●平成18(行ケ)10525 審決取消請求事件 商標権「MEN-TSEE-KHANG」

 本日は、『平成18(行ケ)10525 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「MEN-TSEE-KHANG」 平成19年03月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070329100013.pdf)について取上げます。


 本件は、商標法4条1項8号を理由とした拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、原告の請求が棄却された事案です。


 他人の名称などを含む商標が商標法4条1項8号の拒絶理由を解消するためには、4条1項8号の条文通り、その他人の承諾が必要であると判断した点で、参考になる判決かと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 篠原勝美裁判長)は、

『1 取消事由1(Men−Tsee−Khangによる承諾の看過)について
(1) まず,本件出願の経緯等についてみると,証拠(甲3の1,2,甲8の1,2,甲10の1,2,甲11の1,2,甲12,20,乙1の1ないし10,乙2,乙6の4ないし7,11,乙7の2)及び弁論の全趣旨に,前記第2の1の当事者間に争いがない事実を併せ考慮すれば,以下の事実が認められる。


 ・・・省略・・・


ケ 特許庁審査官は,同年10月7日,原告に対し,「この商標登録出願に係る商標(注,本願商標)は,チベット自治区の区都ラサ所在のチベット医学院を示すと認められる『MEN−TSEE−KHANG』の文字を含むものであり,かつ,前記医学院の承諾を得ているものとは認められません。したがって,この商標登録出願に係る商標は,商標法第4条第1項第8号に該当します。」との内容の拒絶理由の通知をした。これに対して,原告は,「他人の名称」を含む本願商標において承諾が必要となる「他人」とは,チベット自治区の区都ラサ所在のチベット医学院ではなく,インド政府により認証された機関としてのMen−Tsee−Khangであるから,特許庁が,本願商標の構成中にある本件名称の承諾の主体を誤っているとして,同年11月23日,その旨の意見書を提出した。


コ 原告は,上記拒絶理由通知の内容に関連して,同年11月29日,Men−Tsee−Khangあてに,何らかの情報をファックスで送信したところ,同月30日付け書簡には,「X様11月29日付けファックスをありがとうございました。そして,我々は,Men−Tsee−Khangに対するあなたの親切な関心と援助に感謝いたします。Men−Tsee−Khang商標の登録に関しては,我々は,ただ,もしそれがMen−Tsee−Khang単独の名義及び所有においてなされるのであれば関心を有していました。もしそれが不可能であるのならば,そのときは,我々はそのようにする見解にはありません。よって,我々は本件について更に手続を進める意思はありません。あなたの親切なご協力に感謝するとともに,お手数をおかけしたことを残念に思います。」との記載があり,これがMen−Tsee−Khangからの最後の通信となった。


サ 特許庁は,平成17年2月8日,上記拒絶理由通知に示した理由により拒絶すべき旨の拒絶査定をした。これに対し,原告は,拒絶査定不服の審判を請求したが,平成18年10月13日の審決時においても,本願商標の構成中に含まれる本件名称を使用することについて,Men−Tsee−Khangの承諾を得ていない。


(2) ところで,本願商標は,前記第2の1のとおり,「MEN−TSEE−KHANG」の名称(本件名称),すなわち,他人の名称をその構成中に含む商標である。商標法4条1項8号は,商標登録を受けることができない商標として,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と規定しているから,他人の名称を含む商標は,括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができない。本件において,本願商標の構成中に含まれる「MEN−TSEE−KHANG」の文字は,Men−Tsee−Khangの名称をすべて大文字にした以外は同一であるから,前記(1)認定の事実によれば,上記「他人」とは,1860年インド団体登録法に基づき登録された福祉・文化・教育機関であり,また,1961年インド所得税法に基づき登録され,インド及びダラムサラの中央チベット行政府(C.T.A)の厚生省による統制の下に多数の職員を擁し,理事会により運営されている団体としてのMen−Tsee−Khangである。したがって,本願商標は,Men−Tsee−Khangの承諾を得ていなければ,商標登録を受けることはできないことが明らかである。


(3) そこで,本件出願につき,出願時及び審決時において,Men−Tsee−Khangの承諾を得ていたか否かをみると,前記(1)エ,カ,ク及びコのとおり,Men−Tsee−Khangは,一貫して,原告に対し,日本において,原告を商標登録出願人としてMen−Tsee−Khangに係る標章の登録出願をする意思のないこと,これにつき原告とは何らの取決めをする意思もない旨述べているのである。特に,最後の11月30日付け書簡の「Men−Tsee−Khang商標の登録に関しては,我々は,ただ,もしそれがMen−Tsee−Khang単独の名義及び所有においてなされるのであれば関心を有していました。もしそれが不可能であるのならば,そのときは,我々はそのようにする見解にはありません。よって,我々は本件について更に手続を進める意思はありません。」との記載によれば,Men−Tsee−Khangが日本において単独でMen−Tsee−Khangに係る標章について商標登録出願をすることが不可能であれば,登録手続を進める意思がないとしているのである。したがって,Men−Tsee−Khangは,本件出願時から審決時に至るまで,原告に対して,本件名称を構成中に含む本願商標の商標登録出願(本件出願)をすることについて承諾していないのみならず,むしろ,拒絶していたものと認められる。


