●平成8(ワ)12220 「注射液の調製方法及び注射装置事件」大阪地裁

  本日は、昨日まで紹介していた『平成11(ネ)2198 特許権 民事訴訟「注射液の調製方法及び注射装置事件」平成13年04月19日 大阪高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/34C1F4D5B612FA9E49256A7100092BE1.pdf)の前審である『平成8(ワ)12220 特許権 民事訴訟「注射液の調製方法及び注射装置事件」平成11年05月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/BBA4523C738FA47149256A7700082E36.pdf)における被告装置に対する本件方法発明の文理侵害および均等侵害の判断等を紹介します。



  つまり、大阪地裁は、

『2 争点二2(被告装置は、本件方法発明の実施にのみ使用する物か)について

(一) 本件方法発明の特許請求の範囲は、アンプルが前端部を上にして「ほぼ垂直に保持された状態で」注射液を調製することを構成要件としており、このような態様でない状態で注射液を調製する方法は、本件方法発明を文言上侵害するものでないことは明らかである。


(二) そこで、被告装置を用いて行う注射液の調製方法を検討すると、乙第一号証、乙第一八号証、第一九号証の一ないし四、第二〇号証、第二一号証の一ないし四及び検乙第三号証によれば、被告装置の取扱説明書には、「〈カートリッジの取り付けと薬剤の溶解〉」との標題の下に、「針先を水平からやや上向きに保持し、カートリッジホルダーグリップを矢印の方向へゆっくり回して下さい。ゴムガスケットが押し込まれて、カートリッジ内で薬剤の溶解が行われます。」との説明があり、その横に針先を水平から概ね三〇度程度の角度となるように被告装置を保持して薬剤の調製を行っている図が記載されていること、被告装置の取扱いを説明したビデオテープにおいても同様に、針先を水平からやや上向きに保持して注射液を調製するように指示されていること、医師が被告装置を現実に使用する患者である児童及びその親(被告装置は、小人症の患者に対しヒト成長ホルモンを注射するのに用いられる。)に対して被告装置の使用方法を説明する際には、被告装置の取扱説明書あるいは患者説明用ビデオテープ、患者説明用パネルを使用して、その操作方法、溶解方法、注射方法を説明していること、被告装置を斜めに保持したまま溶解作業を行うことにより、溶解した液がこぼれるとか、その他の不都合があったとの報告はないことが認められる。


 右各事実に加え、被告装置は医薬品である薬剤を調製し、これを注射するための装置であり、患者あるいはその家族がこのような装置を使用する際には、医師及び医薬品メーカーの指示に忠実に従って作業を行うのが通常であることも併せ考えれば、被告装置は、水平からやや上向きに保持して注射液を調製する方法に用いられるのが通常であると推認される。


(三) 原告は、装置が特許法一〇一条二項にいう「その発明の実施にのみ使用する物」ではなく「他の用途」があるというためには、当該用途が社会通念上実用的な方法であることが必要であり、当該装置の構造それ自体の設計目的に合致しないルーズな態様での使用は含まれないとし、被告装置を斜めに保持して注射液の調製を行う方法は、社会通念上実用的な方法であるとはいえないと主張する。


 そこで検討するに、特許法一〇一条二号にいう、「その発明の実施にのみ使用する物」とは、その物が社会通念上経済的、商業的ないしは実用的な他の用途がないことをいい、他の用途があるというためには、抽象的ないしは試験的な使用の可能性では足りないというべきであるが、前記のとおり、被告装置は、実際に、水平からやや上向きに保持する方法で注射液の調製に使われていると認められるのであり、そのようなものとして実際に使用者に受け入れられ、商品としての機能を実際に果たしている以上、それを実用的な方法でないということはできず、また、このような注射液の調製方法は、「ほぼ垂直に保持された状態」との文言から通常観念される範囲を明らかに超えているから、被告装置には、実用的な他の用途があるというべきである


(四) よって、被告装置は、本件方法発明について、特許請求の範囲の文言上は、その技術的範囲に属する注射液の調製にのみ使用する物であるということはできない。


三 争点二3(被告装置を用いて行う注射液の調製方法は、本件方法発明と均等の範囲にあるか)について


1 前記のとおり、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、前記一2(一)のi)ないしv)?の要件を備える場合には、対象製品等は特許請求の範囲に記載された製品等と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。そこで、被告装置を針先を水平よりわずかに上向きに保持して薬剤を調製する方法が本件方法発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するということができるかを、以下検討する。


2(一) 本質的部分について

(1) 前記のとおり、均等の成立要件にいう本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分をいうと解すべきである。


(2) これを本件についてみると、前記のとおり、本件特許発明の優先権主張日において、多室シリンダアンプルの構成、注射装置においてネジ機構を用いる構成は公知であり、ネジ機構により注射液を調製する方法についても周知技術であったということができるから、本件方法発明は、これらの構成を結合して、後側可動壁部材をネジ機構によりゆっくりと押すことにより敏感な薬剤を簡易に調製する方法を開示した点に特徴的部分があるというべきであり、このような構成を採用したことが本件特許発明の本質的部分であると解される。


