●平成8(ワ)23184 実用新案権 民事訴訟「熱転写プリンタ事件」

  本日は、『平成8(ワ)23184 実用新案権 民事訴訟「熱転写プリンタ事件」平成12年07月14日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/F5371A893D2DE25949256A77000EC372.pdf)について紹介します。


 本件も、「キルビー最高裁事件」以後、下級審で出された権利濫用の抗弁により実用新案権侵害行為に対する差止等請求が認められなかった事案の一つで、公然実施(実用新案法3条1項2号)により明らか特許無効の理由ありと判断された事案です。


 つまり、東京地裁は、

『第三 争点に対する判断

一 争点3について

1 証拠(甲二八、四二ないし四四、丙一ないし一二、丙一三の一ないし五、丙一四、一五、二〇、二二ないし二七、丙二九の一ないし四、検丙一、二、証人【D】、同【E】。ただし、書証番号はいずれも甲事件のもの。以下本判決において同じ。)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。


(一) 原告は、原告のオフィス機器事業部において開発した熱転写プリンタであるPC−8824を、NECに対してOEM供給していた。NECは、昭和五八年(一九八三年)四月以降、PC−8824を市場において販売していた。


 原告が製造したPC−8824には、NECにおいて定められた製造番号が付与されており、製造番号の一桁目は製造された年の西暦の最後の数字、二桁目は製造された月の数字(一〇月、一一月及び一二月は、それぞれX、Y及びZで表す。)、三ないし七桁目はその月において製造された順番、八桁目は製造場所に当たる工場のコード、九桁目はAからはじまる管理番号であって、仕様変更があった場合にB、Cへと変更されるもの、となっている。


 実機は、PC−8824の補修を行っていた日本電子応用が保管していた原告製造に係るPC−8824であり、その製造番号は「3501865LA」である。したがって、実機は、昭和五八年(一九八三年)五月に、「L」によって特定される原告の工場において、その月の一八六五台目に製造されたPC−8824であって、製造番号中の仕様の表示に変更が加えられていないものである。


(二) 実機は次の構成を有する。

(1) キャリッジの駆動力を利用して熱転写リボンの巻取りを行うとともに印字ヘッドのアップダウンに連動して熱転写リボンの巻取り力を断続しヘッドダウンの時にのみ熱転写リボンの巻取りを行うようにし、(2) 前記印字ヘッドをダウンさせて、印字を行う際には、その印字開始位置より手前に前記印字ヘッドをダウンさせ、前記印字ヘッドをその分だけ空送りして所定の印字開始位置まで移動させるようにしてなる片方向に印字する熱転写プリンタである。

(三) 実機は、次のような印字動作をする。

(1) キャリッジリターンが指令された後、キャリッジに設けられたサーマルヘッド発熱素子は印字開始位置から少なくとも一文字分以上手前の位置に移動する。
(2) 印字ヘッドがダウンする。
(3) 印字ヘッドの設けられたサーマルヘッド発熱素子は、前記ダウンした位置からキャリッジの移動に伴い、少なくとも一文字分以上空送りされ、印字開始位置に移動する。
(4) 前記印字開始位置からサーマルヘッド発熱素子により印字が開始される。
(5) 同一行で一定のスペース(空白部)がある場合に、ヘッドダウン状態のサーマルヘッドを一旦ヘッドアップさせ、ヘッドアップ状態でのキャリッジの移動が指令された後、キャリッジは、このキャリッジに設けられたサーマルヘッドの発熱素子がそのスペースの次に印字すべき位置の少なくとも一文字分以上手前の位置に位置するまで移動して、停止する。
(6) サーマルヘッドがダウンする。
(7) キャリッジは移動を開始し、キャリッジに設けられたサーマルヘッドの発熱素子は、当該キャリッジの移動に伴い、前記ダウンした位置から少なくとも一文字分以上空送りがされた後、実際に印字をすべき印字開始位置に移動する。
(8) 前記印字開始位置からサーマルヘッドの発熱素子により印字が開始される。


(四) PC−8824は、我が国で最初に製品化された熱転写プリンタであったことから、発売後にも問題を生じたが、その一つにサーマルヘッドが静電気を帯びるために、発熱ドットが破壊されて印字できなくなるという問題があった。この問題への対策として、PC−8824では、サーマルヘッドにゴムキャップを取り付けているところ、このゴムキャップは、実機にも取り付けられている。


