●平成11(ワ)19329 特許権 民事訴訟「溶接用エンドタブ」東京地裁

  本日は、『平成11(ワ)19329 特許権 民事訴訟「溶接用エンドタブ」平成15年02月27日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/AD632B476FDC734749256D39000E304A.pdf)について紹介します。


 本件は、平成10年改正後の特許法102条1項の損害賠償が認められた東京地裁の事件です。


 本件では、特許法102条1項は排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品と特許権者の製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定であると解釈して、損害額を計算しています。


 つまり、東京地裁(第46部 三村量一 裁判長)は、

『4 原告の損害

(1) 特許法102条1項の意義

 本件における原告の損害賠償請求は,特許法102条1項及び実用新案法29条1項に基づくものである。以下,特許法102条1項につき規定の趣旨を検討するが,説示する内容は実用新案法29条1項についても同様である。


ア 特許法102条1項は,排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである。すなわち,そもそも特許権は,技術を独占的に実施する権利であるから,当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって,特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり,このような考え方に基づき,侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に,同項は設けられたものである。


 このような前提の下においては,侵害品の販売による損害は,特許権者の市場機会の喪失としてとらえられるべきものであり,侵害品の販売は,当該販売時における特許権者の市場機会を直接奪うだけでなく,購入者の下において侵害品の使用等が継続されることにより,特許権者のそれ以降の市場機会をも喪失させるものである。


 したがって,同項にいう「実施の能力」については,これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力でなく,特許権者において,金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして,当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えている場合には,原則として,「実施の能力」を有するものと解するのが相当である。


イ 次に,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害に係る特許権を実施するものであって,侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものである。証拠(甲15,甲31等)によれば,原告は,本件実用新案権の実施品として,イ号製品の3つの型式に対応する形状・大きさの各製品3種類,ハ号製品に対応する形状・大きさの製品,本件特許権1の実施品として,ニ号ないしチ号製品に対応する形状・大きさの各製品,本件特許権2の実施品として,リ号及びヌ号製品に対応する形状・大きさの各製品を,それぞれ製造・販売しており,いくつかの製品については,原告と被告で型式番号まで同じであることが認められる。そうすると,イ号,ハ号ないしヌ号製品については,別紙「原告商品販売価格等一覧表」記載の各原告商品をもって「侵害行為の行為がなければ販売することができた物」と認めるのが相当である。


 この点に関して,被告は,ロ号製品については,原告がこれと対応する製品を販売していないから,特許法102条1項の適用がない旨を主張する。しかしながら,イ号ないしハ号製品は,本件考案の技術的範囲に属するものであって,これらの間には具体的な形態につき相違があるとはいえ,本件考案の実施例の間での態様の差異にすぎないものである。そして,ロ号製品が,中央のスリットに沿って分割することで,2個の製品として使用されることが予定されているものであることに照らせば,ロ号製品に対応する原告商品としては,その形状・大きさが分割後のロ号製品に最も類似するイ号製品(1)の対応品の2個分とするのが相当である。


 したがって,ロ号製品についても,別紙「原告商品販売価格等一覧表」記載の原告商品(イ号製品(1)の対応品の2個分)をもって「侵害行為の行為がなければ販売することができた物」と認めるのが相当である。

ウ 上記のとおり,「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。

 具体的な事案において,特許権者が侵害品の販売時に厳密に対応する時期において現実に権利者製品の製造販売を行っている場合には,当該時期における権利者製品の単位数量当たりの現実の利益額を斟酌して,特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」を算定することが相当であるが,この場合においても,この利益額が上記のような性質を有する仮定的な金額であることに照らせば,「単位数量当たりの利益の額」は,必ずしも,当該時期における現実の利益額と一致するものではなく,現実の利益額は,同項にいう「単位数量当たりの利益の額」を認定する上での一応の目安にすぎないというべきである。

 以上を前提に,本件における原告の損害額につき,検討する。

(2) 被告製品の販売数量

ア 認定される販売数量

・・・省略・・・

イ 販売数量に関する原告の主張について

 この点につき,原告は,被告は商法上保存義務のある日々商品の出入りを記録する商品管理帳簿等の文書を提出していない,被告が開示している販売数量はコストの面等から到底引き合わないものであるなどとして,被告が被告製品の正しい販売数量を開示していないと主張する。そして,原告の申立てにより文書提出命令が発令されたにもかかわらず,被告が被告製品の販売数量を明らかにする文書を提出しないものとして,民事訴訟法224条3項により原告主張の販売数量が認められるべきである,あるいは同法248条により適切な損害が認定されるべきであると主張する。


