●『平成18(行ケ)10204 審決取消請求事件 光ファイバケーブル』

 今日は、「平成18(行ケ)10204 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年10月18日 知的財産高等裁判所光ファイバケーブル」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061020134456.pdf)について取り上げます。


 本事件は、原告が審決取消訴訟を提起すると共に訂正審判を請求したところ特許法181条2項により審決を取り消す決定がされたことから,特許庁が再び審理をし、先の訂正審判と同じ内容の訂正請求とみなしたところ、当該訂正請求を認めず、無効とした審決の取消しを求めた事件で、原告の請求が棄却された事案です。


 本件では、訂正請求により、請求の範囲中の曲率半径をλ/1.41からλ/1.4に訂正していますので、請求の範囲の拡大になり、訂正が認められない等と判断されたのですが、それ以外に、明細書中の記載でそもそも技術的に間違った記載があり、技術的な意義が不明であり、誤記の訂正に該当しないという判断もされています。


 まず、本件訂正の内容として、

『ア 訂正事項a
「特許請求の範囲」の「請求項1」において,誤記の訂正を目的として,「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する。

イ 訂正事項b
「発明の詳細な説明」の段落【0009】において,明りょうでない記載の釈明を目的として,「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する。

ウ 訂正事項c
「発明の詳細な説明」の段落【0022】において,誤記の訂正を目的として,「曲率0.92」を「曲率0.9」に,「曲率半径は,0.92mと1.1m」を「曲率半径は,1.1mと0.9m」に,各訂正する。

・・・』

等がありました。


 そして、知財高裁は、取消事由1(訂正事項cの訂正を認めなかった誤り)について、

『(1) 旧特許法134条2項ただし書2号は,「誤記の訂正」を目的とする場合には明細書又は図面を訂正することを認めている。ここでいう「誤記」というためには,訂正前の記載が誤りで訂正後の記載が正しいことが,当該明細書及び図面の記載や当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識などから明らかで,当業者であればそのことに気付いて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないものと解される。

(2) そこで,訂正事項cが上記(1)のような観点から「誤記の訂正」ということができるかどうかについて判断する。

ア 本件特許の本件訂正前の明細書(本件特許公報。甲10)の「発明の詳細な説明」段落【0022】〜【0024】には,次のような記載がある。

・・・

イ 以上の本件特許明細書及び図面の記載からすると,本件訂正前の「発明の詳細な説明」の記載は,(i)1.55μm帯用のものについては,図5から,曲率が0.92以下である場合に接続損失が0.5dB以下になり,1.3μm帯用のものについては,図4から,曲率が1.1以下である場合に接続損失が0.5dB以下になることが判明した,(ii)1.55μm帯用のものについては,曲率半径が0.92m以下である場合に接続損失が0.5dB以下になるから,波長帯λ〔μm〕との間には,1.55/1.1≒1.41という式が成立する,(iii)1.3μm帯用のものについては,曲率半径が1.1m以下である場合に接続損失が0.5dB以下になるから,波長帯λ〔μm〕との間には,1.3/0.92≒1.41という式が成立する,というものであると認められる。

 この記載は,(a)曲率は,1で曲率半径を除したものであるから,曲率と曲率半径は同じではないにもかかわらず,上記(i)のとおり図4,5から求めた曲率を,上記(ii),(iii)のとおりそのまま曲率半径として用いていること,(b)上記(ii),(iii)のとおり,1.55μm帯用のものについては,曲率半径0.92m以下であることが必要であるといいながら,式においては,1.55を1.1で除しており,1.3μm帯用のものについては,曲率半径が1.1m以下であることが必要であるといいながら,式においては,1.3を0.92で除していることの各点において,理解不能であるというほかない。

 したがって,「特許請求の範囲」の「請求項1」における「λ/1.41よりも大きいこと」は,その技術的な意義が不明であるというほかない。

 もっとも,以上の記載をできるだけ合理的に理解すると,次のようにいうことができる。すなわち,上記(ii),(iii)の「曲率半径」は「曲率」の誤りであり,そうすると,曲率半径は,1.55μm帯用のものについては1/0.92≒1.087,1.3μm帯用のものについては1/1.1≒0.909となり,これらを各波長帯λ〔μm〕で除すると,1.55/1.087≒1.426≒1.43,1.3/0.909≒1.430≒1.43となる,ということができる。そして,このように理解した場合でも,「λ/1.43」という数値しか得られないから,「特許請求の範囲」の「請求項1」における「λ/1.41よりも大きいこと」は,やはり,その技術的な意義が不明であるというほかない。

・・・

カ 以上のとおり,訂正事項cの訂正は誤記の訂正に当たらないとして訂正を認めなかった審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。』

と判断されました。


 そういえば、曲率と曲率半径との曲解により特許後、訂正して訂正が認められ、その後、権利行使をし、被告からの訂正無効審判により訂正無効審決が確定した事件として、『別冊ジュリスト 特許判例百選 第三版(有斐閣)』に掲載されている『脇の下用汗吸収パッド事件』があります。


 明細書作成の際、技術用語を正確に使ったり、矛盾せずに説明することことは、基本的なことであり、明細書の記載の不備により特許発明の技術的意義が不明になれば、仮に特許になっても、無効になったり活用できない可能性が大きいですので、本当に注意が必要です。