●平成17(ワ)12207 特許権侵害差止等請求事件「ゴーグル事件」(2)

   昨日に続き、本日も、『平成17(ワ)12207 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「ゴーグル事件」平成19年04月19日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070426094042.pdf)について取上げます。


 本件では、損害賠償額の算定において、特許法102条1項に忠実に当てはめて損害額を算定しており、特許法102条1項に基づく請求(主位的請求)における「侵害の行為がなければ販売することができた物」を「侵害品と市場において競合し,侵害品が販売されなければその需要が喚起されたであろう特許権者の商品を指す。」等と判断すると共に、利益の額として限界利益説を採用した点、特許法102条1項ただし書に該当する事情について侵害品の価格侵害品の販売ルート,競合品の存在,侵害品の譲渡数量に占める当該特許発明の寄与度等の事情を考慮した等で、特許法102条1項による損害額算定の当てはめに参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁は、

『19 争点3(原告の損害額)について

 上記のとおり,被告が被告製品を販売する行為は,請求項5に係る本件特許権を侵害するものと認められるので,同特許権侵害に関する損害額について検討する。

(1) 特許法102条1項に基づく請求(主位的請求)について


ア 被告製品の販売数量について

 …省略…

イ 侵害の行為がなければ販売することができた物について


(ア) 「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害品と市場において競合し,侵害品が販売されなければその需要が喚起されたであろう特許権者の商品を指す。


 被告は,被告製品は本件原告製品とは市場において競合しないから,特許法102条1項は適用されないと主張しているので,以下,本件原告製品が「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当するか否かについて検討する。

 …省略…

c 被告製品について

 証拠(甲47,48,乙50)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

 …省略…

(b) 被告製品は,大創が展開するいわゆる100円ショップである「ダイソー」でのみ販売され,販売価格は100円(本体価格)であった。また「ダイソー」の大型店にはスポーツ用品売場のある,店舗もあったが,スポーツ用品売場のない店舗もあり,そのような店舗では玩具売場で売られていた。また,被告製品はシュリンク包装がされているため,消費者は購入前にケースを開けることができず,被告製品を手に取ってみることができなかった。

(c) 被告製品の材質は,レンズがポリスチレン,レンズ裏が塩化ビニル,ストラップがエラストマー,山パーツ(鼻ベルト)がポリブチレンサクシネートカーボネイトである。紫外線防止加工及び曇止め加工はされていない。度付きレンズとの交換はできず,サイドパーツも付いていない。

d 上記認定事実によれば,被告製品は,1個100円という通常では想定し難い価格を設定し,かつ,子供を対象とした商品であることを購買者に対する最大のセールスポイントとしたスイミングゴーグルであったということができる。このことからすると,成人が自ら使用するために購入するというよりは,親が子供のために購入することの多い製品であったものと認められる。

 他方,本件原告製品は,フィットネス用の製品としての基本性能に加えて,シリコーン素材を使用したり,度付きレンズと交換可能であるなどの付加的な機能も備えた中級品であることが認められる。

 以上のとおり,被告製品は,これまで市場で流通していたスイミングゴーグルと比較して圧倒的な低価格を実現したものであったため,その低価格ゆえに,本来,スイミングゴーグルを購入する意思のなかった購買者層を新たに開拓した面があることも否定できない。

 しかし,子供用のスイミングゴーグルの購買層の中には,被告製品が存在しなければ,それに代わるものとして,これまで市場に流通していたスイミングゴーグルを購入したであろう購買者層も存在したであろうことが推認される。そのような購買者は,従前スイミングゴーグルが販売されていたスポーツ用品店等において本件原告製品を含む従来商品を選択していたものと想定される。その場合,本件原告製品の本体価格は,原告製品のうち最も安価な子供用ゴーグル(本体価格1000円)の2倍程度であること,本件原告製品は鼻ベルトを3サイズから選択可能であり,ベルトの長さも調節可能であるから,子供が使用することも可能であることを考慮すると,デザイン等の好みや付加的機能により,本件原告製品を選択する者も存在するものと推認される。


