●平成17(ネ)10021 特許権 民事訴訟「インクカートリッジ事件」(4)

  本日も、昨日に続き知財高裁第合議事件である『平成17(ネ)10021  特許権 民事訴訟「インクカートリッジ事件」平成18年01月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/3F833955B41D23F64925710700290024.pdf)について取上げます。


 知財高裁大合議は、本判決の中で、被控訴人が主張する、環境保全の観点からもリサイクル品である被控訴人製品の輸入,販売等を禁止すべきではないこと,控訴人のビジネスモデルが不当なものであることについては、採用できないと判断しています。


 つまり、知財高裁大合議は、

『(5) 被控訴人の当審における主張について


 被控訴人は,控訴人による本件特許権に基づく権利行使が認められないと解すべき根拠として,環境保全の観点からもリサイクル品である被控訴人製品の輸入,販売等を禁止すべきではないこと,控訴人のビジネスモデルが不当なものであることを主張するが,これらの主張が権利の濫用等をいう趣旨のものであるとしても,以下のとおり,いずれも採用し難いというべきである。


ア 環境保全の観点について


(ア) 環境の保全は,現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保及び人類の福祉のために不可欠なものであり,循環型社会の形成が,国,地方公共団体,事業者及び国民の責務として,推進されるべきものであることは,前記(3)ウに判示したとおりである。したがって,特許法の解釈に当たっても,環境の保全についての基本理念は可能な限り尊重すべきものであって,例えば,製品等を再使用する方法の発明,再生利用しやすい資材の発明等を特許法により保護することが環境保全の理念に沿うものであることは明らかである。他方,特許法は,発明をしてこれを公開した者に特許権を付与し,その発明を実施する権利を専有させるものであるから,上記のような発明につき特許権が付与されたときは,第三者は,特許権者の許諾を受けない限り,特許発明に係る製品の再使用や再生利用しやすい資材の製造,販売等をすることができないという意味において,環境保全の理念に反する面もあるといわざるを得ない(仮に,常に環境保全の理念を優先させ,上記のような場合に第三者が自由に特許発明を実施することができると解するとすれば,短期的には,製品の再使用等が促進されるとしても,長期的にみると,新たな技術開発への意欲や投資を阻害することにもなりかねない。)。そうすると,たとえ,特許権の行使を認めることによって環境保全の理念に反する結果が生ずる場合があるとしても,そのことから直ちに,当該特許権の行使が権利の濫用等に当たるとして否定されるべきいわれはないと解すべきである。


(イ) 被控訴人製品は,使用済みの控訴人製品を廃棄することなく,インクタンクとして再使用したものであるから,この面だけをみるならば,被控訴人の行為は,廃棄物等(前記(3)ウ参照)を減少させるものであって,環境保全の理念に沿うものであり,これに対する本件特許権に基づく権利行使を認めることは同理念に反するおそれがあるということが
できる。


 しかし,前記(3)ウに判示したとおり,循環型社会において行われるべき循環資源の循環的な利用とは,再使用及び再生利用に限られるものではなく,熱回収も含むのであるから,使用済みの控訴人製品をインクタンクとして再使用することだけでなく,これを熱源として使用することも,環境負荷への影響の程度等において差はあっても,環境保全の理念に合致する行為であるところ,本件において,控訴人が,控訴人製品の使用者に対して使用済みの控訴人製品の回収に協力するよう呼び掛け,現に相当量の使用済み品を回収し(インクジェットプリンタの使用者に対するアンケート調査によれば,使用後のインクタンクを業者が設置した回収箱に入れる者は,全体の約半数に上っている。),分別した上で,セメント製造工程における熱源として,主燃料である石炭の一部を代替する補助燃料に使用し,燃えかすはセメントの原材料に混ぜて使用していることは,前記(2)エ(ウ)及び(2)カ(ウ)認定のとおりである。そうすると,本件の事実関係の下では,被控訴人の行為のみが環境保全の理念に合致し,リサイクル品である被控訴人製品の輸入,販売等の差止めを求める控訴人の行為が環境保全の理念に反するということはできない。


