●平成18(行ケ)10277 審決取消「記録媒体用ディスクの収納ケース」

 本日は、昨日からの「当接」の用語の解釈続きということで、
 『平成18(行ケ)10277 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「記録媒体用ディスクの収納ケース」平成19年03月08日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070309133309.pdf)について紹介します。


 本件は、被告の有する「記録媒体用ディスクの収納ケース」に係る本件特許について,原告が無効審判請求をしたところ,特許庁は,請求項1に係る発明についての特許を無効とし,請求項2に係る発明についての審判請求は成り立たないとの審決をしたため,原告が,請求項2に係る発明についての審決の取消しを求めた事案で、原告の請求が認容され、請求項2に係る無効審決が取消された事案です。


 本件は、特許無効審判において請求項2の「当設可能」の用語の意義を、明細書の記載を参酌して限定解釈するのか(被告(特許権者)側の主張)、あるいは平成3年リパーゼ最高裁に従いその用語の意味が明らかであるある場合、原則として明細書の記載を参酌せずにそのまま解釈するか(原告(無効審判請求人)側の主張)が争点になっており、知財高裁における判断が参考になるものと思われます。


 まず、原告(無効審判請求人)の主張の要点は、

『審決は,訂正の許否についての判断を誤り,また本件発明2と甲1発明との相違点6についての判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。


1 取消事由1(訂正の許否の判断の誤り)

 審決は,請求項2の「当接可能」の意味を限定解釈し,その結果,本件訂正が新規事項の追加に該当しないと判断しているが,この認定判断は誤りである。

 被告は,本件訂正により,請求項2に「かつ,180°開いた状態において前記カバー体(3)におけるヒンジ結合側端縁部は前記保持板(2)のヒンジ結合側端縁部と当接可能になっており,」との記載を追加している。


 審決は,特許請求の範囲の「当接可能」との用語の意味を,発明の詳細な説明に実施例として記載された当接状態を指すものとして限定して解釈した上で,かかる限定解釈を前提とすれば,上記訂正は新規事項の追加に該当しないと判断した。


 しかしながら,特許発明の要旨認定については,判例上,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきであり,特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない(最二小判平3年3月8日・民集45巻3号123頁参照 。)


 「当接可能」とは,当業者の通常の理解では,字義どおり広く「接し当たることが可能である」状態を意味するものとして一義的に明確に理解することができる。


 また,本件発明に係る特許請求の範囲には,「当接可能」の意味を限定する記載は,何ら存在しない。したがって 「当接可能」の意義については,発明の詳細な説明の参酌が許されるような特段の事情はなく,原則どおり,特許請求の範囲の記載に基づき 「接し当たることが可能である」との意味に解釈されるべきである。


 審決は,上記最高裁判決を完全に無視し,「当接可能」について本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参酌した上で実施例における当接状態を指すものとして限定解釈し,その結果,本件訂正が新規事項の追加に該当しないと誤って判断しているのであり,かかる認定,判断が違法であることは明らかである。


 仮に,本願発明の特許請求の範囲の「当接可能」の意味が当業者にとって一義的に明確ではなかったとすると,発明の要旨の認定において発明の詳細な説明を参酌することは許される。しかしながら,かかる場合であっても,実施例に「限定」して解釈することが許されるものではない。


 実施例に記載された当接状態に限らずに,多義的な「当接可能」という用語を特許請求の範囲に追加した本件訂正は,新規事項を追加するものであるといわざるを得ず,不適法である。


2 取消事由2(相違点6の判断の誤り)

 ・・・

ア 審決は,上記1と同様,請求項2の「当接可能」の意義についての誤った解釈を前提として,相違点6の判断をしている。すなわち,審決は,本件訂正明細書の段落番号【0028】及び【0033】の記載を根拠として,相違点6の構成が「 相対回動を許容』することを前提に,その回動過程の180°開いた時点において 『カバー体(3)におけるヒンジ結合側端縁部』と『前記保持板(2)のヒンジ結合側端縁部』とは,当接をし更なる回動を完全に阻止するものではなく,その後の回動を可能とすることを前提にその位置において当接が可能になることを特定すると定めるものである」と判断し(審決書33頁下から4行〜34頁2行)かかる限定解釈を前提として,相違点6の構成を開示又は示唆する証拠はなく,また,公知又は周知ともいえないと判断をしている。


