●平成10(ワ)12899 特許権 民事訴訟「電動式パイプ曲げ装置事件」

  本日は、『平成10(ワ)12899 特許権 民事訴訟「電動式パイプ曲げ装置事件」平成13年10月09日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/37B0391CAA8DF54549256B2F0001975D.pdf)について取上げます。


 本件は、出願経過(意見書)における原告の主張が特許庁審査官ないし審判官に受け入れられた結果、特許をすべき旨の査定がされた場合に当たるものとは認められないとして、禁反言による限定解釈がされなかった事案です。


 つまり、大阪地裁は、

『1 争点(1)(イ号装置は本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1) 同ア(構成要件H該当性−パイプホルダ)について

ア イ号装置の構造、作動態様を示すものとして当事者間に争いのない別紙イ号装置目録の記載(争いのある部分を除く。)及び同目録添付第1図、第2図によれば、イ号装置には、回転フォーマ(113、213)の切欠部にロックリング係止杆300が設けられ、ロックリング(122、222)によりロックリング係止杆300とパイプの曲げ開始部近傍とを拘束し、回転フォーマ(113、213)の回転時にパイプtを回転フォーマ(113、213)と一体的に保つこと、ロックリング122(222)のうちパイプを保持する部分は、回転フォーマ113(213)の外周部にあることが認められる。


 これによれば、イ号装置のロックリング(122、222)及びロックリング係止杆300は、「回転フォーマの外周部に設けられてパイプ曲げ開始部近傍を保持し、その回転フォーマの回転時にパイプを回転フォーマと一体的に保つパイプホルダ」に該当するものというべきであるから、イ号装置は本件発明の構成要件Hを充足する。


イ 被告は、原告シー・エム・エルが本件発明出願経過中、パイプホルダにつき、i)配置上の改良、ii)回動自在の構造、iii)直線的当接の機構という限定を加えたから、本件発明の構成要件Hにいう「パイプホルダ」は、包袋禁反言の法理により、前記3要件を備えたものに限定解釈されるべきであると主張するので、検討する。


(ア) 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲によって定めなければならず、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては、明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮するものとされている(特許法70条1項、2項)。また、明細書の特許請求の範囲以外の部分及び図面を考慮してもなお特許請求の範囲に記載された用語の意義が多義的であり、あるいは不明確な場合には、その解釈に当たり、出願経過において出願人が示した認識や意見を参酌することも許されるものというべきである。


 さらに進んで、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外するなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを明示的に承諾した場合のほか、出願経過中の手続補正書や意見書、特許異議答弁書等において、特許庁審査官の拒絶理由又は特許異議申立の理由に対応して特許請求の範囲記載の意義を限定する陳述を行い、それが特許庁審査官ないし審判官に受け入れられた結果、これらの拒絶理由又は異議理由が解消し、特許をすべき旨の査定ないしと特許を維持すべき旨の決定がされたような場合には、その特許権に基づく侵害訴訟において、特許権者が前記陳述と矛盾する主張をすることは、一般原則としての信義誠実の原則ないしは禁反言の原則に照らして許されないと解するのが相当である。


 なぜなら、出願経過における手続補正書や意見書、特許異議答弁書等の出願書類(包袋)は、何人も閲覧又は謄本の交付を請求することができる(特許法186条)のであり、出願人の前記のような行動や陳述は、一般第三者において、特許請求の範囲が限定されたものと理解するのが通常であり、第三者のこのような理解に基づく信頼は保護すべきものと解されるからである。


(イ) そこで、上記の観点から本件特許出願の経過をみるに、次の事実が認められる。

a 原告シー・エム・エルは、昭和57年3月16日、本件発明につき特許出願をしたが、当初明細書の特許請求の範囲第1項は「・・・」というものであった(甲10、乙25)。


b 本件特許出願については、昭和60年5月24日付けで、実開昭51−161442号公報(第1引用例)に基づいて当業者が容易に発明できたとして拒絶理由通知が発せられた(乙11)。これに対し、原告シー・エム・エルは、昭和60年10月9日付け意見書(乙12)により、「…本発明の曲げ装置においては、パイプがマトリックスの外周に接して曲げ加工を受けるとき、パイプを支持する部位はパイプの湾曲開始点に無く、それよりパイプ送入側に離れた副マトリックス上の位置と、同開始点よりパイプ先行側へ離れた半円溝を直線状に有する前記パイプ支持部材における位置とである。(し)かして本発明においては、被曲げパイプがマトリックス外周に沿って湾曲される区間では、全く曲がりの外側から望ましくない横圧を受けることがなく、またパイプを移動させるための引張力がパイプの湾曲される区間に集中することがない。従って曲げ加工の終わったパイプに延伸や偏平化が生じていない。これに対して引用例の実開昭51−161442号公報の湾曲装置は、少なくともパイプの湾曲開始点において回転弧状盤上に被加工管を圧接するガイドローラ2を配設しており、本発明における構成上の前記改良点を何ら示唆していない。」(3頁14行〜4頁12行)と陳述するとともに、同日付け手続補正書(乙13)により特許請求の範囲の記載の補正等を行った。


