●平成18(ネ)10074 職務発明対価請求控訴事件 特許権 民事訴訟

  今日は、『平成18(ネ)10074 職務発明対価請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成19年03月15日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070319090801.pdf)について取上げます。


 本件は、主位的請求について外国の特許を受ける権利について特許法35条3項の適用はないと判断し,予備的請求について控訴人は本件発明の発明者ではないとして,控訴人の請求を棄却した原判決を不服として控訴をした控訴審であり、原告の控訴が棄却された事案です。


 当審における控訴人の主張の要点(控訴理由の要点)は、次の通りです。

『(1) 外国の特許を受ける権利の承継について

 外国の特許を受ける権利の承継についての特許法35条3項の適用の有無に関しては,最高裁平成18年10月17日判決において,同条3項及び4項の規定の趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在し,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求について,これらの規定が類推適用されるとの判断が示された。したがって,特許法35条3項に基づく対価請求権は認められないものとした原判決の判断は当該規定の法令解釈の誤りがあるというべきである。


(2) 発明者の認定について

 控訴人には物質の創製及び有用性の発見のいずれに対する貢献も認められないとした原判決の判断には,以下のとおり,重大な事実誤認がある。

・・・   』



 そして、知財高裁(第4部 塚原朋一 裁判長裁判官)は、

『1 準拠法について

 控訴人は,主位的に,特許法35条3項に基づいて,米国特許である本件特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことによる対価の支払いを請求し,予備的に,被控訴人規程11条1項に基づく実績補償金の請求をするところ,当事者はいずれの請求についてもその準拠法を我が国の法律とすることを争わず,その旨の黙示の合意が存在したものということができるので,その準拠法は日本法とされるべきである。


2 本件発明の発明者について

 控訴人の請求は,いずれも,控訴人が本件発明の共同発明者であることを前提とするものであるので,この点につき,まず判断する。


 発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(現行の同法70条1項参照)。したがって,発明者と認められるためには,当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要であり,仮に,当該創作行為に関与し,発明者のために実験を行い,データの収集・分析を行ったとしても,その役割や行為が発明者の補助をしたにすぎない場合には,創作行為に現実に加担したということはできない。


 本件発明は,物質発明及び当該物質の特定の性質を専ら利用する物の発明(用途発明。請求項25ないし28)であるところ,本件の用途発明(請求項25ないし28)は,既に存在する物質の特定の性質を発見し,それを利用するという意味での用途発明ではなく,物質発明に係る物質についてその用途を示す,いわば物質発明に基づく用途発明であり,その本質は,物質発明の場合と同様に考えることができる。


 本件発明に係る化合物に関し,控訴人は,生物系研究者として,その生物活性測定及びその分析等に従事していたものの,当該化合物の合成そのものを担当していたのがAやBらの合成系研究者であることは,当事者間に争いがない。本件においては,控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担した者といえるかどうかは,1本件発明に係る化合物の構造の研究開発に対する貢献,2生物活性の測定方法に対する貢献,3本件研究における目標の設定や修正に対する貢献を総合的に考慮し,認定されるべきである。


 以上の観点から検討するに,当裁判所も,控訴人は,本件発明の共同発明者ということはできないと判断する。その理由は,以下のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」,「2 争点2(原告は,本件発明の共同発明者であるか )について 」 (ただし,(3)の「ア 共同発明者の意義」を除く。)記載のとおりであるから,これを引用する。


(1) 化合物の構造の研究開発や研究目標の設定に対する貢献について

ア 控訴人は,目的とする活性を有する化合物を創製するには,「合成→合成された化合物のスクリーニング→構造活性相関の検討による次なる合成の方向性の示唆→示唆された方向性に従った合成」というサイクルを何度も繰り返す必要があり,生物系研究者と合成系研究者は,一方の役割が主で,他方が従という関係に立つものではないから,本件発明に係る化合物の創製に対する控訴人の貢献は大きいと主張する。

 確かに,創薬(医薬品の発見,開発)は,一般に,1対象疾患の選択,2薬物標的 酵素 受容体 細胞等 の選択 3バイオアッセイ テスト系 の確立 4リード化合物(目的とする薬物活性のある化合物)の発見,5構造活性相関の検証(スクリーニングテスト ,6ファルマコホア(生物活性に必要で重要な官能基とそれ)ら相互の相対的な空間配置を要約したもの。基本骨格 )の同定,7標的との相互。作用の向上,8薬理学的特性の向上,との段階を経て行われるものであり(甲6,27),合成された化合物のスクリーニングテストは,化合物の合成の過程において,不可欠かつ重要な役割を担うものであるということができる。


