●平成18(行ケ)10083 審決取消請求事件 特許権 均質なポリマー物質

  もう少し間接侵害が争点となった『一太郎知財高裁事件』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4AC9E8ED0D080C574925710E002B12CE.pdf)や、特許判例百選に掲載されている『一眼レフカメラ事件』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/F2089CF3FEC89BAB49256A76002F8AFE.pdf)、『製砂機のハンマー事件』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/C90DECBF0C97E33849256A7600272B0D.pdf)、さらには、米国のマイクロソフト事件等について紹介しようと思いましたが、今日は、少し気分を変えて、

 『平成18(行ケ)10083 審決取消請求事件 特許権行政訴訟「均質なポリマー物質」平成19年02月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070301100218.pdf)について紹介します。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた訴訟で、請求が棄却された事案です。


 まず、特許庁の拒絶査定に対する審判では、

『請求項における「・・・優れた機械的性質を有する」の補正が、優れた機械的性質を有するといってもどのような機械的性質を有することが求められるのか不明であり,また,その機械的性質がどの程度のものであれば「優れた機械的性質」といえるのかも不明であるから,請求項3については,発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているとはいえない(理由(1))、また明細書には単に溶融相の含有率をDSCで求める旨記載しているにとどまり,これらの段落以外の記載をみても溶融相の含有率の具体的な求め方は記載されていないから,溶融相の含有率の測定方法については発明の詳細な説明をみても不明であり、発明の詳細な説明には,本願発明1〜4を当業者が実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない(理由(2))。』

 と判断され、拒絶審決されています。



 そして、知財高裁(第3部 三村量一裁判長裁判官)は、まず、取消事由1(理由(1)の認定判断の誤り)について


『原告は,請求項3にいう「優れた機械的性質」の意味及び程度は,本願明細書の段落・・・など,発明の詳細な説明の項において明らかにされており,また,本願発明3において,原料物質であるポリマー繊維を選択すれば,当該繊維の性質に応じて本願発明3に係るポリマー物質が有すべき[優れた機械的性質]の内容が一義的に定まるのであるから,「優れた機械的性質」の意味が不明確であるということはできず、審決の理由(1)の認定判断は誤りである旨主張する。

 そこで,以下検討する。

(1)ア 特許法36条5項2号は,特許請求の範囲の記載が「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項」(請求項)に区分されていなければならないことを規定しているが,これは,特許請求の範囲の記載によって権利範囲が確定されることに鑑み,その外延が明りょうに示されていなければならないことを定めたものと解するのが相当である。したがって,請求項には,その請求項に記載された発明を明確に把握できるように,当該発明の構成に欠くことができない事項を明確に記載しなければならないものというべきである。


イ 本願明細書(甲1 12の1)には,「機械的性質」あるいは「優れた機械的性質」という語の意味を定義する記載は見当たらないところ,「機械的性質」とは,「一般に荷重に対する性質。すなわち,静荷重・変動荷重などに対する変形・強度・硬度などの材料力学的性質。」(広辞苑第5版)ないしは「引張強さ,降伏点,伸び,絞り,硬さ,衝撃値,疲れ強さ,クリープ強さなど,機械的変形及び破壊に関係する諸性質。」(JIS用語大辞典 第5版)を意味し,これには,強度,弾性率又は剛性率(モジュラス)のほかに,伸び,絞り,硬さ,衝撃値などが含まれ,さらに,機械的性質における強度についても,引張り強さ,曲げ強さ,圧縮強さ,疲れ強さなど様々な種類のものがある。


 したがって,請求項3における「優れた機械的性質」との文言自体からは,当該「機械的性質」がいかなる機械的性質なのか,また,どの程度「優れた」ものなのかを,理解することができない。


ウ 請求項3のその余の記載及び同請求項が引用する請求項1の記載を検討しても,請求項3にいう「優れた機械的性質」との文言が意味する具体的内容を明確に理解させるに足りる記載は見当たらない。


 請求項3が引用する請求項1は,ポリマー繊維を「ポリオレフィン,ビニルポリマー,ポリエステル,ポリアミド,ポリエーテルケトン又はポリアセタール」としているが,・・・汎用的なポリマー繊維のうち配向可能なものを特定したにすぎないから,本願発明3において原料物質となり得る公知の配向ポリマー繊維は多数存在し,それらが有する機械的性質も広範囲にわたるものというべきであって,本願発明3に係るポリマー物質が有すべき「優れた機械的性質」の内容が一義的に定まるということはできない。


