●平成16(ネ)1563特許権民事訴訟「レンズ付きフィルムユニット事件」

 本日は、『平成16(ネ)1563 特許権 民事訴訟レンズ付きフィルムユニット事件」平成17年01月25日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/431A112782ED2526492570FC0002229A.pdf)について取上げます。


 本件は、昨日紹介した「人工乳首事件」とは異なり、国内優先出願により追加した事項(周知事項)が先の基礎出願日に出願されたものとみなされた事案です。


 つまり、東京高裁は(塚原朋一 裁判長)は、

『当裁判所も,控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないから,これらを棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」(ただし,22頁4行から23頁6行まで,及び28頁14行から25行までの各部分を除く。)のとおりであるから,これを引用する。


 1 原判決の認定判断の誤りをいう主張について

 (1) 本件においては,原告製品が本件発明の技術的範囲に属し,形式的には,原告製品が本件特許権を侵害しているとの限度では,控訴人ら自身が認めるところであり,争いがない。


 そこで,本件発明を含む本件特許出願日が昭和平成62年8月14日,本件考案の実用新案登録出願日が昭和62年1月19日であることから,被控訴人が,平成5年法律第26号による改正前の特許法42条の2に基づき,本件発明(甲1の特許請求の範囲第1項に記載された発明)について,優先出願(iii)を「先の出願」として優先権を主張し,本件発明(のうち,いわば全体)が「先の出願(優先出願((iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面(乙3)に記載された発明」として,優先権主張の効果を有し,本件発明の出願が「先の出願」(優先出願(iii))の時である昭和61年10月17日にされたものとみなされるか否かが,本件発明についての特許の有効性に関する争点となる。


 そこで,被控訴人が主張する優先権主張の効果が認められるか否かを判断するには,本件発明の要旨を認定した上で,これと優先出願(iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明との関係を検討する必要がある。


 (2) 本件発明の要旨認定

 (2-1) 発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないものというべきである(最高裁平成3年3月8日第一小法廷判決・民集45巻3号123頁)。


 そこで,本件発明についての特許請求の範囲第1項の記載をみるに,次のとおりである(甲1。なお,括弧内のアルファベットは,原判決において構成要件を分説する際に付された符号である。)。


 「(A)予め未露光フイルムを内蔵し,このフイルムに対してシャッタ手段を操作することにより,露光付与機構を通して露光を付与するようにし,(B)撮影後にフイルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフイルムユニットにおいて,(C)前記ユニット内のフイルム露光枠の一方側に未露光フイルムロールが配置され,フイルム露光枠の反対側に回転可能な巻芯を内部に有するパトローネが配置されており,(D)未露光フイルムの一端と巻芯が予め固定されていること,(E)前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯には,ユニットのフイルム巻取り操作手段を連結させ,(F)前記シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること,(G)前記未露光フイルムロールは,該ユニットの製造工程で前記パトローネ内に収納された状態から引き出されて形成されており,(H)該フイルムロールの中心部が中空状態で,未露光フイルムロール収納部に装填されている(I)ことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット」


 上記の特許請求の範囲の記載を検討すると,その記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情は見当たらない。


 (2-2) 控訴人らは,前記のとおり,本件の第3実施例に支持された発明は,優先出願(iii)明細書には記載されていないから,第3実施例に支持された発明については,本件発明に優先出願(iii)による優先権の効果はない,と主張する。また,控訴人らは,本件発明の構成要件Fの技術的意義は,「シャッタ手段が操作されたことにより巻上げノブのロックが解除され,同ノブの回動操作が許容されるようになる」ことをいうものと解釈すべきであって(この実施部分は,本件特許明細書の第18欄2〜9行(第3実施例部分)に記載されている。),構成要件Fは,優先出願(iii)明細書には記載されていない,と主張する。


 これらの主張は,そもそも,本件発明の要旨認定の問題に係わるものであり,したがって,本件発明の要旨認定において第3実施例はどのような意味をもつのか,また,構成要件Fはどのように解釈されるべきかが検討されなければならない。なお,控訴人らの主張する構成要件Fの解釈は,第3実施例の記載中に根拠を有するものであることから,上記2つの問題は,密接に関連している。


 (a) 本件発明の構成要件Fは,上記のとおり,「前記シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること」というものである。そして,本件発明におけるフイルムの巻込みないし巻取りについては,このほかに,構成要件Eとして,「前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯には,ユニットのフイルム巻取り操作手段を連結させ」ということが記載されている。


