●平成18(行ケ)10420 審決取消請求事件「自動最適化洗剤制御装置」

  本日は、『平成18(行ケ)10420 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「自動最適化洗剤制御装置」平成19年05月10日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070510161445.pdf)について取上げます。


 本件は、36条4項及び6項違反の拒絶審決の取消を求めた訴訟で、原告の請求が棄却された事案です。


 本件は、知財高裁における請求項における定義のない用語の解釈の仕方や、どの程度まで発明の詳細な説明の項に請求項に係る発明を記載すれば当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認めるられるか判断する際の、参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 塚原朋一 裁判長)は、

『1 「システムパラメータ」について

(1) 本願明細書(甲1,2)では,「システムパラメータ」について特に定義されていない。そうすると,一般に,パラメータとは,システムの性質(属性)を与える物理的な量を意味し(茂木晃「電気電子用語大辞典」(平成4年8月25日発行,オーム社)1061 頁),システムを制御しようとする場合には,その対象となるシステムのパラメータを同定する作業が必ず必要となるものであるから,本願の特許請求の範囲においても,「システムパラメータ」は,このような一般的な意味で用いられていると理解すべきものである。


(2) また,本願明細書(甲2)には次の記載があり,その内容は,上記の理解するところと整合する。


ア 「本発明は,処理工程において添加剤の自動注入を制御する方法及び装置に関するものであり,特に,外部パラメータの測定,ユーザ設定のパラメータの入力,またはパラメータの測定及び入力を組み合わせ,それらを比較することにより,添加剤の注入を制御する方法及び装置に関するものである。」(1頁5〜8行)


イ 「上述した先行技術における限界を克服するため,及び,本明細書を理解することにより明らかになる他の限界を克服するため,本発明は,様々なコンディションの下で,洗浄工程に対する添加剤の注入を制御するための強力で効率的な装置及び方法を開示する。本発明は,システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を制御するための方法を提供することにより,上述した問題を解消する。

 本発明の原理による装置は,クロック信号を供給するタイマー,システムパラメータを確認するための手段,システムパラメータに基づき設定値を決定するための処理能力,その設定値に基づきレギュレータを制御するための信号を発生させる制御装置,及び添加剤の注入を制御するレギュレータを備えている。

 本発明の一つの目的は,多くの様々な要因に基づいてユーザーが異なった設定値を選択できることにより,ユーザにフレキシビリティを提供することである。」(4頁15〜28行)


(3) そして,「システムパラメータ」に温度を含めるか,あるいは湿度を含めるかといったことは,制御対象の性質やユーザーのニーズに応じて決めることであり,「システムパラメータ」に含まれる個々の量があらかじめ特定されていなければ,本願発明が把握できないというものでもない。


(4) したがって,請求項1の「システムパラメータ」について,審決がその構成が明らかでないとした判断は,この点において妥当なものということはできない。


2 「フレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」について

(1) 原告は,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」とは,システムパラメータに基づいて濃度設定値の補正値を計算することと理解でき,その内容は明らかであると主張する。


(2) そこで,検討すると,「フレキシブルな濃度設定値」について,請求項1には,「前記タイマー手段(20)および前記確認手段(10)に結合され,前記クロック信号,前記ユーザー設定入力,および前記システムパラメータに基づいてフレキシブルな濃度設定値を計算する前記処理手段(10)」と記載されている。この記載から認識できることは,「フレキシブルな濃度設定値」が,クロック信号,ユーザー設定入力,及びシステムパラメータに基づいて計算されるということだけである。


 他の請求項をみても,洗浄装置の操作履歴に基づいて計算されること(請求項2)や,連続的に更新されること(請求項3〜6)が認識できる程度である。


(3) 本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明をみると,「フレキシブル」に関し,次の記載がある。


ア「本発明は,システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を制御するための方法を提供することにより,上述した問題を解消する。本発明の原理による装置は,クロック信号を供給するタイマー,システムパラメータを確認するための手段,システムパラメータに基づき設定値を決定するための処理能力,その設定値に基づきレギュレータを制御するための信号を発生させる制御装置,及び添加剤の注入を制御するレギュレータを備えている。本発明の一つの目的は,多くの様々な要因に基づいてユーザーが異なった設定値を選択できることにより,ユーザーにフレキシビリティを提供することである。本発明のその他の目的は,時間の関数として添加剤設定値が確定されることである。さらに,本発明のその他の目的は,特定の工程への添加剤注入を,外部測定値に基づいて行うことである。」(4頁19行〜5頁2行)


イ「本発明の好ましい実施形態は,洗浄装置用の,時間又はその他の要因により洗剤濃度設定値を制御するための装置を提供する。本発明は,制御装置にマイクロプロセッサ及びクロックを付け加えることにより,洗剤制御装置のセンサ機能を強化する。本発明の洗剤濃度制御装置は,一日の異なった時間または異なった作業内容に対し,異なった洗剤濃度設定値をプログラムすることにより,様々な洗剤を扱い,洗浄品からさらに効果的に汚れを除去することができる。マイクロプロセッサが,導電率センサー,サーミスタからの入力またはその他の入力を受けることにより,洗浄品から汚れを除去する装置の効力が増加する。同様に,設定値の決定においてフレキシビリティを持たせることにより,洗浄装置は,マイクロプロセッサにより継続的にまたは一日のうちのある一定時間により計算する場合でもその他の方法により計算する場合でも最も効果的にプログラムすることができる。」(5頁下から6行〜6頁6行)


