●『昭和58(ワ)1689 特許権 民事訴訟 物体搬送装置 東京地裁』

 今日は、少し古い判決ですが『昭和58(ワ)1689  特許権 民事訴訟 物体搬送装置 東京地裁』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/3364BD13BB6803BC49256A76002F897D.pdf)について取り上げます。


 なぜ、この判決を取り上げたかというと、1/16に取り上げた『平成18(ネ)10056 損害賠償等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 電話の通話制御システム,電話の通話制御方法』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061221104515.pdf)の判決の中にA態様とB態様とが言葉が出てきており、判示内容は異なりますが、ふと昔に勉強をした判決にもA態様とB態様という言葉が出てきた事件があったなと思い、本判決を思い出したからです。
 

 本件特許の第1発明は、

『イ 少なくとも一個の下側無端コンベヤベルトと、前記下側ベルトの上方に位置する少なくとも一個の上側無端コンベヤベルトとを含んだ搬送装置を動かすのに先立つて、該物体に接近して位置せしめる過程

ロ 前記下側ベルトが前記物体の位置する表面に沿つて回転前進し、前記上側ベルトか該下側ベルトと反対の方向に回転して、前記搬送装置を該物体に向つて動かす過程

ハ 前記物体が前記上側ベルトの先導縁に接し、前記下側ベルトが前記表面に沿つて前進する時に該先導縁の上方に位置する方向の回転運動が物体を該上側ベルトの上に運び上げることにより該物体を該上側ベルトに運び上げ積込む過程

ニ 前記下側ベルトの回転運動を維持して前記物体を所望位置に動かす間、該物体を上側ベルト上に停止保持するために、該上側ベルトのそれ以上の回転運動を防ぐ過程

ホ 所望位置に到着した時に前記上側ベルトの先導縁を下方に位置する方向に回転させることにより、前記搬送装置から前記物体を卸す過程

ヘ 右イないしホの過程を含んだ物体を動かす方法』

であります。



また、本件特許の第2発明は、

a 下側無端ベルト、該下側ベルトの上方に位置した上側無端ベルトとを有する少なくとも二個の無端コンベヤベルトを含んでいること

b 前記各ベルトは、前記下側無端ベルトの内面に接する下側支持装置及び前記上側無端ベルトの内面に接する上側支持装置を含んでいること

c 各ベルトはそれぞれの支持装置の周りを容易に回転できるように支持されていること

d 該下側ベルトは移動すべき物体が載る表面に沿つて回転運動が可能で、該上側ベルトは該下側ベルトとは反対の方向に回転できること

e 該上側ベルトは、該下側ベルトが前記表面に沿つて進む時に前記物体を該上側ベルト上に運び上げるように、搬送装置が前記物体に接触した時に上方向に回転する先導縁を具えていること

f 前記表面に沿う下側ベルトの連続回転運動中に前記物体を所望位置に運ぶ間、
これを上側ベルト上に停止保持するために、下側ベルトに対する該上側ベルトの回転運動を阻止する装置を含んでいること

g 物体搬送装置であること』

でありました。



 一方、本件明細書には、五つの実施例が記載されており、そのいずれも、ベルト自体が直接駆ベルト自体が直接駆動され、支持装置の移動とは無関係に支持装置の周りを回転し得る態様、すなわちベルトが搬送装置に対して回転するA態様のもののみ開示されていました。



 そして、本事件では、本件特許発明の技術的範囲に、ベルト自体が直接駆動されることなく、ベルトの支持装置の移動によりこれに従動してベルトが支持装置に対して相対的に移動するイ号のB態様が含むか否かが争われ、含まれると判断され、差止め請求等が認められました。



 つまり、東京地裁は、

『・・・
五 被告において、本件発明の発明者及び出願人は本件発明の技術的範囲からB態様のものが除外されると認識していたから、本件発明にいう「回転」とはA態様のもののみを意味し、B態様のものは除外して解すべきである旨主張するので、この点について検討する。


