『平成18(行ケ)10542 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ガス遮断性に優れた包装材」平成19年08月28日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829154040.pdf
●『平成18(行ケ)10493 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「植物育成床およびそれを用いて植物を育成する方法」平成19年08月28日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829153411.pdf
●『平成18(行ケ)10368 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「フォトレジスト現像廃液の再生処理方法及び装置」平成19年08月28日 知的財産高等裁判所』(認容判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829142533.pdf
●『平成18(ワ)9708 特許権侵害行為差止請求事件 特許権 民事訴訟「回転打撃美容ローラーマッサージ器」平成19年08月24日 東京地方裁判所』(認容判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070829162126.pdf

追伸2;<気になった記事>

●『Motorola,無線関連の特許侵害でAruba Networksを提訴』
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070829/280594/?ST=network
●『MSのOpen XML、標準化の可否決定へ。根強い批判も』
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0708/29/news062.html