●平成18年(ネ)第10007号損害賠償請求控訴事件「図形表示装置事件」

 本日は、昨日の弁理士会会員研修のテキストに紹介されていた判決例と思われる(※テキストには判決言渡し日しか記載がなく事件番号が記載されていなかったため。)、『平成18(ネ)10007 損害賠償請求控訴事件 特許権 民事訴訟 「図形表示装置及び方法事件」平成18年09月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060929110516.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許第2877779号発明の特許権及び同特許権侵害に基づく被控訴人に対する損害賠償請求権を譲り受けたと主張する控訴人が、携帯型ゲーム機ゲームボーイアドバンス)を製造販売する被控訴人に対し、その製造販売の行為が本件特許権を侵害するとして,本件特許権に基づき損害賠償の支払を求めた事案で、原審は被控訴人製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないとして控訴人の請求を棄却したため,控訴人が、これを不服としてその取消し及び上記損害賠償の支払を求めて控訴した事案で、当該控訴も棄却された事案です。


 本件は、大抵の小学生なら持っている任天堂の著名な携帯型ゲーム機である「ゲームボーイアドバンス(GBA)」についての侵害事件であるため、「ゲームボーイアドバンス事件(GBA事件)」とも、呼ばれているようです。


 本件では、「特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。」等と、侵害訴訟における知財高裁の特許発明の技術的範囲の解釈の方法を明確かつ論理的に示す判決例として、とても参考になる判決例ではないかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 篠原勝美裁判長)は、


『2 本件特許発明の技術的範囲の解釈について

(1) 特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。

 
 ところで,特許明細書の用語,文章については,(i)明細書の技術用語は,学術用語を用いること,(ii)用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,(iii)特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,(iv)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。


 また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。

 
 そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。


(2) 控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。


 しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。


 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。


 本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。


 したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。

 
 仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。

(3) 以上のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,一義的に明確なものであれば,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,独自の議論であって,採用し得ないものというべきである。  』


 と判示されています。



 新規発明公開の代償として保護するという特許法第1条の法目的から、特許法36条第4項の実施可能要件、および第36条6項1号のサポート要件を介して、特許発明の技術的範囲の解釈について論ぜられており、特に、上記の、


  「我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。

  …省略…

 そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。

  …省略…

  したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。 」


  という判示事項は、非常にインパクトがあり、損害賠償時事件や差止請求事件等の侵害訴訟における知財高裁における特許発明の技術的範囲の解釈の仕方を明確に示しているのではないかと思われます。



 なお、侵害訴訟において特許発明の技術的範囲を解釈するに際し、原則として明細書や図面の記載を参酌するのは、上記判決文で引用されている最高裁もその通りであり、また、昨年の5/16に本日記で取上げた元東京高裁判事の濱崎浩一先生が執筆した「法律知識ライブラリー5 特許・知識・商標の基礎知識」(牧野利秋編 青林書院)の「38 特許発明の技術的範囲」の欄の、


 『(ロ)次に、「第3項4項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。1 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」という規定(特36条第6項1号)に照らしても明らかなように、特許請求の範囲に記載された発明の内容は、発明の詳細な説明によって基礎づけられていなければいけないから、発明の内容を理解するためには、明細書中の他の記載を参酌することになる。特許侵害訴訟の実務では、従前からこのようにして特許発明の技術的範囲を定めていた(最高昭50.5.27裁判民115号1頁は、実用新案の事案に関するものであるが、「実用新案の技術的範囲は、登録請求の願書添付の明細書にある登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないのであるが、右範囲の記載の意味内容をより具体的に正確に判断する際の資料として右明細書の他の部分に記載されている考案の構造及び作用効果を考慮することは、なんら差し支えないものといわなければならない。」と判示している。)

  ・・・

 このように特許発明の技術的範囲を定めるには、特許請求の範囲のみならず、明細書全体の記載及び図面を参酌するのに対し、特許出願に係る発明の特許要件を審理する場合の発明の要旨の認定は、最判平3.3.8民集45巻3号123頁(※平成6年法改正により特許法第70条第2項の追加の一番の理由となったリパーゼ最高裁判決)が判示するとおり、「特段の事情がない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」と解すべきである


  特許発明の技術的範囲すなわち成立している特許権の効力の及ぶ客観的範囲を定める場合と、これから特許すべき発明の特許要件を審理する場合とで、その基準が異なることは当然のことといえよう。』(以上、「法律知識ライブラリー5 特許・知識・商標の基礎知識」から引用。」)

 というように、従前の東京高裁時代から変わらない解釈ではないかと思います。



 追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(ワ)19650 意匠権侵害差止請求権不存在確認請求事件 意匠権 民事訴訟増幅器付スピーカー」平成19年04月18日 東京地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070418174710.pdf