●平成8(ワ)2964 実用新案権 民事訴訟「圧流体シリンダ事件」(2)

  本日は、昨日に続いて、『平成8(ワ)2964 実用新案権 民事訴訟「圧流体シリンダ事件」平成15年02月10日 名古屋地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A508502DF8371DCC49256D39000E3021.pdf)
について取上げます。


  本件は、昨日も紹介したように均等侵害が認められた事件ですが、損害額の判断についても、興味のある判断がされていますので、取上げます。


 まず、損害額についての原告および被告の主張は、


『(4) 損害額について

(原告の主張)


ア 主位的請求

 原告は,イ号物件と競合する原告製品「ロッドレスシリンダORS」を平成8年7月から製造販売している。これは,本件考案の実施品ではないが,イ号物件と同様に,バレルの片側にベースを設け,案内レールで案内される連結板を備えたもので,イ号物件と近似した構成となっており,市場においてイ号物件と競合しており,原告製品の販売機会の喪失が本件権利の侵害と相当因果関係があることは明らかであるから,原告の逸失利益に基づく損害賠償が認められるべきである。

 しかして,原告製品の単位利益額は,少なくとも平均1本当たり2万5000円であるところ,被告は,平成7年1月から平成12年10月までの間に,イ号物件を3万1131本製造販売したことを自認しているから,これを単位利益額に乗じた損害額は,7億7827万5000円となる。


イ 予備的請求

イ号物件の販売価格は,被告の定価表(甲39)によれば,本体価格の平均価格が8万6870円,ストローク調整ユニットの平均価格が1万1823円,オートスイッチの平均価格が6340円であることから,10万5033円となり,少なくとも10万円を下らない。被告は,市場占有率を拡大するために値引き販売している可能性があるが,原告は,被告が本件権利を侵害するイ号物件を値引き販売することによって多大な損害を被っており,それ自体が許されない。したがって,イ号物件の販売代金総額は,少なくとも31億1310万円となる。


 ところで,原告は,本件権利を同業他社に販売金額の12パーセントの実施料で実施許諾し,その実施料の支払を受けていた(甲41)のであり,本件権利の実施に対し通常受けるべき金銭の額(平成11年1月1日からは,実施に対し受けるべき金銭の額)は,イ号物件の販売金額の12パーセントである。しかも,イ号物件は利益率の高い製品であり,被告の限界利益率は35パーセントを下ることはなく,実施料率が12パーセントであっても決して高いとはいえない。したがって,実施料相当損害金は,3億7357万2000円となる。


ウ 弁護士費用

原告は,被告による本件権利の侵害のため,訴訟代理人に本訴の提起を依頼せざるを得なかったところ,被告の不法行為と因果関係を有する上記費用は,認容額の15パーセントを下るものではなく,少なくとも,その金額は5558万4000円を下らない。


エ 結論

よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償の内金として,4億2614万4000円並びにうち4560万円に対する履行期後であることの明らかな平成8年8月28日から,うち3億8054万4000円に対する同様の平成14年7月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求する。


(被告の主張)

ア 主位的請求について

被告は,平成7年1月から平成12年10月までの間に,イ号物件を3万1131本製造販売しているが,原告製品の利益相当額が損害であるとの主張は否認ないし争う。


イ 予備的請求について

イ号物件の販売金額合計は,18億2043万6000円であるが,これには,センサー等のオプション品代が含まれており,これらオプション品代金の合計は概算2億2200万円であるから,本体の販売金額の合計は15億9843万6000円となる(平均販売単価は,5万8477円である。)。この点につき,原告は定価表の金額を基準として主張するが,定価表は,公示価格であって単なる目安である。被告は,企業努力によって販売価格を低減したのであり,ダンピングではない。また,大部分が,特約店や代理店を介して販売されるものであり,公示価格によって販売を行っているものではなく,原告の主張は失当である。


実施料率については,一般産業用機械の最頻値は5パーセントであり,平成7年以降については,更に平均値は下落していること,ハード系技術のロイヤルティーの多くが5パーセント未満であること,8パーセント以上の実施料率が設定されるのは,特殊な目的でのみ使われるなどの理由で,生産数量が小さいなどの特別事情がある場合と認識されていること等からすれば,実施料率は3パーセントを上回るものではない。また,周知技術であるロッドレスシリンダの基本形,すなわち,本体上部に移動自在に連結板を設け,本体に設けられたスリットを介してピストンの動きに応じて連結板を変位させ,ワークを移送するものと比較すれば,その寄与率は44.59パーセントである。

