●平成10(行ツ)19 「桃の新品種黄桃の育種増殖法事件」最高裁

 本日は、最高裁判決の『平成10(行ツ)19 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「桃の新品種黄桃の育種増殖法事件」平成12年02月29日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/48CE992B9FD7B01349256A7700082E4A.pdf)について紹介します。


 本最高裁判決では、特許法29条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには、当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること、すなわち、反復可能性のあることが必要であり、その反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解されると、と判示した点で参考になる事案です。



 つまり、本最高裁判決は、

『                   主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         
                   理    由
 上告代理人島田康男、同尾崎光三、同須藤政彦の上告理由第一点ないし第四点について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。
 1 Bは、名称を「桃の新品種黄桃の育種増殖法」とする特許第一四五九〇六一号発明(昭和五二年一〇月二四日出願。以下「本件発明」といい、本件発明に係る特許を「本件特許」という。)に係る特許権を有していた。

 2 本件特許出願につき手続補正書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、「従来周知の缶詰専用桃品種タスカンを種子親とし、これに花粉親として桃品種エルバーターを交配せしめて本発明者が改良育成した桃品種タスバーターを種子親とし、本発明者が偶発実生の黄肉の桃品種晩黄桃を交配せしめ、得た種子より発芽した植物を選抜淘汰の結果、本文に詳記し、図面に示すように葉縁がわずかに波立つが種子親タスバーター程には波立たない大きな披針形の葉を有し、花は、淡紅色の蕊咲きで、花粉多く自家受精の性質を有し、結実多く、果実は整った円形で、果皮強靱であり、色は黄色地に陽光面に紅暈を現し、外観きわめて美麗であり、果肉は黄色で、肉質きわめて緻密で繊維少なく、粘核であり、核の周囲に着色が少なく、微酸を含む甘味を有し、果頂と底部との味の差がなく、芳香を有する桃の新品種黄桃を育成し、これを常法により無性的に増殖する方法。」である。

 3(一) 果樹においては、各形質の遺伝構造は、形質の基になる遺伝因子が相互に影響し合い、メンデルの法則によっては解明し切れない面を有し、同一の遺伝子の構造を有する果樹を交配により再現することは、極めて低い確率でしか成立しない。しかし、遺伝子の構造が異なっても部分的には同一の形質が発現し得るから、育種過程を反復実施することにより同一の形質を有する果樹を再現することが可能である。


 (二) 本件発明の要旨は、育種目標とする形質の基礎となるべき遺伝構造の異同にかかわらず、育種目標とする形質自体の獲得の点にある。本件発明に係る黄桃(以下「本件黄桃」という。)の各部分の形質は、その親品種であるタスバーター又は晩黄桃のいずれかの形質を示すものであったり、そのいずれでもなく中間の形質を示すものであったりするなど、種々の様相を示している。もっとも、形質自体の同一性の観点からみると、遺伝学的知見又は育種学的知見に照らし、確率が高いものとはいえないとしても、本件黄桃の育種過程を反復実施することにより、本件発明の育種目標とする形質と同じ形質を有する桃を再現することが可能である。


 (三) 本件明細書には、本件黄桃の育種過程において親品種の中間の形質を基準として選抜すべきことが記載されているところ、当業者にとっては、右選抜基準は客観的に認識することができ、明確である。


 (四) 本件特許出願当時、当業者が本件黄桃の親品種である晩黄桃を入手することは可能であったが、平成七年に至り、その原木が所在不明となった。

 4 上告人らは、平成元年九月一八日、特許庁に対し、本件特許につき無効審判を請求し、特許庁は、平成一年審判第一五〇八二号事件として審理した結果、平成三年一二月一六日、右審判請求は成り立たない旨の審決をした。

 5 Bは、平成七年二月四日死亡し、相続により被上告人が本件特許権を承継した。
 二 本件は、上告人らが、本件発明には反復可能性がないから、本件特許は特許要件を欠くなどとして、審決の取消しを請求する事案である。


 三 発明は、自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならないから、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成のものであって、特許法二条一項にいう「発明」とはいえない最高裁昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。


 したがって、同条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには、当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること、すなわち、反復可能性のあることが必要である。


 そして、【要旨】この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。


 けだし、右発明においては、新品種が育種されれば、その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって、確率が低くても新品種の育種が可能であれば、当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。


 四 これを本件についてみると、前記のとおり、本件発明の育種過程は、これを反復実施して科学的に本件黄桃と同じ形質を有する桃を再現することが可能であるから、たといその確率が高いものとはいえないとしても、本件発明には反復可能性があるというべきである。なお、発明の反復可能性は、特許出願当時にあれば足りるから、その後親品種である晩黄桃が所在不明になったことは、右判断を左右するものではない。

 これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 同第五点について

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下において、本件明細書に係る補正が要旨変更に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 』


 というものです。