●平成13(ワ)14954 特許権 民事訴訟「生海苔の異物分離除去装置」(2)

  本日は、昨日に続いて『平成13(ワ)14954  特許権 民事訴訟「生海苔の異物分離除去装置」平成14年04月25日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2A1E2F4ACBD313EA49256BF8002017DF.pdf)について取上げます。


 本日は、本事件の残りの争点の、「争点3(特許法103条の過失の推定を覆す事情の有無)」と、「争点4(原告の行為が信義則に違反するか)」、「争点5(原告の損害額)」について紹介となります。


本事件では、被告が本件の被告商品の販売に先立ち弁理士及び弁護士から特許権を侵害しない旨の意見を聞いていたようですが、これだけでは特許法103条の過失の推定を覆すには足りないと判断されています。


 また、弁護士費用のうち3820万円が被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認容されています。

 

 つまり、東京地裁(民事第46部 三村 量一 裁判長)は、

『3 争点3(特許法103条の過失の推定を覆す事情の有無)について

(1) 特許法103条の趣旨について

  本条は,特許権侵害という権利侵害の場合に,民法709条に定める不法行為の故意・過失の要件のうち,過失の存在を推定する規定である。ここでいう推定は法律上の推定であり,この推定を覆滅するためには,侵害者において過失のないこと(無過失)を抗弁として主張立証することを要する。


(2) 本件における検討

  被告は,本件の被告商品の販売に先立ち,弁理士2名及び弁護士1名から被告商品が本件特許権を侵害するかという点についての意見を徴したことをもって,被告は無過失である旨を主張する。

  しかしながら,自己の依頼した弁理士ないし弁護士から特許権を侵害しない旨の意見を聞いていたというだけでは,これをもって過失の推定を覆すに足りるものということはできない。


4 争点4(原告の行為が信義則に違反するか)について

(1) 被告の主張について

  被告は,原告が本件覚書に違反する様々な行為を行ったことを理由に,原告の損害賠償請求は信義則に反し認めらない,そうでないとしても損害賠償額の算定に際して減額要素として考慮されるべきである旨主張する。

  しかし,仮に被告の主張する事実を前提とするとしても,本件覚書の15項には,当事者がこの覚書に違反したときは,契約を解除し,これにより生じた損害の賠償を互いに相手方に請求することができるという趣旨の規定があるから(乙1により認められる。),被告としては,本件覚書の違反に基づく損害賠償請求の主張をすることは格別,原告の損害賠償請求権の権利滅却ないし減額の事由として信義則に違反する行為があったことを主張することはできないというべきである。


  また,被告は本件特許権を侵害する被告商品を製造販売したものであるから,そもそも被告の同行為自体が本件覚書の趣旨に反することは明らかであって,そのような被告が原告の行為を採り上げて信義則違反を主張することは,許されないものである。


(2) 本件覚書締結当時の原告と被告の交渉経過について

 なお,念のために,本件覚書が締結されていた当時の原告と被告との間の交渉経過についてみるに,本件全証拠によっても,被告主張の各事実を認めることはできないし,その他,原告において損害賠償請求を許さないか,その減額の事由となる程度の非難可能性を有する行為を行ったと認めることはできない。


  また,被告が具体的な内容として指摘する「原告が平成10年のシーズンについて50台しか製造できないとして,それ以上の台数の異物除去機を供給することを拒否した。」という事実についても,証拠(甲23,26)及び弁論の全趣旨によれば,原告が被告に対し平成10年2月に示した見積書(甲23)では,販売数量が1台から49台までと,50台以上の場合とで1台当たりの単価に差を設けたのは被告による原告商品の購入を促進させる趣旨であること,上記見積書には,原告が被告に対し50台しか製造供給しないとの趣旨の記載はないこと,平成10年当時,原告の工場,その他協力工場等において異物除去機の製造能力が著しく低下していたことをうかがわせる事情は存在しなかったことが認められるから,被告主張の原告による商品の供給拒否の事実を認めることはできない。


 よって,原告の行為が信義則に違反する旨の被告の主張も,理由がない。


5 争点5(原告の損害額)について

(1) 被告商品の販売台数

  被告による各シーズンごとの被告商品の販売台数が,別紙被告商品年度別販売数量一覧表計算書のとおりであり,合計して534台になることは,争いがない。

(2) 原告の実施能力

  原告が本件特許権につき特許法102条1項にいう「実施の能力」を有することは,前記2(3)認定のとおりである。

(3) 単位数量当たりの利益の額

  前記のとおり,特許法102条1項にいう「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。


 そして,侵害品が大量に市場において販売されたことにより,これに対抗するために特許権者において権利者製品の販売価格を引き下げざるを得なかったような場合には,侵害行為がなかったならば本来維持することのできたはずの販売価格(値下げ前の販売価格)を基準として,「単位数量当たりの利益の額」を算定することが許されるものと解するのが相当である。

 このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。

 これを本件についてみると,次のとおりである。

ア 原告商品の販売価格

  証拠(甲8,10の1,2,39,40)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成10年のシーズンの当初には,原告商品である「CFW−36」については,標準小売価格を290万円とし,販売店によってこの価格の65%又は70%で販売したこと,その割合は前者が0.65,後者が0.35であり,平均出荷価格は193万5750円であったこと,原告は,同じく「CF−36」についても,標準小売価格を200万円とし,販売店によってこの価格の65%又は70%で販売していたこと,その割合は前者が0.65,後者が0.35であり,平均出荷価格は135万5000円であったこと,その後,例外的に,「CFW−36」の改良型である「CFW−37」の製品について上記の販売価格よりも高額の250万円で販売した例もあるが,概ね前記の価格より値引きして販売していたことが認められる。

  他方,証拠(甲41)及び弁論の全趣旨によれば,被告は原告の「CFW−36」に対応する被告商品を270万円で販売していたこと,渡邊機開工業も原告商品に対応する異物除去機を240万円で販売していたこと,平成10年当時,生海苔の異物除去機の市場において,原告,被告及び渡邊機開工業の3社が主要な販売業者であったことが認められる。

  以上の事実関係においては,原告は被告によって侵害品が大量に販売されたことにより,これに対抗するために原告商品の販売価格を引き下げざるを得なかったものと認めることができるから,侵害行為がなかったならば本来維持することのできたはずの販売価格(値下げ前の販売価格)を基準として,「単位数量当たりの利益の額」を算定することが許されるものというべきである。

  したがって,原告商品の販売価格は,前記平均出荷価格を採り,「CFW−36」については193万5750円,「CF−36」については135万5000円となる。

イ 原告商品の経費

(ア) 製造原価

  証拠(甲8,9,42,43,書証の枝番号は省略する。)によれば,原告商品「CFW−36」の1台当たりの製造原価は97万0055円であったこと,同「CF−36」の1台当たりの製造原価は92万5743円であったこと,が認められる。

  なお,証拠(甲38)及び弁論の全趣旨によれば,原告商品の回転板は表面にアルマイト処理を施したアルミでできていること,原告商品にはギャプーラ付きで販売されているが,ギャプーラの価格は1個当たり2700円程度にすぎないことが認められるから,原告による製造原価の計算が正確性を欠く旨の被告の主張は理由がない。


(イ) その他の経費

  証拠(甲8,44の3,44の4)によれば,原告商品については,上記の製造原価の他に,輸送費や販売した機械の調整等を無料で行うサービスに要する費用がかかること,原告の経理処理上はこれに相当する経費を管理販売変動費として扱っており,具体的には原告商品「CFW−36」について粗利の約13%を計上していること,原告商品「CF−36」については,同「CFW−36」と兼ねて機械の調整等が行われるため上記のサポートサービス費用の負担率はそれよりも少なくなることがそれぞれ認められる。

 そして,本件で原告が損害賠償を請求する期間を含む45期から48期まで(平成8年10月1日から平成12年9月30日まで)の原告の決算書(甲44の1〜4)の内容等からすれば,原告商品を追加的に製造販売するために上記管理販売変動費以外の経費を要することがあるとしても,その追加的費用の額は全体として,原告商品「CFW−36」について粗利の20%,原告商品「CF−36」について粗利の10%を超えることはないと認められる。

  そうすると,原告商品の追加的な販売に要する製造原価以外の経費の額は,原告商品「CFW−36」については19万3138円を上回ることはなく,原告商品「CF−36」については4万0925円を上回ることはない。


 〔計算式〕
 CFW−36  (1,935,750−970,055)×0.2=193,138
 CF−36   (1,335,000 925,743)×0.1=409,257

ウ 寄与率

  被告は,原告商品には本件特許発明の主要な効果である遠心力による異物分離と回転板の回転による生海苔のクリアランスの通過促進の効果が認められないから,本件特許発明の寄与率は零かそうでなくても極めて低いと主張する。