 ところで、特許を受けようとして出願する者は、その発明について可能な限り最大限の保護を求めていると考えるのが自然かつ合理的であるから、出願人が意識してその発明の技術的範囲を限定しているというためには、明細書その他出願書類に限定している旨が明らかにされていることを要するというべきである。


 しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の項において、特許請求の範囲に記載された「回転」の意義を限定するような記載を見い出すことはできない。


 被告は、本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載された五つの実施例がいずれもA態様のものであってB態様のものでないことを意識的に除外したことの根拠の一つにするが、一般に実施例は発明思想を実際上どのように具体化するかを示すための例示的な説明にすぎないものであるから、実施例にB態様のものがないからといてって、B態様のものを意識的に除外しているといえないことはいうまでもないところである。


 かえつて、本件明細書の発明の詳細な説明の項に「特定の実施例を参照して物体を動かす方法及び装置について記載したが、搬送装置を変更し得ることが当業者に明らかであろう。当業者に明らかなこのような変更は凡て本発明の範囲に属すると考える。」(別添特許公報第一八欄二〇行ないし同二四行)と記載していることからするならば、出願人においてA態様以外の作動態様のものも本件発明の技術的範囲に含まれると考えていることが推認されるのであって、出願人が本件発明の技術的範囲をA態様のもののみに意識的に限定しているとは到底いえない。


 また、他に本件発明にいう「回転」の意義を限定する趣旨が記載された出願書類のあることを認めるに足りる証拠は見当たらない。


 なお、被告において、本件及び後願の発明者としては、本件発明においてA態様の構成のみを考え、後願発明においてB態様の構成を考え出した旨主張するので、後願明細書に記載された実施例におけるベルトの作動態様について付言しておきたい。


 思うに、後願明細書の実施例におけるベルトの作動態様は、被告が主張するようなB態様のものではないと考えられる。すなわち、成立に争いのない乙第一号証によれば、後願明細書の発明の詳細な説明の項に「下部エプロンは装置の基部に一部を固定された下部の無端ベルトの一部であり、両エプロンは各連結支持装置の同時運動によって同時に伸張および収縮される。


 しかし上部の無端ベルトの一部の上部エプロンは必要な時には上部エプロンの上面上で物体の転位ができるようにその支持装置に対して回転したりまたは回転しないようにすることができる。両エプロンの伸張および収縮運動は上部エプロンの上面上での物体の転位を効果的にするための運動とは別に制御されうる。」(第四欄四〇行ないし第五欄六行)、「無端ベルト34の一部の下部エプロンは支持装置自身の前進および後退運動によるほかはその支持装置40に対して別個に回転することはできない。これと対照的に無端ベルト32の一部の上部エプロンは三個のローラ104と106によって選択的に固定または回転できる。



 無端ベルト32は積込み、積卸し過程中は三個のローラでロツク即ち固定され、回収および位置決め過程中は駆動ローラ104によって回転される。無端ベルト32の回転は支持装置40が別個の駆動装置によって移動する速度と同じ速度で行なわれる。」(第一三欄一八行ないし二九行)等と記載されていることが認められるところ、これらの各記載から明らかなように、積込み後に支持装置を収縮させるとき及びこの収縮位置から伸長させるときには、無端ベルトは、支持装置による前進及び後退と同時に駆動ローラによる回転駆動を受け、支持装置に対して相対的に移動するだけでなく搬送装置に対しても移動しているのであるから、後願発明においてB態様の構成すなわちベルトの支持装置の移動により無端ベルトに支持装置に対する相対的移動を生ぜしめるだけで搬送送置に対してはベルトは回転しない構成を考え出したとはいえない。



 以上のとおり、本件明細書及びその他出願書類に、本件発明の技術的範囲をA態様のものに意識的に限定する旨が明らかにされていないのみならず、本件発明と後願発明との関係等に関する被告の主張も失当というべきであるから、本件発明にいうべルトの「回転」の意義を被告主張のように限定して解釈する理由はなく、本件発明にいうベルトの「回転」とは、ベルトがその支持装置の周囲を転位移動すること一般を指すものと解すべきである。


