●平成18(行ケ)10138 審決取消請求事件 特許権 反射偏光子 

  本日は、『平成18(行ケ)10138 審決取消請求事件 特許権 「明るさを強化した反射偏光子」平成19年01月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070202112358.pdf )について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、審決における引用発明の認定の誤り、及び引用発明の認定の誤りを看過したことに基づく進歩性についての判断の誤りがあり,拒絶審決が取消された事案です。



 つまり、知材高裁は、

『1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。


 そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。2 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について


(1) 審決は,引用例1には,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」(引用発明)が開示されている(審決3頁第4段落)と認定したものであるところ,原告は,引用例1においては,位相差板及びミラーが不可欠であり,これらの構成要素なしには発明の目的は達成されず,上記構成要素を除いて引用発明を認定した審決は,引用発明において,位相差板及びミラーが存在すること,及び,それらが特定の配置を有していることを看過した誤りがある旨主張する。


(2) そこで引用例1(甲1)を見ると,次の記載がある。


・・・


 すなわち,引用例1(甲1)に記載された発明は,反射型直線偏光素子4とミラー2の間に位相差板3を配置している構成により,反射型偏光子を通過しなかった他の一方の偏光が反射型偏光子により反射され,位相差板を通過し楕円偏光となり,楕円偏光がミラーで反射して逆回りの楕円偏光となり再び位相差板を通過し,反射型偏光子を通過可能な一方の偏光と同じ成分を有する偏光となること(上記(2)カ),それにより,従来捨てていた他の一方の偏光も利用することを可能として,従来にない高効率の直線偏光光源が提供可能となること(上記(2)キ)により,上記(ii)の目的を達成するものである。そして,この直線偏光光源は,液晶表示素子に用いられるものであって,その場合には,第1図(2頁右下欄)の矢印15の方向(図の左側)に,液晶モジュールが配置されることは明らかである。


 また,引用例1(甲1)には,光源と光源の背後に設けられたミラーと,一方の偏光のみを通過し,他の一方の偏光を吸収する直線偏光子を備えた直線偏光光源が,従来技術として記載されている(上記(2)ウ)が,この従来技術には,「光源,ミラー,光源と表示モジュールの間に配置された,一方の偏光のみを通過し,他の一方の偏光を吸収する直線偏光子を備えた直線偏光光源」については記載されているものの,反射型直線偏光子を用いるものは記載されていない。


 以上のことからすれば,引用例1(甲1)には,「液晶表示素子であって,位相差板,光源,ミラー,表示モジュール,及び位相差板と表示モジュールとの間に配置され,一方の偏光を通過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む液晶表示素子」の発明(以下「引用例1の液晶表示素子」という。)が記載されており,この発明においては,従来捨てていた他の一方の偏光を利用するという上記(ii)の目的を達成するためには,反射型偏光子とミラーとの間に位相差板を配置することが必須の構成であり,位相差板とミラーを有しない反射型偏光子単独では,他の一方の偏向を反射する意味がなく,従来技術の「他の一方の偏光を吸収する直線偏光子」を用いたもの以上の機能を有しないもの,すなわち,殊更に「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことが明らかである。

(4) 審決は,引用例1には,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」(引用発明)が開示されている(審決3頁第4段落),すなわち,引用例1(甲1)から「位相差板とミラーを有しない反射型偏光子を用いた液晶表示素子の発明」を含むものとして引用発明を認定したものであるが,引用例1に記載された発明において,反射型直線偏光素子とミラーとの間に配置された位相差板が必須のものであって,反射型偏光子単独では「他の一方の偏光を吸収する直線偏光子」に替えて「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことは,上記(3)のとおりである。また,引用例1には,「位相差板」を有しない直線偏光光源としては,従来技術として,光源と光源の背後に設けられたミラーと,一方の偏光のみを通過し,他の一方の偏光を吸収する直線偏光子を備えた直線偏光光源が記載されているのみであって,反射型直線偏光素子と光源の組み合わせからなる直線偏光光源は記載されていないことは,上記(3)のとおりである。



 以上のとおり,引用例1(甲1)には,「位相差板とミラーを有しない反射型直線偏光素子を備えた液晶表示素子の発明」が記載されていると認めることはできないのであるから,引用例1の液晶表示素子から,必須の構成である反射型直線偏光素子とミラーとの間に配置された位相差板を除外し,反射型偏光子のみを単独で取り出し,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」の発明(審決のいう引用発明)が開示されているとした審決の認定は,誤りであるというほかない。


 そして,審決は,本願発明と引用発明との相違点1の判断において,「引用例2には,光源と隣接する端を有し,前記光源からの光が,導光器の端に入り,前記導光器の出口表面を通って前記導光器を出る導光器が示唆されていると言える。そして,引用発明及び引用例2に記載された発明は,いずれも表示装置という同一技術分野に属している。したがって,引用発明に引用例2に記載された発明の導光器を適用して相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得た事項である」(審決5頁第1段落〜第2段落)とのみ判断し,引用例1の液晶表示素子の「位相差板,光源,ミラー」に替えて引用例2(甲2)記載の「導光器」とすること,すなわち,引用例1の液晶表示素子を「位相差板,ミラー」を有しないものとすることについての想到容易性を何ら検討をすることなく,本願発明の進歩性について判断したことは明らかであり,審決の判断はこの点の検討を看過した誤りがあるというほかない。


(5) 被告は,引用例1(甲1)の記載から,液晶表示素子,光源,表示モジュール,反射型直線偏光素子等を容易に認識でき,他の事項との結び付きを離れて採用できない特段の事情があるわけでもないので,引用例1から「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子」(審決のいう引用発明)が把握されることは明らかであると主張する。

