●平成17(ネ)10021 特許権 民事訴訟「インクカートリッジ事件」(3)

 本日は、一昨日に続き知財高裁第合議事件である『平成17(ネ)10021  特許権 民事訴訟「インクカートリッジ事件」平成18年01月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/3F833955B41D23F64925710700290024.pdf)について取上げます。


 知財高裁大合議は、本件の使用済みインクカートリッジにインクを最充填して販売する被控訴人の行為は、一昨日紹介したように「第1類型」(特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合)には該当しないものと判断したものの、第2類型(特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合)に該当するものと判断し、特許権が消尽せず、控訴人特許の侵害になると判断しています。


 つまり、知財高裁大合議は、

『 (4) 第2類型の該当性

 進んで,控訴人製品について,第三者(丙会社)により特許製品(控訴人製品)中の特許発明(本件発明1)の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたといえるかどうかについて判断する。


ア 本件発明1の内容

 本件発明1は,インクジェットプリンタに使用されるインクタンク等に関するものであり,前記認定事実によれば,特許発明の内容については,次のように解することができる。


(ア) インクタンクの構成として考えられる最も単純なものは,箱体内部の空間にインクを直接充填するものであるが,このような構成では,開封するとインクが漏れる,プリンタへのインクの供給が不安定になるといった欠点があることは明らかである。そこで,インクタンク内のインクが外部に漏れないように保持し,インクを安定的に供給することができるようにするために,箱体内部の空間に負圧発生部材(スポンジ,フェルト等のインクを吸収する部材)を収納し,これにインクを含浸させる構成のものが考えられた。ところが,負圧発生部材をインクタンク内の全体に収納したのでは,インクタンク内に収納し得るインクの量が減少してしまう。この問題を解決するために考えられたのが,インクタンクの内部を仕切り壁によって複数の部屋に分け,プリンタへのインク供給口のある側には負圧発生部材を収納してこれにインクを含浸させるが,それ以外の部分には,負圧発生部材を収納せず,箱体内部の空間にインクを直接充填するという構成を採用することによって,インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ,かつ,安定したインク供給を実現したものであり(前記(2)イ(イ)参照),これが本件明細書に従来の技術として挙げられたもの(別紙図1に記載されたもの)である。


 ところが,この従来技術によるインクタンクには,次のような問題点があった。すなわち,このインクタンクには,液体収納室36(別紙図1に付された符号を示す。以下同じ。)の全部(図1(a)中にオレンジ色で示した網線部分)及び負圧発生部材収納室34の一部(同,黄色で示した斜線部分)にインクが収納されるが,負圧発生部材収納室のその余の部分(同,負圧発生部材32のうちインクが含浸されていない緑色で示した点描部分及びバッファ室44の水色で示した空白部分)には空気が存在している。そして,インクタンクの使用開始前に,負圧発生部材収納室が液体収納室の下方に来る姿勢で放置されると(インクタンクをプリンタに装着して使用する時には,別紙図1(a)のように,負圧発生部材収納室と液体収納室とが横に並ぶが,使用開始前の輸送時や保管時においては,同(b)のように,液体収納室が負圧発生部材収納室の上方に置かれた姿勢で放置されることがある。),負圧発生部材収納室に存在する空気が,連通孔40を通って液体収納室へと導入され(図1(b)の液体収納室36中の水色で示した空白部分,気液交換動作によ)り,空気に替わって液体収納室中のインクが負圧発生部材収納室の側に流出し,負圧発生部材収納室にインク25が過剰に存在する状態,すなわち,過充填となり,負圧発生部材のうちインクが含浸されていなかった領域にもインクが含浸される上,負圧発生部材がインクを保持しきれないときは,図1(b)中に赤色で示した同図中の左下隅部分のように,バッファ室にインクがあふれ出る事態が生ずる。このような状態でインクタンクを開封すると,大気連通口12や液体供給口14からインクが漏れ出し,使用者の手などを汚すといった問題点があった。そこで,輸送時や保管時に,インクタンクがどのような姿勢をとっても,負圧発生部材収納室のインクが過充填となることを防止する必要があり,これが本件発明1において解決すべきものとされた課題である。


