●平成17(行ケ)10818審決取消「タキソールを有効成分とする制癌剤」

  今日は、『平成17(行ケ)10818 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「タキソールを有効成分とする制癌剤」平成19年03月01日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070302134304.pdf )について取上げます。


  本件は、特許を無効とした審決の取消しを求める事案であり,原告の請求が棄却された事件です。原告は無効とされた特許の特許権者,被告は無効審判の請求人です。


  本件では、「タキソールを有効成分とする制癌剤」とする医薬発明に係る特許について、請求の範囲に記載された投与量の全ての範囲について有効性や安全性等に関して発明の詳細な説明に具体的データの記載がなく、旧特許法36条5項1号(原特許法第36条第6項1号)が規定するいわゆるサポート要件に違反すると判断された無効審決が支持されています。


 
  つまり、知財高裁(第4部 塚原朋一裁判長裁判官)は、


『1 特許法36条5項について

 審決は,「本件特許発明2及び3は,3時間投与である本件特許発明1において,タキソールの用量が175mg/m2より大で約275mg/m2 以下に限定されたものである。」として,特許法36条5項1号に違反するか否かについて検討し,「そうすると,明細書中の実施例(試験)における用量を含まず,また,明細書中に3mg 時間投与についての好ましい用量の範囲と全く重複しない範囲である「175mg/m2より大で約275mg/m2 以下」の範囲に敢えて限定した3時間投与が明細書に記載されているということはできない。


 したがって,本件明細書には,約175mg/m2より大で約275mg/m2以下のタキソールが約3時間に渡り投与される発明が記載されているとはいえないから,本件特許発明2及び3は,明細書に記載された発明であるとはいえない。」とした上,「本件特許は,明細書の記載が特許法36条5項1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものである」と判断した。


 以上の審決の説示に照らせば,審決は,タキソールの用量が175mg/m2 より大で約275mg/m2 以下とする本件特許発明2及び3が明細書に記載された発明であるとはいえないとするとともに,上記範囲を包含する本件特許発明1もまた明細書に記載された発明であるとはいえないとして,本件特許は明細書の記載が特許法36条5項1号に規定する要件を満たしていないと判断したものと理解することができる。そこで,まず,特許法36条5項について検討することとする。


(1) 本件明細書(甲17)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。

・・・

 しかしながら,段落【0041】に,「更に,より高投与量のタキソールで治療し得る患者には,約275mg/m2までのタキソールが投与でき,」と記載されてはいるものの,タキソール投与量が175mg/m2 を超える3時間注入の有効性や安全性に関しては,発明の詳細な説明に具体的データの記載が全くない。

 また,段落【0040】に,「かくして,本発明の注入プロトコールは固形腫瘍および白血病,例えば肺癌,乳癌および卵巣癌等(但し,これらに限定されない)の治療に使用できる。」と記載されてはいるものの,具体的には卵巣癌に罹患した患者に関するデータが示されているだけであって,本件特許発明1及び2の用途として特定された固形癌全般や白血病に罹患した患者に対する有効性や安全性に関しては,発明の詳細な説明に具体的データの記載が全くない。


(4) 一般に,医薬についての用途発明においては,物質名や化学構造からその有用性を予測することは困難であって,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されていても,それだけでは,当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることはできず,発明の課題が解決できることを認識することはできないから,さらに薬理データ又はこれと同視することのできる程度の事項を記載してその用途の有用性を裏付ける必要があるというべきである。


 そして,その裏返しとして,特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の裏付けを超えているときには,特許請求の範囲の記載は,特許法36条5項1号が規定するいわゆるサポート要件に違反するということになる。


 これを本件についてみるのに,発明の詳細な説明には,3時間のタキソール投与量が135mg/m2ないし175mg/m2 の範囲については,卵巣癌に罹患した患者に対する有効性や安全性を裏付ける記載があるということができるとしても,上記(3)のとおり,3時間のタキソール投与量が175mg/m2 を超えるものについては,その有効性や安全性を裏付ける記載がないから,本件特許発明2及び3は,その有効性,安全性を確認することができる具体的データが発明の詳細な説明に記載されていないといわなければならないし,また,卵巣癌以外の固形癌及び白血病に罹患した患者に対する有効性や安全性を裏付ける記載もないから,本件特許発明2は,さらに,その有効性や安全性を確認することができる具体的データも発明の詳細な説明に記載されていないといわなければならない。


(5) したがって,特許請求の範囲に記載された本件特許発明2及び3は,発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。

 
 そして,本件特許発明1は,タキソールの3時間注入における投与量が175mg/m2より大で,約275mg/m2以下の範囲をも含む発明であって,本件特許発明2及び3は,この175mg/m2より大で約275mg/m2 以下の範囲の投与量を,本件特許発明1が特定した適用症例に応じて,固形癌又は白血病であるか(本件特許発明2),卵巣癌であるか(本件特許発明3)で区分した発明であるから,結局,本件特許発明1は,本件特許発明2及び3を包含する関係にあることになる。そうであれば,本件特許発明2及び3が発明の詳細な説明に記載された発明であるということができない以上,これを包含する本件特許発明1も発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。


