●平成18(行ケ)10073 審決取消請求事件 特許権 インクカートリッ

 今日は、『平成18(行ケ)10073 審決取消請求事件 特許権 インクカートリッジ』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061130151330.pdf)について取り上げます。

 本件は、刊行物1,2記載の発明及び周知技術に基づいて進歩性なしの拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、知財高裁は、その請求を棄却しました。

 なお、本願発明の要旨は、以下の通りであり、『弾接』の用語の意義が問題になりました。


【請求項1】インクジェット記録ヘッドを備えたキャリッジに着脱可能で,前記記録ヘッドに連通するインク供給針が挿抜されるインク供給口と,前記インク供給口に連通するインク収容領域を備えたインクカートリッジにおいて,
 中心にインク流通用の通孔を有し,前記インク収容領域と前記インク供給口との間に配置された弾性変形可能な弾性体と,前記弾性体の前記通孔に対向して配置された封止部材とを備え,前記記録ヘッドでのインクの消費に対応して前記弾性体が弾性変形して前記通孔を開放する一方,インクの消費が行われない場合には前記弾性体が前記封止部材に弾接されて前記通孔を封止して前記インクの流通を阻止するインクカートリッジ。』


 知財高裁は、

『(1) まず,本願発明の「弾接」の意義について,検討する。

 ア 本願発明の請求項1は,前記のとおり「・・・中心にインク流通用の通孔を有し,前記インク収容領域と前記インク供給口との間に配置された弾性変形可能な弾性体と,前記弾性体の前記通孔に対向して配置された封止部材とを備え,前記記録ヘッドでのインクの消費に対応して前記弾性体が弾性変形して前記通孔を開放する一方,インクの消費が行われない場合には前記弾性体が前記封止部材に弾接されて前記通孔を封止して前記インクの流通を阻止するインクカートリッジ」というものであり,インクの消費が行われない場合に,弾性変形可能な弾性体と封止部材とが「弾接」して,インク流通用の通孔を封止するとされている。

 イ 「弾接」の意義については,特許請求の範囲の記載からは明らかではなく,本願明細書にもその明確な定義は記載されていないが,同明細書には,以下の記載が存在する。

  ・・・

(2) 次に,刊行物1について,検討する。
 ア 刊行物1(甲1)には,以下の記載がある。

  ・・・


 イ 以上の記載によれば,刊行物1発明の弁15は,弾力性のかさ形隔壁15aから構成されるところ,同隔壁15aの周辺端は,弁体1の表面9に密着することにより,予め表面9に負荷し,それにより,弁の開口圧力はインクだめ3内のインク最大深さから生じる静水圧より大きくなって,空洞10に隙ができるのを防ぐ制御弁として機能するものと認められるこのことによれば弁15のかさ形隔壁15aも,表面9に単に当接しているのではなく,自身の弾性によりこれに密着している,つまり「弾接」していると認められる。

 ウ そうすると,本願発明の弁と刊行物1発明の弁は,いずれも,自身の弾性により弁座(以下,本願発明の封止部材,刊行物1発明の弁体1,刊行物2発明の弁座404、406を一般名称で呼称する場合には審決と同様に弁座という。)に「弾接」することにより,インクの流れを制御するものであるということができるのであるから,両発明は「インクの消費が行われない場合には前記弾性体が前記弁座に弾接されて前記インクの流通を阻止する」点で一致するとの審決の認定に誤りはない。


 これに対し,原告は,本願発明の「弾接」が引張応力に立脚しているのに対し,刊行物1の「弾接」は押圧応力に立脚しているのであるから,両発明の弾性体は,いずれも「弾接」しているとはいっても,その基本的な技術内容は全く異なると主張する。

 しかしながら,そもそも,本願明細書には,本願発明の「弾接」が引張応力によるものである旨の記載はなく,刊行物1には,刊行物1発明の「弾接」が押圧応力によるものである旨の記載はないのであるから,原告の主張は明細書の記載に基づくものとはいい難い。