(イ) 本件発明1は,次のような構成を採用することによって,インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ,安定したインク供給を実現するという従来のインクタンクの作用効果を維持しつつ,併せて,従来のインクタンクにみられた上記の課題を解決したものである。本件発明1のインクタンクは,負圧発生部材収納室134(別紙図2に付された符号を示す。以下同じ)に2個の負圧発生部材(インク供。給口114側の第1の負圧発生部材132Bと,大気連通口112側の第2の負圧発生部材132A)を収納し(収納された負圧発生部材と,液体収納容器の仕切り壁,連通部及び大気連通部との位置関係は,構成要件E〜Gのとおりである,これらを互いに圧接させることにより。)(構成要件A ,その境界層である圧接部の界面132C(別紙図2に)赤色の太線で示した部分)の毛管力が,第1及び第2の各負圧発生部材に比べて,最も高くなるように構成されている(構成要件H )。毛管力が高いということは,液体を吸収し,保持しやすいということであるから,負圧発生部材収納室に一定量のインクを収納させることによって(構成要件K ,圧接部の界面が常にインクを保持した状態となり,こ)のインクが空気の移動を妨げる障壁を形成する。その結果,負圧発生部材収納室の一部(図2中の第2の負圧発生部材のうちインクが含浸されていない領域である緑色で示した点描部分及びバッファ室である水色で示した空白部分)に存在する空気は,この障壁を越えて第1の負圧発生部材の側へ移動することができず,液体収納室へと移動することはない。したがって,輸送時や保管時に,従来の技術で問題とされたような姿勢(別紙図2(b)のように,液体収納室136が負圧発生部材収納室134の上方に来る姿勢)で放置されたとしても,液体収納室に空気が流入することがないから,気液交換動作により,液体収納室中のインクが負圧発生部材収納室に流出し,開封時に大気連通口112や液体供給口114から漏れ出すという事態を防止することができる。


 このように,本件発明1は,インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ,安定したインク供給を実現するという従来のインクタンクと同様の作用効果を奏しつつ,併せて,従来の技術にみられた開封時のインク漏れという問題を解決するために,(i) 負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材を収納し,その界面の毛管力が各負圧発生部材の毛管力よりも高くなるように,これらを相互に圧接させるという構成(この構成は,構成要件A,E〜Hによって達成されるが,そのうちで最も技術的に重要なのは,圧接部の界面の毛管力が最も高いものであることという構成要件Hであると認められる)と,(ii) 一定量のインク,すなわち,液体収納容器がどのような姿勢をとっても,圧接部の界面全体が液体を保持することが可能な量の液体が充填されているという構成(構成要件K)を採用することによって,負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成することとした点に,従来のインクタンクにはみられない技術的思想の中核を成す特徴的部分があると認められる。


 この点は,前記(2)イ(オ)のとおり,本件明細書(甲2)に「他の姿勢の時には,インク−大気界面Lの水頭と,負圧発生部材界面132Cに含まれるインクの水頭との差は,P2とPSの毛管力差よりさらに小さくなるので,界面132Cは,その姿勢に関わらず,その全域にインクを有した状態を保つことができるようになっている。そのため,いかなる姿勢においても,界面132Cが,仕切り壁と負圧発生部材収納室に収納されるインクと協同して(判決注「協同」は「協働」の意に解される。),連通部140及び大気導入路150からの液体収納室への気体の導入を阻止する気体導入阻止手段として機能し,負圧発生部材からインクが溢れ出ることはない(段落【0048】 )と記載されている。」とおりである。


 また,上記(i)の構成は充足するが,(ii)の構成を充足しないインクタンク(充填されているインクの量が構成要件Kに規定された量より少ないインクタンク)であっても,インクジェットプリンタにおける印刷に供することは可能であり,インクタンクとしては十分機能するということができる。しかし,そのようなインクタンクは,常に負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁が形成されるものではなく,しかも,充填されたインクの量が少なく,大量の文書等の印刷に供する上で非効率なものとなることが明らかであって,従来のインクタンクよりも作用効果において劣るといわざるを得ない。したがって,本件発明1の目的は,上記(i)及び(ii)の両者の構成が備わって初めて達成することができるのであるから,構成要件H及びKのいずれもが本件発明1の本質的部分であると解すべきである。


(ウ) なお,前記(2)ウのとおり,複数の負圧発生部材を収納したインクタンクも従来から存在していたが,それらは液体収納容器の内部が複数の室に仕切られていないものであり,また,専らプリンタ本体へのインクの安定的な供給を目的とするものであって,複数の負圧発生部材を圧接してその界面の毛管力を最高とし,この部分にインクを吸収させておくことによって空気の移動を妨げる障壁を形成するという技術的思想を示すものは存在しなかったし,さらに,その前提として,内部が仕切られていない液体収納容器においては,液体収納室のインクが負圧発生部材収納室に流出することがないので,これを防ぐという課題も存在しなかったということができる。したがって,上記従来技術の存在は,本件発明1の本質的部分を上記のように解することの妨げとなるものではない。


