●平成17(行ケ)10717 審決取消請求事件「有機発光素子用のカプセル

  今日は、特許庁の出した進歩性なしの拒絶審決が取り消された知財の判決である『平成17(行ケ)10717 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟有機発光素子用のカプセル封入材としてのシロキサンおよびシロキサン誘導体」平成18年10月11日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061012142539.pdf)について取り上げます。


 本件では、同一技術分野に属する引用発明であっても、引用発明同士が発明の目的が異なり、さらには発明の目的の点等から引用発明同士の組み合わせを阻却するような証拠もあっため、組み合わせるための論理付けがないと判断され、進歩性ありと判断された事案です。


 つまり、知財高裁は、

『(1) 被告は,発光部分(引用発明1bの有機EL素子,引用発明3の積層構造体)と被覆層(引用発明1bのオーバーコート層,引用発明3のシロキサン)との関係を見ると,引用発明1bも引用発明3も発光部分が被覆層に覆われているものであり,また,引用発明1bと引用発明3とは,有機発光素子という同一技術分野に属しているので,引用発明1bのオーバーコート層を引用発明3のシロキサンに置き換えて相違点に係る構成とすることに格別の困難性はないと主張する。


 そして引用発明1bの発光部分が被覆層に覆われているといえることは,上記1の(1)のとおりであり,刊行物1,3の各記載によれば,引用発明3においても発光部分が被覆層に覆われているといえること,引用発明1b及び引用発明3が有機発光素子という同一技術分野に属していることも,被告主張のとおりである。


 しかしながら,刊行物1の・・・との記載によれば,引用発明1aのオーバーコート層は,光散乱部の凹凸面上に直接有機発光素子を形成した場合における,光散乱部の凹凸の影響による発光面の多数のダークスポットの発生やショートパスによる断線などを避けるため,光散乱部の凹凸面を実質的に平坦化する目的で形成するものであることが認められる。


 他方,刊行物3の・・・との各記載によれば,引用発明3のシロキサンは,有機発光素子の外表面にシールド層を形成する際の影響から有機発光素子を保護すること等を目的とする保護膜として設けられるものであり、保護層形成過程での発光層や対向電極の特性劣化をできるだけ抑止するためにCVD法により真空環境下で形成されることが特に好ましいことが認められる。


 また,特開平1−307247号公報(乙第1号証)には,一般にCVD法(プラズマCVD法)によって成膜された酸化膜は極めて薄く,平坦化目的には適さないことが記載されている(1頁右欄6〜15行)。


 そして,刊行物1の上記記載によれば,引用発明1bのオーバーコート層は,光散乱部の凹凸面を実質的に平坦化し得るものでなければならないが,引用発明3のシロキサンが,その形成方法や膜厚を含めて平坦化に適した特質を有することを認めるに足りる証拠はなく,却って,上記刊行物3の記載や特開平1−307247号公報の記載に照らすと,平坦化には適さないことが窺われる。


 そうすると,たとえ,引用発明1bも引用発明3も発光部分(引用発明1bの有機EL素子,引用発明3の積層構造体)が被覆層(引用発明1bのオーバーコート層,引用発明3のシロキサン)に覆われているものであり,また,引用発明1bと引用発明3とは,有機発光素子という同一技術分野に属しているとしても,それだけでは,引用発明1bのオーバーコート層に換えて引用発明3のシロキサンを用いることが,当業者にとって容易になし得たと論理付けることはできない。


 被告は,特開平1−307247号公報(乙第1号証)や特開平2−123754号公報(乙第2号証)に見られるように,平坦化膜としてシロキサンを用いることは従来周知の技術事項であると主張するが,特開平1−307247号公報は,上記のとおり,CVD法(プラズマCVD法)によって成膜された酸化膜が極めて薄いため,平坦化目的には適さないとするものであって,そのシロキサンによる平坦化層の形成方法(3頁左上欄3行〜右上欄6行)は,CVD法によりなされるものではない。このことは,特開平2−123754号公報記載のシロキサンによる層形成(3頁右上欄末行〜左下欄14行)においても同様である。


 しかも,これらの刊行物に記載される平坦化膜は,引用発明1bや引用発明3のような有機発光素子装置ではなく,半導体装置に形成されるものであるところ,保護層形成過程において受けるダメージに関して,有機発光素子を,半導体素子と同様に扱ってよいことが知られていると認めるに足りる証拠もない。そうすると,上記各刊行物に,半導体装置において,CVD法以外の方法により,シロキサンを用いた平坦化膜の形成が記載されているからといって,これに従って,上記のとおり「CVD法[プラズマ重合法(プラズマCVD) ]により成膜可能な電気絶縁性高分子化合物・・・ポリシロキサン等「長寿命の有機EL素子を得る。」うえからは,保護層の形成過程での発光層や対向電極の特性劣化をできるだけ抑止することが望ましく,そのためにはPVD法やCVD法により真空環境下で保護層を設けることが特に好ましい」との記載のある刊行物3に開示されたシロキサンの保護膜を,真空環境下におけるCVD法以外の方法により形成して,引用発明1bのオーバーコート層に代わる平坦化膜に使用することが,当業者に容易になし得るものとは認めることができない。


 なお,被告は,引用発明1bのオーバーコート層を引用発明3のシロキサンに置き換えて用いることは,より良い材料を試みようとする当業者にとって当然のことであるとも主張するが,上記のとおり,引用発明3のシロキサンが,平坦化に適した特質を有するものとは認められないのであるから,これを引用発明1bのオーバーコート層に代わる「より良い材料」ということはできないのであって,被告の上記主張を採用することもできない。』

と判断しました。