 被告製品におけるベルトの作動態様は、前記のとおり、請求原因5(一)及び同6(一)のとおりであり、これによると被告製品のベルトは支持装置の周囲を転位移動するから、本件発明にいう「回転」にあたるということができ、被告製品による患者の移動方法の工程ロ′は第一発明の構成要件ロを、被告製品の構造c′、d′は第二発明の構成要件c、dをそれぞれ充足すると認められる。


 したがって、被告製品による患者の移動方法は第一発明の技術的範囲に、また、被告製品は第二発明の技術的範囲にそれぞれ属するものというべきである。


六 被告製品の構造及び作動態様を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙目録の記載及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、第一発明の方法の実施にのみ使用される装置であると認められる。


七 以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。』


と判断されました。



 以上のように、この物体搬送装置事件では、明細書にはA態様のみしか開示していないのに、特許発明の技術的範囲にB態様を含むと判断されましたが、その一方、コインロッカー事件や磁気媒体事件、アイスクリーム充填苺事件等の機能的クレームの権利範囲の解釈のように、特許法第1条(公開の代償として特許付与)や、特許法36条第6項1号(「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」)等の点から特許権の効力範囲を明細書に記載された実施例に限定解釈する事件もあるので、注意しなければいけませんね。


 なお、本事件は、特許法概説の「意識的限定論と意識的除外論」の「適用の限界」のところに掲載されており、特許法概説では、本事件を引用して、

『ここで留意すべきことは、この基準はあくまでも出願人が意識的に除外したことが明らかであると認められる場合に限って適用すべきであって、除外したかどうか疑わしい場合にまで適用すべきでないことである。』

と記載されています。


 詳細は、上記判決文を参照して下さい。



 なお、今年から、新たに出された知財判決は、コメントするか否かにかかわらず、事件番号や事件名、リンクだけでも残しておこうと思います(なお、あまりに大変になったら止めようと思います)。


追伸;<新たに出された知財判決>

●「平成18(ワ)1769等 送信可能化権確認本訴請求事件 著作権 平成19年01月19日 東京地裁
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119161719.pdf
●『平成17(行ケ)10726 審決取消請求事件 特許権 「酸不安定化合物の内服用製剤」 平成19年01月18日 知財高裁』
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119155244.pdf
●『平成17(行ケ)10725 審決取消請求事件 特許権 「胃酸分泌抑制剤含有固形製剤」 平成19年01月18日 知財高裁』
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119155006.pdf
●『平成17(行ケ)10724 審決取消請求事件 特許権 「ピリジン誘導体及びそれを含有する潰瘍治療剤」平成19年01月18日 知財高裁』
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119154530.pdf
●『平成17(行ケ)10325 審決取消請求事件 特許権 「トンネル断面のマーキング方法」 平成19年01月18日 知財高裁』
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119134521.pdf
●『平成18(ワ)10367 著作権侵害差止等請求事件 著作権 平成19年01月18日 東京地裁
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119102041.pdf
●『平成18(ワ)18196 補償金請求事件 特許権 「塩素含有樹脂の安定化法」 平成19年01月17日 東京地裁
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070118094906.pdf
●『平成18(行ケ)10077 審決取消請求事件 特許権 「有機エレクトロルミネッセント素子」 平成19年01月16日 知財高裁』
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070118093735.pdf
●『平成18(ワ)1538 特許権侵害差止等請求事件 特許権 「電子機器ユニット,電子機器及および結線構造」 平成19年01月16日 大阪地裁』
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070117140732.pdf



追伸;<気になったニュース>
●『中国独自のデジタル・オーディオ産業基準が公布』
http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200701210161.html
・・・携帯電話のTD−SCDMAやDVDのEDV等につづきデジタルオーディオ分野でも中国独自の規格を推進するそうです。