 しかしながら,前記判示のとおり,本件発明は,物質発明及び当該物質の特定の性質を専ら利用するという物の発明であり,本件の用途発明(請求項25ないし28)もその本質は物質発明の場合と同様に考えることができるところ,本件では,発明に係る化合物の合成そのものを担当していたのは合成系研究者であるから生物系研究者である控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したというには,単に本件発明に係る化合物の生物活性の測定及びその分析等に従事しただけでは足りず,その測定結果の分析・考察に基づき,新たな化合物の構造の選択や決定の方向性について示唆を与えるなど,化合物の創製に実質的に貢献したと認められることを要するというべきである。

イ 本件では,1カルテオロールに抗血小板作用があることの発見,2カルボスチリル骨格の測鎖にエステル基を有する化合物(OPC-3162 等)の合成,3エステル基の腎毒性に対応するためにエステル基からアミド基に置換してなされたシロスタミド(OPC-3689)などのアミド体の合成,4シロスタミドが心拍数増加作用を有することからなされた創製する化合物の目標の再考,5シロスタミドに代わる化合物としてのテトラゾール誘導体の合成,などの経緯を経て,本件発明に係る化合物の合成に至ったものと認められる。


 控訴人は,上記1から5のうち,1については,甲10の実験が示す結果は科学的に誤ったものであるから,カルテオロールを発見したのがCとはいえないと主張し,2〜3,5については,控訴人が化合物の構造等についての方向性を示したものであると主張し,4については,控訴人が主導的立場にあるプロジェクトチームが新たな目標を設定したものであると主張する。つまり,控訴人は,本件研究の当初から実質的に関与し,化合物の構造選択・決定の方向性,新たな目標の設定に多大な貢献をしたと主張する。


 そこで,これらの点について,順に検討する。

 ・・・

(エ) 以上によれば,控訴人は,本件発明のきっかけとなるカルテオロールの抗血小板作用の発見,本件発明に至る経緯における重要な化合物の合成,化合物の創製の目標の設定のいずれにおいても,生物活性の測定及びその分析等に従事したにすぎず,本件研究の端緒を与え,化合物の構造選択・決定の方向性を示唆し,新たな研究目標を設定するなどの貢献をしたということはできない。


(2) 測定方法の開発に対する貢献について

ア 控訴人は,控訴人が血小板凝集阻害作用を測定するにあたり研究開発した測定方法(1使用する専用試験管及び攪拌子のサイズを統一することによる血液攪拌速度の一定化,2被検サンプルと対象サンプルとを常に時間的に対として実験を行うことによる凝集活性における時間的影響の排除,3測定機器の改良による実験の効率化,4適切な実験素材の選択)は,独自の工夫に基づくものであり,当業者が通常行う程度の工夫ではないと主張する。


 しかしながら,原判決も判示するとおり,上記の各工夫のうち,1及び2は,再現性の向上のために当業者が通常行う程度の工夫であり,3及び4についても,多くの試料を短時間に効率よく測定するための効率性,迅速性の改良に係る工夫にすぎず,これらをもって,控訴人が測定方法を独自に考案したと評価することはできない。


イ 控訴人は,本件発明のように,血小板凝集阻害作用,血管拡張作用,心拍数増加抑制作用の3つの目標に向けて構造活性相関研究を行うことは,一般には極めて困難であり,このような複数の要件(目標)を掲げたスクリーニングの過程で,最適な化合物のふるい分けを主導したのが控訴人であることは,3要件の関係を明解に表した甲9図(控訴人作成)からも明らかであると主張する。


 しかしながら,上記3つの目標に向けて構造活性相関研究を行うことが困難であるとしても,その研究が,合成系研究者が合成した化合物の生物活性測定の結果やその分析,検討事項の指摘にとどまる以上,本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したということはできず,また,甲9図は,作成時点や作成経過は明らかではなく,その内容もスクリーニング結果を示すものにすぎないのであって,控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したことを基礎付けるに足るものとはいえない。


(3) 控訴人主張に係る他の事実について

ア 控訴人が発明者とされている甲12特許と本件発明とは,いずれも主たる目標を抗血小板作用とするもので,新規化合物創製のためのスクリーニングの基本も共通しており,用いられた実験系も同様であるから,両発明とも発明者は控訴人であると主張する。


 しかしながら,甲12特許は,本件特許と同様,カルボスチリル誘導体に関するものであるが,本件発明の誘導体群とは構造が異なっており,甲12特許の明細書においては,本件特許にはない「血管内膜肥厚抑制作用」が掲げられているのであるから(甲12の段落【0026】, 【0027 】),原告が甲12特許において共同発明者とされたからといって,直ちに本件発明の共同発明者であると認められるものではない。


