●平成17(行ケ)10815 審決取消請求事件 特許権「免震装置」

 本日は、『平成17(行ケ)10815 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「免震装置」平成19年03月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330102806.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審決の取消を求めた訴訟で、原告の請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法第36条6項2号(特許を受けようとする発明が明確であること)や、論文原本が刊行物に該当するか否かの判断の点で、参考になるものと思います。



 つまり、東京高裁(第4部 塚原朋一裁判長)は、

『1 取消事由1(特許法36条6項2号の要件についての判断の誤り)について

(1) 原告は,請求項1の記載のうち 「柱状鉛の体積Vpと,前記柱状鉛が未挿入であって,前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02〜1.12である」との点につき,免震装置が支承する鉛直荷重の値が変化すれば,それに伴ってVeは変化するものであるから,本件発明1が「免震装置5が支承する鉛直荷重の値にかかわらず,Vp/Veが1.02〜1.12である」免震装置であることを前提とする審決の認定判断は誤りであると主張する。

ア この点に関し,本件明細書(甲2)には以下の記載がある。


・・・省略・・・


イ 上記記載によれば,本件発明1は,柱状鉛の体積Vpと,柱状鉛が未挿入であって,前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02〜1.12の範囲となるように調整すれば,免震効果,耐久性等が良好な免震装置が得られるという技術思想に基づく発明であり,比Vp/Veが1 02〜1 12の範囲となるように調整して荷重を加えるのであるからその荷重の数値がいかなるものであっても,比Vp/Veが1.02〜1.12の範囲となるものではないことは明らかである。本件明細書の段落【0020 】 にも「図6に示す鉛直荷重57tonf(面圧30kgf/cm2 )を加えた場合における比Vp/Veは1.03,図7に示す鉛直荷重114tonf(面圧60kgf/cm2 )を加えた場合における比Vp/Veは1.00,図8に示す鉛直荷重228tonf(面圧120kgf/cm2 )を加えた場合における比Vp/Veは1.02及び図9に示す鉛直荷重342tonf(面圧180kgf/cm2 )を加えた場合における比Vp/Veは1.11であった 」と記載され,異なる鉛直荷重を免震装置に加えて比Vp/Veを測定した上で,その効果が対比検討されている。


 原告は,審決の「鉛直荷重の値にかかわらず,Vp/Veが1.02〜1.12」である, との記載をもって, 審決は, 「積層方向の荷重 がいかなる数値であっても,比Vp/Veが1.02〜1.12となることを前提としていると理解する。しかしながら,審決は「積層方向の荷重の大きさを特定することは・・・必要なものではなく,該特定がないと特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない」とも説示しているのであり,審決の関係部分の全体を読めば,審決の「免震装置5が支承する鉛直荷重の値にかかわらず,Vp/Veが1.02〜1.12である」との記載は,加える積層方向の荷重の数値ないしその範囲を具体的な数字として特定していないとしても明確性を欠くとはいえないと判断しているにすぎず,積層方向の荷重がどのような値であっても比Vp/Veが1.02〜1.12であることを前提としているとは理解できない。


 したがって,この点についての原告の主張は,審決を正解しないものであって,失当である。


(2) 次に,原告は,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項に規定する要件を満たすには,第三者が特許請求の範囲の記載によってその技術的範囲を正確に認識できることが必要であるところ,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載によれば,構造が全く同じ免震装置であっても,支承する荷重が定まらない限り,本件発明1の技術的範囲に属するかどうか明らかではないのであるから,このような特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしているとはいえないと主張する。


 確かに,原告の指摘するとおり,一つの免震装置は必ずしも一つの値の荷重しか支承できないように設計・製造されるものとは限らないので,免震装置が生産,譲渡される際には,支承する荷重が定まらず,当該免震装置が本件発明1の技術的範囲に属するかどうかを特定できない場合も考えられなくはないが,特許を受けようとする発明としての技術的思想が明確かどうかと,第三者が免震装置を製造等する行為が当該発明の技術的範囲に属するかどうかは,異なる観点から検討すべき事項である。