  しかしながら,原告商品が本件特許発明の作用効果を奏することは前述のとおりである。確かに,原告商品の多くには回転板の円周付近に爪片状のカッターが備えられているが,これは海苔の一部に厚くなったところのあるものがクリアランスに引っかかった場合に,それを切断するためのものであって,その場合以外には作動しないものであるから(弁論の全趣旨により認められる。),爪片状のカッターは単なる付加的な構成であって本件特許発明の寄与率には影響しないというべきである。


  そして,本件特許発明が回転板の回転により遠心力の作用によって異物を分離するという構成を有する点において画期的な発明であること(甲2により認められる。)に照らせば,原告商品の利益額中の本件特許発明の寄与率は,100%と認めることができる。
エ 上記アないしウにより計算された数額により「単位数量当たりの利益の額」を計算すると,原告商品である「CFW−36」の1台当たりの利益の額は77万円を下らず,同「CF−36」の1台当たりの利益の額は36万円を下らない。


(4) 原告商品と被告商品との対応関係

ア 原告が損害賠償請求の対象とする被告商品には,回転板の枚数が1枚の「D−1C」及び「D−1L」,回転板の枚数が2枚の「D−2S」及び「D−2K」,回転板の枚数が4枚の「D−4J」という型番の異物除去機があるが,このうち,「D−1C」と原告商品の「CF−36」が対応すること,「D−2S」及び「D−2K」と原告商品の「CFW−36」が対応することは,争いがない。


イ 被告商品の「D−1L」については,証拠(甲6,13,14)によれば,この商品は同じく回転板が1枚の「D−1C」に比べて回転板が大きく,処理能力も優っていることが認められるから,原告商品では,これと処理能力を同じくする(前掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,1時間当たり7000枚である。)「CFW−36」が対応するものというべきである。


ウ 被告商品の「D−4J」については,処理能力が1時間当たり2万枚とされているところ(甲13,14により認められる。),原告商品にはこれに相当するような高度の処理能力を備えたものはない。このような場合に,特許法102条1項に基づく損害賠償額を算定するに当たっては,「D−4J」に最も近い性能を有する「CFW−36」1台がこれに対応すると認めるほかはないと解される。

  原告は,「D−4J」には「CFW−36」2台分が対応する旨主張するが,証拠(甲8,乙14)及び弁論の全趣旨によれば,前者の価格は480万円であるのに対し,後者の標準小売価格は290万円であること,2台の異物除去機を作業場に設置すると,作業面積が狭くなり海苔の異物除去作業がやりにくくなることが認められるから,価格及び設置場所の点で需要者が「CFW−36」を2台購入するということは想定し難い。よって,原告の主張は理由がない。


(5) 損害額のまとめ

ア 上記(1)ないし(4)に基づき,本件において,原告が被告に対し,特許法102条1項に基づき賠償を請求することのできる損害額は,次のとおりである。

(i) 平成10年のシーズン

(ii) 平成11年のシーズン

(iii) 平成12年のシーズン

(iV) 全期間の合計

  (i)ないし(iii)を合計すると,3億8289万円となる。


イ そして,原告が本訴の提起,追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件訴訟における訴額,原告の請求の内容,訴訟追行の難易度,訴訟期間,前訴からの手続の経過等を総合勘案すると,弁護士費用のうち3820万円をもって,被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認める(ただし,各シーズンごとに発生した弁護士費用相当の損害額は,平成10年には1530万円,平成11年には1730万円,平成12年には560万円という内訳になる。)。


6 結論

  以上によれば,原告の本訴請求は4億2109万円及びこれに対するうち1億6853万円については平成11年4月1日(平成10年のシーズン終了日の翌日)から,うち1億9095万円については平成12年4月1日(平成11年のシーズン終了日の翌日)から,うち6161万円については平成13年4月1日(平成12年のシーズンの終了日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。


 よって,主文のとおり判決する。  』


 と判示されました。


 詳細は、判決文を参照して下さい。


 
 追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10251 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「加工板及び製品板の製造方法」平成19年07月12日 知的財産高等裁判所』(認容判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070713104656.pdf
●『平成18(行ケ)10482 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟-「工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤」平成19年07月12日 知的財産高等裁判所』(認容判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070712170535.pdf
●『平成18(行ケ)10258 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「農作業機の折り畳み方法及び農作業機」平成19年07月11日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070713104159.pdf
●『平成18(行ケ)10086 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「農作業機の折り畳み方法」平成19年07月11日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070713102925.pdf


追伸2;<気になった記事>

●『知財訴訟、大幅に短縮=審理期間12カ月、専門化が効果−最高裁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070713-00000113-jij-soci
●『アップルの特許申請、「Wi-Fi iPod」や新マウスを示唆』
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20352775,00.htm