イ 被控訴人会社における平成元年(1989年)以前の物質特許においては,生物系研究者が発明者とされなかったが,同年より後の物質特許においては,ほとんど全てにつき生物系研究者が発明者とされるようになったのは,同年以前の被控訴人における発明者の取扱いが誤っていたことを示すものであると主張するが,そもそも発明者は各発明ごとに個別的に認定されるべきものである上,同年以前の物質特許についての被控訴人の発明者の取扱いが誤っていたと認めるに足る的確な証拠もない。


ウ 控訴人は,控訴人が本件発明の発明者であることを基礎付ける事実として,A及びBが控訴人が本件発明に多大な貢献をしたとの認識を示していることを指摘する。


 確かに,本件発明に至る過程において,控訴人を含む生物系研究者が生物活性測定やその分析等において一定の役割を果たしていたことは前記判示のとおりであり,A及びBがこれらの役割を評価していたことはうかがわれるが,Bの著作に係る文献(甲11)には,その末尾に, 「薬理生化学分野ではXが中心となり,開発の方向を模索しながらスクリーニングを行い抗血小板剤として仕上げた。」と記載されているのみで,具体的にいかなる役割を果たしたかについての記載はなく,Aの陳述書(甲14)にも「Xから「血小板凝集阻害作用を,以前はうまく測定できなかったが,改良して再現性のある良い試験法が確立できた。」との報告を受けました。」などの記載があるにすぎず,これをもって,控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したと認めることもできない。


エ 控訴人は,発明者であることを基礎付ける事実として,控訴人がプレタール,ないしシロスタゾールの研究開発に関し社長表彰等を受けたこと (甲15 ),及び控訴人がシロスタゾールを含む化合物群の特許について学術論文(甲17の1)を著していることを指摘する。


 しかし,被控訴人会社による表彰は, 「血小板凝集抑制作用の生化学的な解明につとめ抗血小板薬プレタールの特性を発見」したことが受賞内容となっている(甲15)ところ,血小板凝集抑制作用の生化学的な解明やプレタールの特性の発見は,本件発明における新規物質の合成や有用性の発見ということとは異なるものであり,また,社内での表彰された事実から控訴人が本件発明の共同発明者であるとの結論を導くことができるものではない。


 また,同様に,控訴人がシロスタゾールを含む化合物群の物質特許に関する学術論文等を著作しているとしても,そのことから,控訴人が本件発明の共同発明者であるとの結論が導かれるものでもない。


(4) 以上によれば,控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したということはできず,控訴人を本件発明の発明者であると認めることはできない。


3 結論

 したがって,控訴人の本件請求はいずれも理由がなく棄却を免れないから,原判決は結論において正当であり,控訴については,理由がないものとして,これを棄却することとする。  』

 と判示されたました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。



追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(ワ)9943 意匠権侵害差止等請求事件 意匠権 民事訴訟 平成19年03月16日 東京地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070319114334.pdf
●『平成17(ワ)18066 損害賠償請求事件 特許権民事訴訟  平成19年03月16日 東京地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070319101954.pdf
●『平成18(ネ)10074 職務発明対価請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成19年03月15日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070319090801.pdf



追伸2;<気になった記事>

●『連邦地裁の知財関連訴訟件数の推移(1994-2006 年度)』
http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070316_2.pdf
●『特許改革法案がまもなく米国議会へ提出されるとの見通し、IPO 報道 〜 各主要項目に対するIPO としてのスタンスを公表〜』
http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070316_1.pdf
●『QUALCOMMBroadcom,サンディエゴでの訴訟を取り下げることで合意』http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070319/265545/
●『国際商標登録出願件数、前年比8.6%増加と過去最多(WIPO)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1055
●『中国、PCT国際特許申請件数が世界一の速度で急増』http://jp.ibtimes.com/article/technology/070319/5367.html
●『中国 国際特許出願数の増加率が世界一に』http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200703180100.html
●『中国 国際特許出願数の増加率が世界一に』http://www.people.ne.jp/2007/03/18/jp20070318_68914.html
●『続・著作権保護期間の延長問題で賛成派と反対派の意見を聞いた』http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20070315/265400/
●『「YouTube著作権侵害に気付いている」--バイアコム弁護士が主張』http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20345402,00.htm
●『特許電子図書館、審査書類情報照会の書類の対象範囲を拡大 』http://news.braina.com/2007/0319/move_20070319_001____.html