●平成18(ネ)10077 特許権侵害差止請求控訴事件「インクジェット記

  本日は、『平成18(ネ)10077 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟「インクジェット記録装置用インクタンクの再利用品」平成19年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070607095821.pdf)について紹介します。


 本件は、原判決の取消を求めた控訴事件で、本件控訴は棄却されました。

 
 本件では、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」という構成要件の記載のない本件発明1,2が、原出願の明細書等に記載されているか否かが争点になり、結局、記載されていないと判断されました。



 つまり、知財高裁は(第3部 飯村敏明裁判長)、


『当裁判所も,本件分割出願は,分割要件を欠く不適法なものであり,その出願日は本件原出願の時まで遡及せず,現実の出願日(平成12年12月21日)であり,本件発明は,本件分割出願の出願前に頒布された刊行物(乙9)に記載された発明と同一であるから,新規性を欠き,本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので,同法104条の3第1項の規定により,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないと判断する。


 その理由は,原判決の「事実及び理由」欄の第3の1ないし3(原判決68頁末行から85頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決69頁9行目の「(特許法44条)」を「(特許法旧44条)」と,同78頁10行目から11行目にかけての「平成6年法律第116 号改正前特許法44条1項」を「特許法旧44条1 項」と改める。)。


 さらに,当審における控訴人の主張(本件分割出願の適法性・争点(2)ア関係)に対して,以下のとおりの理由を付加する。

1 本件分割出願の適法性について

 特許法旧44条1項は,「特許出願人は,願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」,同条2項本文は,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と規定している。分割出願が,同条2項本文の適用を受けるためには,分割出願に係る発明が,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(原出願の当初明細書等)に記載されていること,又はこれらの記載から自明であることが必要である。


 本件についてみると,本件分割出願に係る本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,「インクを収容する容器と,インク供給針が挿通可能で,かつ前記容器の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口と,前記インク取り出し口に設けられ,前記インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材と,前記シール材の前記インク供給針の挿通側を封止し,かつ前記インク取り出し口に接着されたフィルムと,からなるインクジェット記録装置用インクタンク。」と記載され,また本件分割出願に係る本件発明2の特許請求の範囲(請求項2)は,「キャリッジに設けられた記録ヘッドに連通するように,先端が円錐面として形成された筒胴部を備え,メニスカスによりインクを保持することができる直径のインク供給孔が穿設されたインク供給針を備えたインクジェット式記録装置に着脱されるインクタンクにおいて,インクを収容する容器と,インク供給針が挿通可能で,かつ前記容器の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口と,前記インク取り出し口に設けられ,前記インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材と,前記シール材の前記インク供給針の挿通側を封止し,かつ前記インク取り出し口に接着されたフィルムと,からなるインクジェット記録装置用インクタンク。」と記載されている。本件発明1,2の特許請求の範囲には「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成要件の記載はない。


 そして,本件分割出願のもとの出願である本件原出願の当初明細書等(本件原明細書等。乙6)には,「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクジェット記録装置用インクタンクに関する発明が記載されているが,フィルムを保護するための「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が不可欠なものとして記載されていることが認められる。しかし,本件原出願の当初明細書等には,この構成要件を欠く本件発明1,2については,全く記載はなく,当初明細書等の記載から自明であると認めることもできないから,本件分割出願は,本件原出願との関係において,特許法旧44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願」から分割した「新たな出願」に該当しない不適法なものであり,本件分割出願の出願日は,本件原出願の時まで遡及することはなく,現実の出願日である平成12年12月21日となる。


 以下,このように判断した理由について,「控訴人の主張に対する判断」として,項を改めて述べる。

2 控訴人の主張に対する判断

(1) 控訴人は,概要,以下の理由により,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は,本件原出願の当初明細書記載の発明の作用効果に影響を与える必須の構成とはいえないから,本件原出願の当初明細書等には,上記構成を有していない本件発明を含んでいると主
張する。すなわち,

ア 本件発明の目的は,従来技術では,「インクタンク交換時に記録ヘッドに流れる気泡の量が多く,印字不良を発生させる要因となっていた」(①の課題),「インク供給針は先端が鋭く加工されており危険であったため,その安全性を確保する必要があった」(②の課題),という技術的課題を解決することにあること

イ 本件原出願の当初明細書には,②の課題に対する解決手段として,「インク取り出し口に設けられインク供給針の挿通側を封止する(先端が鋭くないインク供給針でも貫通できる)フィルム」という構成と,「インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材」を組み合わせた構成を採用したことにより,「フィルム4の総厚みは50μm程度で十分に薄いため,樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。」(①の作用効果)及び「インク取り出し口3とフィルム4の間で保持されたパッキン6の内周とインク供給針9の外周が密着し,インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールが確保される。」(②の作用効果)をそれぞれ奏することが記載されていること


ウ 確かに,本件原出願の当初明細書に,使用者の過誤によるフィルムの破損の危険性を除去するため,フィルムの保護を図る構成(「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」構成)が開示されているが,これは発明の本来の課題を解決するためのものではなく,付加的な構成にすぎず,②の作用効果に何ら影響を及ぼすものではないので,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は不可欠のものではなく,インク取り出し口の封止部材をフィルムにする構成と一体としてとらえるべきものではないこと