 しかしながら,かかる限定解釈は誤りであり 「当接可能」を,通常の理解に従い「接し当たることが可能である」状態と理解すれば,甲2は各端縁部の当接状態を十分に示唆するものであり,また,少なくとも甲19には180°開いた状態において当接することが可能な収納ケースが明確に開示されており,これと甲1を組み合わせることに何らの困難性も認められないのであるから,本件発明2は容易に想到し得たものである。


イ 審決は 「当接可能」の意義を限定解釈した上で,相違点6を公知又は周知とする証拠がなく 設計上の事項に属するとすることはできないとして, 本件発明2の進歩性を肯定しているが,かかる判断は,本願発明出願当時における当業者の技術常識を看過したものである。


 すなわち,回動式の蓋,扉等を備える工業製品において,蓋等がいったん当接しつつ,さらなる回動を許容する構成とすることは,回動式の蓋等を採用した場合には,当接の程度を調整さえすれば誰でも容易に実現できることであり,極めて一般的な常識的事項である。


 本件発明2が目的とする記録媒体用ディスクの収納ケースは,典型的な回動式の蓋を備えた工業製品なのであるから,甲2にかかる技術常識を組み合わせることについては 何らの困難性も認められない なお このような技術常識の存在は, 甲46〜52からも明らかである。  』

 と主張されました。



 
 そして、知財高裁は(第4部 塚原朋一裁判長裁判官)、


『1 取消事由2(相違点6の判断の誤り)について

(1)本件では,本件発明2に係る請求項2の「当接」という用語の解釈が争われているので,まず,請求項2を再掲する(下線部は当判決が付したもの )。

 ・・・

(2) 特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである(最二小判平3年3月8日・民集45巻3号123頁参照 。)

 
 請求項2の「当接」との用語は,被告も指摘するとおり,一般的に用いられる言葉ではなく,広辞苑大辞林にも登載されていないが,この言葉を構成する「当」と「接」の意味に照らすと 「当たり接すること」を意味すると解することができる。そうすると,請求項2の「前記カバー体(3)の内面と前記保持部(5)の上面とは当接する」とは,「カバー体(3)の内面と保持部(5)とが当たり接すること」を意味し,「前記カバー体(3)におけるヒンジ結合側端縁部は前記保持板(2)のヒンジ結合側端縁部と当接可能になっており」とは,「カバー体(3)のヒンジ結合側端縁部と保持板(2)のヒンジ結合側端縁部とが,当たり接することが可能な状態となっていること」を意味するものと一応理解できる。


(3) これに対し,審決は,本件訂正明細書の【発明の実施の形態】に係る段落【0028】,【0033】に基づき 「請求項2に記載される『・・180°開いた状態において前記カバー体(3)におけるヒンジ結合側端縁部は前記保持板(2)のヒンジ結合側端縁部と当接可能になっており ・・』なる構成について,その回動過程の180°開いた時点において 『カバー体(3)におけるヒンジ結合側端縁部』と,『前記保持板(2)のヒンジ結合側端縁部』とは,当接をし更なる回動を完全に阻止するものではなく,その後の回動を可能とすることを前提にその位置において当接が可能になることを特定すると定めるものである」と認定した。


 要するに,審決は 「当接」の意義を,カバー体3と保持板2のヒンジ結合側端縁部が,さらなる相対回動を可能にする位置において当接する場合に限定し,さらなる回動が阻止されるような位置において当接する場合は,カバー体3と保持板2のヒンジ結合側端縁部が当たり接していても 「当接」とはいえないものと解釈したものということができる。


(4) しかしながら 請求項2には,カバー体3が保持板2に対して収納状態(つまり0°)から180°開いた状態に相対回動可能になることと,180°開いた状態においてカバー体3と保持板2のヒンジ結合側端縁部が当接可能になることは記載されているが,カバー体3と保持板2とが180°開いた状態で当接した後,さらにカバー体3と保持板2とが相対回動するための構成についての記載はない。