 「物の発明」は,作用,機能,性質,特性,方法,用途等を用いて特定することもできるのであるから,本件発明1に係る請求項1「中空部の容積Ve」を「前記柱状鉛が未挿入であって,前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部Ve」として,一定状態で使用された場合の容積としてVeを規定することも可能であり,また,そのような特許請求の範囲の記載に照らし,第三者が免震装置を製造等した時点で本件発明1の構成要件を充足するかどうかの判断が困難であるとしても,そのことから,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載が明確ではないという結論が導き出されるものでもない。


 本件発明1に係る請求項1の「柱状鉛の体積Vpと,中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02〜1.12である」との記載のうち 「柱状鉛の体積Vp」, 「前記柱状鉛が未挿入であって,前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02〜1.12である」との表現は,それぞれその意義に不明確な点はなく,前記判示のとおり,弾性体に加えられる「積層方向の荷重」は,比Vp/Veが1.02〜1.12となるように定められることは明らかであるから 「前記柱状鉛が未挿入であって,前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Ve」という表現にも不明確な点はないというべきであり,請求項1に記載された本件発明1が不明確であるということはできない。


(3) 以上のとおりであるから,原告の主張する取消事由1には理由がなく 「積層方向の荷重の大きさを特定することは本件発明1ないし6の技術思想を表現する上では必要なものではなく,該特定がないと特許を受けようとする発明が明確でないとは言えない 」との審決の判断に誤りがあるということはできない。


2 取消事由2(特許法36条4項の要件についての判断の誤り)について


 ・・・省略・・・


3 取消事由3(甲8の出願前頒布刊行物性についての認定の誤り)について

 審決は,甲8(「 UNIVERSITY OF AUCKLAND SCHOOL OF ENGINEERING DEPARTMENT OFCIVIL ENGINEERING 「 REPORT No.289 LEAD RUBBER DISSIPATORS FOR THE BASE,ISOLASION OF BRIDGE STRAUCTURES 」,BY S.M.Built AUGUST,1982 」,甲8 )について


「甲8の記載(A)からは,甲8の論文原本が1982年8月に作成されたことを推定できるが,論文原本は通常公衆に対し頒布により公開を目的として作成されたものではないから,特許法29条1項3号にいうところの刊行物ということはできない。また同記載(B)からは,複製物である甲8自体が少なくとも1994年以降に作成されたことを推定できるが,本件特許の出願日(本件特許の場合は優先日である平成7年(1995)8月4日,以下同様 )以前に作成されたことを示す記載はない。そして,甲8のその他の記載からも,本件特許の出願日以前に,甲8の論文原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供されていたことを示す記載もなく,かつその複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整っていたことを示す記載もない。」として,特許法29条1項3号にいうところの刊行物には該当しないと認定判断した。


 原告は, この認定判断を争わないものの ,甲8が,甲9( HIGH-STRAIN TESTS ON,LEAD-RUBBER BEARINGS FOR ERTHQUAKE LOADINGS”BULLTIN OF THE NEW ZEALANDNATIONAL SOCIETY FOR EARTHQUAKE ENGINEERING VOL.17,No.2,JUNE,1984 ,甲9))において引用されていることに関し,論文の著者が文献を引用する場合は,論文を見た第三者が引用した文献を入手することができることを確認した上で引用するものであることを理由として,甲8の原本の複製物が本件特許出願前に頒布されていないとした審決の認定判断は誤りであると主張する。


(1) 甲8は,・・・と記載されている。上記記載によれば,甲8の原本は,オークランド大学図書館に所蔵されている論文であって,要求に応じて,その複写物が提供される態勢にあると認められるものの,甲8の原本が,いつから,公衆の閲覧に供され,要求に応じてその複写物が提供される態勢にあったのかは,不明といわざるを得ず,複製物としての甲8についても,少なくとも平成6年(1994年)以降に作成されたことは推認できるが,本件特許出願に係る優先日前に作成されたことを示す証拠はない。