(2) 原告は請求項3にいう優れた機械的性質の意味及び程度は,・・・発明の詳細な説明において明らかにされている旨主張するが,前記(1)イで説示したとおり本願明細書(甲1 12の1) には「機械的性質」あるいは「優れた機械的性質」という語の意味を定義する記載は見当たらない。


 原告の主張は,要するに,請求項3に発明の詳細な説明の項の記載を読み込むことにより,「優れた機械的性質」の意味及び程度が明らかになるというものと理解されるが,請求項3における「優れた機械的性質」なる語は単に従来技術との比較において進歩性を有し,あるいは格別の作用効果を奏する旨を抽象的に述べる趣旨で用いられていると言わざるを得ず,何らかの技術的意味のある構成を表現するものとして用いられているものとは言えないから,発明の詳細な説明の項の記載を斟酌して,その内容を明確化することができるものではない。


 原告の主張は採用することができない。


 なお,念のため本願明細書(甲1,12の1)の発明の詳細な説明の項の記載をみても,そこでは,・・・などの記載において「機械的性質」という語が用いられているが,前記(1)イのとおり「機械的性質」とは,一般に,機械的な変形及び破壊に関係する諸性質を意味し,これには,強度,弾性率又は剛性率(モジュラス)のほかに,伸び,絞り,硬さ,衝撃値などが含まれ,さらに,機械的性質における強度についても,引張り強さ,曲げ強さ,圧縮強さ,疲れ強さなど様々な種類のものがあるから,発明の詳細な説明の項においても,請求項3にいう「繊維が配向する方向を横断する方向において応力が加えられた場合に優れた機械的性質」について,いかなる種類の機械的性質がどの程度優れているかが明示されているということはできない。

(3) 以上検討したところによれば請求項3は,「優れた機械的性質」という明確でない記載を含むものであって「発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した」ということができない。


 したがって,本願明細書の特許請求の範囲の記載は,特許法36条5項及び6項に規定する要件を満たしていないというべきであり審決の理由(1)の認定判断はこれを是認することができる。原告主張の取消事由1は理由がない。  』

と判示されました。




 次に、取消事由2(理由(2)の認定判断の誤り)について

『(1) 原告は,本願明細書の段落【0006】及び【0007】 には,DSC装置及びDSC測定法について記載されており,溶融相の含有率の測定は,DSC測定法による測定算出方法によって当業者が容易に実施できるから,発明の詳細な説明は,当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度に記載されている旨主張する。


ア 本願明細書(甲1,12の1)の記載によれば,特許請求の範囲の請求項1にいう「ポリマー再結晶溶融相」(以下,単に溶融相という)は,発明の詳細な説明の項においてオリジナル繊維よりも低い融点を有する,「相」ないし「第2相」(段落【0006】),あるいは「第2低融点相(段落【0029】)と記載されているものに相当し,融点が原料繊維よりも低いものであることが認められる。


 そして,溶融相の測定方法については,段落【0006】に,測定手段としてDSC装置を用いることが記載され,段落【0029】及び【0031】に溶融相の含有割合に関する数値が記載されているが,それ以上に具体的な測定方法は記載されていない。


イ また,原告がDSC装置及びDSC測定法について解説するものとして例示した甲13〜17について検討しても,同じ物質であるが質量の異なる二つの試料がある場合,DSC装置を用いてそれぞれの試料について融点における吸熱量を計測してその比率を計算することによって,二つの試料の質量の比率を求めることができることは記載されておらず,本件記録を検討しても,ある物質を構成する成分(相)の重量割合をDSC装置によって求めることができることが,本願の優先権主張日当時,当業者に自明であったと認めるに足る証拠は見当たらない。


ウ 原告は,その主張に係る測定方法(前記第3,2(1)イ(ウ)) は,原理的に,簡単である旨主張するが,既に説示したとおり,本願明細書には,DSC装置を用いて溶融相の割合を測定する具体的な方法が記載されておらず,また,それが自明であると認めるに足る証拠も見当たらないから,原告の主張は,採用することができない。