 また,仮に,両発明の「弾接」が原告の主張するようなものであるとしても,両発明の弾性体はいずれも自らの弾性で弁座に密着し,インクの流れを制御するものである点に変わりはないのであり,その弾接が引張応力によるものであるか,押圧応力によるものであるかにより,両発明の基本的な技術内容が異なるということはできない。


 (3)  審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点2に係る構成について,刊行物2発明の構成を組み合わせて適用し,相違点2に係る構成は容易に想到し得るとの結論に至っている。そこで,さらに刊行物2発明について,検討する。

 ア 刊行物2(甲2)には,以下の記載がある。

  ・・・

 イ そして刊行物2の第4図(a)にはインクの流れがないときに円板弁401の可動部405が弁座406に密着して円板弁401の穴が封止されインク流出口402を遮蔽している状態が,第4図(b)には,弁の下方から上方にインクを流すような圧力が弁に作用するときに弁401が押し上げられ,隙間408から円板弁401の穴を通ってインクが流出する様子がそれぞれ図示されている。


 ウ 刊行物2の上記記載及び図面によれば,刊行物2には,弾性体からなる円板弁401が弁座404に密着して円板弁401の穴が封止されインク流出口402を遮蔽してインクの流通を阻止する一方,インクの圧力により円板弁401の可動部405が弾性変形すると円板弁の穴が開放されるようにした弁構造が記載されているものと認められる。


 前記判示のとおり,本願発明は,中心にインク流通用の通孔を有する弾性体からなる弁が,インクが消費されないときには,自身の弾性により弁座と弾接して上記通孔を遮蔽してインクの流通を阻止する一方,インクが消費されるときは,弁が弾性変形してインクの通孔を開放するものであるから,本願発明の弁構造と刊行物2発明の弁構造は,その基本的な構造や作用が共通するものと認められる。

(4)  原告は,刊行物1発明に刊行物2発明を適用して,相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得なかったことであると主張する。

 ア その理由として,原告は,本願発明と刊行物1 発明の「弾接」が基本的な技術内容において異なるという前記判示に係る主張に加え,刊行物2発明は,インクを噴射(ジェット)する単位であるノズルに関する発明であり,本願発明及び刊行物1発明のようにインクカートリッジを対象とするものではないことを指摘する。

 確かに,審決が本願発明と刊行物1発明との相違点2として認定した構成は,インクカートリッジのインク室とインク供給室との間の弁構造に関するものであるのに対し,審決が適用した刊行物2発明の構成は,インクジェットヘッドに関する発明である。

 しかしながら,本願発明,刊行物1,2発明は,いずれもインクジェット記録装置の技術分野に関する発明であるとともに,インクの流れを制御するための流体制御手段を備えたものであるから,原告が指摘する発明の対象の相違は,刊行物1発明に刊行物2発明を適用することを困難にするものではない。


 イ また,原告は,刊行物2発明は,円板弁401が弁座404に「弾接」することが不要であることを基本原理としており,その基本的な技術思想において,刊行物1発明と相反すると主張する。

 しかしながら刊行物2発明において弾性体からなる円板弁401は弁座404に「密着」固定され,円板弁401の可動部405は,インクの流れのないときであっても弁座404と一体のものとして形成されている弁座406に密着しインク流出口402を遮蔽するとされている。


 確かに刊行物2には円板弁401が自らの弾性で弁座404に「弾接」しているとの記載はないが,液体の流路を開閉する弾性体が他の部材に密着しているというときには多少の弾性変形を伴って弁座に接していると理解するのが自然である。

 仮に,そのような弾性変形を伴わずに,円板弁401が弁座404に「当接」しているとしても,それは,インクの流路をふさぐために,弁と弁座とが密着する程度の差にすぎないのであって,刊行物1発明と刊行物2発明が,その弁構造において基本的な技術思想を異にしているいうことはできない。


 したがって刊行物2発明の円板弁401が弁座404に密着している状態を「弾接」とした審決の認定判断に誤りはなく,仮に「弾接」しているとまでいえないとしても,刊行物1発明と刊行物2発明とが基本的な技術思想を異にするとの原告の主張は採用できない。


