●『平成18(ワ)8811 特許権侵害差止等請求事件 スパッタ装置』

  昨年末の12/26に、東京地裁より、特許権侵害訴訟事件において、被告による特許法第104条の3の特許無効の抗弁が認められ、請求が棄却された判決が2件出されています。


  『平成18(ワ)8811 特許権侵害差止等請求事件 東京地裁 スパッタ装置 平成18年12月26日』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070110135402.pdf)と、
  『平成17(ワ)12817 損害賠償等請求事件 東京地裁 エレベータ装置 平成18年12月26日』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070110134800.pdf)の2件です。


 双方の事件とも、裁判長は、東京地方裁判所民事第46部の設樂隆一裁判長です。


 今日は、そのうち前者の平成18(ワ)8811 特許権侵害差止等請求事件 東京地裁 スパッタ装置 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070110135402.pdf)について取り上げます。


 本件は、米国における米国第2出願(米国第1出願の一部継続出願)に基づく優先権主張して出願された日本特許のパリ優先の優先期間を満足するか否かが争点となり、東京地裁は、日本特許の発明が米国第1出願に開示されており、米国第2出願に基づく優先権が認められず、日本特許の優先日が日本への現実の出願日と判断され、本件特許は特許法第29条1項3号の無効理由ありと判断され、特許法第104条の3により、差止め請求が棄却された事案です。


 つまり、東京地裁は、 争点3−1(本件特許における優先権主張が無効であることから,本件特許が特許法29条1項3号に違反しているか)について


『 (1) 本件特許は,パリ条約に基づく優先権主張により,米国第2出願(米国第1出願の一部継続出願)の出願日である平成元年(1989年)7月18日を優先日として,平成2年7月18日に日本において出願された


 パリ条約は,特許について優先期間を12箇月と定めた上で(パリ条約4条C(1)) ,出願人の恣意による優先期間の延長を防止するため「優先期間は,最初の出願の日から開始する」と規定している(同条C(2))。


 したがって,本件特許発明(本件特許の請求項1に係る発明)が,米国第2出願よりも先の日である昭和63年(1988年)2月8日に出願された米国第1出願に係る米国第1出願書類に記載されているとすれば(パリ条約4条H参照。)本件特許発明の最初の出願は米国第1出願となるのであるから本件特許発明について米国第2出願に基づく優先権主張は無効となり,本件特許発明の出願日は実際の日本出願の日である平成2年7月18日となる。


 そこで,次に,本件特許発明が,米国第1出願書類に記載されている発明か否かを検討する。

(2) 本件明細書には次の記載がある(甲2の2)。
・・・
(3) 証拠(乙3の1(抄訳は乙3の2 )によれば,米国第1出願書類には次の記載がある(下線部と番号は当裁判所が付したものである。)。
・・・
(4) 本件特許発明の構成要件と米国第1出願書類に記載された事項とを対比すると,以下のとおりである。
・・・
(5) 以上のとおり,本件特許発明は,そのすべての構成要件が米国第1出願書類に記載されているものと認められる。

  したがって本件特許発明において優先権主張の基礎とされるべきものは米国第1出願であり,優先権主張の基礎とされた米国第2出願は,パリ条約4条C(2)の「最初の出願」に該当しない。したがって,本件特許発明についてパリ条約の優先権の効果は得られず,本件特許発明の出願日は,実際の日本出願の日となるものである。本件特許の日本出願の日は,米国第1出願の出願日から既に2年以上経過した後になされているのであるから,米国第1出願書類に記載された発明が,その継続出願である米国第2出願書類にも記載されているとしても,この発明について米国第2出願日を優先権主張日とすることができると解することは,特許について優先期間を12箇月と定めたパリ条約4条C(1)の規定に反する結果となることは明らかである。


 なお,米国第1出願書類に記載されておらず,米国第2出願書類にのみ記載されている発明があるとすれば,原告は,当該発明については,米国第2出願に基づく優先権主張をすることができるものの本件特許発明については上記のとおりそのすべての構成要件が米国第1出願書類に記載されているのであるから,本件特許発明については,米国第2出願に基づく優先権を主張することができないのである。


(6) 原告は,米国第1出願においては,DCマグネトロンスパッタリング装置を含む装置及びその使用方法が記載されているにすぎないのに対し,本件特許発明においては,実施例のDCマグネトロンスパッタリング装置を使用する場合に限ることなく「光学性質を有する薄いフィルム」の形成方法に技術的範囲を拡大するとともに,DCマグネトロンスパッタリング装置を使用する場合についても,本件明細書添付の第15B図,第16図ないし第25図に記載された実施態様「望ましい不均一」な制御,マスキングを用いることなく斜めの入射角からの付着に伴う問題を克服する手法にまで技術的範囲を拡大しているのであって,したがって,米国第1出願は「最初の出願」に該当しないと主張する。