 そうすると,被告製品が本件原告製品と市場において競合しないと断定することはできない。

(イ) したがって,本件原告製品は,特許法102条1項の「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当すると認めるのが相当である。


ウ 原告の実施能力

 証拠(乙52)及び弁論の全趣旨によれば,原告のスイミングゴーグルの年間国内出荷額は,およそ6億5000万円程度であることが認められる。そして,特許法102条1項の「実施の能力」は,潜在的な実施能力であれば足りると解されるところ,後記エ(ア)aのとおり,本件原告製品1個当たりの出荷額は800円であり,仮にこれを基準に年間出荷数量を算定すると81万2500個となるから,本件原告製品は,被告製品の販売数量である12万4249個程度であれば,追加設備投資などは要せずに増産可能であると認められる。


エ 単位数量当たりの利益額について

(ア) 証拠(甲43,45)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

a 本件原告製品の出荷価格は,1個当たり800円である。

原告は,本件原告製品の組立工程を外注しており,その後,自社で曇止め加工を施すなどしている。原価は1個当たり合計386.18円であるが,追加して製造することによって要したであろう追加的費用は,原材料費と外注費であり,その他の経費である労務費,製造間接費(工場の製造設備や建屋の償却費)は,増加することのない経費であると認められる。そして,原材料費は263.80円,外注加工費は31.60円であるから,製造原価は1個当たり295.40円である。


(イ) 以上によれば,本件原告製品の限界利益は,1個当たりの出荷額800円から追加的製造販売のための費用295.40円を控除して得ることができる。よって,本件原告製品1個当たりの利益の額は504円である(1円未満切捨て。)


オ 特許法102条1項ただし書に該当する事情について

(ア) 特許法102条1項は,権利者の逸失利益の算定を容易にするために設けられた規定であり,同項本文は,侵害者の譲渡した製品の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者の実施能力の限度で損害額と推定することを規定し,同項ただし書は,侵害者が同項本文による推定を覆す事情を証明した場合には,その限度で損害額を減額することができることを規定したものと解するのが相当である。そして,同項ただし書の販売することができないとする事情としては侵害品の価格侵害品の販売ルート,競合品の存在,侵害品の譲渡数量に占める当該特許発明の寄与度等の事情を考慮することができると解するのが相当である。この点に関する原告の主張、すなわち、特許法102条1項本文は、上記の方法により算出した額を損害額と擬制することを定めた規定であるとして,同項ただし書の「販売することができないとする事情」を限定的にとらえるべきである旨の主張は,採用しない。


(イ) 被告製品の譲渡数量の全部又は一部を原告が販売することができないとする事情として,証拠(甲52,乙17,41,49の1,55)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

a 侵害品の価格について

 本件原告製品は,本体価格2000円であり,原告製品は子供用ゴーグルでも1050円ないし1365円であるのに対して,被告製品は,本体価格が100円という極めて安価なものである。


 被告製品が本件原告製品と市場において全く競合しないといえないことは前記説示のとおりであるが,上記のような価格差からすれば被告製品は子供用の玩具といってもよいものであるから,両製品の市場における競合の程度は極めて低いものと認められる。


販売ルートの違いについて

 被告製品は,いわゆる100円ショップ最大手の「ダイソー」で独占的に販売されていた製品である。本件原告製品のように,スポーツ専門店等で販売される場合であれば,購買者は,他のブランドのゴーグルとの機能,性能,価格,デザインにおける差異に着目してこれを購入するかどうかの意思決定をするのが通常であると考えられるが,100円ショップにおいて販売される場合には,消費者は「通常ではわずか100円では購入できない物が購入できる」という意外性を期待して買い物をする場合が少なくないため(乙55,56),スポーツ専門店等のスポーツ用品売場における消費者(通常は,特定の用品を購入することを志向して来店する消費者)の消費行動とは異なり,上記のような意外性ゆえに購入する消費者も一定数存在するものと推認されるし「ダイソー」の店舗数の多さによれば,機能以外の面に,着目して被告製品を購入した消費者も相当数存在していたものと認められる。

