●平成18(ワ)6108 特許権侵害差止請求事件「電話送受信ユニット及び

 今日は、『平成18(ワ)6108 特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟「電話送受信ユニット及び移動体通信端末」平成18年12月05日 東京地方裁判所 HDT vs ウイルコム』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061207130403.pdf)について取り上げます。


 本件は、以前取り上げた『ウィルコムW-SIM裁判に勝訴』(http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0612/05/news033.html)の記事や、『W-SIM特許侵害訴訟、東京地裁ウィルコム主張を支持』http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/32262.html)等の記事に記載されているように、原告の特許に無効理由があると判断して、原告の請求が棄却された事件です。


 ここで、原告の特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりです。


「アンテナにより受信される受信信号をスピーカから出力する音声信号に変換する機能と,
 マイクに入力される音声信号を前記アンテナから出力する送信信号に変換する機能と,
 操作部からの操作信号に基づいて所定の処理を行う機能と,
 表示部に表示する表示信号を生成する機能とを有する電子回路と,
 前記電子回路を含み,移動体通信端末に設けられたスロットに全体が収納されるような形状に形成されたカートリッジと,
 前記カートリッジに設けられ,前記移動体通信端末との間で信号を入出力する入出力部とを有することを特徴とする電話送受信ユニット」



 そして、東京地裁は、本件特許発明の進歩性について

『(a) 引用発明1と引用発明4との組合せの容易想到性について

 刊行物4の前記記載及びその図13,図14からすれば,引用発明4は,パーソナルコンピュータや携帯通信装置などの複数の機器と組み合わせて使用できるモジュラーユニットを提供する点で,引用発明1とその構成を共通にするものであるそして刊行物4には前記のとおりスロット開口部にフラップを有するパーソナルコンピュータの当該スロットにモジュラーユニットを装着して,フラップによりモジュラーユニットを封鎖する態様,すなわち,モジュラーユニットをスロットに完全に収納させる態様が開示されている。


 一方,引用発明1も,携帯電話機を基本部と周辺部に分離し,基本部をパーソナル・コンピュータなどの他の電子機器と共に用いることにより,本来の携帯電話器として使用できると共に,他の電子機器と組み合わせて使用可能な携帯電話器ユニットを提供するものである。


 したがって,このような引用発明1においても,使用時の利便性,軽快な操作性が,一般的な課題となるものであるから,当業者が,基本部の全体が収納されない構成の引用発明1をみたときに,その使用時の利便性,軽快な操作性を改善するために,引用発明4の上記構成を採用し,基本部(モジュラーユニット)をパーソナルコンピュータ等のスロットに,その全体が収納されるものに想到することは,容易であるというべきである。


(b)引用発明1と引用発明3との組合せの容易想到性について

 刊行物3には,上記のとおり,電子情報処理機器に対して装着される携帯無線電話装置において,その匣体の外形寸法を,該電子情報処理機器に設けられたカード挿入部に全体的に収容される外形寸法とすることが記載されており,匣体が,匣体から突出するアンテナのほかは,カード挿入部に完全に収容される態様の引用発明3が開示されている。


 そして,引用発明3は,上記のとおり「その匣体が電子情報処理機器に設けられたカード挿入部に全体的に収容される状態におかれるので,電子情報処理機器を含んで構成される装置全体を,外観的に優れたものにできるとともに移動あるいは向きの変更等に際して取扱い易くかつ,使い勝手が良いものなすことができる(乙4【0040】)もの」である。


 一方,引用発明1においても,使用時の利便性,軽快な操作性が,一般的な課題となるものであることは上記のとおりであることからすれば,当業者が,基本部の全体が収納されない構成の引用発明1をみたときに,その使用時の利便性,軽快な操作性を得るために,引用発明3の上記構成(匣体とカード挿入部の外形寸法を一致させるとの構成)を採用し,基本部をパーソナルコンピュータ等のスロットに,その全体が収納されるものに想到することは容易であるというべきである。


 なお,刊行物3においては,その「匣体13の本体部10における端部10Bから突出するアンテナ導体17が,カード挿入部65からパーソナル・コンピュータ63の外部に突出する(乙4【0023】)」と記載されていること,及び,その図4からも,引用発明3においては,匣体をカード挿入部に挿入した後も,そのアンテナが外部に突出するものである。しかし,アンテナをパーソナルコンピュータや携帯電話機側に設置し,匣体をカード挿入時に完全に収納される形状にすることは,上記引用発明4にみられるものであり,当業者が適宜設計し得る事項というべきである。


