●平成18(行ケ)10482 審決取消請求事件 特許権「工芸素材類を害虫

  本日は、『平成18(行ケ)10482 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤」平成19年07月12日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070712170535.pdf)について取上げます。

 本件は、特許無効審決の取消を求めた審決取消訴訟であり、原告の請求が認容され、特許無効審決が取消された事案です。


 本件では、課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物に接したならば当該刊行物に記載されたものを適用することは何ら困難な事柄ではなく進歩性なしと判示されている点が参考になるかと思います。



 つまり、知材高裁(第4部 田中信義 裁判長)は、

『2 取消事由2について

(1) 本件明細書には,次のとおりの記載があることが認められる(甲11 乙13)

 ・・・省略・・・

 上記記載によると,工芸素材類に対する害虫,特にシロアリの被害が深刻であるばかりか,防除剤の使用による住環境への影響等が社会的問題となる中,従来シロアリ防除剤として各方面で多用されてきたクロルデンが,その長期残留性及び環境への影響の点から,本件発明に係る特許出願時に近い時期に我が国において使用禁止となったこと,その後,クロルデンに代わるシロアリ防除剤としてピレスロイド系殺虫剤などが使用されているが,薬剤の使用濃度並びに効果及び安全性に問題があるほか,木造家屋(住居)並びに文化財等についてはその性質上薬剤処理回数が制約されるなどの問題と相まって,満足のいくべきものではなかったこと,このため本件発明の特許出願時においては,シロアリに対する防除効果が高く,かつ,安全性の高い防除剤の開発が求められていたことが認められる。

(2) 甲2に,審決で認定したとおりの各記載(上記第2の3「6 当審の判断」中の(1)イ(ア)ないし(キ))があることについては,当事者間に争いがない。


 上記記載によると,甲2発明の特許請求の範囲に記載されたニトロイミノ誘導体が,強力な殺虫作用を現す殺虫剤として使用することができること,同化合物が広範な種々の害虫有害な吸液昆虫,かむ昆虫,及びその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除及び駆除撲滅のために適用できるものであること,その対象となる害虫類の一例として,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus ,イエシロアリ)(Coptotermes formosanus)などの等翅目虫が明記されていること,同化合物は石灰物質状のアルカリに対する良好な安定性を示すほか,木材及び土壌において優れた残効性を示すものであること,上記ニトロイミノ誘導体の実施例として,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物が示されていることが認められる。


 また,甲2の記載によると,甲2発明の一般式によって示される化合物は50種類以上に及ぶこと(17頁右欄12行目以下,第1表,製造実施例として5種の)化合物が記載され,そのうちの1つ(実施例3− ii,化合物No.3)がイミダクロプリドを有効成分として含有する化合物であること(16頁左欄上段19行目から17頁右欄上段11行目,実施例5ないし7として,有機リン剤抵抗性ツマグロ)ヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ並びに有機リン剤及びカーバメート剤抵抗性モモアカアブラムシに対する3種類の生物試験が行われ,その結果として,実施例5においては3種,実施例6においては5種,実施例7においては6種の化合物によるものが代表例として示されているところ,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物である「化合物No.3」は,いずれの生物試験の代表例にも挙げられていること(19頁左欄上段3行目から20頁左欄上段4行目)が認められる。


(3) ところで,審決は,甲2には,甲2発明の防除対象害虫としてヤマトシロアリ及びイエシロアリが記載されているものの,これらに対する効果が生物試験によって裏付けられていない以上,甲2発明から示唆を受けて本件発明1を容易に想到することはできないとしたものであるから,以下,この点について検討する。


 上記(1)で認定したところによると,工芸素材類をシロアリから保護するための防除剤の開発に従事する当業者は,使用が禁止されたクロルデンに代わる物質を有効成分とする害虫防除剤で殺虫能力と残効性の高いものを速やかに発見しなければならないという課題に直面していたということができる。


 そして,上記(2)のとおり,甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,上記の課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物である甲2に接したならば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないというべきである。


 被告は,上記第4の1(3)のとおり,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り,所期の効果を予測することはできないと主張するが,このような事情を考慮したとしても,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物をヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除剤として適用してみようとする動機付けとする限りにおいては,上記に説示したところを左右するには足りない。


 また,被告は,用途発明の一種である医薬発明に関しては,特許庁の審査基準に「当該刊行物に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に多数列挙されている場合は,技術的に意味のある医薬用途が明らかであるように当該刊行物に記載されているとは認められず,その発明を引用発明とすることはできない」と記載されていることから,甲2のヤマトシロアリ,イエシロアリに関する記載を引用発明とすることは不適当である旨主張しているが,上記審査基準は,発明の公知性の有無に係る新規性の判断に関するものであり,進歩性の判断の当否を問題とする本件に妥当するものではないから,失当である。


(4) 以上によれば,相違点(2)について,当業者が甲2発明から本件発明1の構成に想到することが容易ではないとした審決の判断は誤りであり,原告主張の取消事由2は理由があるというべきである。


第6 結論

 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,審決中,無効審判請求を成り立たないとした部分は誤りであり,取り消しを免れない。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。