 他方、注射液を調製する際に「ほぼ垂直に保持された状態」とする点については、本件公報中に右構成を採用することの格別の技術的意味や作用効果を示唆する記載は見当たらないが、原告製造に係る本件装置発明の実施品(検甲第二号証の一)添付の取扱説明書には、注射液を調製する際に、「注射針側を下に向けて本体(注…本件装置発明でいう管状部材のうちの一つに相当する。)を回しながら取り付けると中の液が出てしまいますので必ず注射針を上に向けたまま操作して下さい。」との注意書があり、被告装置の取扱説明書(乙第一号証)にも同様に、「カートリッジホルダーグリップ(注…別紙物件目録(一)の操作ノブ34に相当する。)を回しているときに、針先を下に向けると薬液がこぼれますから注意して下さい。」との注意書があることからすると、注射液を調製する際に針先から液が漏れないようにする点にその技術的意義があるものと考えられる。そして、注射液を調製する際に、針先から液が漏れないように針先を上に向けること自体は、公知技術に関する公報の記載(乙第二二号証の四の第五図(一〇頁右上欄末行目)及び乙第二二号証の五の第九図(11欄41行目)。ただし、後者については本件特許発明の優先権主張日より後の文献であるが、甲第一二号証によれば同内容の公開公報が右優先権主張日前に公刊されていたと認められる。)においても格別技術的意義を有する事柄として記載されていないことからして、通常に行われている常套手段にすぎないと認められるから、注射液の調製方法として特段新規性、進歩性がある部分とは考えられず、これは、多室シリンダアンプルを使用した注射液の調製方法であっても異なるところはない。なお、乙第三号証(枝番が付されているものをすべて含む)によれば、本件方法発明における「ほぼ垂直に保持された状態で」との構成は、出願人が特許庁審審官の拒絶理由通知に対応して手続補正をした際に加入されたものであることが認められるが、右証拠によれば、拒絶理由通知における拒絶理由は、注射液の調製の際、空気の混入を防ぐようにすることは常套手段であるとの点にあったことが認められるから、本件方法発明の右構成は本質的部分であるとはいえないとの前記結論を覆すものではない。


(3) 被告装置を用いた注射液の調製方法は、多室シリンダアンプルの後側可動壁部材をネジ機構でゆっくり移動させて注射液を調製する方法を採用していることは前記のとおりであり、右方法と本件方法発明の異なる部分は、注射液を調製する際に、ほぼ垂直に保持して行うか、水平に近い斜め状態に保持して行うかの点であるから、右相違点は本件方法発明の本質的部分ではない。


(二) 置換可能性について

 被告装置は、針先を水平に近い斜めの状態に保持して注射液を調製するものであるが、「ほぼ垂直に保持」するという本件方法発明の構成をこのように置換しても、二室シリンダアンプルの後側可動壁部材をネジ機構を用いてゆっくり押すことにより、敏感な薬剤の簡易な調製を可能としたという本件方法発明の目的を達することは被告も認めるところであって、本件方法発明と同一の作用効果を奏するものということができるから、置換可能性があると認められる。


(三) 置換容易性について

 本件方法発明の「ほぼ垂直に保持する」との構成を、被告方法のように、水平に近い斜め状態に保持する構成に置換しても、水平よりも針先が上に向いていれば、注射液がこぼれることがないことは明らかであり、また、二室シリンダアンプルにおいて、注射器を垂直に保持すれば、ネジ機構によるピストンの移動に関係なく前室に液が流入することがないが、これを斜め状態に保持した場合でも、連絡通路の大きさが極端に大きい場合でなければ、ピストンの移動に関係なく急激に薬液が前室に流入することがないことは被告も認めるところであって、このことは被告装置の構造上明らかであるから、右部分の置換は、当業者が被告装置の製造時点において容易に想到することができたものであるということができる。


(四) 公知技術からの容易推考性について

 本件全証拠によっても、被告方法が、本件装置発明の優先権主張日の時点において、公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたと認めるに足りる証拠はない。


(五) 意識的除外等の事情について

 本件全証拠によっても、被告方法が本件特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。


 なお、被告は、本件方法発明における「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件が、拒絶理由通知に対する出願人の手続補正により付加されたものであることを主張しているが、右の拒絶理由通知の趣旨は、前記のとおり、注射液を調製する際に空気の混入を防ぐようにすることは常套手段であるということにあったものであるから、手続補正により付加された「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件は、右の拒絶理由通知における特許拒絶理由を回避するために付加された要件ではないことは明らかであり、しかもこれ自体は前記のように注射液を調製する際の常套手段を記載したにすぎないから、これをもって特許請求の範囲の記載から意識的に除外されたものに当たる特段の事情があるということはできない。


3 なお、被告は、間接侵害の場合には、均等の適用について厳格に解すべきであると主張するが、当該特許方法又は当該特許方法と均等の範囲にある方法の実施にのみ使用する物の製造、販売等は、直接特許権を侵害する場合と同じく特許権の効力を及ばしめるものとするのが特許法一〇一条の趣旨に適合するものというべきであるから、当該特許方法と均等の範囲にある方法の実施にのみ使用される物を製造、販売する行為を間接侵害に含ましめないとする根拠はなく、被告の主張を採用することはできない。


4 したがって、被告装置を「水平に近い斜め状態」で保持して行う被告方法は、本件方法発明と均等の範囲にあるものであって、被告方法は本件方法発明の技術的範囲に属するというべきである。


 そうすると、被告装置は、前記認定のとおり、本件方法発明の技術的範囲に属する方法にのみ使用されるものであり、他の用途に使用されることはないから、被告装置を製造、販売する行為は、本件方法発明の間接侵害となるというべきである。


四 よって、原告の請求は理由がある(仮執行宣言を付するのは相当でないから、付さないこととする。)。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10498 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ベータ-2-気管支拡張薬の改善使用」 平成19年08月21日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070822114439.pdf