(2) 他方,甲9は,・・・ と記載され,105頁の右欄に甲8の原本が引用されている。


 原告は,論文の著者が文献を引用する場合は,論文を見た第三者が引用した文献を入手することができることを確認した上で引用するものであると主張するが,論文を引用する場合において,第三者の入手が困難なものであっても,内容的に重要な論文などを引用することは十分に考えられることであり,必ずしも,論文の著者が文献を引用する場合に,引用した文献を第三者が入手できることを確認した上で引用するものであるということはできない。また,甲9の著者が甲8を入手の上,引用したとしても, その文献の複製物が特許法29条1項3号に規定する 刊行物に該当するものでもない。


(3) したがって,原告の主張する取消事由3には理由がなく,甲8の原本の複製物が本件特許出願前に頒布されていないとした審決の認定判断が誤りであるということはできない。


4 取消事由4(甲8が出願前頒布刊行物に当たるとした場合の,特許法29条1項3号該当性,同条2項該当性についての判断の誤り)について


・・・省略・・・


5 取消事由5(本件発明2〜6についての判断の誤り)について


 本件発明1についての審決の認定判断には誤りがないことは以上のとおりであり,同発明についての審決の判断が誤っていることを前提として本件発明2〜6の進歩性の判断についての誤りをいう取消事由5には理由がない。

6 結論

 原告の主張する審決取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。  』

と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(ネ)10035 職務発明対価請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成19年03月29日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070409114813.pdf
●『平成18(ワ)6264 特許権に基づく差止請求権不存在確認請求事件 特許権 民事訴訟 平成19年03月29日 大阪地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070409095800.pdf


追伸2;<気になった記事>

●『中小企業等の特許先行技術調査支援、対象拡げ新年度開始 』http://news.braina.com/2007/0408/move_20070408_001____.html
●『平成19年度 特許出願に関する先行技術調査の支援事業のお知らせ』http://www.jpo.go.jp/torikumi/chushou/senkou_chousa.htm
・・・「中小企業・個人出願人からの依頼(その出願代理人からの依頼を含む。)により、調査事業者が無料で先行技術調査を行い、調査の結果を送付いたします。」とのことです。
●『ライセンス交渉や特許訴訟に勝つための知財戦略策定に向けて』http://www.ipnext.jp/journal/hosei/ueki.html
●『クアルコムノキアの携帯電話特許係争、混迷の度を深める 』http://news.braina.com/2007/0409/judge_20070409_001____.html
●『AFP通信とGoogle,ニュース・コンテンツの使用を巡る訴訟が和解に』http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070409/267700/?ST=ittrend
●『NokiaQualcommに2000万ドルの特許使用料支払い』http://journal.mycom.co.jp/news/2007/04/09/005/
●『VoIP技術の特許侵害訴訟,Vonageへの使用禁止命令執行が保留に』http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070409/267624/?ST=ipcom
●『米連邦控裁、ボネージに対する差し止め命令の執行を一時猶予』http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20346676,00.htm
●『エプソン、米国におけるインク・カートリッジ特許侵害訴訟で全面勝訴に向け前進』http://www.nikkeibp.co.jp/news/manu07q2/530403/
●『東芝、DVD特許侵害で17社に米国輸入差止請求』http://jp.ibtimes.com/article/company/070409/6159.html
●『東芝,DVD関連特許侵害の17社について米国輸入差し止め申請』http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070409/130337/
●『東芝、DVD関連特許侵害で香港/中国/米企業17社を提訴』
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070409/toshiba.htm
●『慶応義塾大学知的資産センター講演会:特許の世界が変わる〜新しい特許ビジネスの登場〜』http://www.ipnext.jp/event/houkoku/houkoku_detail0409.html
●『「中国100社の特許件数、日本1社に及ばず」知財権担当者』http://jp.ibtimes.com/article/intl/070409/6165.html
●『特許制度改革の見通しにつき米紙報道』http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070403.pdf