 したがって,被告製品が「ダイソー」で販売されていたという事情は,特許法102条1項ただし書において考慮すべき事情であるということができる(なお,原告は,大創も本件特許権を侵害した共同不法行為者なのであるから,このような事情は考慮すべきではないと主張するが,特許発明を実施したことによる特徴的部分とは異なる事情によって被告製品の販売数が増加したことを考慮してこそ,適正な逸失利益の算定が可能となるのであるから,上記事情を特許法102条1項ただし書において考慮すべき事情から除外する根拠はなく,原告の上記主張は採用できない。)。


競合品の存在について

 前記のとおり,平成17年当時のゴーグル市場における原告のシェアは17.6%であり,被告のシェアはほとんどゼロに近いものであったところ,ゴーグル市場の中のフィットネス用ゴーグルあるいはスクール用ゴーグルの市場において原告のシェアが特に高いといった事情は見当たらないから,本件原告製品が属するフィットネス用ゴーグル市場及びスクール用ゴーグル市場における原告のシェアも上記と同程度と見るのが相当である(なお,本件特許発明5と競合する技術を用いた他社ゴーグルにいかなるものがあり,そのシェアがそれぞれどの程度であるのかは,証拠上必ずしも明らかではないが,鼻ベルトの両端部の前面が,取付台部の後面に面接触しているとの構成等は,上記のとおり消費者のゴーグル購買動機として有力なものとはいえないから,厳密な意味での競合品を特定しなければならないほどの技術的事項ではない。)。


 そして,被告製品が市場に存在しなければ,実際に被告製品を購入した者が,本件原告製品を購入するか,その競合品を購入するかについては,他に特段の事情の認められない本件においては,それぞれのシェアに対応する割合でそれぞれの製品の購入に向かうと推認するのが相当である。したがって,被告製品が販売されなかった場合,原告は,実際に販売された被告製品の数量の17.6%について被告製品と競合し得る原告製品のフィットネス用ゴーグルあるいはスクール用ゴーグルを販売することができたと認められる一方(つまり,上記のとおり,鼻ベルトの両端部の前面が,取付台部の後面に面接触しているとの構成等は,上記のとおり消費者のゴーグル購買動機として有力なものとはいえないから,被告製品が販売されなかった場合に,本件原告製品以外で本件特許発明5の実施品でないフィットネス用あるいはスクール用の原告製品が購買される可能性が認められるということである。),その余の82.4%は,本件原告製品を含む原告製品を販売することができなかったものと認められる。


特許発明の寄与度について

(a) 本件特許のうち,有効であると判断されたのは本件特許5である。また,同特許の構成のうち新規性・進歩性を有する構成は,構成要件O(「前記棒状突起の先端部外周に前記後面と略平行になる係止突部が設けられ,」)及び同R(「該鼻ベルトの両端部の前面が前記取付台部の後面に面接触し,」)である。もっとも,構成要件P(前記鼻ベルトの両端部の前後面は,前記取付台部の後面と略平行な傾斜面に形成され,))及び構成要件Q(「前記係合孔は該鼻ベルトの両端部の前後面に対して傾斜して設けられ,」)も,新規性 を有する部分ではあるので,これらも構成要件O及び同Rとともに本件特許発明5の本質的特徴を構成する。


 上記各構成がもたらす効果については,前述のとおり,構成要件Oが奏する効果は,鼻ベルトとアイカップの連結・分離を容易にする点にあり,構成要件Rが奏する効果は,鼻ベルトと取付台部との間に摩擦を生じさせ,アイカップのフィッティングの微妙な調整を可能にする点にある。構成要件Pが奏する効果については本件明細書に明確な記載はなく,構成要件Qの奏する効果については,取付台部を斜め前方に突出させたことに伴う設計変更事項であるから,これについても,棒状突起を断面略円形にしたことによって相対回動可能に嵌合される係合孔であること(本件明細書段落【0019】)を超える作用効果はない。また,同効果は,引用発明3にもある従来技術も備える効果であるということができる。上記各構成及び各効果が,本件特許発明5の本質的特徴となるのであるから,特許法102条1項ただし書に該当する事情の有無についての判断も,このような本件特許発明5の本質に則ってなされるべきである。