(五) 昭和五八年八月付けの「PC−8824サービスマニュアル」は、修理・保守を行う者のための手引書であり、実機に添付されていた「PC−8824熱転写プリンタ USER'S MANUAL」はユーザーの取扱説明書であるが、これらの図面には、サーマルヘッドにゴムキャップが装着されておらず、右手引書の説明にも、サーマルヘッドにゴムキャップが装着されていないことを前提とした記載がある。


(六) PC−8824について、製造後に、本件考案を実施するように変更するためには、主PCBアセンブリ基板のROMに収納されているプログラムを書き換えることが必要である。


2(一) 前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)(以下「争いのない事実等」という。)1、4、右1(二)、(三)の各事実及び弁論の全趣旨によると、実機の構成は、本件考案の構成要件すべてを充足し、新たな機構を追加することなく、従来のままの機構で熱転写リボンのたるみによる印字不良を防止するという作用効果を奏するものであることが認められる。


 したがって、実機は、本件考案の構成要件をすべて充足し、同様の作用効果を奏するから、本件考案は実機において実施されているということができる。


(二) 右1(一)の事実によると、実機は、本件実用新案の出願前である昭和五八年(一九八三年)五月に製造されたものであると認められる。


(三) 実機には、製造時に本件考案は実施されておらず、その後の改良によって本件考案が実施された事実を認めるに足りる証拠はない。


 原告は、PC−8824については、発売当初、複数回にわたって、大規模なロットアウト(製造した製品が、検査の段階で必要とされる仕様を満たしていない等欠陥があることが発見されたために、出荷できなくなること)が発生し、欠陥を改修したこと、それ以外にも設計仕様の修正変更が行われたことを根拠として、本件考案の実施もそのような発売後の変更の一つであると主張する。しかし、ロットアウトがあったことを示す証拠は、証人【D】のあいまいな証言と甲三七のあいまいな記載があるのみであるから、PC−8824について、発売当初、複数回にわたって、大規模なロットアウトが発生したことを認めることはできないし、その際に本件考案を実施する改良が行われたことを認めるに足りる証拠もない。また、右1(四)、(五)の事実によると、PC−8824について、発売開始時には存在しなかった変更が加えられることがあったことが認められるが、具体的に認められる変更は、サーマルヘッドのゴムキャップに関するものであって、本件考案の実施に関する変更ではない。


 また、原告は、実機が日本電子応用に保管されていたことから、同社において、修理のために主PCBアセンブリ基板が交換された可能性があると主張する。しかし、顧客から修理を依頼された製品は、修理後に顧客の元に返還されるのが通常であると考えられることからすると、実機が、日本電子応用において、他の箇所の修理のために主PCBアセンブリ基板を交換された製品であるとは考えられず、他に、右交換の事実を認めるに足りる証拠はない。


 さらに、原告は、実機には、発売後に行われた設計変更であるサーマルヘッドへのゴムキャップの装着が反映されていると主張するが、いつからサーマルヘッドへのゴムキャップの装着がされたかを示す的確な証拠はない(証拠(証人【D】、同【E】)及び弁論の全趣旨によると、右1(五)認定に係る昭和五八年八月付けの手引書の図面、記載や実機に添付されていた取扱説明書の図面は、必ずしもこれらの発行当時における実際の機械に合致したものとは限らないと認められるから、これらの図面、記載からサーマルヘッドへのゴムキャップの装着がされた時期を認めることはできない。)から、実機には、製造当初からサーマルヘッドにゴムキャップが装着されていた可能性があるし、仮に、後の時期に実機のサーマルヘッドにゴムキャップが装着されたとしても、そのことから直ちに主PCBアセンブリ基板が交換されたことを推認することができないことは明らかである。


(四) 右1(一)認定のとおり、実機は、製造番号中の仕様の表示に変更が加えられていないものである。なお、後の時期に実機のサーマルヘッドにゴムキャップが装着されたとすると、それによって製造番号中の仕様の表示に変更が加えられていないことになるが、これと、主アセンブリ基板のROMの交換を伴う本件考案の実施とを直ちに同視することはできない。



 また、証拠(丙二六、証人【D】、同【E】)によると、PC−8824において、主PCBアセンブリ基板のROMを交換して、本件考案を実施する場合には、OEM供給先であるNECに連絡されるのが普通であると認められるが、本件においては、NECに、そのような連絡があったことを認めるに足りる証拠はない。


  さらに、原告は、本件考案の実施について、その実施時期を特定した主張立証を何ら行っていない。この点について、原告は、オフィス機器事業部の廃止に伴い、同事業部が保管していた書類はすべて廃棄されており、原告の社内には、PC−8824における本件考案の実施及び本件実用新案の出願に関する資料は残っていないと主張するのであるが、仮にそうであるとしても、本件考案の実施は、原告自身に関することであり、十数年前の事実であって、知的財産権等に関する管理組織を有するものと推認される原告において、その実施時期を特定した主張立証を何ら行うことができないのは不自然である。