エ 本件原出願の当初明細書記載のインクタンクにあっては,使用者が,用心,心づかい,注意,あるいは,配慮をした取扱いをすれば,フィルムが破られるものでなく,このような取扱いをすれば,その対策であるフィルムの保護構造を不要としてもよいことは,本件原出願の当初明細書から自明な事項であり,また,一般に,アルミ,ポリスチレン,ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが,インクタンクの供給口に貼られた場合,容易に破断されるものではないことは当業者にとって自明であること

オ 上記アないしエによれば,本件発明は,本件原出願の当初明細書記載の「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須のものとはせずに,上位概念化したものであるが,本件原出願の当初明細書記載の目的,作用効果の点で変更はないから,本件原出願の当初明細書等において,当業者において,本件発明のすべての事項が,正確に理解され,容易に実施することができる程度に記載されていると主張する。


(2) しかし,控訴人の上記主張は,以下のとおり理由がない。

ア (ア) 本件原出願の当初明細書(乙6)には,概要,以下の点が記載されている。


 ・・・省略・・・


(イ) 以上によれば,本件原出願の当初明細書(乙6)には,インク供給針の先端は,インク取り出し口を封止したゴム栓を貫通できるよう鋭く加工されており危険であったという課題を解決するため,「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクとしたが,これに伴い,インク取り出し口を封止するフィルムの厚さは薄いものとなった結果,使用者がインクタンクを交換する時に不用意にフィルムを破る危険という課題が生じること,その課題解決手段として,インク取り出し口外縁がフィルムより突出させる構成を採ったこと,その突出量が一定量(インク取り出し口外縁の最大内径の10分の1以上)である場合には,使用者が通常の取扱いをする限りフィルムが破れることはないが,その突出量が一定量に満たない場合には,使用者が通常の取扱いをしても,フィルムが破れるおそれがあることを開示していることが認められる。


イ また,本件原出願の当初明細書記載の実施例の説明図(図1ないし6。乙6)では,インク取り出し口の外縁はフィルム4より外側に突出させた状態が示されており,インク取り出し口の外縁をフィルム4より突出させないインクタンクの構成は示されていないこと,本件原出願の当初明細書には,インク取り出し口の外縁をフィルム4より突出させる構成を用いることなく,フィルム4を保護する手段(例えば,フィルム4の厚みや強度の調整等)を開示ないし示唆する記載はない。


 なお,控訴人は,一般にアルミ,ポリスチレン,ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが,インクタンクの供給口に貼られた場合,容易に破断されることはないとして,甲35(平成19年2月27日付け報告書)及び甲36(平成19年2月26日付け報告書)を提出するが,これらの記載内容は,本件原出願の出願日(平成4年2月19日)より後である平成5年(1993年)ころ以降にされたインク供給口のフィルムの研究開発,又はそのころ以降に発売されたインクカートリッジ製品に基づく知見であり,これを本件原出願の出願当時の技術常識として参酌することはできない。


ウ 以上を総合すれば,本件原出願の当初明細書等(乙6)によれば,「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は,一連の課題解決のために必要不可欠な特徴的な構成であることを示している。


 すなわち,本件原出願の当初明細書等は,「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を具備しない技術には課題が残されていることを明確に示して,これを除外していると解される。したがって,本件原出願の当初明細書等のいかなる部分を参酌しても,上記の構成を必須の構成要件とはしない技術思想(上位概念たる技術思想)は,一切開示されていないと解するのが相当である。


 以上のとおりであって,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない本件発明が,本件原出願の当初明細書等に記載されているとの控訴人の主張は,採用することができない。

3 小括

 したがって,本件分割出願は,分割要件を欠く不適法なものであるから,その出願日は本件原出願の時まで遡及せず,現実の出願日である平成12年12月21日となる。


第4 結論

 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するから,これと同旨の原判決は相当である。

 よって,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。  』


 と判示されました。


詳細は、本判決文を参照して下さい。


 なお、本件は、昨年の12/1(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20061201)に紹介した、分割出願に係る発明が原出願の明細書等に記載されてないので出願日が遡及せず、原出願の公開公報により新規なしと判断された『平成17(行ケ)10796 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年11月30日 知的財産高等裁判所 機械室レスエレベータ装置』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061201140553.pdf)等に近い判断かと思います。



追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10347 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「中通し釣竿の製造方法」平成19年06月05日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070607165423.pdf
●『平成19(ネ)10003等 出版差止等請求控訴事件,同附帯控訴事件 その他 民事訴訟「写真の無断掲載」平成19年05月31日』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070606151958.pdf
●『平成18(ネ)10077 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟「インクジェット記録装置用インクタンクの再利用品」平成19年05月30日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070607095821.pdf


追伸2;<気になった記事>

●『LG電子、米マイクロソフトとクロスライセンス契約を締結』http://jp.ibtimes.com/article/technology/070607/8401.html
●『マイクロソフトとLG電子、クロスライセンス契約を締結』
http://www.thinkit.co.jp/free/news/reuters/0706/07/11.html
●『ハイリゲンダム・サミット 世界特許、実現へ前進 「先願主義」統一を確認』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070607-00000011-san-bus_all