イ インク費消後の本件インクタンク本体へのインクの再充填

 丙会社がインク費消後の控訴人製品を用いて被控訴人製品を製品化する工程は,前記(2)オ(ア)のとおりであり,本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け,本件インクタンク本体の内部を洗浄し,負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までと,液体収納室全体に,インクを注入するという工程を含むものである。


 そこで,検討すると,控訴人製品の使用者が本件発明1に係るインクタンクを使用することにより,液体収納室及び負圧発生部材収納室内のインクが減少し,構成要件Kの充足性を欠くに至るから,インクが費消された後の本件インクタンク本体が構成要件Kの充足性を欠いていることは明らかである。


 また,前記(2)エ(イ)のとおり,インクが費消された後の本件インクタンク本体がプリンタから取り外された後1週間ないし10日程度が経過すると(本件においては,前記第2の2(5)イのとおり,乙会社が北米,欧州及び我が国を含むアジアから本件インクタンク本体を収集したものであることを勘案すると,プリンタから取り外された後,丙会社が被控訴人製品として製品化するまでの間に,上記の期間が経過したことは明らかである。),インクタンク内部の液体収納室の壁面,第1及び第2の負圧発生部材,両負圧発生部材の圧接部の界面,インク供給口等に残ったインクが乾燥して固着するに至る。殊に,圧接部の界面は,第1及び第2の負圧発生部材よりも毛管力が高いのであるから,プリンタから取り外された時点で,界面の繊維材料に液体のインクが付着したままであるのが通常であり,上記期間が経過した後は,界面の繊維材料の内部の多数の微細な空隙に付着したインクが不均一な状態で乾燥して固着し,空隙の内部に気泡や空気層が形成され,新たにインクを吸収して保持することが妨げられる状態となっているものと認められる。そして,そのことにより,インクタンクがいかなる方向に放置されたとしても,第2の負圧発生部材の持つ毛管力と圧接部の界面の持つ毛管力の差が,第2の負圧発生部材中のインク−大気界面の水頭と圧接部の界面のインク−大気界面の水頭の差以上となっていること,すなわち,圧接部の界面がインクタンクの姿勢にかかわらず常にインクで満たされていることで,圧接部の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成し,圧接部の界面を介して第1の負圧発生部材及び液体収納室へ大気が流入しないようにする(本件明細書の段落【0019】,【0002】)という,本件発明1において圧接部の界面が果たすべきものとされた機能を奏することができない状態となっているものである。ここで,本件発明1の構成要件Hにいう「圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高」いとは,本件明細書の上記記載を参酌すれば,単に,圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力と比べて高いことをいうのではなく,両者の毛管力の差が上記のような機能を奏するに足りるだけの程度に達していることをいうものと解するのが相当である。そうすると,プリンタから取り外された後に上記の期間が経過し,圧接部の界面の繊維材料の内部の多数の微細な空隙に付着したインクが不均一な状態で乾燥して固着し,空隙の内部に気泡や空気層ができ,新たにインクを吸収して保持することが妨げられているものと認められる本件インクタンク本体においては,構成要件Hを充足しない状態となっているというべきである。



 したがって,本件インクタンク本体の内部を洗浄して固着したインクを洗い流した上,これに構成要件Kを充足する一定量のインクを再充填する行為は,特許発明を基準として,特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分という観点からみた場合には,控訴人製品において本件発明1の本質的部分を構成する部材の一部である圧接部の界面の機能を回復させるとともに,上記の量のインクを再び備えさせるものであり,構成要件H及びKの再充足による空気の移動を妨げる障壁の形成という本件発明1の目的(開封時のインク漏れの防止)達成の手段に不可欠の行為として,特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならないといわなければならない。


ウ小括

 以上によれば,被控訴人製品は,控訴人製品中の本件発明1の特許請求の範囲に記載された部材につき丙会社により加工又は交換がされたものであるところ,この部材は本件発明1の本質的部分を構成する部材の一部に当たるから,本件は,第2類型に該当するものとして特許権は消尽せず,控訴人が,被控訴人製品について,本件発明1に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは,許されるというべきである。  』

と判示されました。


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