(五) なお、原告は、本件明細書においては、発売当初のPC−8824の構成を従来技術として記載していると主張するが、その事実を本件明細書から認めることはできず、他にその事実を認めるに足りる証拠もないから、本件明細書の記載から直ちに本件考案は発売当初のPC−8824の改良として導入された技術であると認めることはできない。


(六) 以上述べたところを総合すると、実機には、製造時から本件考案が実施されていたものと推認することができる。


(七) 証拠(丙二六、証人【E】)によると、PC−8824についてNECが長期間在庫を持つことはないものと認められるから、本件考案が実施されている実機又はそれと同じ構造を有する同時期に製造されたPC−8824が、本件実用新案の出願日(昭和五八年一〇月二一日)前に、市場において販売されていたものと認められる。

二1 実用新案の無効審決が確定する以前であっても、実用新案権侵害訴訟を審理する裁判所は、実用新案に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該実用新案に無効理由が存在することが明らかであるときは、その実用新案権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。

2 前記一のとおり、本件実用新案は、原告が製造し、NECに対してOEM供給した製品において、その出願前に公然実施されていたものであるから、本件実用新案には無効理由が存在することが明らかである。


 したがって、このような本件実用新案権に基づく差止め並びに損害賠償及び不当利得返還の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないところ、本件においては、特段の事情を認めるべき事実は認められない。


三 以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、甲事件の原告の請求は理由がなく、乙事件の補助参加人の請求はいずれも理由がある。

 なお、原告は、本件口頭弁論終結後、実機のROMのバージョンが「1.4」であること、実機に搭載された主PCBアセンブリ基板(主回路基板)のうち大きな基板は原告において製造されたものではないことを理由に口頭弁論の再開を申し立てているが、実機が製造されたのがPC−8824発売後の昭和五八年五月であることからすると、ROMのバージョンが「1.4」であっても必ずしも不自然ではなく、また、実機に搭載された主PCBアセンブリ基板(主回路基板)のうち大きな基板が原告において製造されたものではないことについては、それを認めるに足りる十分な証拠はないが、仮にそうであるとしても、ROMが搭載されているのは、右基板ではないから、右基板が原告において製造されたものでないことから直ちに、製造後にROMが交換されて、本件考案が実施されるようになったものと認めることはできない。したがって、原告の右主張は、本判決の認定を覆すに足りるものではないから、口頭弁論を再開しないこととする。   』

と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 尚、現行法では、「キルビー最高裁事件」の明らかな無効理由による権利濫用の抗弁ではなく、特許法104条の3による無効理由による抗弁となるかと思います。


 また、特許法104条の3は、実用新案法や、意匠法、商標法でも準用されています。


追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10357 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ペルフルオロアルキルビニルエーテルで改質したフッ化ビニリデンを基剤とするフルオロエラストマー性コポリマー」平成19年05月17日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070517163635.pdf
●『平成18(行ケ)10492 審決取消請求事件 意匠権 行政訴訟「自動車用タイヤ」平成19年05月16日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070517132059.pdf
●『平成18(行ケ)10291 審決取消請求 特許権 行政訴訟「グラフトシリコーンポリマーおよびアミノシリコーンおよび/またはシリコーンガムまたは樹脂を含有する局所用組成物」平成19年05月16日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070517131111.pdf


 追伸;<気になった記事>

●『キヤノン、ナノ社とのSED特許訴訟で控訴(キヤノン)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1385
●『キヤノンSED関連訴訟で米ナノ社に控訴』http://www.phileweb.com/news/d-av/200705/17/18413.html
●『田辺三菱製薬、経営方針を発表 営業・開発力を強化、後発薬に本格参入』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070517-00000022-fsi-ind
●『財務省が医療費の「高コスト事例」提示、高価な医療機器も』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070516-00000115-yom-bus_all
●『薄型パネル、韓国勢連携・共同開発や特許相互利用 』http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070517AT2M1602216052007.html
●『特許改革法案を可決=日欧と基準統一へ−米下院小委』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070517-00000048-jij-int
●『発明特許、米が「先願主義」に転換…下院知財小委が可決』http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070517ib30.htm
●『100以上のITベンダーらが特許改革法案に懸念を表明』http://www.computerworld.jp/news/trd/64751.html