 しかし,上記主張から明らかなとおり,原告は,昭和63年2月8日に出願された米国第1出願書類において,DCマグネトロンスパッタリング装置を用いた本件特許発明の構成がすべて記載されていることを自認している。


 したがって,本件特許発明のうち,少なくともDCマグネトロンスパッタリング装置を用いた構成については,平成2年7月18日の本件特許出願時において既に米国第1出願日(1988年(昭和63年)2月8日)から2年5月以上経過しており,パリ条約上の優先権を主張し得る期間を徒過していたのであるから,本件特許発明の上記構成について優先権主張が認められないことは明らかである。


 仮に,原告主張のとおり本件特許発明の技術的範囲がDCマグネトロンスパッタリング装置を用いた構成(米国第1出願書類に記載された構成)よりも広いものであるとしても,少なくともDCマグネトロンスパッタリング装置に関する構成を含む本件特許発明について優先権主張を認めることができないことは明らかである。


(7) 本件特許の出願日前である平成2年1月9日に公開された特開平2−4967号公報(刊行物1・乙4)には,次のとおり記載されている(下線部と番号は当裁判所が付したものである。なお,刊行物1に係る出願は,米。)国第1出願を基礎とする優先権主張をしているのであって,米国第1出願書類に記載された内容と実質的に同一である。

・・・

オ 以上のとおり,本件特許発明は,本件特許の出願日前に公開された刊行物1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に規定する新規性要件を満たさないものである。


(9) したがって,本件特許発明は,引用発明1と同一であるから新規性に欠けるものであり,本件特許は,特許法123条1項2号の規定により無効にされるべきものであるから,専用実施権者である原告は,その権利を行使することができないというべきである(特許法104条の3第1項。)


2 結論
 よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。』

と判示されました。


 特許法第104条の3の特許無効の抗弁制度が設けられて以降、侵害訴訟において、被告は、技術的範囲に属するか否かを争う権利解釈論に加え、特許無効の抗弁により反論するのがスタンダードになっているようであり、特許権等の侵害訴訟において権利者側が勝訴するのは、本当に難しいようです。


追伸;<気になったニュース>
●『東京理科大発VB、モノクローナル抗体販売で欧米に拠点設置へ(日刊工業新聞)』
http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=659
●『面ファスナーはスイスメイド』
http://www.swissinfo.org/jpn/front/detail.html?siteSect=105&sid=7412995&cKey=1168441518000
●『米IBM、中小企業の特許についてのオンライン・フォーラム「Inventors' Forum」を発表』
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=150061&lindID=1

●『2006年米国特許取得件数、トップは14年連続で IBM
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070112-00000004-inet-inet
・・・この記事によれば、

 『過去2年で米国における取得特許の数は15%減少した。しかし2006年、ふたたび特許が大量に承認され、その総数は17万3772件の記録に達した。その背景には、米国特許商標庁 (USPTO) が出願特許の審査に精力的に取り組み、ファイル キャビネットにあった留保案件の処理に努めたこと、および審査請求そのものが増加した、という2つの理由がある。』

 とのこと。審査請求そのものが増加?


 また、

『特許取得件数の上位10社には、さきに述べた5社のほか、 Intel ( NASDAQ:INTC )、 ソニー ( NYSE:SNE )、 日立製作所 ( NYSE:HIT )、 東芝 、 MicronTechnology ( NYSE:MU ) が入った。』

とのこと。


●『雇用数百人が霧消 特許の国際訴訟が誤算』
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000214013.shtml
●『商標訴訟:韓国最高裁が示した「パクっていない理由」とは 』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/01/13/20070113000021.html


●『平成18年度地域団体商標制度及び小売等役務商標制度説明会テキスト 』
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/ibento/text/h18_tiikidantai.htm
●『弁理士試験に関するQ&A』
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/benrishi/benrishi2/benrisi_siken_faq.htm


 ※知財ネタとは関係ありませんが、

●『不二家、消費期限切れ牛乳使用のシュークリーム出荷 (ロイター)』
http://news.www.infoseek.co.jp/reuters/business/story/11reutersJAPAN242311/
●『不二家 Xマス商戦前の公表遅らせる 期限切れ問題発覚も』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070112-00000002-maip-bus_all
●『不二家の期限切れ牛乳使用問題、社内調査の警告放置』
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070111it15.htm