●平成18(ネ)10051特許権侵害差止等請求控訴事件「数値制御自動旋盤

 本日は、『平成18(ネ)10051 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「数値制御自動旋盤」平成19年02月22日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070223143239.pdf)について取り上げます。

 本件は、原審(「東京地裁平成16年(ワ)第20636号(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060428113351.pdf))の棄却判決の取消しを求めた控訴審で、本件控訴も知財高裁により棄却された事案です。


 本件では、それほど詳しくは論説されていませんが、特許法101条2号の間接侵害の主観的要件の「その発明の実施に用いられることを知りながら」や、分割前の親出願の参照、侵害訴訟における特許法第70条2項の原則適用などについて判示されており、知財高裁におけるこれらの考え方が明確にわかる判決の一つでないかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 中野哲弘 裁判長)は、

『第4 当裁判所の判断

1 原判決107頁下1行目以下(「当裁判所の判断」)を,次のとおり改めるほかは,原判決の記載を引用する。


2 第1特許関係
(1) 争点(1)ア(ア)(構成I−1の被告製品)a(構成要件IC)について
ア 「X1軸方向に移動する」の解釈
(ア) 第1特許明細書(甲1の2)には,次の記載がある。


(ウ) このように,第1特許明細書には,第1特許の発明の目的が制御軸数が少なく,安価で,かつ高生産性のNC旋盤を提供することにあり,使用可能な工具数に比べて制御軸数の少ないNC旋盤が得られるという作用があることが記載されていること,及び他の請求項には,孔加工用工具台について請求項1に明示されていない加工軸を設けることが記載されているが,それ以外の加工軸を想定した記載はないことからすると,第1特許発明の構成要件ICの第1刃物台が「X1軸方向に移動する」とは,X1軸方向にのみ移動することを意味しているものと解釈すべきである。


(エ) 控訴人は,構成要件ICは,「X1軸方向に移動する」と規定しているにすぎず,上記(ウ)の解釈は特許請求の範囲の記載に基づかないものである旨主張する。しかしながら,第1刃物台がX1軸方向以外の方向にも移動する構成が第1特許発明の技術的範囲に含まれるか否かについては,特許請求の範囲の記載に基づき,他の請求項の記載,並びに発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌して解釈すべきであって(特許法70条1,2項),そのようにしてされた上記(ウ)の解釈が特許請求の範囲の記載に基づかないものであるということはできないから,控訴人の上記主張は採用することができない。


 また,控訴人は,第1特許の「特許請求の範囲」の請求項2及び3の記載は「孔加工用工具台」に関するものであって,「第1刃物台」に関するものではないから,請求項2及び3の文言を使っても,請求項1の「第1刃物台」の移動方向(=制御軸の向き)を解釈することはできないと主張する。請求項2及び3は「孔加工用工具台」に関するものであるが,そうであるとしても,請求項2及び3には,「孔加工用工具台」にZ軸と平行なB軸を設けることが記載されているのみで,「第1刃物台」のX1軸方向以外の移動等を想定した記載はないから,上記(ウ)のとおり,「第1刃物台」がX1軸方向以外に移動しないことの根拠とすることができるというべきである。


(オ) 控訴人は,第1特許発明においては,構成要件ICの第1刃物台の「X軸」方向は,加工のための切り込み方向を示す軸であると主張し,その根拠として,第1特許発明の構成要件ICにおいては,X1軸方向の説明として「主軸中心線に向かって接離する方向である」という修飾語が付いていると主張する。しかし,この修飾語は,X1軸方向と主軸中心線との関係を示しているのみで,X1軸方向の移動が加工のための移動に限られることの根拠となるものではない。


 また,控訴人は,上記主張の根拠として,1971年版のJISの定義(甲15)によれば「X軸」とは「Z軸に直交する平面内で工具の運動方向にとり」と記載されていることや,2003年版のJISの定義(甲24)では「X軸」は「ラジアル方向かつクロススライドに平行にとる」ものとされていることを主張するが,これらも一般的な「X軸」の定義をするものであって,第1特許発明においてX1軸方向への移動が加工のための移動に限られることの根拠となるものではない。

 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。


  …省略…


ウ 間接侵害について

(ア) 控訴人は,構成I−3の被告製品を製造,販売する被控訴人の行為につき,特許法101条2号の間接侵害の成立を主張する。


(イ) しかしながら,仮に,構成I−3の被告製品が第1特許発明の技術的範囲に属する数値制御自動旋盤の生産に用いる物であると認められるとしても,被控訴人が,第1特許発明の技術的範囲に属する数値制御自動旋盤の生産に用いられることを知りながら,同製品を生産し,譲渡したことを認めるに足りる証拠はない。