 検討するに,これらの記載が意味するところは,一義的に明確であって,その技術的意義が本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参照しなければ理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情は見当たらない。


 したがって,本件発明におけるフイルムの巻込み,巻取りないし巻上げについては,上記構成要件E及びFに記載された程度の特定によって構成されているのであって,それ以上に,具体的にどのような構成の装置により,どのようなメカニズムでフィルムを的確に巻き込み,巻き取りないし巻き上げるかなどという手段等に関する構成については,特段の限定はないものと解すべきである(後記(b)の周知技術の点も参照。なお,上記構成であることによって発明が未完成であるとは認められない。)。


 換言すれば,本件特許明細書の発明の詳細な説明欄における第3実施例の記載によって,構成要件Fを控訴人らが主張するように解釈したり,本件発明の要旨を第3実施例記載のものによって認定することは,要旨認定の在り方として相当でないというべきである。


 (b) 本件特許明細書の発明の詳細な説明欄における第3実施例がどのような機能,効果を発揮するものであるかを含め,第3実施例の位置付けをみておく。


 第3実施例の特徴としては,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する詳細な構成とそのメカニズムが記載されている点がある。しかしながら,乙6ないし15(枝番号を含む)によれば,優先出願(iii)の出願日以前から,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する構成については種々の周知技術が存在し,第3実施例によって示された機能や効果は,上記証拠によって認められる周知技術によって達成される機能,効果と比べて格別のものであるとは認められない。


 本件発明は,当然に上記のような周知技術を踏まえているものと解され,その上で,構成要件Fは,上記のように「…フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としている」とのみ記載し,具体的にどのような構成の装置により,どのようなメカニズムでフィルムを的確に巻き込み,巻き取りないし巻き上げるかなどという手段等に関する構成については,特段の限定はしなかったものと解するのが相当である。


 そうすると,第3実施例は,上記のように認定される本件発明の要旨の範囲内で,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関して具体的な1態様を示したものにすぎないのであり,上記の要旨認定を変更すべきようなものではないというべきである(上記判示したところによれば,本件発明は,第1実施例により十分に裏付けられているものと認められ,仮に,第3実施例の記載がなくても,その裏付けに欠けるところはない。)。



 (c) 念のため,本件発明についての課題,目的,効果に照らしてみても,上記のような本件発明の要旨認定は,相当であるというべきである。


 本件特許明細書(甲1)には,次のように記載されている。

・・・省略・・・

 以上の記載によれば,本件発明の課題解決の核心は,レンズ付きフィルムユニットにおいて,製造段階でパトローネから未露光のフィルムをあらかじめ引き出して,中空のフィルムロールとし,これを本体に装填するという点にあるものと認められる。そして,上記のように,第3実施例に記載されたフィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する点は,本件特許明細書の課題とされてはおらず,本件発明の効果についての記載にも,第3実施例の上記手段等によるものは,反映されていない。


 (3) 本件発明と優先出願(iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明との関係


 上記(2)の本件発明の要旨認定を踏まえて,優先出願(iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明との関係を検討する。


 (a) この点については,前記引用に係る原判決の判示部分(原判決の23頁7行から28頁13行までの部分)のとおりである。


 結局,本件発明の技術的事項は,全て優先出願(iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されている。前記平成5年改正前の特許法42条の2第2項の記載に即していうならば,「本件発明のうち,『優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明』」とは,本件発明(の全体)そのものであるということになる(証拠〔甲1,6,7,乙3〕及び弁論の全趣旨によれば,本件特許出願は,外国出願をするために,既に出願されていた1つの実用新案登録出願及び3つの特許出願を優先権主張の基礎として,9個の請求項を有する1つの特許出願にまとめたものであることが認められるのであり,本件発明が,優先出願に係る発明の範囲内であり,改良や追加された発明を含まないとしても,不自然ではない。また,上記特許法42条の2が,このような形態の国内優先制度の利用を否定するものとも解されない。)。


 (b) 控訴人らは,前記のとおり,本件特許明細書に記載された第3実施例に支持された発明が優先出願(iii)明細書には記載されていないこと,及び,本件発明の構成要件Fは,優先出願(iii)明細書には記載されていないことを主張する。


 第3実施例の点については,既に要旨認定に関して判示したことに加え,優先出願(iii)明細書の記載も前判示の周知技術を踏まえた上でなされていることは明らかであることなどに照らせば,第3実施例の記載をもって,本件発明が優先出願(iii)明細書に記載された発明の範囲を超えているとはいえない。