 しかし、特許庁審査官は、同年11月12日付けで、本件発明は、第1引用例に加え、昭和38年3月20日日刊工業新聞社発行・橋本明著「プレス曲げ加工」156〜157頁(第2引用例)に基づき当業者が容易に発明できたとの理由で拒絶査定をした(乙14)。


c 原告シー・エム・エルは、昭和61年4月14日付けで拒絶査定に対する審判を請求し(乙15)、同年5月13日付け審判請求理由補充書(乙16)を提出した。同審判請求理由補充書には、本願発明の要旨につき、・・・という各記載があった。


 原告シー・エム・エルは、同日付けで手続補正書(乙17)を提出し、当初明細書の特許請求の範囲第1項に前記i)、ii)を加えるなどの補正をしたが、特許庁審判官は、昭和63年11月28日付けで、明細書及び図面の記載が不備であるため旧特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていないとして拒絶理由通知を発した(乙18)。


d 原告シー・エム・エルは、平成元年6月20日付け意見書に代わる手続補正書(乙19、本件全文補正)により明細書全文及び図面を補正し、特許請求の範囲のうち第1項を第2、1、(1)、イのとおり補正するとともに、発明の詳細な説明のうち、・・・と記載した。特許庁は、これを受けて、平成元年11月7日出願公告を行い、平成2年5月11日付けで、「原査定を取り消す。本願の発明は特許をすべきものとする。」という審決をした(乙20)。


e 前記拒絶査定において引用例とされた公知技術のうち、第1引用例の実開昭51−161442号公報(乙7)には、外周部に被加工材が嵌り込む溝が形成された回転弧状盤と、外周部に被加工材が嵌り込む溝が形成されたガイドローラとを備え、これらの回転弧状盤とガイドローラで被加工材を挟んで回転弧状盤を回転させることにより被加工材を曲げる金属管棒湾曲装置が記載されているが、同公報に示されたガイドローラは被加工材である金属管を軸方向に滑らせつつ案内するものではなく、回転弧状盤の溝との間で金属管棒の上下左右を挟んで強圧するものであるから、本件発明の構成要件Fの構成とは異なっている。また、第2引用例の公刊物(乙8)156、157頁と第152図には、円盤状のダイスのまわりにしごきロール及びパイプ保持具が配置され、レバーを回して、しごきロールによりパイプをダイスの外周溝面に押圧して巻き付けて曲げるパイプ曲げの技術が示されているが、本件発明の構成と比較すると、構成要件Eの回転フォーマに相当するダイスが存在する程度で、その他は異なっている。


(ウ) 前記認定の事実によれば、原告シー・エム・エルが本件発明の特許出願経過中に意見書等でパイプホルダ(本件全文補正前のパイプ支持部材)に関して述べた部分は、拒絶理由通知ないし拒絶査定で引用された公知技術と対比して、本件発明はパイプを支持する部分がパイプの曲げ開始点にはなく、曲げ開始点の両側に分散されており、曲がりの外側から好ましくない横圧を受けることがないということを主張したほかは、本件全文補正前のパイプ支持部材について特許請求の範囲第1項の記載に即して引用例との差異を述べたにすぎず、特にパイプ支持部材の構造についてそれ以外のものを排除する意思を示したものとはいえない。


 そして、パイプ支持部材(パイプホルダ)は、本件全文補正により当初明細書では「基板を介して前記マトリックスに連結されると共に、曲げ加工の際前記マトリックスと前記副マトリックスと協働できるように前記基板に取り付けられたピンのまわりを自由に回転する補助装置としての機能を果たす直軸の半円溝を有するパイプ支持部材」とされていたのが、「前記回転フォーマの外周部に設けられてパイプの曲げ開始部近傍を保持し、その回転フォーマの回転時にパイプを回転フォーマと一体的に保つパイプホルダ(122、123)」とされたものであるから、前記意見書等でパイプ支持部材について述べた部分のうち上記補正で変更された点に関するものは、補正後の特許請求の範囲の解釈を限定する理由はない(なお、本件全文補正が要旨変更に該当しないことは後記判示のとおりである。)。


 本件発明は、パイプホルダに関する前記のような変更にもかかわらず、特許要件を満たすものとして特許されたものであるから、出願経過における意見書等でのパイプホルダに関する出願人の陳述は、出願人が特許庁審査官の拒絶理由又は特許異議申立の理由に対応して特許請求の範囲記載の意義を限定するなどの陳述を行い、それが特許庁審査官ないし審判官に受け入れられた結果、特許をすべき旨の査定がされた場合に当たるものとは認められない。


 よって、被告の禁反言の法理による限定解釈の主張は採用できない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。