●平成18(行ケ)10062 審決取消請求事件 特許権「建物」知財高裁

  本日は、午後から弁理士会主催の「米国特許における非自明性判断の最近の動向―KSR事件の影響―」を受けてきました。KSR事件に関し、吉田直樹米国特許弁護士の詳細な解説と、その後のの木村耕太郎弁護士、木村勝弁理士らを交えたパネルディスカッションがあり、とても参考になりました。


 さて、本日は、先日出された特許庁の拒絶審決が取消された3件目の『平成18(行ケ)10062 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「建物」平成19年07月19日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070720144452.pdf)について取上げます。


 本件では、ある引例記載の技術を他の引例記載の技術に適用するためには、適用の可能性を検討する必要がある、と判示した点で、進歩性の判断の参考になるかと思います。



 つまり、知財高裁は、


『4 取消事由4(相違点3に関する判断の誤り)について

(1) 相違点3に関する本件訂正発明の構成は,次のように理解することができる。


 訂正請求項1によると,本件訂正発明は,下記の?ないし?の各構成をいずれも満たす第1構造体及び第2構造体が「水平方向に隣り合って並設され,かつ,段違い状にスキップさせて配置されてなるスキップフロア型建物であって,前記各構造体の収納スペースの出し入れ口を,水平方向に隣り合う他の構造体の前記居室スペースに開口させたことを特徴とする建物」である。

 ・・・省略・・・

 これによれば,水平方向に隣り合って並設される同一構造の第1構造体及び第2構造体において,「各構造体の収納スペースの出し入れ口を,水平方向に隣り合う他の構造体の前記居室スペースに開口させ」るためには,出し入れ口を居室スペースに開口させるだけでなく,一方の構造体にある収納スペースが他方の構造体にある居室スペースに水平方向に隣接するように,各構造体の高さを調節し,配置しなければならない。その結果,同一構造をもつ第1構造体及び第2構造体の居室スペースの床面の高さは,隣接する両構造体間で異なることになり,必然的にスキップフロア型建物となる。訂正請求項1は,その文言自体から,水平方向に隣接する両構造体を床面の高さ(階)が異なるように配置することによって,第1構造体の収納スペースが第2構造体の居室スペースから出し入れ可能になるとともに,第2構造体の収納スペースが第1構造体の居室スペースから出し入れ可能になるという技術思想を含むものと理解することができる。


 そこで,相違点3に係る本件訂正発明の構成を上記のように理解した上で,以下に検討する。


(2) 審決は,周知のスキップフロア型建物の「各構造体」における「第1建物ユニット」の構成に,刊行物4発明の技術を適用し,その際に,刊行物5等に記載の周知の技術を考慮して,本件訂正発明における相違点3に係る構成とすることは,当業者が容易に想到しえたと判断するのに対し,原告は,相違点3について,収納スペースの出入口を水平方向に隣り合う空間に開口させることは当業者に自明ではないと主張する。


ア 審決が認定した刊行物4発明は,「複数の住宅ユニットが建設現場に搬送され,前後,左右,上下に組み合わせることによりユニット工法で建設される工業化住宅であって,上部に収納等に有効活用できる天井裏空間23,下部に居室空間24を有する収納庫付住宅ユニット10の上に,他の住宅ユニット10Aを設置してなる工業化住宅」というものであり,住宅ユニットを組み合わせて住宅を構成する点において,本件訂正発明と技術分野が共通する。


 しかし,刊行物4には,「前述の各実施例において,天井裏空間23への収納は収納庫付住宅ユニット10,40の居室空間24から行われていたが,上階に配置された住宅ユニット10Aの床材25に連通手段29を設け,当該住宅ユニット10Aの床下収納庫としても良く,また連通手段29が構面17,45と床材25との両方に設けても良い。このようにすれば,天井裏空間23は収納庫付住宅ユニット10,40と住宅ユニット10Aとの両方から利用可能となる。」(段落【0032】)との記載があり,収納庫の利用は,居室からみて天井裏,上階の居室からみて床下及びこれらの併用の3通りがあるだけで,収納庫と水平方向に隣接する居室から出し入れする技術は開示されていない。また,刊行物4発明は,スキップフロア型建物を前提としない発明であり,天井裏空間の収納庫としての利用方法もスキップフロア型建物と有機的な関係を持っていない。したがって,審決の認定した「周知のスキップフロア型建物」に刊行物4発明を組み合わせただけでは,相違点3に係る本件訂正発明の構成に至ることはできない。