 構成要件Fの点については,既に要旨認定に関して判示したところに加え,上記原判決の引用部分に照らせば,控訴人らの主張が採用し得ないことは,明らかである。


 (4) 以上によれば,本件発明は,「優先出願(iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明」であるといえるので(換言すれば,「本件発明のうち,『優先権の主張の基礎とされた優先出願(iii)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明』」とは,本件発明(の全体)そのものであるといえるので),平成5年改正前の特許法42条の2第2項に基づき,優先出願(iii)の出願時である昭和61年10月17日に出願されたものとみなされるのであるから,本件考案の実用新案登録出願が存在したからといって,本件特許が特許法39条3項に違反し,無効であることにはならない。


 なお,控訴人らの特許法39条3項違反による無効の主張は,上記のとおり,本件発明と本件考案とが実質的に同一であるとの主張を前提にしているのであるが,控訴人らは,両者が実質的に同一である理由として,本件発明の第3実施例と本件実用新案公報(甲3)に記載された実施例が同一であることを挙げている(本件特許出願及び本件実用新案登録出願はいずれも被控訴人の出願に係るものである。)ところ,仮に,両者の実施例に同一のものがあるとしても,本件発明の特許請求の範囲の記載と本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載とを対比すると,実質的に異なる構成があることが認められるから,本件発明と本件考案とが実質的に同一であるとの控訴人らの主張は理由がなく,この点からも控訴人らの特許法39条3項違反による無効の主張は,採用することができない。


 2 原判決の判断遺脱をいう主張について

 前判示のとおり,本件において,第3実施例の記載があるからといって,本件発明の要旨となる技術的事項が優先出願(iii)の明細書に記載された技術的事項の範囲を超えるものではないのであるから,控訴人らが判断遺脱として主張する点は,判断するまでもない。よって,原判決に判断遺脱の違法はない。  』


等と判示されました。

 

 なお、この「レンズ付きフィルムユニット事件」の国内優先出願およびその基礎出願の出願日は、いずれも平成5年法改正前の昭和60年代の出願で、明細書の要旨を変更しない範囲で補正が認められた時代の出願であるのに対し(「特許法概説 第8版 第229頁には、「(iii)実施例の補充と要旨変更 実施例を補充することが直ちに要旨変更となるとは限らない。・・・」と記載されており、注1)に3つほど判決例が記載されています。)、「人工乳首事件」の国内優先出願およびその基礎出願の出願日は、いずれも新規事項追加の補正が認められなくなった平成6年4月1日以降に出願されたものであり、この両事件を、「結果が対立している事案である。」と、一概に論ぜられないのでは、と考えています。


 つまり、周知事項であっても追加をすれば新規事項の追加となり補正が認められない平成6年以降出願の「人工乳首事件」と、出願の要旨を変更しない範囲で実施例等を追加する補正が認められた時代の「レンズ付きフィルムユニット事件」とは、国内優先の効果が認められる範囲を、共に審査基準のように補正が認められるか否かの基準で判断しているようであり、この点においては同じ基準、すなわち補正が認められるか否かの基準で判断をしているのではないかと思います。


  詳細は、本判決文を参照して下さい。



追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10143 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「海苔異物除去装置 」平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070426112530.pdf
●『 平成18(行ケ)10469 審決取消請求事件 意匠権 行政訴訟「プーリー」 平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070425172600.pdf
●『平成18(ワ)19023 損害賠償請求事件 実用新案権 民事訴訟「デファレンシャルギヤ二段差伝達の無段変速機」平成19年04月25日 東京地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070426112530.pdf
●『平成17(ワ)8240 著作権侵害差止等請求事件 著作権 民事訴訟「コンピュータソフトウェアのロイヤリティ」平成19年04月25日 東京地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070425183017.pdf
●『平成17(ワ)12207 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「ゴーグル」平成19年04月19日 大阪地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070426094042.pdf


 追伸2;<気になった記事>

●『特許やソフトウエアで独禁法運用指針を改定へ』
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070427ib23.htm
●『クアルコムエリクソンから特許使用料3000万ドルを受け取る見通しを発表(クアルコム)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1302
●『中国、昨年米国本土で64%増の661件の特許を獲得』http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q2/532159/
●『「中国は世界第2位の研究開発国」WTOが指摘』http://jp.ibtimes.com/article/technology/070427/6930.html
●『「中国は世界第2位の研究開発国」WTOが指摘』http://www.newschina.jp/news/category_1/child_4/item_2704.html