  したがって,仮にイ号物件が本件権利を侵害しているとしても,実施料相当額は2138万2000円を上回らない。


ウ 弁護士費用について

  本件権利は,いったん従来技術によって無効とされていることから明らかなとおり,無効事由を包含しているから,弁護士費用の請求は失当である。』

 というものです。



 そして、名古屋地裁は、

『8 争点(4) 損害額について

(1) まず,主位的請求(法29条1項)について判断するに,証拠(甲58)によれば,原告が「ロッドレスシリンダORS」シリーズを製造,販売している事実が認められるが,同時に,原告は,同製品が本件考案の実施品でないことを自認しているところ,このような場合には,原告製品と侵害製品とが市場において競合し,侵害製品がなかったならば原告製品の販売量が増加するとの関係が相当な確度でもって認められない限り,原告製品の単位利益額をもって,法29条1項に基づく損害の請求をなし得ないと解すべきところ,本件においては,上記関係を認めるに足りる証拠はなく,また,「ロッドレスシリンダORS」シリーズの単位利益額が原告主張の金額であることを客観的に示す証拠もない。よって,原告の主位的請求は理由がない。


(2) 次に,予備的請求について判断する。

ア まず,前提となるイ号物件の販売代金総額について検討するに,証拠(甲39)によれば,イ号物件の1本当たりの定価は,本体の平均価格が8万6870円,ストローク調整ユニットのそれが1万1823円,オートスイッチのそれが6340円とされており,その合計額は10万5033円であることが認められる。


  しかしながら,実際の販売価格が定価を下回る状況はまれではなく,特にイ号物件は一般産業用機械であり,代理店等を介する取引の割合が多いと推測できるから,定価から相当程度の減価(値引き)をして販売することが十分に考えられるところ,現に,証拠(乙47)には,その平均販売単価は5万8477円であり,合計販売代金総額が18億2043万6000円であると記載され,この金額を上回る金額で販売されたことを裏付ける証拠は見当たらないことからすると,定価は名目上のものにすぎず,上記金額をもって被告の販売代金総額であると認めるのが相当である。


イ 次に,本件考案のイ号物件に占める寄与率について判断する。前記のとおり,イ号物件は,ストローク調整ユニット(定価の平均価格が1万1823円)及びオートスイッチ(同6340円)と組み合わされて販売されているところ,ストローク調整ユニットやオートスイッチは,ロッドレスシリンダ本体に付属する部品にすぎず,その機能や購入の動機づけにおいて,これに完全に依存した部品と考えられることなどを考慮すると,本件考案のイ号物件に占める寄与率は,90パーセントをもって相当と判断する。


ウ さらに,実施料率について検討するに,一般に,これを算定するに当たっては,権利者の実施状況,実施契約の状況,侵害された権利が基本的技術か又は改良的技術か,従前技術との距離はどうか,被告製品において果たしている重要性はどうか,商業的実施に困難性があったか,更に投資を要するものであったか等の当該権利の技術内容と程度,被告の規模,被告製品の単価数量等の諸般の事情に加え,平成10年法律第51号による改正によって,現行の実用新案法29条3項の規定が新設された趣旨を総合的に考慮して,相当な割合を算定すべきである。


  これを本件についてみるに,前記のとおり,本件権利は,ロッドレスシリンダの分野においては,小型化しつつ正確な直線運動を確保できる,有用性の高い考案を対象とするものであること,そうであるにもかかわらず,製造については,特段複雑な工程を要するものではなく,そのため利益率が高めになると考えられること,被告は,空圧機器で世界シェア2割,国内シェア5割を占める大手の会社であり,原告と比較して規模に格段の相違があること(甲40),被告においても相当数の販売実績を有し,その販売数量が増加傾向にあり(乙47),これによって上記シェアの拡大,維持に貢献していると考えられること,原告は,本件権利を同業他社に販売金額の12パーセントの実施料で実施許諾し,その実施料の支払を受けていたこと,もっとも,上記実施契約は1件だけであり,販売数量も少なく本件実用新案権以外に意匠権等も併せてその使用を認める契約であること(甲41),その他,本件に顕れた上記の諸般の事情を総合考慮すれば,本件において相当な実施料率は,10パーセントと判断するのが相当である。


  この点について,被告は,発明協会発行の「実施料率」における当該分野の最頻値や平均値を採用すべきである等と主張するが,上記のとおり,各事案における実施料率は,具体的な事情に基づいて個別的に判断されるべきものであり,いわゆる業界相場はその一要素として検討され得るにすぎないから,上記判断を覆すには足りず,被告の上記主張は,採用できない。


エ よって,アの金額にイ及びウの各割合を乗じて算出した実施料相当損害金は,1億6383万9240円となる。


(3) 最後に,弁護士費用について判断するに,原告が本訴の提起・追行を訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであり,これに本件事案の性質・内容・複雑さ等の本件訴訟の経過及び認容額並びに本件実用新案権の存続期間内であれば差止請求が認容されるべきであったこと,その他本件に顕れた一切の事情を参酌すると,被告による侵害行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては,1000万円をもって相当と認める。


9 結論

 以上の次第で,原告の本訴請求は,損害金1億7383万9240円並びにうち4560万円に対する履行期後であることの明らかな平成8年8月28日から,うち1億2823万9240円に対する同様の平成14年7月2日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき,民訴法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。