(4) 「フレキシブル」あるいは「フレキシビリティ」の一般的な意味は,柔軟なさま,融通のきくさま,柔軟性,融通性(広辞苑第5版)というものであり,クロック信号,ユーザ設定入力,システムパラメータとの用語は,いずれも柔軟性(融通性)とは直接結びつかない。


 さらに,上記(3)の記載は,本願に係る発明がユーザーのニーズに応じた設定値を選択できるという利便を与えること,並びに「フレキシブルな濃度設定値」が,クロック信号,ユーザー設定入力,及びシステムパラメータに基づいて計算されることを意味する。


「フレキシブル」あるいは「フレキシビリティ」の一般的な意味を踏まえ,これらの記載と請求項1をあわせ読めば,「フレキシブルな濃度設定値」とは,クロック信号,ユーザー設定入力及びシステムパラメータに基づいて計算される,柔軟性のある(融通性のある)濃度設定値という程度の意味となり,「ユーザーが必要とする任意の濃度設定値」との違いを読み取ることはできない。


 結局,請求項1における「フレキシブルな濃度設定値」との記載は,処理手段により処理される「濃度設定値」が備えるべき性質を抽象的に表現したということ以上の内容をもたない。


(5) ところで,請求項に記載された技術的事項から一の発明が明確に把握できるためには,当該発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載されることが必要である。


 上記(4)のとおり,「フレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」との記載では,技術的課題を解決するために必要な事項が特定できないから,本願の請求項1の記載は,特許を受けようとする発明を明確に規定したものということができず,特許法36条6項2号に違反する。


(6) したがって,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載について,「システムパラメータを用いたフレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」の構成が不明であり,請求項1に係る発明の構成が明確であるとはいえないとした審決の判断は,是認することができる。


(7) なお,原告は,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明の以下の計算例の記載を摘示し,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」とは,「システムパラメータに基づいて濃度設定値の補正値を計算する」ことの意味であることが明らかであると主張する。


ア 「制御装置12は,最新検知流量率に基づき,必要とされる添加剤供給装置をオンとする時間を計算することによって添加剤を供給する。添加剤供給サイクルの後,または場合によっては添加剤供給サイクルの間に,添加剤の流量率が測定され,現在の添加剤供給サイクルにおいて添加剤供給時間が変更されるか,または次回の添加剤供給時間計算に反映される。」(10頁末行〜11頁5行)


イ 「制御装置12がソレノイドバルブ6を作動させる場合には毎回この処理及び比較サイクルが行われ,水圧又は温度などの状態が変化した場合に制御装置12の応答機能に変化を与える。」(11頁10〜12行)



 しかしながら,上記記載からは,流量率,水圧,温度等のシステムパラメータの時間変動を考慮して,添加剤の供給が制御されることが理解できるが,このことをもって,原告の主張するとおり,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」ことを「システムパラメータに基づいて濃度設定値の補正値を計算する」ことと理解すると,ここにいう「フレキシブル」の意味は,上記(4)で認定した本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「フレキシビリティ」と整合しないほか,請求項1には,「補正値」との文言もそれを示唆する記載もないから,原告の主張は採用できない。


3 以上のとおりであるから,審決が本願の特許請求の範囲の記載は特許法36条6項(2号)に規定する要件を満たしていないとした判断は正当であり,誤りはない。


第5 結論

 以上のとおりであって,その余の判断をするまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却すべきである。  』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。



追伸;<気になった記事>

●『韓国版パテントトロール発足=CJ資産運用』
http://www.chosunonline.com/article/20070511000048
●『米MPEG LA、HDDVD共同ライセンス策定に特許募集』http://news.braina.com/2007/0510/enter_20070510_001____.html
●『ボナージ、ベライゾンとの特許訴訟で第1四半期決算に打撃(ボナージ)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1360
●『Vonage、Verizon との特許訴訟で判決の取消しを求めて控訴』
http://japan.internet.com/busnews/20070511/10.html
●『農産品にも“海賊版”』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0705/11/news067.html
●『これが「iPhone 2.0」?--アップルの特許申請が公開に』http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20348594,00.htm
●『「燃料電池」特許出願 国内自動車メーカー、上位独占 』http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/200705100022a.nwc
●『「判決紹介」のページがリニューアルされ,検索が可能になりました 』(知財高裁)http://www.ip.courts.go.jp/search/jihp0010?
・・・知財高裁の月毎の判決が、審決取消訴訟と侵害訴訟とが分かれて一覧になっており、しかも主要争点等も一言記載されているので、知財高裁の判決を調べる際は、とても便利そうです♪