●平成18(行ケ)10208 審決取消請求事件「カラーセーフブリーチ増強

  本日は、『平成18(行ケ)10208 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「カラーセーフブリーチ増強剤,それを用いた組成物および洗濯方法」平成19年06月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070629173237.pdf)についてご紹介します。


 本件は、特許法36条6項違反の拒絶審決の取消を求めた訴訟で、審決が支持され、原告の請求が棄却された事案です。


 つまり、知財高裁(第4部 田中信義 裁判長)は、


『1 取消事由1(特許法36条6項2号の解釈の誤り)について

(1) 特許法36条6項2号の解釈

ア 原告は,同号の趣旨は,当業者が権利範囲内か否かを判断することができないような特許請求の範囲の記載を排除することにあるから,化学構造の明確性が問題となる場合においても,権利範囲が明確になる限度で化学構造が示されていれば,同号の要請を満たしていると考えるべきであり,これを超えて,権利範囲が明確であるにもかかわらず,更に化学構造自体の明確性が満たされなければ同号に適合しないとするのは,特許法36条6項2号の解釈を誤ったものであると主張する。


 特許請求の範囲の記載は,これに基づいて特許出願に係る発明の新規性・進歩性等の特許要件が判断され,これに基づいて特許発明の技術的範囲が定められ,これに基づいて特許権の権利範囲が対世的に確定されるなどの特許法の定める種々の機能を持つものである。特許法36条6項2号は,特許請求の範囲がその記載において,特許を受けようとする発明が明確であること,すなわち一の請求項の記載から一の発明を明確に把握することができることを要求しているが,その趣旨は,上記の機能のいずれとも関係するものであり,特許権の権利範囲の明確化のみに限定することはできないと解される。

 
したがって,特許権の権利範囲が明確である記載であれば,直ちに同号の要件を満たすとする原告の上記主張を採用することはできない。


イ 審決が本件請求項1の「R7 〜R16 の選択肢に『アルキレン,オキシアルキレン』という二価の基が含まれているのに対して,上記記号Tを表す式及び記号Jを表す式中においてはR7 〜R16 はいずれも1つの炭素原子との結合のみを有する一価の基として記載されており,R7 〜R 16が二価の基であった場合にその基の他端が何に結合してどのような化学構造を有する化合物を形成するかは理解できない。そして,請求項1の他の箇所にもR7 〜R16が二価の基であった場合にその基の他端が何に結合してどのような化学構造を有する化合物を形成するかは記載されていないし,明細書の他の箇所の記載によってもそれが明らかになっているものとは認められない。」と判断したのに対して,原告は,本件請求項1において,1価,2価にかかわらず,列挙された置換基を有しない場合には,権利範囲外であることは明らかであり,列挙された置換基を有する場合には,他の要件を充足する限りで,権利範囲内であることは明らかであり,本件請求項1の記載は,権利範囲が明確になる限度で化学構造が示されており,特許法36条6項2号の規定に適合すると主張する。


 上記主張からみれば,原告は,特許請求の範囲では,化学構造の一部分のみを特定し,特定されていない部分は任意の基を意味するという形式の記載を許容することを前提にし,このような記載でも特許法36条6項2号の規定に適合すると主張していることになる。


 そこで検討するに,一般に,化学物質においては,置換基が異なれば,別の化学物質であり,その性質や活性も異なるのが通常である。また,化学構造からその性質や活性を予測することが困難な場合も多く,例えば,大きさ,極性,官能基の有無や種類において類似する置換基であれば,ある程度の予測可能性があるとしても,置換基の性質が大きく異なれば,その予測は困難である。


 たとえ一部分に共通する構造を有していも,異なる置換基部分の影響は,実験によらないと判明せず,実験によって初めてそれらの化学物質が共通した作用を有するか否かが確認される。ある共通する構造を有する化学物質群において,可変構造である置換基がいかなる基であっても,その発明の課題を解決するために必要な作用が共通するということを証明するには,種々の性質の異なる置換基を有する化学物質が共通した作用を有することを確認する必要があるところ,実際には,このような確認を行うことは極めて困難である。


 以上の検討結果からすれば,特許請求の範囲に記載された化学物質が一定の性質を有することを主要な内容とする発明においては,特許請求の範囲で化学構造の一部分のみを特定し,特定されていない部分は任意の基を意味するという形式の記載は,特定されていない部分が発明の詳細な説明の記載や技術常識を参酌して,当業者が一定の範囲に特定することができるなどの特段の事情がない限り,同じ性質を有しない化学物質や同じ性質を有することが実験等によって確認されていない化学物質までも特許権の権利範囲に含まれてしまう結果となるため,許容されず,結局のところ,特許法36条6項2号の規定に適合するとはいえない。