イ 審決は,刊行物5発明を「居間Lの床に対して半階ずらせた寝室Bの床を設け,半階上の寝室Bの床下に収納,物置CLを設けてなる半階ずらせた床を有する住宅であって,前記収納,物置CLの出し入れ口を,居間L側に面して設けた住宅」と認定しており,刊行物5によれば,刊行物5記載の建物はスキップフロア型建物であり,刊行物5記載の「物置CL」,「居間L」は,それぞれ,本件訂正発明の「収納スペース」,「居室スペース」に相当すると認められる。


 しかし,刊行物5の記載によれば,刊行物5の建物が建物ユニットによって構成されているとは認められないだけでなく,刊行物5の建物には1個の収納庫(収納スペース)と水平方向に隣接する1個の居室(居室スペース)からの出し入れが可能な構造一組があるにすぎず,階を異にして出し入れ可能な収納庫(収納スペース)と居室(居室スペース)の構造二組を有する本件訂正発明の構成とは異なる。したがって,刊行物5発明を考慮しても,本件訂正発明の奏する2個の収納スペースが階を異にする2個の居室スペースからそれぞれ利用可能であるとの効果は生じない。審決の認定した「周知のスキップフロア型建物」に刊行物4発明の技術を適用し,その際に,刊行物5記載の周知の技術を考慮しただけでは,相違点3に係る本件訂正発明の構成に至ることはできない。


 なお,原告は,刊行物5記載の物置CLの出し入れ口が開口する「踊り場」は,居室スペースとは異なる部位であり,本件訂正発明における「居室スペースに開口させた」ものではないと主張する。しかし,刊行物5の61頁の写真及び62頁の「2階平面」図をみると,「踊り場」には,同一平面上で「居間L」が連なっていることを見て取ることができ,本件訂正発明は,「居室スペースに直接開口させた」と規定されていないから,踊り場等を介して間接的に居室スペースに開口させたものも含まれ,刊行物5のものも,本件訂正発明における「居室スペースに開口させた」ものであると認められる。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。


ウ 審決は,刊行物5のほかに,「等」として周知技術をも考慮すると記載しているところ,これは,審決記載の特開平4−31557号公報(乙第4号証),特開平4−31558号公報(乙第8号証),特開平4−31560号公報(乙第9号証),実願平2−55492号(実開平4−14642号)のマイクロフィルム(乙第10号証)を意味する(以下,乙第4及び第8ないし第10号証をまとめて「乙4等」という。)。乙4等には,審決の認定するとおり,「何れにも,ダイニングキッチンの天袋部に設けた天袋回転収納装置に対して寝室側から収納物を出し入れでき,寝室の床下部に設けた床下回転収納装置に対してダイニングキッチン側から収納物を出し入れできる住宅」が記載されている。


 しかし,乙4等は,同一の発明者,同一の出願人による同日の出願であり,乙4等に記載された技術が当業者に広く知られていたことの証拠とはいえない。また,乙4等には,建物ユニットを組み合わせて建物を構成する旨の記載がなく,本件訂正発明と技術分野の共通性に乏しい。また,審決が刊行物1ないし3から認定した「周知のスキップフロア型建物」は,いずれも建物ユニットを組み合わせて建物を構成するものであるから,乙4等記載の技術を「周知のスキップフロア型建物」に適用するためには,この見地から適用の可能性を検討する必要があるところ,審決において,この見地からの検討はみられない。


 仮に,建物ユニットの点を除いたとしても,乙4等では,床面の高さが異なる居室を隣接させ(これだけで,スキップフロア型建物ということができる。),床面が低い方の居室の天井裏に相当する部分及び床面が高い方の居室の床下に相当する部分をいずれも収納スペースとして隣の居室から利用可能にしたものと解することができるが,隣接する部屋の構造(上下に隣り合う居室スペースと収納スペースの配置)が同一になることはない(構造が同一であれば,スキップフロア型建物ではないことになる。)。


エ 以上の検討結果によれば,周知のスキップフロア型建物の「各構造体」における「第1建物ユニット」の構成に,刊行物4発明の技術を適用し,その際に,刊行物5及び乙4等記載の周知技術を考慮しても,本件訂正発明における相違点3に係る構成に至ることはできない。したがって,当業者が容易に想到することができたとする審決の判断は誤りである。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。