●平成17(ワ)6346 損害賠償請求事件「使い捨て紙おむつ事件」

  先週、『紙おむつドレミ「特許権侵害」=王子ネピアに1億円賠償命令−東京地裁』(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070215-00000235-jij-soci)や、『紙おむつで王子ネピアの特許侵害認定』(http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070215-157120.html)等の記事で取上げられた判決、

  『平成17(ワ)6346 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟「使い捨て紙おむつ事件」平成19年02月15日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070219115346.pdf)が本日公表されたようです。


 本件では、原告(大王製紙)側の請求が認容され、1億円の損害賠償が認められた事件です。


 判決文が135頁もあるとても長い判決文です。


 ここで、本件特許発明は、

「体液吸収体と,透水性トップシートと,非透水性バックシートとを有し,
 前記透水性トップシートと非透水性バックシートとの間に前記体液吸収体が介在されており,前記体液吸収体の長手方向縁より外方に延びて前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとで構成されるフラップにおいて腰回り方向に弾性帯を有する使い捨て紙おむつにおいて,
 前記弾性体は弾性伸縮性の発泡シートであり,かつこの発泡シートが前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとの間に介在され,前記体液吸収体の長手方向縁と離間しており,前記トップシートのバックシートがわ面において,体液吸収体端部上と発泡シート上とに跨がってその両者に固着されるホットメルト薄膜を形成し,さらに前記離間位置において前記ホットメルト薄膜が前記非透水性バックシートに前記腰回り方向に沿って接合され,体液の前後漏れ防止用シール領域を形成したことを特徴とする使い捨て紙おむつ。」


であり、

 本件における争点は、

『(1) 被告製品の構成(争点1)
 (2) 被告製品が「ホットメルト薄膜(構成要件C及びD)及び「体液の前後漏れ防止用シール領域(構成要件D)」を有するか(争点2−1 。)」
 (3) 被告製品の弾性帯が「体液吸収体の長手方向縁と離間(構成要件B及びD)」しているか(争点2−2 。)
 (4) 本件特許発明が,特許法29条2項に違反しているか(争点3)
 (5) 仮に争点2−1に関する原告の主張を前提とした場合本件特許発明が特許法29条の2に違反しているか(争点4−1)
 (6) 仮に争点2−1に関する原告の主張を前提とした場合本件特許発明が特許法29条2項に違反しているか(争点4−2)
 (7) 損害の額(争点5)』

でありました。



 東京地裁(民事第46部 設樂隆一裁判長裁判官)は、上記争点2−1について、

『2 争点2−1 被告製品が「ホットメルト薄膜構成」(要件C及びD) 及び体液の前後漏れ防止用シール領域(構成要件D)を有するか』について


(1) 本件特許発明の特許請求の範囲の記載には「ホットメルト薄膜」(構成1要件C及びD) 「前記ホットメルト薄膜が・・・体液の前後漏れ防止用シール領域を形成し(構成要件D)との記載がある「薄膜」という語の用い方は人さまざまで,物理概念として確立されているわけではないことから(甲9・薄膜作製応用ハンドブック),本件特許発明にいう「ホットメルト薄膜」とは,どのような形状のものを指し,あるいは,どの程度の密度でホットメルト接着剤が塗布されているものであるかについて,特許請求の範囲の文言によっては,一義的に明白ではない。したがって,本件明細書の記載を参酌し,その上で「ホットメルト薄膜(構成要件C及びD)及びホ ットメルト薄膜から成る体液の前後漏れ防止用シール領域構成要件Dの意義を解釈する必要がある。