(6) 原告の主張について

ア 原告は,本件明細書は,タキソールの175mg/m2 及び135mg/m2 の用量で3時間注入という特定の用法,用量で所望の効果が得られることを開示した具体的記載(段落【0026】,【0028】及び【0030】)を踏まえて,「更に,より高投与量のタキソールで治療し得る患者には,約275mg/m2 までのタキソールが投与でき,・・・」(段落【0041】)と開示しているのであって,これが,同用法,すなわち3時間注入で135mg/m2 や175mg/m2 よりも高用量のタキソールを投与することを意図しているのは,当業者であれば,極めて容易に理解することができるし,仮に段落【0041】の記載が3時間投与に限定されたものでないとしても,特許請求の範囲で限定している好ましい3時間注入を専ら意図しているのは,明細書全体の記載からみて自明のことであると主張する。


 しかしながら,本件特許発明が3時間注入で135mg/m2や175mg/m2よりも高用量のタキソールを投与することを意図し,又は専ら意図しているものであるとしても,上記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,3時間のタキソール投与量が175mg/m2を超えるものについては,その有効性や安全性を裏付ける記載がないのであるから,本件特許発明1ないし3に係る特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の裏付けを欠いていることに変わりはない。


 原告の上記主張は,採用の限りでない。


イ また,原告は,高投与量の3時間注入という条件で予備投薬中の固形癌,白血病又は卵巣癌の患者に適用したときに望ましい効果が現に得られることは,高用量のタキソールを用いた日本での試験結果である甲9ないし11に示されているとおりであると主張する。


 しかしながら,上記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,3時間のタキソール投与量が175mg/m2 を超えるものについては,その有効性や安全性を裏付ける記載がないのであるから,当業者は,タキソールが実際にその用法,用量で有用性があるか否かを知ることができない。そして,甲9ないし11は,甲9が1995年(平成7年)12月,甲10が1996年(平成8年)2月,甲11が1995年(平成7年)6月といずれも本件特許発明の特許出願後に刊行された文献であるところ,これらにおいて,高投与量の3時間注入という条件で予備投薬中の固形癌,白血病又は卵巣癌の患者に適用したときに望ましい効果が現に得られることが開示されているとしても,これをもって,発明の詳細な説明の記載内容を補足することは許されないというべきである。


 原告の上記主張も,採用することができない。


(7) したがって,本件特許発明1ないし3は,いずれも,発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできないのであって,本件特許発明1ないし3に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条5項1号の規定に違反するから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。


特許法29条1項3号について

・・・

(3) そうすると,本件特許発明1が甲1ないし4に記載された発明と同一であるとした審決の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。


第5 結論


 以上のとおりであって,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。 』

と判示されました。



  化学や製薬分野の発明では、発明の効果を裏付ける具体的な実験データ等が明細書に記載されていなければ、明細書のサポート要件を満たしていないと言われていますので、本件も妥当な判決であると思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。



 追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10497 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「MAGICALSHOESOURCE」 平成19年03月12日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070313094029.pdf


 追伸2;<気になった記事>

●『特許審査ハイウェイについて』
http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/patent_highway.
●『小売等役務商標制度に関するよくあるQ&A〜小売業者・卸売業者の方々へ〜』http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/t_kouri_q.htm
●『特許庁、4月からの日韓特許審査ハイウェイの手続きなどを発表
http://news.braina.com/2007/0313/move_20070313_001____.html
●『USTR が「2007 年通商政策課題及び2006 年通商報告書」を公表』http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070307.pdf
●『<ジェネリック薬品>特許侵害で製造差し止め命令 東京地裁http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070313-00000135-mai-soci
●『後発薬の製造販売差し止め命じる 東京地裁http://www.asahi.com/national/update/0313/TKY200703130313.html
●『後発薬の特許侵害認定 東京地裁判決 製造など差し止め』http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20070314/20070314_013.shtml
●『ジェネリックが特許侵害 大洋薬品の製造差し止める』http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007031390181541.html
●『ジェネリックが特許侵害 大洋薬品の製造差し止める』http://www.sanin-chuo.co.jp/newspack/modules/news/article.php?storyid=845902011
●『トヨタの侵害なし=「プリウス」駆動技術の特許紛争で―米ITC仮決定』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070313-00000181-jij-biz
●『2007/03/13-10:11 トヨタの侵害なし=「プリウス」駆動技術の特許紛争で−米ITC仮決定』http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007031300269
●『BSA が違法コピーソフト販売の5グループを提訴』
http://japan.internet.com/ecnews/20070313/12.html
●『著作権保護期間は延長すべきか--賛成派、慎重派それぞれの意見とは』http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20345051,00.htm
●『文化庁著作権の保護期間延長問題など議論する小委員会設置』http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/13/15056.html
●『06年度の特許権申請・授与大幅増加 57万件受理 』http://www.people.ne.jp/2007/03/13/jp20070313_68723.html
●『権益侵害、消費者の4割が経験あり (2007/03/13 10:25:32)』
http://www.xinhua.jp/newsdetails.aspx?newsid=P100007497&cate_id=510
●『「イノベーションの漸進化」時代に不可欠な「技術標準化戦略」』http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/etc/ito20070313.html