●平成12(ワ)8456 特許権 民事訴訟「重量物吊上げ用フック装置事件」

 本日は、『平成12(ワ)8456 特許権 民事訴訟「重量物吊上げ用フック装置事件」平成14年04月16日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/92194CCD27AC6AAD49256BF8002017CB.pdf)について紹介します。


 本件も、平成10年改正後の特許法102条1項の損害賠償が認められた東京地裁の事件であり、特許法102条1項は排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品と特許権者の製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定であると解釈して損害額を計算した事案です。



 つまり、東京地裁(民事第46部 三村 量一 裁判長)は、


『6 争点6(原告Aの補償金及び原告らの損害の額)について

(1) 特許法102条1項の趣旨について

  本件において,原告らは,特許法102条1項に基づく損害賠償を請求している。特許法102条1項は,特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは,その譲渡した物の数量に,特許権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を,特許権者等の実施の能力を超えない限度において,特許権者等が受けた損害の額とすることができる旨を規定する。


 特許法102条1項は,排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者等の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである。すなわち,そもそも特許権は,技術を独占的に実施する権利であるから,当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって,特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり,このような考え方に基づき侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に,同項は設けられたものである。


 このような前提の下においては,侵害品の販売による損害は,特許権者等の市場機会の喪失としてとらえられるべきものであり,侵害品の販売は,当該販売時における特許権者等の市場機会を直接奪うだけでなく,購入者の下において侵害の使用等が継続されることにより,特許権者等のそれ以降の市場機会をも喪失させるものである。


 したがって,同項にいう「実施の能力」については,これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力をいうものと解することはできず,特許権者等において,金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして,当該特許権又は専用実施権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えている場合には,原則として,「実施の能力」を有するものと解するのが相当である。


 また,実施の主体は常に特許権者自身であることまでは必要とせず,個人の特許権者が代表者であって,当該個人と実質的に一体の同族会社が特許発明の実施品を製造販売している場合,企業グループ内において知的財産権の開発・管理部門と製品の製造・販売部門を別会社にしている場合についても,特許権者(代表者個人,特許権の管理会社)に実施の能力を肯定するべきである。特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害に係る特許権を実施するものであって,侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものである。


 上記のとおり,「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者等において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。


 具体的な事案において,特許権者等が侵害品の販売時に厳密に対応する時期において現実に権利者製品の製造販売を行っている場合には,当該時期における権利者製品の単位数量当たりの現実の利益額を斟酌して,特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」を算定することが相当であるが,この場合においても,この利益額が上記のような性質を有する仮定的な金額であることに照らせば,「単位数量当たりの利益の額」は,必ずしも,当該時期における現実の利益額と一致するものではなく,現実の利益額は,同項にいう「単位数量当たりの利益の額」を認定する上での一応の目安にすぎないというべきである。


(2) 本件における検討

  以上を前提に,本件における損害額について検討する。

ア 被告各製品の販売数量

 ・・・省略・・・

イ原告らの実施能力

 上記のとおり,特許法102条1項にいう「実施の能力」とは,当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を有していれば具備されると解されるところ,本件においては,証拠(甲33)及び弁論の全趣旨によれば,原告ユニコンセプトは平成4年から同12年にかけて本件特許発明?及び同?の実施品であるフック装置を合計約2万個製造していたこと,同じ期間内に被告は合計約6万8000個の被告各製品を販売したことが認められ,被告による侵害行為がなければ,原告ユニコンセプトは本件特許発明?及び同?の存続期間内に被告が販売したのに近い数量の製品を販売するだけの潜在的能力を有していたと評価できるから,原告ユニコンセプトは特許法102条1項にいう「実施の能力」を備えていたものというべきである。

  原告Aについては,被告主張のとおり,同原告個人としてみた場合には実施能力を備えていたとは言い難いが,証拠(甲52,53)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは原告ユニコンセプトが設立された平成3年7月2日当時は代表取締役,現在は取締役の地位にあり,設立時に発行された株式200株のうちの160株を所有していたこと,原告ユニコンセプトの設立時に登記されていた他の役員3名もすべて原告Aの実子とその妻であり,取締役であったC(原告Aの長男)が現在原告ユニコンセプトの代表者に就任していること,原告ユニコンセプトは設立時から現在に至るまで従業員はおらず,製品の開発販売等はすべてC一人が行っていることが認められるから,少なくとも本件特許発明?及び同?の実施に関しては,原告Aと原告ユニコンセプトを実質的に一体とみることができる。したがって,原告Aについても特許法102条1項にいう「実施の能力」を肯定するのが相当である。原告Aには実施の能力がないとする被告の主張は採用できない。