(2) 本件明細書(甲2)には,次のとおり記載されている。

・・・

 また,本件特許発明は,上記ホットメルト薄膜を吸収体の長手方向端縁と発泡シートとの間の離間位置において非透水性バックシートに接合して「体液の前後漏れ防止用シール領域」を形成することによって,吸収体の端縁から紙おむつの長手方向端縁に流出する体液が,発泡シートとバックシートの間から漏れることを防止するものである。そして,シール領域を形成しない例(本件明細書の第2図)と対比して,上記効果が説明されているところ,第2図の構成の場合,吸収体の端縁から紙おむつの長手方向への流出が防止されていない。したがって,従来技術として示された第2図の構成と対比すれば「体液の前後漏れ防止用シール領域」における漏れ防止効果については,厚み方向におけるバックシートと同程度の非透水性であることまでを要するものではなく,前記の「ホットメルト薄膜」と同程度の漏れ防止効果を奏するものであれば足りると解するのが相当である。


(5) 被告は,出願経過を参酌すれば,本件特許発明の「ホットメルト薄膜」は非透水性と解すべきであると主張する。しかし,以下に述べるとおり,被告の主張は採用することができない。

・・・

c) 原告(出願人)は,本件異議答弁書において,前記a)(i)のとおり,本件特許発明は引用発明1に記載されるようなホットメルト薄膜を設けることが有効であることを記載しているものの,全体としては,発泡シートと吸収体との離間部分にシール線部を形成して弾性部材として発泡性シートを用いること及びこれとホットメルト薄膜を組み合わせることによる効果を強調しているにすぎない。したがって,このホットメルト薄膜についての記載から,直ちに引用発明1のホットメルト薄膜の構成(素材)及びその効果と本件特許発明のホットメルト薄膜の構成及び効果が同一であるとまで解することはできないまた原告出願人は同答弁書において,前記a)(ii)のとおり,引用発明3は,透液性トップシートに対して何ら不透水処理が行われていないものであるとして,引用発明3のシール構造と本件特許発明とはその作用及び機能を全く異にすると述べている。原告(出願人)は,この中で引用発明3との違いを強調するあまり,本件特許発明のホットメルト薄膜を「不透水」のものと記載している。しかし,この記載は本件明細書の前記の実施例2その他の各記載と明らかに矛盾するものであること,及び,本件異議決定においても,上記のとおり,引用文献1及び同3は「体液の前後漏れ防止用シール領域」について何ら記載のないことを理由に特許異議申立てを排斥しているのであって,原告の本件異議答弁書におけるこの記載を前提に判断しているものではないことからすれば,かかる引用文献3との構成の相違と無関係な出願経過における出願人の陳述を理由として,本件明細書の発明の詳細な説明とも明らかに矛盾する内容で,本件特許発明の技術的範囲を限定して解釈するのは相当ではない。


カ 以上によれば,本件特許発明の「ホットメルト薄膜」については,上記のような出願経過を考慮しても,被告主張のように,これを「不透水性」のものとすることは相当ではない。』

 と判断されました。



 次に、上記争点4−2,5について、

『6 争点4−2(仮に,争点2−1に関する原告の主張を前提とした場合,本件
特許発明が,特許法29条2項に違反しているか)について
 被告は,仮に「ホットメルト薄膜」がホットメルト接着剤が散点状又はストライプ状に形成されたものであるとすれば,本件特許発明は特許法29条2項に違反すると主張する。しかし,原告はそのような主張をしていないし,当裁判所の採用する「ホットメルト薄膜」の解釈及び被告製品における「ホットメルト接着剤層」は上記構成を備えるものではないので,かかる被告の主張は失当である。以下,念のため,本件特許発明が引用発明5と引用発明1又は周知技術を組み合わせることによって容易に想到でき,特許法29条2項に違反するものであるか否かを判断する(なお,原告は,上記主張は時機に後れた防御方法として許されないと主張する。しかし,被告の上記主張は「訴訟の完結を遅延させる(民事訴訟法157条1項)とまではいえないので,時機に後れた防御方法として却下するのは相当でない。」

(1) 本件特許発明と引用発明5とを対比すると,次のとおりである。

・・・

(3) 引用発明1との組合せについて
 被告は,上記各相違点は,引用発明1との組合せによって容易に想到し得ると主張する。そこで,引用発明5に引用発明1を組み合わせることの論理付けないし阻害要因の有無を検討する。