(4) 原告は,原告とMen−Tsee−Khangとが,ハーブ製品の輸入,製造販売について共同作業を行っている場合,Men−Tsee−Khangの承諾の度合いの吟味が必要であるとした上,前記(1)ウ及びエの事実を総合すると,11月30日付け書簡は,「過去,自らの立場における関心を示したのみで,現在それが不可能であれば,我々はそれらにかかわる立場にもなく将来にわたり関与しない」という趣旨のものであって,原告にいかなる承認もしないとは述べておらず,むしろ,原告に対して大幅な委任をしているものと解釈することができる旨主張する。


 しかし,商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」は,それがあるか否かであって,承諾の度合いという,承諾に至る段階的な経過を論ずる余地はない。


 商標法4条1項8号の趣旨は,肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解され,したがって,同号本文に該当する商標につき商標登録を受けようとする者は,他人の人格的利益を害することがないよう,自らの責任において当該他人の承諾を確保しておくべきものと解すべきであるから(最高裁平成16年6月8日第三小法廷判決・判時1867号108頁参照),原告は,本件出願に当たり,Men−Tsee−Khangの確定的な承諾を得ていることが必要であって,仮に,原告とMen−Tsee−Khangとが,ハーブ製品の輸入,製造販売について共同作業を行っているとの事情があり,あるいは,原告がMen−Tsee−Khangに上記承諾を与えるように交渉中であったとしても,Men−Tsee−Khangの確定的な承諾がない限り,商標法4条1項8号の括弧書にいう当該他人の承諾を得ていたものと認めることはできない。


 原告の主張は,前記(1)コの書簡中の「我々は本件について更に手続を進める意思はありません。」の記載を,Men−Tsee−Khang自身が手続を進める意思がないというだけであり,手続を原告に委ねたと解すべきことをいうものであるが,その直後の,「あなたの親切なご協力に感謝するとともに,お手数をおかけしたことを残念に思います。」との記載を併せ読めば,これ以上原告を煩わせないとの趣旨にほかならないから,手続を原告に委ねたと解する余地はない。


(5) 原告は,本願商標がMen−Tsee−Khangに帰属すべきものでることは明らかであり,単に,Men−Tsee−Khangに係るハーブ製品の輸入,製造販売に関して,原告が本願商標の使用者であること,及び,輸入者であることを表示しているにすぎない旨主張する。


 しかし,およそ,商標が設定登録されると,商標権者は,指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有し(商標法25条),登録商標の類似範囲において他人の使用を排除することができる(同法37条)という,排他的な独占権を取得するのであり,そのために,厳格な審査,審判手続が存在するのであって,登録商標は,単に,当該商標の使用者,輸入者を表示するにとどまらないのである。したがって,原告の上記主張は,失当である。


(6) 以上によると,本件名称を構成中に含む本願商標の商標登録出願について, 本件出願時(平成16年3月8日)及び審決時(平成18年10月13日)のいずれにおいても,Men−Tsee−Khangの承諾を得ていないから,本願商標が商標法4条1項8号に該当し,商標登録を受けることはできないとした審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は,採用することができない。


2 取消事由2(商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」の解釈の誤り)について

(1) 原告は,商標法4条1項8号の「他人の承諾」の解釈に当たっては,Men−Tsee−Khangと原告との間にある具体的な事情を考慮すべきであり,Men−Tsee−Khang自体の求めるところと若干の相違があることも避けられないが,やむを得ないところであって,我が国は,法治国家として,我が国における自治等が優先されるべきであり,すべてにおいてMen−Tsee−Khangを優位に置くべきものではない旨主張する。


 しかし,前記のとおり,商標法4条1項8号は,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と規定しているのであり,「他人」であるMen−Tsee−Khangが本件名称を構成中に含む本願商標の商標登録出願を承諾していない以上,Men−Tsee−Khangの意思を尊重しなければならないのであって,出願人(原告)の個人的な事情を考慮する余地はない。


(2) したがって,Men−Tsee−Khangの本件名称を構成中に含む本願商標について,本人の承諾を得ることなく,原告がその商標登録を受けることは,商標法4条1項8号の規定に基づき認められないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は,採用の限りでない。


3 以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。