 しかしながら,本件全証拠を総合しても,被告が,開示した販売数量よりも多くの製品を販売していることをうかがわせる事実は認められない。被告が提出した資料に多少の齟齬がある様子もうかがえるが,大きな数ではないし,証拠(乙12ないし乙14等)からすれば,データの誤差あるいはその読み間違い等,いずれに原因のあるものかはともかく,被告が販売数量を故意に秘匿したとまでは認められない。また,証拠(乙10,乙12,乙13)によれば,被告は,原告のいうような日々の商品の出入りを記録する商品管理帳簿を有していないが,甲24の1ないし3のような電算機処理システムによって商品を管理し得ているというのであるから,原告主張の文書を所持していなくても,不自然とまではいえない。したがって,民事訴訟法224条3項を適用する前提が存在するとまでは認められない。また,本件においては,同法248条を適用する前提も存在しない(なお,付言するに,原告は主張していないが,特許法105条の3(実用新案法30条において準用する場合を含む。)についても,同様である。)。原告の主張は,採用できない。


(3) 単位数量当たりの利益の額

 証拠(甲29,甲31,甲32)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品に対応する原告商品を原告が販売する際の価格及び仕入価格は,別紙「原告商品販売価格等一覧表」のとおりと認められる。


 そして,前述のとおり,特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。そうすると,原告商品を追加的に販売するために必要な経費としては,本件においては,配送手数料程度であると考えられる。原告は,経費として人件費を計上しているが,原告のいう人件費は,常勤の従業員の給与を指すものであるから,原告商品を追加的に販売するために要したであろう費用とはいえない。また,被告が経費として加えられるべきであると主張する,人件費のうち原告が加えていないと思われる法定福利費労働保険料等,販売費,宣伝広告費収入印紙代,水道光熱費,車輌諸経費等についても同様である。これら費用は,経費として控除するのは相当ではない。配送手数料以外に多少の変動経費を要することを考慮しても,その額は,別紙「原告商品販売価格等一覧表」の「諸経費」欄記載の金額を上回るものとは認められない。

 そうすると,原告商品の単位数量当たりの利益の額は,同表の「純利益」欄の金額を下回るものではないと認められる。ただし,本件特許権2は,原告と訴外宮地鐵工所株式会社との共有であるから,リ号及びヌ号製品については,その利益相当額を2分の1の額とする必要がある。したがって,これら両製品については,純利益の額は10.925円となる。


(4) 原告の利益の額

 上記単位数量当たりの利益の額を,上記(2)アで認定した被告製品の販売数量に乗じた額の総合計は,314万6931円となる。


5 結論

 以上判示したところにより,被告製品の製造・販売の差止め及びその廃棄を求める原告の請求は理由がある。また,損害賠償の請求は,314万6931円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で理由がある。


 よって,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 なお、本件の控訴審である『平成15(ネ)1901 特許権 民事訴訟 平成15年10月29日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D5A5367EE632AB8D49256E2F0024C4AE.pdf)も、多少損害額は下がっていますが、ほぼ同様の判断をしています。
 


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


追伸1;<新たに出された知財判決>

●「平成18(行ケ)10353 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「反射防止用多孔質光学材料」平成19年06月07日 知的財産高等裁判所」(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070608104006.pdf


 追伸2;<気になった記事>

●『上院司法委員会公聴会「特許改革−米国イノベーションの将来」開催』(JETRO)http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070606.pdf
●『USPTO が第三者による情報提供の奨励施策 「Peer Review Pilot」の試行開始を発表』(JETRO)http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070607_2.pdf
●『ITC、QUALCOMMの特許侵害への是正措置検討へ』
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/12/news024.html
●『ITC、Qualcommチップ採用の3G携帯に輸入禁止命令 』http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/34930.html
●『ITC、クアルコム製チップ搭載の一部携帯端末を輸入禁止ブロードコムに対する特許侵害への措置 』http://www.computerworld.jp/news/trd/66613.html
●『QUALCOMM、ITC決定に反論』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/09/news008.html
●『Microsoft と LGE が特許のクロスライセンス契約を締結』
http://japan.internet.com/busnews/20070608/12.html
●『マイクロソフトと韓国LG電子、特許を相互利用
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20070608AT2M0800M08062007.html
●『MSとLG電子、特許のクロスライセンス契約締結』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/08/news017.html
●『日韓半導体大手を調査=米国際貿易委』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070608-00000014-jij-int
●『米最高裁が特許の有効性の証明に関する手続きに新たな指針を示す
社会への影響と米国企業の対応,日本企業の取るべき道を分析 − The Sky Is NOT Falling −』http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/yoshida20070608.html