 かえって,構成I−3の被告製品の取扱説明書(乙51)には,T13−C=T13−E(正面刃物台)に外径加工用工具を取り付けて外径加工を行うことができることは一切記載されておらず,取扱説明書に記載した以外の方法による使用を禁じていることからすると,被控訴人には,同製品が第1特許発明の技術的範囲に属する数値制御自動旋盤の生産に用いられることの認識はなかったものと認められる。


(ウ) したがって,構成I−3の被告製品を製造,販売する被控訴人の行為につき,特許法101条2号の間接侵害は成立しない。


(4) まとめ

 以上のとおり,被告製品1は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも第1特許発明の技術的範囲に属さないから,控訴人の第1特許に基づく請求は理由がない。


3 第2特許関係
(1) 争点(2)ア(構成要件IIA)について


ア 「刃物送り台」の解釈
(ア) 証拠(甲2の2,乙27)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。


a 構成要件IIBには,「該刃物送り台に設けられた工具ホルダで,工具相互の位置が固定された複数個の工具を保持するNC自動旋盤において」と記載され,「それぞれの刃物送り台」とは記載されていない。

b 第2特許明細書(甲2の2)には,第2特許の発明の技術的課題につき,次の記載がある。


 …省略…


d 同明細書の【0006】ないし【0021】及び【図1】ないし【図3】には第2特許発明の第1の実施例が,【0022】,【0023】及び【図4】,【図5】には,第2の実施例がそれぞれ記載されているが,いずれも,NC自動旋盤上に刃物送り台を1台のみ備えた構成である。同明細書には,NC自動旋盤上に複数の刃物送り台を備えた構成に関する記載は全くない。

e 第2特許親出願(特願昭58−73548号,特許公報は乙27[特公平2−55161])では,特許請求の範囲,明細書及び図面の記載を検討しても,NC自動旋盤上の刃物送り台が複数の刃物送り台を備えた構成に関する記載はない。


(イ) 以上の記載事実によると,第2特許発明の目的は,複雑な干渉防止策を講ずることなく,非切削時間の短縮を実現することにあるものと認められる。そして,複数の刃物送り台を有すると,複数の刃物送り台間における干渉防止策を講ずる必要があるが,第2特許明細書には,そのことについての記載は全くなく,上記(ア)e認定の親出願に関する事実も考慮すると,構成要件IIAにいう「刃物送り台」は,NC自動旋盤上に配置された単一のものをいうと解釈すべきである。


(ウ) 控訴人は,「複雑な干渉防止策が必要になる」という問題点は,従来技術の問題点ではなく,従来技術の問題点は,「どうしても非切削時間が長くなってしまうことになる」であると主張する。上記(ア)の事実によると,従来技術であるNC自動旋盤の問題点は,「どうしても非切削時間が長くなってしまうことになる」ということであるが,第2特許発明は,この問題点を「複雑な干渉防止策を講ずることなく」解決するものであるから,上記(イ)のとおり,第2特許発明の目的は,複雑な干渉防止策を講ずることなく,非切削時間の短縮を実現することにあるものと認められる。

(エ)a 控訴人は,構成要件IIBは,「該」という文字を「刃物送り台」に冠して刃物送り台を特定していて,該刃物送り台上の工具相互の位置が固定されていることを要求するものにすぎないから,NC自動旋盤上の刃物送り台が単一であるか,複数であるかは問題ではない旨主張するが,「該」の点からは,構成要件IIAにいう「刃物送り台」が複数であると解したとしても矛盾はしないということができるだけであり,それ以上に,「該」の点から刃物送り台が複数であることを意味すると解することはできない。


b また,控訴人は,複数の刃物送り台を有する構成IIの各被告製品のカタログには,「スタンバイ機能でアイドルタイムゼロ」との記載があり,複数の刃物送り台を有するNC自動旋盤においても,非切削時間の短縮という効果を奏する旨主張する。


 しかし,構成IIの各被告製品は,複数の刃物送り台を配置した結果,干渉防止策を講じているものと考えられるところ,機械の高価格化を伴う同干渉防止策を講じるという第2特許発明とは異なる構成又は技術思想により非切削時間の短縮という効果を奏しているものと考えられる。


c さらに,控訴人は,第2特許明細書記載の実施例が,いずれもNC自動旋盤が刃物送り台を1台備えた構成であったとしても,第2特許発明の範囲が実施例に限定されるわけではない旨主張する。確かに,一般的にいえば,特許発明が実施例に限定されるものではないことは控訴人主張のとおりであるが,前記(イ)で行った特許請求の範囲の解釈は,第2特許発明の技術的範囲を確定するために,発明の詳細な説明及び図面等を考慮したものに過ぎない。