(2) 原告は本願発明においてDSC測定法は溶融相を測定する方法のひとつとして例示されたにすぎず,当業者は適宜の方法を使用すればよいから,溶融相の含有率の測定に格別の困難は存在しない旨主張する。


 しかし,溶融相の含有率の測定方法について,DSC測定法以外の他の方法は本願明細書に何ら記載されておらず,その具体的内容も明らかでないから,原告主張は採用することができない。


(3) 原告は,本願発明は物質の発明に関するものであるからその得られた物質の物性等の測定を,発明完成時に存在したその分野で知られている測定装置を使用してその測定結果を測定し,その測定結果を明細書に記載すれば足りる旨主張する。


ア 発明の構成を特定する指標の測定方法に関して,測定装置から直接得られる実測値だけで特定できる場合,あるいは測定方法自体が周知慣用である場合は,測定装置あるいは測定結果を記載する程度の開示であっても当業者は容易に理解できるといえるが,それに当たらない測定方法の場合は具体的な説明が必要である。


イ 本願発明は,溶融相の含有量を「ポリマー含量の5〜50重量%」からなる点をその構成要件としているから,製造されたポリマー物質において当該含有量を特定する必要があるところ,本願明細書には,DSC装置を用いることは記載されていても,DSC装置を用いてどのような数値を測定し,どのように計算すれば当該含有量を得られるのかが明らかにされておらず,また,原告の主張する測定方法が本願の優先権主張日当時,技術常識であったと認めるに足る証拠も見当たらないことは,すでに説示したとおりである。


ウ そうすると,本願発明の内容を理解するに当たり,測定装置を構成する学術的な測定原理は必要としないまでも,基本的な測定原理そのものが本願明細書に記載されていないのであるから,上記含有量の測定方法について当業者が容易に理解できる程度に記載されていないことは明らかである。


 原告の主張は採用することができない。

(4) 以上検討したところによれば,本願発明は「その溶融相がその物質のポリマー含量の5−50重量%」からなるものとされているところ,溶融相の含有率の測定方法については,発明の詳細な説明をみても不明であり,したがって,発明の詳細な説明には,本願発明1〜4を当業者が実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。


 よって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないというべきであり審決の理由(2)の認定判断,はこれを是認することができる。原告主張の取消事由2は理由がない。



3 結論

 以上によれば,本願が特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさないとした審決の理由(1),(2)の認定判断はいずれもこれを是認することができ,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。


 よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。  』

と判示されました。


 請求項には「優れた機械的性質」等の抽象的な効果のような内容は記載するべきではなく、また、発明の構成を特定する指標の測定方法等が周知慣用でない場合、明細書にはその測定方法等を当業者は容易に理解できるように記載する等、外国からの優先権主張出願といえども、日本国特許法特許法第36条等の記載要件を満足するように記載するように注意する必要があります。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。



追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10277 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「記録媒体用ディスクの収納ケース」平成19年03月08日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070309133309.pdf
●『平成18(行ケ)10245 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 「ラベルプリンタ」平成19年03月08日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070309132501.pdf
●『平成18(ネ)10092 損害賠償等請求控訴事件 その他 民事訴訟 平成19年03月08日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070309105503.pdf



追伸2;<気になった記事>

●『知的財産戦略本部 コンテンツ専門調査会(第9回)議事次第』http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/dai9/9gijisidai.html
●『「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集』http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/pc/070308iken.html
●『弁理士法の一部を改正する法律案について−閣議決定のお知らせ−』http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/puresu/benrisi_low.htm
●『第4回工業所有権審議会総会について』http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/industrial_about_4.htm
●『特許審査ハイウェイについて』
http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/patent_highway.htm
●『日韓特許審査ハイウェイについて』http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/nikkan_highway_program.htm

●『米ベライゾン、IP電話特許侵害訴訟で勝訴 』http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070309AT2M0900809032007.html
●『WSJ-ボネージ、ベライゾン特許権を侵害との評決』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070309-00000014-dwj-biz
●『米ベライゾンの特許侵害訴訟、ボネージに賠償金支払い命令』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070309-00000413-reu-bus_all
●『ベライゾンVoIP特許侵害でボネージに勝訴--賠償金は5800万ドル』http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20344949,00.htm
●『Vonage による特許侵害で Verizon への賠償金5800万ドルの評決』http://japan.internet.com/busnews/20070309/11.html