 ウ 原告は刊行物1発明の弁構造に刊行物2発明の弁構造を適用したとしても「当接」状態が実現できるにとどまり,本願発明の目的効果を達成することができないと主張する。

 確かに,刊行物2の第4図(a)には,円板弁401がほぼ平坦な状態で示されており,図示される弁構造をそのまま刊行物1発明に適用したとすれば,弁と弁座が「弾接」しているといっても,その程度によっては,インク注入空洞に生じる負圧などによってたやすく弁が開きインクが流通することがあり得ないわけではない。


 しかし,刊行物1の「弾性的に負荷された弁部材は穴の空洞側端を封じている。
 弾性負荷により,弁を開口するための圧力はインク及びインクだめに働く加速力に起因する予期される静水圧の最大値より大きくなる。プリントヘッドが動作し,インクを噴射するとインク注入空洞・・・の圧力は下がる。弁での圧力差異が弁を開口する圧力を越えるとインクがインク注入空洞に供給される。」(2頁左下欄2行〜9行)との記載によれば,刊行物1記載のインクジェット・プリントヘッドにおいては,弁を開口するための圧力が,インク及びインクだめに働く加速力に起因する予期される静水圧の最大値より大きくなるように弾性的に負荷されており,プリントヘッドが動作し,インクを噴射するにつれてインク注入空洞の圧力は下がり,弁での圧力差異が弁を開口する圧力を越えるとインクがインク注入空洞に供給されるものと認められる。


 そして,刊行物1には「制御弁の1タイプだけをここに示す。しかしながら,閉じた位置に予め負荷した制御弁ならどんなタイプのものでも用いることができるということは評価できる。」(3頁左下欄9行〜12行)との記載があり,閉じた位置に予め負荷した制御弁ならどんなタイプのものでも使用可能であることが明示されている。他方,刊行物2発明の弁構造は,閉じた位置において,多少の弾性変形を伴って弁座に接していると理解すべきことは前記判示のとおりであるから,刊行物2発明の弁に予め負荷して弾性により弁座と密着する構成とすることは,当業者であれば容易になし得ることである。


 そうすると,刊行物1発明に刊行物2発明の弁構造を適用する際にも,弁を開口するための圧力が同様になるように,予め負荷し,円板弁を弁座に密着させることは,当業者であれば,設計上当然考慮するものというべきである。また,これにより,インク注入空洞に生じる負圧などによってたやすく弁が開かないようにできることは明らかであって,本願発明の奏する効果が,刊行物1,2発明及び周知技術から当業者が予測できる範囲を超える格別のものとみるべき根拠はない。

 したがって,刊行物1発明に刊行物2記載の弁構造を適用して,本願発明の相違点2に係る構成とすることは,当業者であれば,容易に想到し得たものというべきである。


2 結論
 よって,本願発明は,刊行物1,2発明及び周知技術に基づき,当業者が容易に想到し得たものであるとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する審決取消事由は理由がないので,その請求は棄却されるべきである。』


 と判示しました。


 当業者の技術レベルを参酌すると、妥当な判断であると思います。


 でも、今回の事件を妥当と判断すると、以前、特許庁の進歩性なしの判断を取消した『平成18(行ケ)10053 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年09月28日 知的財産高等裁判所』の「ティッシュペーパー収納箱」』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060928165705.pdf)事件も、特許庁の判断の方が正しいような気もしてきました。



追伸:<気になったニュース>
●『日本の特許、タイで優先審査・特許庁とタイ知的財産局 』
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061130AT3S3000P30112006.html
●『カブドットコム証券、「逆指値」の株自動売買で特許取得』
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20061130/255521/
●『【中国】【わかる中国知財法】特許権侵害の損害賠償の算定(1)』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061130-00000002-scn-cn
●『MPEGの中国会合とJPEGの韓国会合のプレリリース』
http://www.itscj.ipsj.or.jp/pr/sc29/29w02911_2006-10.pdf
http://www.itscj.ipsj.or.jp/pr/sc29/29w02901_2006-11.pdf
●『802.15.3c(無線PAN)の標準化動向(4)』
http://wbb.forum.impressrd.jp/report/20061129/341