(ウ) なお,被控訴人は,控訴人による本件特許権に基づく権利行使を認めると,リサイクル品の市場が死滅させられることとなり,国際的なビジネスや消費者保護の観点からしても相当でないとも主張する。


 しかし,本件において,本件特許権に基づく権利行使を認めるとの結論に至ったとしても,それは,上述のとおり,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部につき加工又は交換がされたからにほかならないのであって,もとよりリサイクル品の製造,販売等が一切禁止されるべきことをいうものではない。純正品が特許発明の実施品でない場合にはリサイクル品の製造,販売等が特許権侵害に問われる余地はないし,純正品が特許発明の実施品である場合においても,特許権が消尽するときは,同様である。被控訴人の上記主張は,本件の論点を正解しないものであって,失当といわざるを得ない。


イ 控訴人のビジネスモデルについて


 被控訴人は,控訴人のビジネスモデル(プリンタ本体を廉価で販売し,これを購入した顧客が純正品のインクタンクを高額で購入せざるを得ないようにして,不当な利益を得ようとすること)に照らすと,控訴人による本件特許権に基づく権利行使を認めることは,消費者の利益を害し,特許権者を過剰に保護するものであって,容認することができないと主張する。


 しかし,まず,控訴人のビジネスモデルが被控訴人主張のようなものであることを認めるに足りる証拠はない。被控訴人が提出するのは,控訴人はインクタンク等の消耗部材を使用者に何度も購入してもらうことで収益を確保しており,営業利益の約6割は消耗部材によるものであるなどと報道する新聞等の記事(乙42,55−2) ,純正品のインクタンクの製造原価は50円前後であるというのが業界の常識であるとするリサイクル品の製造業者の陳述書(乙56−1)のみであって,控訴人の販売するプリンタ本体の価格が不当に低く,純正品のインクタンクが不当に高いことを客観的に裏付ける証拠は見当たらない。


 また,特許権者は,産業上利用することのできる発明をして公開したことの代償として,特許発明の実施を独占して利益を得ることが認められているのであり,特許製品や他の取扱製品の価格をどのように設定するかは,その価格設定が独占禁止法等の定める公益秩序に反するものであるなど特段の事情のない限り,特許権者の判断にゆだねられているということができるが,本件において,そのような特段の事情をうかがわせる証拠を見いだすことはできない。


 しかも,仮に,被控訴人の主張するように,純正品の価格が製造原価を大幅に上回るものであるとしても,純正品とリサイクル品との価格差(前記(2)カ(イ)認定のとおり,1個当たりの小売価格は,純正品が800円〜1000円程度,リサイクル品が600円〜700円程度である)並びに控訴人及び被控訴人が負担する費用(被控訴人の側においては,リサイクル品の製造,輸送等に費用を要するとしても,特許発明に関する研究開発費,本件インクタンク本体の製造費用等の負担を免れているわけである)を勘案すると,控訴人が純正品の販売により過大な利益を得ている。


 とすれば,被控訴人においても過大な利益を得ていることとなるから,そのような被控訴人が消費者保護の見地から控訴人の本件特許権に基づく権利行使を否定すべき旨をいう主張は,採用の限りではない。


(6) 結論


 以上のとおり,被控訴人製品については,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)に該当するということはできないが,丙会社によって構成要件H及びKを再充足させる工程により被控訴人製品として製品化されたことで,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該当するから,本件発明1に係る本件特許権は消尽しない。


 したがって,控訴人は,被控訴人に対し,本件発明1に係る本件特許権に基づき,国内販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができる。 』

 と判示されました。

 
 なお、今まで紹介した判示事項は、「1 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品について物の発明(本件発明1)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否」についてのものであり、知財高裁は、さらに、「2 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品について物を生産する方法の発明(本件発明10)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否」と、「3 国外販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品について本件特許権に基づく権利行使をすることの許否」とについても判断されていますので、明日以降、引き続き紹介しようと思います。


 追伸;<気になった記事>

●『米最高裁,既存の特許の価値を疑問視する可能性がある判定を下す』
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070503/131966/