 したがって,請求項2の「当接」が,カバー体3と保持板2が180°を超えて相対回動することを前提としているということはできない。


 また,特許請求の範囲において同一の用語が複数用いられている場合には,特に異なる技術的意義を含むと認められない以上,同一の意味を有すると解すべきところ,請求項2には「カバー体(3)の内面と前記保持部 (5)の上面とは当接する」との記載がある。ここにいう「当接」は,単に「当たり接すること」を意味すると理解するほかなく,「その後の回動を可能とすることを前提にその位置において当接」することを意味するとは理解できない。


(5) 審決は 「当接」の解釈に当たり,本件訂正明細書の段落【0028】,【0033 】 の記載を参酌しているところ, これらの段落には 以下の記載がある。

 ・・・

  上記記載によれば,なるほど,カバー体3と保持板2とが「当接」した後,その「当接状態」を乗り越えて,カバー体3と保持板2との相対回動を許容する構成が記載されていると認められる。


 しかしながら,上記各段落の記載を参照するとしても,「当接」という用語自体は,いずれも「当たり接すること」を意味するものとして用いられているというべきであり,しかも,上記各段落の記載は,本件発明2の実施例についての説明であり,請求項2自体には,カバー体3と保持板2とが180°開いた状態で「当接」した後,その「当接状態」を乗り越えて,カバー体3と保持板2との相対回動を許容するとの構成についての記載はないことは前記判示のとおりである。


 そうすると,請求項2の「当接」という用語の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとして,本件訂正明細書及び図面を参酌するとしても,同請求項の「当接」は「当たり接すること」を意味するにとどまるというべきであって,審決のように「当接」の意義を限定的に理解することは相当ではない。


(6) 以上によれば,審決がした「当接」の用語の意義の認定は誤りであるといわざるを得ず,この誤りが相違点6の判断に影響を及ぼすことは明らかである。


2 結論

 以上のとおり,原告の主張する取消事由2は理由があるので,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は違法として取消しを免れない。  』

と判示されました。


 本件では、知財高裁は、請求項2の「当接」という用語の意義を一般的な技術用語の意味と解釈しつつも、結局、「そうすると,請求項2の「当接」という用語の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとして,本件訂正明細書及び図面を参酌するとしても,・・・」というように、発明の要旨認定につき明細書等の記載を参酌する平成3年リパーゼ最高裁が示した例外的な場合の判断もしています。


 個人的には、特許無効審判は侵害訴訟の請求に対する被告の対抗手段の一つであり、侵害訴訟と同様に当事者対立構造をとり、しかも侵害訴訟と侵害訴訟における無効の抗弁(特許法104条の3)との判断の整合(統一)や無効の抗弁とのバランスを考慮すると、特許無効審判における発明の要旨認定の場合も、原則として、特許法第70条第2項の「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」が適用され、原則として明細書及び図面の記載を参酌して判断するものと思います。



 なお、侵害訴訟における無効の抗弁(特許法104条の3)において発明の要旨認定をする際、原則として特許法第70条第2項に明細書等の記載を参酌するのか、あるいは平成3年リパーゼ最高裁のように例外的に明細書の記載を参酌するのかは、現在、知財高裁の大合議事件である「東芝 VS ハイニックス」の半導体メモリ事件で判断していますので、特許無効審判や侵害訴訟における無効の抗弁(特許法104条の3)において請求の範囲の用語を原則として明細書または図面の記載を参酌するのか、例外的に参酌するのか、もうすぐ知財高裁の大合議から判断が示されると思いますので、その時がとても楽しみです。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。



追伸;<気になった記事>

●『VerizonとVonageの特許訴訟、一部の侵害を認める判決』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070312-00000013-zdn_n-sci
●『「Higgins」プロジェクト、特許関連でマイクロソフトからの承認待ち』http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000056022,20345027,00.htm
●『米議会、大学で横行する著作権侵害に厳しい態度』http://japan.internet.com/ecnews/20070312/12.html
●『商標権侵害の中国「HONGDA」、3カ国で自動車生産へ』http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070311/sng070311006.htm
●『「おふくろさん」改変問題に見るJASRACの危機感』http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070310/ent070310005.htm
●『韓国における著作権侵害対策ハンドブック』http://www.bunka.go.jp/1tyosaku/kaizokuban/pdf/korea_singai_handbook.pdf
●『四角いメロンが特許を取得 高校と農協が共同で』http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007031201000524.html