●平成7(ワ)23005 特許権 民事訴訟「抗真菌外用剤事件」

 本日は、『平成7(ワ)23005 特許権 民事訴訟「抗真菌外用剤事件」平成9年11月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061026143537.pdf)についてご紹介します。


 本件は、明細書の記載や、中間処理時の出願経過等を参酌した禁反言により、特許発明の技術的範囲を限定解釈した事案です。


 つまり、東京地裁(高部 眞規子 裁判長)は、

『3(一) また、本件特許出願の過程において、以下の事実が認められる(乙第四号証、乙第五号証及び乙第六号証の一ないし四)。


(1) 本件発明の出願に対して、特許庁審査官は、昭和六三年一〇月四日付けで、「この出願の発明の外用剤で使用されている各成分は公知であり、かかる広く使用されている成分を混合することは当業者ならば必要に応じて適宜なし得ることにすぎない。」旨の拒絶理由通知を行った。


(2) これに対して、出願人たる原告は、昭和六三年一二月二一日付け意見書を提出したが、右意見書には、「ハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸グリコールエステル、クロタミトンなどが外用剤の溶解剤になるという技術思想は全く新規で、引用例には開示は勿論のこと示唆すらありません。」、「例えば外用剤の一種であるクリームなどを作るに当たって、溶媒に一旦溶解させ、製剤化するという技術は全く示唆すらされていません。」、「本願発明はイミダゾール系抗真菌剤が、特定の化合物に溶解することの知見をベースにしてなされたもので、その特定の化合物は外用剤の成分として公知とはいえ、およそ溶解剤になるとは当業者といえども想像さえつかない特殊なものであるといえます。」、「活性成分が溶解され、次いで製剤化された場合は、活性成分が均一に基剤中に含まれることになり、かつ経皮吸収が良好に行われることになります。」等の記載がある。


(3) 原告は、欧州特許庁に対し、本件特許出願を優先権の基礎とする特許出願を行ったが、その際、提出した本件明細書の英訳文において、本件特許請求の範囲第1項は、次のとおりに記述された。

 「一般式(I)(式中R1、R2及びR3の少なくとも一つは塩素原子で残りは水素原子である。)で表わされる化合物が化合物(I)を溶解するのに十分な量のハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコール、ベンジルアルコール及びクロタミトンからなる群より選ばれた少なくとも一種の補助剤に溶解されている溶液、及び外用基剤からなる抗真菌外用剤」(右英訳文を日本語訳したもの)


(二) 右認定の事実によれば、原告も出願過程において、クロタミトン等の溶解剤としての技術的意義を強調し、化合物(I)を溶解剤に溶解してから製剤化することにより得られる効果を主張して拒絶査定を回避し、また同旨の欧州特許庁への出願をしたもので、本件発明が化合物(I)とクロタミトン等からなる溶液を外用基剤で製剤化することを前提としていたものと認められる。


4(一) 以上のような本件発明の特許請求の範囲の文言、本件明細書の発明の詳細な説明における記載や実施例の内容、本件特許出願の過程における原告の主張内容、原告の欧州特許庁に対する提出書類の内容等を総合すると、本件発明は、抗真菌剤として公知のミコナゾール等を用いる抗真菌外用剤に関するものであり、製剤化するにあたって、通常の外用剤の製法に従って外用基剤にミコナゾール等を直接添加したのでは、結晶の析出がみられて所望の外用剤が得られないという問題点があることに鑑み、外用剤の薬効成分としては公知であるものの、ミコナゾール等の溶解剤としては知られていないクロタミトン等をミコナゾール等の溶解剤として使用するという新規な技術思想を用い、右の溶解液を外用基剤で製剤化することによって、結晶の析出のない優れた外用剤を得ることをその内容とする発明であるものということができる。


 そうすると、本件発明においては、前記のような結晶の析出を防止するために、化合物(I)を外用基剤と混合する前に、まずこれをクロタミトン等に溶解させた溶液を調製し、しかる後にこれを外用基剤で製剤化するという過程をとることが、発明の性質上不可欠ということになり、それ故にこそ、本件明細書の発明の詳細な説明の記載や実施例においても、まず化合物(I)とクロタミトン等との溶液を得てこれを外用基剤で製剤化する旨が、前記のとおり、繰り返し記載されたものと解される。


(二) したがって、本件特許請求の範囲における「溶液」とは、化合物(I)を溶質とし、クロタミトン等を溶媒とする溶液を指すものと解釈するのが相当である。

 そうすると、本件発明の構成要件は、被告が主張するとおり、

a 本件特許請求の範囲第1項記載の一般式(I)で表わしうる化合物とこれを溶解するに十分な量のハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコールエステルまたはクロタミトンの一種もしくは二種以上からなる溶液を
b 外用基剤で製剤化してなる
c 抗真菌外用剤
と分説するのが相当である。


(三) そして、右のように分説された構成要件を充足するためには、構成要件aの溶液が構成要件bの外用基剤とは別個に調製され、構成要件aの溶液が構成要件bの外用基剤によって製剤化された抗真菌外用剤であることを要するものと解するべきである。すなわち、本件発明の構成要件aを充足するためには、前記認定のとおり、製剤の製造過程において、ミコナゾール等の化合物(I)を溶質とし、クロタミトン等を溶媒とする溶液が調製されることが必要であり、しかも、通常の外用剤の製法に従って外用基剤に直接化合物(I)を添加したのでは結晶の析出がみられるという問題点を解消するために、まず化合物(I)を、溶解剤としては新規なクロタミトン等に溶解させてから、その溶液を外用基剤で製剤化するという点に本件発明の意義があることからすれば、右溶液は、外用基剤に当たる成分からは独立して調製されなければならず、外用基剤に当たる成分が混在する状態の物質は、構成要件aの溶液には当たらないと解するべきである。


(四) なお、原告は、右のような構成要件の解釈は、物の発明の解釈に製法プロセスを持ち込むものであって相当でなく、配合順序は関係ない旨主張する。


 しかしながら、本件発明が、抗真菌外用剤という組成物の発明であることは原告主張のとおりであるけれども、本件発明の特許請求の範囲が、組成物の発明について、構成要件aの溶液及び構成要件bの外用基剤という原料を規定することによって構成されており、右原料のうち、構成要件aの物質が、特定の溶質と特定の溶媒からなる溶液であることから、構成要件の解釈として、構成要件bの外用基剤とは別に構成要件aの溶液が調製されていなければならないという製造方法の要素が不可避的に現れるものにすぎない。


 また、前記2、3認定の本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願の経緯に照らすと、本件発明は、前記のとおり、クロタミトン等を化合物(I)の溶解剤として溶液を作り、右溶液を外用基剤で製剤化するという点に進歩性が認められて登録されるに至ったものであり、原告がこれに反する前記のような主張をすることは、禁反言の原則に照らし許されないばかりか、本件発明の技術的範囲を確定するにあたって原告主張のような解釈をするとすれば、特許法七〇条の規定に反し、特許権者に対し期待していた以上の広い保護を与え、当業者に対し予測しない不利益を与えることになる。


 したがって、原告の前記主張は、失当である。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。