 
  これを本件についてみると,本願発明は,ある種の化学物質が「低水温で優れた漂白効力」及び「優れたカラーセーフティプロフィール」を有するという性質があることを見い出し,かかる性質を有する化学物質を「ブリーチ増強剤」として配合した「漂白組成物」を提供することを目的としたものである(本願明細書(甲第1号証)2〜6頁)。そのため,本願発明においては,特許請求の範囲に記載された化学物質が上記の性質を有することが主要な部分を占める。また,本件請求項1においては,結合手が一つであるR7〜R16 の定義中に,2価の基である「アルキレン,オキシアルキレン」が含まれているから,選択肢が「アルキレン,オキシアルキレン」であるときには,当然に他端に何らかの基が結合することになる。そして,本願明細書を検討しても,他端に結合する基が任意の基である,すなわち,無限定のいかなる基であっても,本願発明の化学物質が有するとされる「低水温で優れた漂白効力」及び「優れたカラーセーフティプロフィール」を有することを裏付けるに足りる記載はないから,本件請求項1に係るこのような記載を許すと,上記のような作用効果を奏することが明らかではない物質まで含んでしまうことになるから,このような記載をもって,特許法36条6項2号の明確性の要件を満たしたものということはできない。


 なお,他端に結合する基が発明の詳細な説明の記載や技術常識を参酌して一定の範囲に特定されるなどの特段の事情があるか否かについては,取消事由2についての判断において述べる。


(2) 本願の特許請求の範囲の他の記載との関係

 原告は,本件請求項1にある「置換アリール」との文言等を取り上げて論ずるが,審決は,特許を受けようとする発明が不明確である記載として,「アルキレン,オキシアルキレン」との記載を指摘したのであるから,これ以外の「置換アリール」その他の文言の明確性は審決の結論を左右しないから,審決の取消事由とならないことは明らかであり,原告の主張は失当である。


(3) 他の特許との関係

 原告は,他の特許における特許請求の範囲の記載についてされた判断を取り上げて論ずるが,特許を受けようとする発明の明確性の判断は,個別の出願について行われるのであり,本願以外の出願又は特許における明確性は,審決の結論を左右しないから,審決の取消事由とならないことは明らかであり,原告の主張は失当である。


2 取消事由2(本件請求項1の記載の明確性判断の誤り)について

 原告は,審決が示した特許法36条6項2号の解釈によったとしても,本件請求項1のアルキレン基,オキシアルキレン基の先にどのような基が結合するかは,本件出願当時の当業者にとっては,技術常識の範囲に属するものであるから,本件請求項1の記載は明確であると主張し,甲第27ないし29号証を提出している。

 甲第27号証(特許第3401351号公報)は,医療用材料として有用なγ線耐性を有するポリカーボネート樹脂組成物に関するものであり,ポリカーボネートγ線照射による物性低下や黄変を防止する添加剤の化学構造の定義中に「ポリ(オキシ炭素数2〜4アルキレン)基」を含んでいる。しかし,同号証記載の発明は医療用材料に係る技術分野に属するもので,本願発明とは技術分野が異なる。また,上記添加剤と,本願発明のブリーチ増強剤とは技術的に何ら関連性はなく,かつ,同号証の「ポリ(オキシ炭素数2〜4アルキレン)基」は,「アルキレン」又は「オキシアルキレン」とは異なる基である。甲第28号証は,眼科用レンズ材料として使用される親水性含フッ素シロキサンモノマー及びその樹脂に関するものであり,親水性含フッ素シロキサン樹脂のモノマーの化学構造の定義中に「オキシアルキレン基」が含まれている。しかし,同号証記載の発明は医療用材料に係る技術分野に属するもので,本願発明とは技術分野が異なるし,眼科用レンズ材料の原料となるモノマーとブリーチ増強剤とは技術的に何ら関連性はない。また,同号証の「オキシアルキレン基」は,含フッ素シロキサンモノマーに親水性を付与するためのものであるが,本願発明の7R 〜R16 の定義には,非極性基と極性基が混在しており,親水性であることが必須とされる同号証とはその技術的意義が異なる。


 したがって,甲第27及び第28号証の各記載は,本願発明のブリーチ増強剤として用いられる化学物質の内容について何ら示唆を与えない。


 甲第29号証(特許第3516039号公報)には,記録用インクの配合成分として,「ポリオキシアルキレン基を有する非イオン性界面活性剤」と記載されている。しかし,同号証記載の発明はインクジェット記録用インクに関する技術分野に属するもので,本願発明とは技術分野が異なる。また,同号証記載の発明は,界面活性剤を配合成分とするところ,本願明細書には本願発明のブリーチ増強剤として用いられる化学物質が界面活性剤であるとの記載,特に,R7 〜R16 の基と界面活性剤としての作用を関連づけた記載がないから,両者は関連性に乏しい上,上記の「ポリオキシアルキレン基」は「アルキレン」又は「オキシアルキレン」とは異なる基である。


 したがって,同号証の記載も,本願発明のブリーチ増強剤として用いられる化学物質の内容について何ら示唆を与えない。

 さらに,本件全証拠を検討しても,本願発明において「化合物の特性に大きな変化がもたらされないような基」とはどのような基であるかが当業者の間に技術常識として存在していたとの事実を裏付けるに足りる証拠は見当たらず,本願明細書にもその旨の記載はない。


 以上のとおり,本件請求項1のアルキレン基,オキシアルキレン基の他端にどのような基が結合するかは,本件出願当時の当業者にとっては,技術常識の範囲に属するものであるとの原告の主張も採用することはできない。本件請求項1のアルキレン基,オキシアルキレン基の先にどのような基が結合するかは,本件出願当時の当業者の技術常識の範囲によって特定されないから,本件請求項1の記載が明確であるとはいえない。


3 結論

 以上に検討したところによれば,取消事由はいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認めることはできない。

 
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。   』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。