●平成11(ネ)2198 「注射液の調製方法及び注射装置事件」大阪高裁(2)

  本日は、昨日に続いて『平成11(ネ)2198 特許権 民事訴訟「注射液の調製方法及び注射装置事件」平成13年04月19日 大阪高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/34C1F4D5B612FA9E49256A7100092BE1.pdf)について紹介します。
 
 本件の控訴人代理人(一審被告代理人)は、村林隆一弁護士等である一方、被控訴人代理人(一審原告代理人)は、大場正成弁護士等であり、西と東の大御所の知財弁護士の争いという感もする事案であり、両者の主張もとても参考になります。


 そして、これらの主張に関し、大阪高裁は、

『五 本件方法発明の構成要件Bの「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」の充足性(争点二3)について

 原告は、被告装置の使用方法として、アンプルを「水平に近い斜めに」して注射液を調製するというのは、無理に作出した例外であり、「ほぼ垂直に」保持して用いるのが正当かつ通常であり、被告方法は、本件方法発明の「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足すると主張する。


 そこで、被告装置を用いて行う注射液の調製方法を検討すると、乙一、一八、一九の1ないし4、二〇、二一の1ないし4及び検乙三によれば、被告装置の取扱説明書には「〈カートリッジの取り付けと薬剤の溶解〉」との標題の下に「針先を水平からやや上向きに保持し、カートリッジホルダーグリップを矢印の方向にゆっくり回して下さい。ゴムガスケットが押し込まれて、カートリッジ内で薬剤の溶解が行われます。」との説明があり、その横に針先を水平から概ね三〇度程度の角度となるように被告装置を保持して薬剤の調製を行っている図が記載されていること、被告装置の取扱いを説明したビデオテープにおいても同様に、針先を水平からやや上向きに保持して注射液を調製するように指示されていること、医師が被告装置を現実に使用する患者である児童及びその親(被告装置は、小人症の患者に対しヒト成長ホルモンを注射するのに用いられる。)に対して被告装置の使用方法を説明する際には、被告装置の取扱説明書あるいは患者説明用ビデオテープ、患者説明用パネルを使用して、その操作方法、溶解方法、注射方法を説明していること、被告装置を斜めに保持したまま溶解作業を行うことにより、溶解した液がこぼれるとか、その他の不都合があったとの報告はないことが認められる。


 右各事実に加え、被告装置は医薬品である薬剤を調製し、これを注射するための装置であり、患者あるいはその家族がこのような装置を使用する際には、医師及び医薬品メーカーの指示に忠実に従って作業を行うのが通常であること、検乙三を見ても、被告装置を用いて薬剤を調整するに当たり、被告が指示する方法を採ることが、直ちに不自然であるとか、苦痛であるとは認められず、これらを併せ考えれば、被告装置は、水平からやや上向きに保持して注射液を調製する方法に用いられるのが通常であると推認される。


 以上によると、被告装置の使用方法は、「ほぼ垂直に保持された状態で」使用することを予定していないので、被告方法が、本件方法発明を文言上侵害するとはいえないと考える。

六 本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」の充足性(争点二4)について

1 被告装置は、原判決別紙物件目録(一)、(二)記載のとおり、本体部20及び溶解プランジャー22と一体的に構成された溶解プランジャー22とは別軸である案内ネジ軸26に切り込まれた雄ねじ26aと、操作ノブ34の内側周面に切り込まれた雌ねじ34bが螺合し、これにより本体部20と移動部30が相対移動することにより溶解プランジャー22が前進し、被告カートリッジの第二ゴムガスケット74を押し込む構成であるところ、多室シリンダアンプルの後側可動壁部材の押し込みについて、複数部材の回転方向の相対移動をネジ機構の螺合によって直線方向の小さな動きに変換して、これによりピストンを静かにゆっくりと動かすためのものであることは明らかであるから、被告装置は「ネジ機構」を備えているということができる。


 被告方法は、右のような被告装置を用いて行う注射液の調製方法であるから、本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」を充足すると考える。


2 被告は、本件特許権の特許請求の範囲における請求項1に記載された「ネジ機構」は、請求項4ないし7に具体的に記載されているネジ機構に限定されるから、請求項4ないし7の要件を満たさない以上、被告装置は請求項1の「ネジ機構」の構成を備えているとはいえないと主張する。


  しかし、特許出願において、多項制が採用されている現行特許法の下で、ある請求項において上位概念により構成を記載した発明を出願し、他の請求項において当該上位概念を具体化した構成により記載した発明を出願することは何ら妨げられない。


