●『平成17(行ケ)10575 特許取消決定取消請求事件「走査光学系」 

  今日は、『平成17(行ケ)10575 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年09月26日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060927094417.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許意義の申立により特許庁が進歩性なしとして特許を取消した決定を、知財高裁が取消した事案であり、請求項1の「前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」という構成の意義が問題になりました。

 つまり、知財高裁は、
『(1) 本件発明1について
 原告は,刊行物1記載の第1,第2結像光学系においては,被走査面(走査対象面)上に結像される光束の波面を,レンズ面の非円筒形状の効果によって円筒面形状のレンズの場合と比べて遅らせているにとどまり,上記波面が参照球面に対して依然として副走査方向の周辺部で進んだ状態にあるから,決定が,引用発明について,「刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」(決定書13頁12行〜15行)と認定したのは誤りであり,上記誤った認定を前提として,本件発明1が引用発明と同一であるとした判断は誤りである旨主張する。

 ア (ア) 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,「光源から発する光束を第1の結像光学系により偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像させ,前記偏向器により偏向された光束を第2の結像光学系により走査対象面上に結像させる走査光学系において,前記光源と前記第1の結像光学系との間の光路中に,回折により前記走査対象面側でのビームウエスト位置が変化する程度に小さく絞るアパーチャーが設けられ,前記第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されていることを特徴とする走査光学系。」というものである。

 上記記載によれば,請求項1の「光源から発する光束」は,「アパーチャー」,「第1の結像光学系」を経て,「偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像」され,更に「偏向器により偏向」された後,「第2の結像光学系」を経て,「走査対象面上に結像」されるものであり,
その光束の波面は,「光源」,「アパーチャー」,「第1の結像光学系」,「偏向器」,「第2の結像光学系」,「走査対象面」間の光路を,「光源」から「走査対象面」に向かって順次進行することを理解することができる。

 また,請求項1の「前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面」は,この「第2の結像光学系」と「走査対象面」の光路の間に位置することになることは,当業者にとって自明であるものと認められる。

 (イ) 加えて,「遅らせる」とは,「遅れるようにする」ことをいい,「遅れる」とは,「自然の結果として,後からついて行くようになる意。転じて,後に残される意。また,ある基準に及ばない意。」であり,「きまった時間や標準よりおそくなる。」との意味を含む(株式会社岩波書店広辞苑(第五版)」364頁参照)ものである。

 (ウ) そうすると,請求項1の「前記走査対象面上に結像される光束の波面」を「参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」とは,第2の結像光学系を経て走査対象面に向かって進行する光束の波面を(副走査方向の周辺部で)それぞれの位置において想定される対比すべき「参照球面」に到達しないようにすること,すなわち,当該「参照球面」よりも手前側に位置させるようにすることを意味するものと認められる。

 (エ)(1) これに対し被告は,請求項1の「参照球面に対して」という記載は,「参照球面より」の上位概念であって,「に対して」は波面が動く方向を示すものであり,参照球面より波面が遅れない場合を含み,「参照球面に向かって」の意味を含む旨主張する。

 しかし,被告がいうように「参照球面に対して」が,参照球面より波面が遅れない場合を含むとすれば,参照球面より波面が進んだ場合を含むことになるが,このような解釈は,請求項1の「参照球面に対して・・・遅らせる」の「遅らせる」が何を基準として「遅らせる」のか不明確にするものであって相当ではなく,また,前記(ア)の認定事実によれば,請求項1の「光源から発する光束」の波面が,「アパーチャー」,「第1の結像光学系」,「偏向器」,「第2の結像光学系」,「走査対象面」の順に進行することは明らかであり,波面が動く方向を規定するために,「参照球面に対して」という記載を用いる意義はない。

 また,被告は,請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であるとの上記主張の根拠として,・・・参照球面の方向に波面が遅れても,参照球面より波面が遅れるとは限らないことを挙げる。

 しかし,上記(1)の事実から請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であると即断することはできないし,訂正明細書(甲15)中に,被告が主張するような上位概念として「参照球面に対して」を使用していることを認めるに足り
る記載はない。

 かえって,訂正明細書には,・・・との記載があり,図2(甲17)には,近軸像点を中心とする参照球面(破線)を基準として遅れた波面が実線で図示されていることによれば,訂正明細書において,「参照球面に対して遅らせる」とは,参照球面より遅らせる意味で用いられていることは明らかである。

 次に,「円筒面の場合に比べて遅らせるもの」と「参照球面に対して遅らせるもの」とは同じであるとの上記(2)の主張は,何が「同じ」であるというのか,その主張自体趣旨が明確でないのみならず,訂正明細書の段落【0010】ないし【0013】の記載中にも,請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であると解する根拠を見いだすことはできない。さらに,上記??の主張のとおり,ベース形状に対してレンズ厚を付加した場合,参照球面の方向に波面が遅れても,参照球面より波面が遅れるとは限らないとしても,このことが請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であるとの根拠になるものでもない。

(2) したがって,請求項1の「参照球面に対して」という記載は,「参照球面より」の上位概念であって,「に対して」は波面が動く方向を示すものであり,参照球面より波面が遅れない場合を含むとの被告の主張は採用することができない。

イ(ア) そこで,請求項1の「前記走査対象面上に結像される光束の波面」を「参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」との意義が前記ア(ウ)のとおりであることを前提として,本件発明1と引用発明との同一性について検討する。

・・・

 したがって,引用発明は,走査対象面上に結像する光束の波面を参照球面より進めたもののみならず,参照球面より遅らせたものも含むとの被告の上記主張は採用することができない。

 (エ) 以上によれば,決定が,引用発明について,「刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」(決定書13頁12行〜15行)と認定したのは誤りであり,引用発明は,本件発明1の「第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠くものであるから,本件発明1は引用発明と同一であるとはいえず,原告主張の取消事由1アは理由がある。』

と判断しました。

 判決書を読む限り、審決での判断には無理があり、知財高裁の判断は妥当な判断であると思います。