ア 引用文献5には次の記載がある。

「(発明の効果)・・・弾性要素が伸縮すべき周辺部に沿って使い捨て衣類の2層に結合され,弾性要素は周辺部の周囲に沿い全体的または部分的いずれでも延びてもよい。さらに,衣類の各層と弾性要素間における境界面の構造には,複数の密接に離間した小さい接合点が含まれる。伸張されたつまり伸びた状態の弾性要素が接合点に結合され,弾性要素が収縮状態になると,それに伴って生じる力が接合点間で衣類の外側層にミクロうねまたはミクロたわみを生じる。この発明の伸縮化構造を得るのに必要なその他の必要な特徴は,上記において充分に説明した。この発明の実施によって達成される伸縮化構造は,弾性要素の伸張方向を横断する方向に沿った微細なうね状または線紋状の構造を有する使い捨て衣類の外側層を与える。この結果,生地材を縫製した衣類によってのみこれまで達成されていた伸縮化部分と酷似した洋服仕立ての,見ばえのよい外観を有する使い捨て衣類が得られる(17頁右下欄末行ないし18頁左上欄17行)。」


 第24図には,延在した身体側ライナー72と外側カバー71とで構成された上端部分において,複数の弾性要素70が腰回り方向に配置され,各弾性要素の間には接合点が設けられている構成が開示されている。

イ 上記のとおり,引用発明5において,弾性要素の接合点は,弾性要素の伸縮状態に応じて衣類の外側層にミクロなうね又はたわみを生じさせるために設けられている。したがって,仮に,引用発明5の「ホットメルト薄層」に,引用発明1の「上記透水性表面シートの吸収体側表面上の,上記吸収性物品の少なくとも幅方向中央領域に,上記表面シートとバックシートとの一体的接合部分から吸収体上に臨む位置に亘って延在するホットメルト不透水性被膜」を適用すれば,引用発明5の弾性要素と身体側ライナー72及び吸収性の芯22とが,不透水性被膜といえる程度に接着されることになるので,上記うね又はたわみを形成することができなくなる。


 したがって,引用発明5に引用発明1を組み合わせることには阻害要因がある。

(4) 周知技術の適用について

 被告は本件特許出願当時の当業者間において使い捨ておむつの(端部,腹部・背部)にホットメルト薄膜を形成して「漏れ防止」を図ることは周知技術であったと主張する(乙15,68ないし80,83ないし85) 。


 しかし,仮に,上記技術が周知技術であったとしても,引用発明5には,トップシートのバックシートがわ面において,体液吸収体端部上と発泡シート上とに跨ってその両者に固着されるホットメルト薄膜を形成し(構成要件C) ,さらに弾性帯と体液吸収体の長手方向縁との間の離間位置において,ホットメルト薄膜が非透水性バックシートに腰回り方向に沿って接合されて,体液の前後漏れ防止用シール領域を形成する(構成要件D)ことについて,上記のとおりの阻害要因があることについて変わりはない。


 そして,ホットメルト薄膜の形成によって漏れ防止を図ることが周知技術であるからといって,本件特許発明の作用効果を奏するように構成要件Cの「ホットメルト薄膜」及び構成要件Dの「体液の前後漏れ防止用シール領域」を形成することが,単なる設計事項であるということはできない。


(5) 結論

 したがって,本件特許発明は,引用発明5と引用発明1又は周知技術を組み合わせて容易に想到し得るものではない。よって,本件特許発明は,特許法29条2項違反により特許を受けることができない旨の被告の主張は理由がない。



7 争点5(損害の額)について

(1) 売上額について
 平成14年5月1日から平成18年9月末日までの被告製品の売上額は次のとおりである(当事者間に争いがない。)