 (c)  原告は,構成要件Bは「カートリッジが,移動体通信端末に設けられたスロットに挿入され,その挿入口がスロットの一部により閉められ,固定されるような形状に形成されたカートリッジ」という意味に解すべきであると主張する。


 しかし,構成要件Bは「移動体通信端末に設けられたスロットに全体が収納されるような形状に形成されたカートリッジ」と規定しているだけであるから,全体が収納されていれば足り,その挿入口がスロットの一部により閉められるとの構成であると解することはできない。原告の主張は採用し得ない。


 (d)  原告は,引用発明1と引用発明3あるいは引用発明4は,いずれも本件特許発明と発明の課題が異なり,各引用発明を組み合わせる動機付けがないなどと主張する。


 しかし,本件特許発明の課題(目的)は「複数の回線を契約することなしに,時,場所,場合に応じた快適な移動体通信を実現する電話送受信ユニット及び移動体通信端末を提供することである(甲2【0006】) 。


 これに対し,引用発明1と引用発明3及び引用発明4のいずれも,前記のとおり,無線通信機能を有する基本部,匣体ないしモジュラーユニットを,携帯電話やパーソナル・コンピュータなどの複数の電子機器と共に用いることを可能とする構成により,携帯電話器として使用できると共に,パーソナル・コンピュータなど他の電子機器と組み合わせても使用可能にするものであり,その構成から,本件特許発明の上記課題のいずれも達成することは可能なものである。


 したがって,本件特許発明と各引用発明とが異質のものであるとの原告の主張は採用し得ない。


 そして,引用発明1の基本部を他の電子機器のスロットに収納する態様についてその使用時の利便性軽快な操作性を改善するために引用発明1の相違点に係る上記構成に代えて,引用発明3ないし引用発明4の上記構成を採用し,本件特許発明と同じ構成に想到することは当業者にとって容易であることは前記のとおりである。


 このように,引用発明1,引用発明3及び引用発明4は,いずれも近接した構成の技術であり,また,引用発明1に引用発明3あるいは引用発明4の構成を組み合わせる動機付けも十分にあることは前記のとおりである。


 (e) 原告は,本件特許発明には,二つの主要な作用効果,すなわち,第1に複数の回線を契約することなく一つの回線を契約するだけで時場所,場合に応じた快適な移動体通信を提供することができるという作用効果があり,第2に,電話送受信ユニット内に形成される電子回路を移動体通信端末側に形成する必要がないので,移動体通信端末のコストダウンに寄与することができるという顕著な効果があり,この効果は引用発明1,引用発明3ないしは引用発明4からは予測し得ない旨主張する。


 しかし,原告が主張する作用効果は,本件特許発明の構成から通常予測し得る範囲内の作用効果であり,いずれもその構成から予測し得ない異質なあるいは顕著に優れた作用効果であるということはできない。そして,本件特許発明の構成が,引用発明1及び引用発明3ないしは引用発明4から容易に想到し得るものであることは前記のとおりである以上,原告の主張は本件特許発明の進歩性を基礎付けるものということはできない。


 エ 以上によれば,本件特許発明は,(i)引用発明1と引用発明4とを組み合わせることによって,あるいは,(ii)引用発明1と引用発明3とを組み合わせることによって,容易に想到することができるものであるから,特許法29条2項違反の無効理由があるものと認められる。


(4 ) 小括

 以上のとおり本件特許権には特許法29条2項違反の無効理由が存在し無効審判により無効にされるべきものと認められるのであるから,特許権者である原告は,その権利を行使することができないというべきである(特許法104条の3第1項。)


2 結論

 よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。』

と判示しました。


 上記判決文より、本件特許の審査経過を見ると、拒絶理由に対し特許請求の範囲を「移動体通信端末に設けられたスロットに全体が収納されるような形状に形成されたカートリッジ」と補正し,移動体通信端末のスロットに電話送受信ユニット全体が装着されるので,移動体通信端末自身が有しているデザインへの影響を最小限に止めることができる等と主張して特許になったようですが、この点で進歩性をありと判断され特許になったとすると、良く特許になったなという感もするので、上記東京地裁の判断は妥当であると思います。



追伸:<参考になったその他の記事>
●『改正著作権法衆院で可決--IP放送にも放送事業者としての特権付与へ』
http://www.japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20338004,00.htm
●『知財バブルについて』
http://www.jipa.or.jp/content/coffeebreak/yakuin/yaku061204.html