ウ 単位数量当たりの利益の額

  前述のとおり,特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者等において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。
  これを本件についてみると,次のとおりである。

(ア) 原告らの商品の販売価格

  前述のとおり,特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」は,侵害に係る特許権を実施するものであって,侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものであるところ,本件においては,証拠(甲5,6)及び弁論の全趣旨によれば,被告各製品と同じころ原告ユニコンセプトにより販売されていた同じフック装置であり,本件特許発明?の実施品である「ユニフックUH−3型」及び同じく本件特許発明?の実施品である「ユニフックUH−3B型」(以下,これらを併せて「原告製品」という。)が,これに当たるものと認められる。

 証拠(甲50の2)によれば,原告製品の販売価格は,「ユニフックUH−3型」については1万2600円,「ユニフックUH−3B型」については1万6000円であると認められる。

(イ) 原告らの製品の経費

? 仕入原価

 ・・・省略・・・

? 販売費

 ・・・省略・・・

? 開発費・広告宣伝費

 なお,一般的にいえば,開発費は,その性質上,いったん商品を開発してしまえば,その後商品の販売数量が増加したとしてもそれに応じて支出額が増加するものではないし,宣伝広告費も,その性質上,特定の商品について一定の宣伝広告が必要であるにしても,商品の販売数量が増加した場合にそれに応じて広告宣伝の量を増加しなければならないといったものではない。したがって,開発費及び広告宣伝費は,原告製品を追加的に製造販売するに当たって追加的に支出が必要となる費用ということはできず,控除の対象とはならない。

(ウ) 小括

 上記(ア)及び(イ)により計算された数額により「単位数量当たりの利益の額」を計算すると,本件特許発明?及び同?にそれぞれ対応する原告製品である「ユニフックUH−3型」の1個当たりの利益の額は6080円となり,「ユニフックUH−3B型」の1個当たりの利益の額は8000円となる。
 (計算式)

12,600−(5,000+1,520)=6,080
16,000−(6,000+2,000)=8,000

(3) 損害額のまとめ

  上記によれば,本件において,原告Aが被告に対し,特許法102条1項に基づいて賠償を請求することができる損害額は,本件特許発明?に対応する「ユニフックUH−3型」の1個当たりの利益の額6080円にイ号製品の販売数量1万4444個を乗じた額と,本件特許発明?に対応する「ユニフックUH−3B型」の1個当たりの利益の額8000円にロ号製品の販売数量4185個を乗じた額との合計である1億2129万円と認めるのが相当である(前述のとおり,特許法102条1項の損害額がその性質上概算額であることに照らし,1万円未満は切り捨てる。)。

 (計算式)
   6,080×14,444+8,000×4,185=121,299,520

  同様に,原告ユニコンセプトが被告に対し特許法102条1項に基づいて賠償を請求することができる損害額は,本件特許発明?に対応する「ユニフックUH−3型」の1個当たりの利益の額6080円にイ号製品の販売数量3240個を乗じた額と,本件特許発明?に対応する「ユニフックUH−3B型」の1個当たりの利益の額8000円にロ号製品の販売数量939個を乗じた額との合計である2721万円と認めるのが相当である(同様に,1万円未満は切り捨てる。)。

 (計算式)
   6,080×3,240+8,000×939=27,211,200

  なお,原告らは,本件において特許法102条2項(被告利益)に基づく損害賠償についても請求しているが,被告各製品の販売によって得られた利益の額が前記認定の原告製品の利益の額を上回ると認めるに足りる証拠はないから,この点については検討しない。  


7 結論

 以上によれば,原告Aの請求については,損害賠償金1億2129万円及びこれに対する侵害行為の後である平成12年5月8日(原告ユニコンセプトに対する専用実施権設定の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。


 原告ユニコンセプトの請求については,差止請求及び廃棄請求並びに損害賠償金2721万円及びこれに対する侵害行為の後である平成12年9月30日(同原告の訴状の送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。また,仮執行宣言については,廃棄請求に関する部分は相当でないから,本判決中被告に廃棄を命ずる部分についてはこれを付さない。

 よって,主文のとおり判決する。   』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。