ア 平成14年5月1日から平成17年2月末日99億0400万円

イ 平成17年3月1日から平成18年9月末日45億3800万円


(2) 実施料率について

ア 本件特許発明は,使い捨て紙おむつの基本構造に関する特許発明ではなく,構成要件A及びBの構造を有する紙おむつにおいて前後漏れ防止を確実に達成できるとともに,着用感に優れた使い捨て紙おむつを提供することを目的とするものである。そして,その作用効果は,本件特許発明の技術的範囲に属すると判断される被告製品についてなされた前記の各実験からみても,前後漏れ防止について極めて顕著な効果を奏するものとは言い難いものである。そして,本件特許発明は進歩性を有するものの,既に述べたとおり,これと類似した構造を有する特許発明が出願時に複数存在していたこと及び本件特許発明の対象である紙おむつは廉価で(乙93,95),大量に消費される商品であり,本件特許発明が紙おむつに使用される複数の技術の一つにすぎないことからしても,本件特許発明の実施料率は比較的低いものと認定されてもやむを得ないものである。


 なお,証拠(甲57)によれば,被告製品( ドレミ)の業界シェアは4%ないし「」3%にとどまることが認められる。


イ 原告は,発明協会発行の「実施料率(第5版(甲58)において, )」平成4年度から平成10年度における「パルプ・紙・紙加工・印刷(そ」れには,紙製衛生材料である「使い捨て紙おむつ」も含まれる)の実施。料率は,イニシャル有りで5%,イニシャル無しでは3%のものが最も多く,本件はイニシャル無しであるから,合理的実施料としては3%とするのが相当であると主張する。


 しかし,甲58によれば,上記書籍における「紙加工品」は,段ボール・壁紙等の加工紙,学用紙製品,日用紙製品等の紙製品,セメント袋,ショッピングバック、紙製箱・コップ等の紙容器等及びソロファン,繊維板,紙製衛生材料,紙タオル,紙ヒモ等のその他パルプ・紙・紙加工品を含むことが認められる。このように,上記書籍の示す実施料率は,使い捨て紙おむつ以外の製品も広く含むのであって,前記の諸事情に照らせば,この数値を直接の基準として本件特許発明の実施料率を定めることは相当でない。


ウ 以上の諸事情を考慮すれば,本件特許発明の実施料率は0.7%をもって相当と認める。


(3) 損害の額について

 以上によれば,特許法102条3項によって算定される本件特許権の侵害による損害は次のとおりである。


ア 平成14年5月1日から平成17年2月末日まで
  99億0400万円×0.7%=6932万8000円
イ 平成17年3月1日から平成18年9月末日まで
  45億3800万円×0.7%=3176万6000円
ウ 合計
  6932万8000円+3176万6000円=1億0109万4000円



8 結論

 よって,原告の請求は,金1億0109万4000円及び内金6932万8000円に対する不法行為の後の日であることが明らかな平成17年3月1日から,内金3176万6000円に対する不法行為の後の日であることが明らかな平成18年10月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。』

と判示されました。


 詳細は、上記判決文を参照して下さい。


追伸;<新たに出された判決>

●『平成17(ワ)6346 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟 「使い捨て紙おむつ」 平成19年02月15日 東京地方裁判所』(認容判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070219115346.pdf

●『平成18(行ケ)10255 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 「複数情報提供方法」 平成19年02月15日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070219115346.pdf



追伸;<気になった記事>

●『第24回APEC知的財産権専門家会合(IPEG)について
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/apec_ipeg24.htm
●『下院司法委員会知財小委員会「イノベーションの危機、特許改革の場合」に関する公聴会開催』(JETRO
http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070216.pdf
●『STマイクロ、AMDから携帯機器向けグラフィックス技術の関連特許ライセンスを取得(STマイクロエレクトロニクス)』
http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=848
●『国有経済改革、新たな1年は知財や株式会社化が重点』http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2007&d=0219&f=business_0219_001.shtml
●『昆明のカラオケ店が著作権料支払いへ、中国で初』http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2007&d=0219&f=business_0219_011.shtml
●『ロシア政府、マイクロソフトのライセンス規約を酷評』http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20343300,00.htm
●『YouTubeバイアコムによる動画削除要請から広がる議論』
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20343292,00.htm
●『マレーシア、海賊版販売でPC小売店の摘発に着手』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0702/19/news013.html
●『映画盗撮防止へ新法案 自民、今国会提出へ』http://www.asahi.com/politics/update/0217/001.html