(オ) 控訴人は,分割前の親出願を考慮することはできないと主張する。


 親出願に係る発明と分割出願に係る発明は別発明であるが,分割出願は,二以上の発明の一部を分割して出願するものである(特許法44条1項)から,分割出願に係る発明は親出願に係る発明に包含されていなければならない。そのような親出願に係る発明と分割出願に係る発明の関係からすると,第2特許親出願に,NC自動旋盤上の刃物送り台が複数の刃物送り台を備えた構成に関する記載がないことは,第2特許について,NC自動旋盤上の刃物送り台が複数の刃物送り台を備えた構成が含まれていないことの一つの根拠となるものというべきであって,控訴人の主張は採用することができない。


(カ) 控訴人は,最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁の違反を主張するが,同判決は,「特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性を審理する」場合における発明の要旨認定に関する判決であって,特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の解釈に関する判決ではないから,同判決後の平成6年改正において設けられた特許法70条2項(特許発明の技術的範囲)の規定にかんがみ,本件に適切でなく,上記(イ)の判断が同判例違反になることはない。


 …省略…


(3) まとめ

 以上のとおり,被告製品2を製造,販売する被告の行為につき,特許法101条3号,4号の間接侵害の成立をいう控訴人の主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,控訴人の第2特許に基づく請求は理由がない。  』


と判示されました。



 よって、本判決例からも、知財高裁では、

最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁の違反を主張するが,同判決は,「特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性を審理する」場合における発明の要旨認定に関する判決であって,特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の解釈に関する判決ではないから,同判決後の平成6年改正において設けられた特許法70条2項(特許発明の技術的範囲)の規定にかんがみ,本件に適切でなく,上記(イ)が同判例違反になることはない。』

という考え方、つまり、リパーゼ最高裁判決は特許法29条1項及び2項所定の特許要件を審理する際の発明の要旨認定に関する判決であって,特許侵害訴訟では、原則として特許法70条2項(特許発明の技術的範囲)の規定を採用して判断するということが明確になったものと思います。


なお、4/4に取上げた『平成18(ネ)10052 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「乾燥装置」平成19年03月27日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070328112314.pdf)では、侵害訴訟で、結果的には明細書の記載を参酌したのですが、請求の範囲の用語(「基羽根5a」が複数枚配設されていること)の技術的意義が一義的に明確でないため、本件発明の技術的範囲を解釈するに当たり特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を参酌するとしており、明細書の記載の参酌を例外とするリパーゼ最高裁により特許発明の技術的範囲を解釈しているように思われ、知財高裁の各部における特許発明の技術的範囲の解釈の基準が統一されていないようにも思われます。


 また、無効審判におけるクレーム解釈の際、リパーゼ最高裁の発明の要旨認定に関する基準でいくのか、あるいは特許法70条2項(特許発明の技術的範囲)の規定を採用して判断していくのかは、知財高裁の過去の判決例を見てもほとんど前者のように判断されているようですが(例えば、3/13に取り上げた『平成18(行ケ)10277 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「記録媒体用ディスクの収納ケース」平成19年03月08日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070309133309.pdf)や、昨年9/2に取り上げた 『平成17(行ケ)10635 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「固体燃料ロケット燃焼室の形状」平成18年08月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060901095956.pdf)等)、侵害訴訟における104条の3の無効の抗弁でも、リパーゼ最高裁の発明の要旨認定に関する基準で判断した場合、被告側は、侵害論では70条2項により特許発明の技術的範囲を狭く解釈する一方で、無効論ではリパーゼ最高裁の基準により特許発明の技術的範囲をそのまま広く解釈するということで問題はないのか、ぜひとも知財高裁の新たな見解を待ちたいと思います。




追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10095 特許取消決定取消請求事件(特許権)「フレキソ印刷用嵩上げ部材及び感光性刷版巻装方法」平成19年04月12日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070416101750.pdf
●『平成18(行ケ)10450 審決取消請求事件(商標権)「SpeedCooking スピードクッキング」平成19年04月10日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070413172952.pdf
●『平成18(行ケ)10404 審決取消請求事件(特許権行政訴訟)「ワイヤレス車両制御システム」平成19年04月10日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070413172308.pdf


追伸2;<気になった記事>
●『BroadcomQUALCOMM相手に新たな訴訟』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070416-00000002-zdn_n-sci
●『欧州特許機構のWebサイトがリニューアル』http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/04/16/15431.html
●『ブロードコムクアルコムを州法違反で新たに提訴 』http://www.computerworld.jp/topics/smg/62549.html
●『ブロードコム、国際標準の策定におけるクアルコムの不当行為を提訴(ブロードコム)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1239
●『古河電工、米中での知的財産活動における連携体制を強化(古河電工http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1238