  このような場合に、上位概念により構成を記載した発明について、当該上位概念が他の請求項において記載された具体的構成に限定されると解する根拠は見当たらない。


  上位概念により記載された構成が、発明の詳細な説明における記載を参酌しても、当業者が容易にその実施をすることができる程度の目的、構成及び効果が記載されているといい得ないような場合(特許法三六条四項参照)はさておき、上位概念により記載されている構成であるからといって、直ちに限定的な解釈を採るべきでないことはいうまでもなく、当業者が公知技術、周知技術を参酌して、適宜実施できる程度に具体的に記載されていれば足りるものと解すべきである。


3 被告は、本件方法発明の構成要件である「ネジ機構により」との構成が機能的クレーム・抽象的クレームであり、本件特許発明の請求項4ないし7に記載されている装置の発明の技術的範囲に属する装置を用いて行う方法に限定して解釈すべきであると主張する。


 しかし、本件方法発明において「ネジ機構」との記載が意味するものは、多室シリンダアンプルの後側可動壁部材の押し込みについて、複数部材の回転方向の相対移動をネジ機構の螺合による動作によって直線方向の小さな動きに変換し、これによりピストンを静かにゆっくりと動かすためのものであることは、明細書の記載より明らかである。そして、このような目的を達成するために、当業者が、明細書に開示されている装置の発明、実施例あるいは公知技術、周知技術を参酌して適宜実施することは可能であるということができるから、本件方法発明における「ネジ機構」との構成について、これを本件特許発明の請求項4ないし7に記載された装置の発明の技術的範囲に属するものに限定して解釈すべき理由はない。


4 被告は、本件被告装置の構成は、本件明細書の開示に基づき当業者が容易に想到できた注射液の調製手段とはいえず、本件被告方法の「別軸のネジ機構」は本件明細書の開示範囲に含まれない別発明であると主張する。


 しかし、本件公報及び乙二二ないし二五によると、本件特許発明の優先権主張日において、多室シリンダアンプルの構成、注射装置においてネジ機構を用いる構成は公知であり、ネジ機構により注射液を調製する方法についても周知技術であったということができるから、本件装置発明の構成要件中に記載されている「ネジ機構」の構成を請求項4ないし7の装置発明において具体的に記載されているネジ機構に限定して解釈する必要性はなく、右各請求項に記載されている装置はもちろんのこと、明細書の記載から当業者が公知技術、周知技術を参酌することにより適宜実施できる構成を使用するものもその技術的範囲に含まれるものと解するのが相当である。


 そして、乙一〇、一一によると、「ネジ機構」をピストンとは別軸に設ける構成の注射装置は、本件特許発明の優先権主張日には既に公知であったことが認められ、被告方法の採用する「ネジ機構」は、当業者が公知技術、周知技術を参酌して適宜実施できるものに含まれる。


 なお、被告は、原判決が、右と同じ判断を示しながら、争点一4の判断において、当業者が、本件装置発明の構成を被告装置のような構成に置き換えることが容易に想到できたということはできないと判断したことが矛盾していると非難するが、本件方法発明における「ネジ機構」から当時の公知技術等を参酌して適宜実施する難易と、本件装置発明において開示された万年筆型の構成を被告装置の構成に置き換えることの想到性の難易とが必ずしも同じであるとは限らないというべきである(なお、当裁判所は、前記一記載のとおり、争点一4の判断において、当業者が、本件装置発明の構成を被告装置のような構成に置き換えることが容易に想到できたということはできないとの判断はしていない。)。


5 したがって、被告装置を用いて行う注射液の調製方法は、本件方法発明による構成要件Bのうち「後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」との構成を充足する。 』


 と判示されています。


 なお、昨日も紹介したように、大阪高裁は、本件方法特許発明の均等論の第1要件の本質的部分を認定する際、「本件特許発明の優先権主張日において、多室シリンダアンプルの構成、注射装置においてネジ機構を用いる構成は公知であり、ネジ機構により注射液を調製する方法についても周知技術であったということができるから、本件方法発明は、これらの構成を結合して、後側可動壁部材をネジ機構によりゆっくりと押すことにより敏感な薬剤を簡易に調製する方法を開示した点に特徴的部分があるというべきであり、このような構成を採用したことが本件特許発明の本質的部分であると解される。」と言及していますので、これらの公知、周知技術を参酌すると、もう少し早くキルビー最高裁判例が出されていて、被告側がキルビー最高裁判例の権利濫用の抗弁(現在の特許法104条の3の無効の抗弁)を主張可能であったら、もしかすると、結果が変わったのではないかな、個人的にと思いました。いずれにしろ、結果はどちらになっていてもしょうがない非常に微妙な事件ではないかな思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。