 確かに被告のいうように,引用例1には,液晶表示素子,光源,表示モジュール,反射型直線偏光素子の各構成要素が記載されていると認められる。


 しかし,引用例1の液晶表示素子においては,反射型偏光子とミラーとの間に位相差板を配置することが,必須の構成であり,位相差板とミラーを有しない反射型偏光子単独では,「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことは,上記(3)のとおりである。


したがって,引用例1に審決のいう引用発明を構成する各構成要素が記載されていても,反射型偏光子を含む液晶表示素子の発明を,ひとまとまりの構成ないし技術的思想として把握することはできないから,被告の上記主張は採用することができない。


 また,被告は,引用例1(甲1)において,偏光状態がランダムな自然光である光源から反射型直線偏光素子に達する光は,位相差板の有無に関わらず偏光状態がランダムな自然光であるから,位相差板の有無は,反射偏光子を通過,反射する光の偏光状態を問題とする本願発明との対比においては引用発明の認定に影響を及ぼさないと主張する。


 確かに被告のいうように,位相差板の有無は,ランダムな光源からの光が反射型直線偏光子において通過する一方の偏光成分と反射する他の一方の偏光成分に分けられるという作用に関する限り影響はない。


 しかし,引用例1の液晶表示素子は,従来捨てていた一方の偏光成分を有効利用するために,反射型直線偏光素子を用いるとともに位相差板を備えることとしたものであって,位相差板がなければ,反射した他の一方の偏光成分を一方の偏光成分へと変換することができないから,引用例1の液晶表示素子において,位相差板を有しない構成とすると,「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことが明らかである。引用例1には,従来技術として,位相差板を用いない場合には,一方の偏光成分を透過し,他の一方の偏光成分を吸収する偏光子を用いるもののみが記載されていることからすれば,位相差板を有しない場合,すなわち,偏光子を通過しない偏光成分の有効利用を目的としない場合において,反射型偏光素子を用いることは想定されていないというべきである。


 したがって,被告の上記主張は採用することができない。


(6) 以上のとおり,審決の引用発明の認定は誤りというほかなく,この結果,審決は,引用例1の液晶表示素子の「位相差板,光源,ミラー」に替えて引用例2(甲2)記載の「導光器」とすること,すなわち,引用例1の液晶表示素子を「位相差板,ミラー」を有しないものとすることの想到容易性の検討を看過したものであるから,上記認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。


 したがって,原告の取消事由1の主張は理由がある。


3 取消事由3(進歩性についての判断の誤り)について
 本件事案にかんがみ,進んで取消事由3について判断する。

 審決は,相違点1について,「引用例2には,光源と隣接する端を有し,前記光源からの光が,導光器の端に入り,前記導光器の出口表面を通って前記導光器を出る導光器が示唆されていると言える。そして,引用発明及び引用例2に記載された発明は,いずれも表示装置という同一技術分野に属している。したがって,引用発明に引用例2に記載された発明の導光器を適用して相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得た事項である」(審決5頁第1段落)と判断したが,上記判断においては,引用例1の液晶表示素子の「位相差板,光源,ミラー」に替えて引用例2(甲2)記載の「導光器」とすること,すなわち,引用例1の液晶表示素子を「位相差板,ミラー」を有しないものとすることの想到容易性について検討していないことは,上記2(4)のとおりである。


 そうすると,審決は上記の点の検討を欠いたまま本願発明の進歩性を否定したものであり,この判断には上記の点に関する想到容易性の検討を看過した誤りがあるというほかなく,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。


 したがって,原告の取消事由3の主張は理由がある。

4 結論

 以上のとおり,審決には,引用発明の認定の誤り(取消事由1)及び引用発明の認定の誤りを看過したことに基づく進歩性についての判断の誤り(取消事由3)があり,これらについては,請求人(原告)に十分な意見陳述の機会を与えた上,特許庁において改めて審理を尽くすのが相当と認められるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求を認容することとして,主文のとおり判決する。』

 と判示されました。


 本件は、引用発明の目的を達成するために必須の構成要素(本件では、反射型偏光子とミラーとの間に位相差板を配置すること)を除外して引用発明の存在を認識することは不可であることを明示したものであり、 発明の目的(効果)と構成との一体不可分性の点からも妥当な判決で、進歩性を判断する際の引用発明の認定に関する判断基準を示す重要案件の1つになるのでは思います。


 詳細は、上記判決文を参照して下さい。


 なお、本事件の裁判長は、知財高裁第2部の中野哲弘裁判長裁判官です。



追伸;<気になったニュース>

●『テックウィン、アドバンテストとの特許訴訟で勝訴』
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?NEws_id=032007020204500
●『特許訴訟:TechWing、日本のアドバンテストに勝訴』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/04/20070204000019.html
●『ソニーエリクソンの挑戦(24)〜エリクソンの視点、クルト・ヘルストローム前CEOに聞く』
http://blogs.itmedia.co.jp/london/2007/02/24ceo_585b.html
●『著作権報告96%が盗用、ルールも逸脱…明大前助教授』
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070205i401.htm

●『第89回「客観的な特許の評価方法を開発したIPB」』
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/baba.cfm?i=20070131c8000c8&p=1
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/baba.cfm?i=20070131c8000c8&p=2
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/baba.cfm?i=20070131c8000c8&p=3
・・・特許1件当たりのストックスコアを見ると、トップ3がLG電子(韓国)、IBM(米国)、サムスン電子(韓国)であり、その後日本メーカーのセイコーエプソン4位、ルネサス5位、村田機械6位と来るのが興味深いと思います。


 ※関連記事『日本の「質の高い特許」でLG電子が1位 日経新聞
  http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2007011769818