(b) 本件特許発明5は,すべて取付台部の後面側に属する部品についての技術的事項を内容とするものであって,ゴーグルの前面からは確認することはできないものである。また,被告製品は,シュリンク包装がされているため,消費者は購入するまで手に取ってこれを観察することができず,取付台部の裏側に着目して商品を購入することを想定することは困難である。したがって,本件特許発明5の本質的部分が被告製品の販売に寄与したと想定することはいささか困難なものである。


 そして,鼻ベルトは,ゴーグル装着時に前面中央に位置し,比較的注目される部材ではあるといえるが,さらにその裏面に注目するかどうかという点については,ゴーグルの機能やデザインにつき高い関心のある需要者であればともかく,被告製品が子供向けの小売価格100円の低価格商品であり,かつ,基本的には購入前に手に取って鼻ベルトの裏側の構成を観察してこれを購入することはできない包装がなされていることからすれば,基本的には鼻ベルトの裏側の構成に注目することはないと認めるのが相当であるし,仮に包装を開封して被告製品を手に取る場合があったとしても,その低価格さゆえに,消費者が注目するのは通常の使用に耐え得る構造であるかどうかや,デザインの好みといった点である場合が多いと考えられ,あえて鼻ベルトの裏側の構成に注目して購入する消費者が多いと想定することは困難である。

 そうすると,本件特許発明5に係る鼻ベルトの裏側の構成が,消費者にとっての購買動機となり得る場合は極めて少ないと認めるのが相当である(原告も「SR−1」の販売開始当初は,鼻ベルト,の機能・構成についてカタログや広告で触れていたものの,その後は鼻ベルトの機能・構成についてカタログで触れることがなくなっている。なお,本件特許発明5の実施品である「SR−1」が原告の競技用ゴーグルの重要なブランドであって,軽量化やコンパクトな形態がアピールされている製品である一方,本件原告製品は,フィットネス用ゴーグルであり,そのような点はカタログには記されていない。また,カタログに掲載された本件原告製品の写真には,特に鼻ベルトの裏側の構成が分かるようなものは掲載されていない。これらの点によれば,鼻ベルトの,特にその取付台部後面側の構成が,本件原告製品を購入する際の動機となったことは極めて少ないと認めるほかはなく,したがって,また,この構成が被告製品を購入する際の動機となったことも極めて少ないと認められる。)。


e その他の事情について

 本件原告製品は,平成18年の原告のカタログには掲載されておらず,かつ,明示的に本件原告製品の後継品であると称する製品も掲載されていないことによれば,少なくとも平成17年当時にはさほど売上高の高い製品ではなかったと推認されるから,平成17年4月以降に被告製品の販売が開始されたことによって受けた影響は限定的なものであったと認めるのが相当である。


(ウ) 以上の事情を総合考慮すれば,被告製品の譲渡数量に相当する数量のうち,原告が販売することができなかったと認められる本件原告製品の数量を控除した数量は,上記譲渡数量の1%と認めるのが相当である。


カ 損害額

 そうすると,被告製品の譲渡数量は,12万4249個であり,その1%である1242個が,原告が販売し得た数量と認めるのが相当である。これを単位数量当たりの利益の額504円に乗じると,62万5968円となる。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10209 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「シリコンウエハの製造方法」平成19年05月22日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070523162738.pdf


 追伸2;<気になった記事>

●『「ソフトウェア特許は技術革新のスピードを鈍らせている」--レッドハットCEOが発言』http://www.yomiuri.co.jp/net/cnet/20070523nt08.htm
●『「ソフトウェア特許は技術革新のスピードを鈍らせている」--レッドハットCEOが発言』http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000056022,20349353,00.htm
●『米特許庁は人材強化や財源確保、先行技術調査などに課題、米シンクタンクが提言(ITIF)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1415