●平成18(行ケ)10094 審決取消請求事件「レンズ及びその製造方法」

  本日は、『平成18(行ケ)10094 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「レンズ及びその製造方法」平成19年07月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070731113036.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、進歩性判断の際の引用例の参酌する範囲や、特許出願後の実験データの提出による出願当初明細書等に記載されていない事項の補足について『平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件「偏光フィルムの製造法」平成17年11月11日 知的財産高等裁判所』(http://www.ip.courts.go.jp/documents/pdf/g_panel/10042.pdf)を引用して同旨を判示されている点で、参考になる事案かと思います。



 つまり、知財高裁(第3部 飯村敏明 裁判長)は、


『1 刊行物1発明の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1)について

(1)原告は,審決が,「刊行物1発明について分子内に2つ以上のエピチオ)基を有する化合物とブルーイング剤を含有する重合性組成物を注型重合することを特徴とするエピチオ系レンズの製造方法」と認定した点に対し,刊行物1には「分子内に2つ以上のエピチオ基を有する化合物と,紫外線吸収剤と触媒の使用量が,エピチオ化合物と紫外線吸収剤及び触媒の合計100重量部に対して,一定の関係式を同時に満たす量と,ブルーイング剤を含有する重合性組成物を注型重合することを特徴とするエピチオ系レンズの製造方法」のみが記載され,上記関係を満たさない発明は記載されていないのであるから,後者の発明をも包含するとした審決の認定には誤りがある,と主張する。


 しかし,特許出願に係る発明について進歩性等の特許要件を判断するに当たり,特定の公知技術と対比するに際して,当該公知技術の内容は,特許出願に係る発明との対比に必要な範囲で特定すれば足りるというべきである。


 すなわち,特許出願に係る発明は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて特定されるところ,特許請求の範囲は,通常,ある程度抽象的な文言により記載され,抽象化された技術内容として特定されるのに対して,公知技術が記載された文献等は様々であって,具体的な態様のみが記載されているものも存在する。このような場合に,公知技術について,特許出願に係る発明との対比に必要な範囲で,その特徴的な要素を抽出して技術内容を特定,把握することは許されるというべきである。このことは,特許出願に係発明と公知技術との同一性を判断する場合を想定すれば明らかなことであるが,進歩性の有無を判断する場合においても妥当するということができる。


 本件についてこれをみると,本願発明は「分子内に2つ以上のエピスルフィド基を有する化合物と10ppmから0.01ppmの範囲の染料からなるブルーイング剤を含有する重合性組成物を注型重合することを特徴とするエピスルフィド系レンズの製造方法」であって,紫外線吸収剤及び触媒の配合量,並びに,紫外線吸収剤と触媒との量的関係を,その構成要件として特定するものではない。


 そうすると,刊行物1に,紫外線吸収剤及び触媒の配合量,並びに紫外線吸収剤と触媒との量的関係が記載されており,それが刊行物1発明の特徴的部分であるとしても,本願発明との対比に当たっては, 紫外線吸収剤及び触媒の配合量並びに紫外線吸収剤と触媒との量的関係は,一致点・相違点の判断に,およそ影響を及ぼすことはないのであるから,本件において,審決が,刊行物1発明を認定するに当たり,紫外線吸収剤及び触媒の配合量,並びに紫外線吸収剤と触媒との量的関係を要素に加えて限定しなかったことに誤りはない。


 ・・・省略・・・


(2) ブルーイング剤の含有量について

 原告は,刊行物2〜4に染料ブルーイング剤の含有量が記載されているとしても,染料のいかなる含有量が刊行物1に記載の一定の関係式で定まる紫外線吸収剤と触媒の量に影響を与えるのか不明であるし,どのようにして刊行物1に記載の発明の目的を妨げることなく染料含有量の上限値,下限値を設定することができるのか,当業者の技術常識をもってしても不明であるから,刊行物2ないし4の染料ブルーイングを刊行物1に適用することは困難であると主張する。


 しかし,本願発明におけるブルーイング剤の配合量の意義は,多すぎるとレンズ全体が青くなりすぎて好ましくない場合があり,また少なすぎると効果が十分に発揮されず好ましくない場合があるというものであり,このことはブルーイング剤の作用から容易に予想されるものである。


 しかも,本願発明における「10ppmから0.01ppmの範囲」の上限値及び下限値に臨界的意義がないことは,原告も認めるところであるから「染料含有量の上限値,下限値を設定することは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないもので,当業者が実験等により適宜決定し得る事項である」とした審決の判断に誤りはない。


 なお,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に具体例を開示せず,特許出願時の当業者の技術常識又は自然法則を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合において,特許出願後に実験データを提出して,明細書の発明の詳細な説明に記載されていない内容を補足することによって,これを,当該内容を特許請求の範囲に記載された発明についても適用されるものとして,明細書のサポート要件を補うことは,特定の技術思想の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反するものとして許されないというべきである(当庁平成17年11月11日判決〔平成17年(行ケ)第10042号参照〕)。


 本件において,本願明細書にブルーイング剤の効果に関して具体的に記載されているのは,0.5ppmのブルーイング剤を用いた実施例のみであって,実験証明書(甲6)の実験データの内容は,本願明細書の記載から自明の範囲内のものとは認められないから,本願明細書において実施例等による裏付けのない数値範囲の意義を,同実験証明書に基づいて主張することは許されないというべきであるが,仮に,同実験証明書の内容を参酌したとしても,同実験証明書は特定のブルーイング剤について実施した結果にすぎないから,染料の種類が限定されていない本願発明における「10ppmから0.01ppmの範囲」の上限値及び下限値についての,上記判断を左右するものではない。


3 結論

 以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。


 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。