●平成17(ネ)10047特許権侵害差止控訴事件「椅子式マッサージ機事件

  今日は、本日公表された『平成17(ネ)10047 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「椅子式マッサージ機事件」平成18年09月25日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060926142643.pdf)について取り上げます。


 本事件は、『<マッサージ機特許侵害訴訟>賠償額1100万円に大幅減額』(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060925-00000151-mai-soci)に掲載されているように、約15億円の賠償を命じた東京地裁判決を、知財高裁が約1100万円に減額した事件です。


 つまり、知財高裁は、損害額の認定において、特許法102条1項の損害額による請求は認めるものの、特許法102条1項ただし書きの「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者…が販売することができないとする事情があるときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」を認め、損害額が大幅に減額されたようです。


 また、知財高裁は、特許法102条1項に基づいて認められる損害額を超える特許法102条3項の実施料相当額の損害も認めませんでした。


 つまり、知財高裁は、

『4 損害額について

 上記のとおり,控訴人各製品は,いずれも,本件特許権5を侵害するものと認められるので,以下,損害額について検討する。

 4-1 特許法102条1項に基づく請求(主位的請求)について
 (1) 控訴人製品の販売台数について

 ・・・乙74によれば,本件特許5が登録された平成12年10月20日から平成14年3月までの控訴人各製品の売上げは,・・・合計6万8979台であると認められる。


 (2) 被控訴人製品の単位数量当りの利益の額について

 被控訴人は,被控訴人製品の単位数量当りの利益の額は,原判決の認定した1万6650円とすべきと主張する。当裁判所も,被控訴人製品の単位数量当りの利益の額は1万6650円であると認定するところ,その理由は,原判決の「第3 争点に対する判断 「7 争点5(損害額及び補償金額)」「(1) 損害額(法102条1項)」について 「ウ 原告製品についての単位数量当たりの利益の額」記載のとおりであるから,これを引用する。


 (3) 被控訴人の実施能力について

 甲36によれば,被控訴人は,平成9年度に被控訴人製品を10万台以上販売しており,平成12,13年度に控訴人製品の販売数量に相当する需要があれば,これに応じる能力は十分あったものと認められる。


 (4) 侵害行為がなければ権利者が販売することができた物について

 控訴人は,乙76などに依拠して,被控訴人製品は本件発明5の実施品ではないから特許法102条1項の適用はないなどと主張する。しかしながら,乙76によれば,被控訴人製品3機種について 「太もも」空気袋と「脚」空気袋,「お尻」空気袋と「脚」,空気袋が,それぞれ同時に膨脹するとの結果を得ているというのであり,その場合には,使用者の脚部を挟持した状態で座部用袋体は膨脹するものと考えられるのであるから,被控訴人製品は本件発明5の実施品ということができる。したがって,被控訴人製品が,特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当することは明らかである。


(5) 特許法102条1項ただし書に該当する事情について

 ア 特許法102条1項ただし書は 「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者…が販売することができないとする事情があるときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする 」と規定する。

 特許法102条1項本文は,民法709条に基づき逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,侵害者の譲渡した製品の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定することとした規定であると解すべきである。


 そして,同項ただし書は,侵害者が同項本文による推定を覆す事情を証明した場合には,その限度で損害額を減額することができることを規定したものであり,このような「販売することができないとする事情」としては,特許権者等が販売することができた物に固有な事情に限られず,市場における当該製品の競合品・代替品の存在,侵害者自身の営業努力,ブランド及び販売力,需要者の購買の動機付けとなるような侵害品の他の特徴(デザイン,機能等 ,侵害品の価格などの事)情をも考慮することができるというべきである。


イ 後掲証拠によれば,損害額算定の基礎となる事情に関し,以下の事実を認めることができる(当事者間に争いのない事実も含む 。)。

 (ア) 椅子式マッサージ市場の状況
・・・
 (イ) 被控訴人製品の販売及び売上高の推移

・・・被控訴人製品の販売台数は,平成9年には10万台を超えたが,その後は,平成10年には約9万台,平成11年には約7万台,本件特許5が登録された平成12年には約3万台と減少し,平成13年には約1万台にまで落ち込んだ(甲36)。

 (ウ) 被控訴人製品の内容及びそのパンフレットの記載
・・・
 (エ) 控訴人製品の販売及び売上高の推移
・・・
 (オ) 控訴人製品の内容及びそのパンフレットの記載
・・・
 (カ) 控訴人製品についての紹介記事等
・・・
 (キ) 競合製品の状況
・・・

 ウ 上記認定事実に基づいて,控訴人各製品の譲渡数量の全部又は一部を特許権者である被控訴人が販売することができないとする事情が認められるかどうかについて,検討する。


 (ア) 前記判示のとおり,本件特許1〜5のうち,1〜4については無効審決が確定し,本件では本件特許5の侵害だけが問題とされている。本件特許1は,空気袋を膨脹,収縮させてマッサージを行うことを作用効果とするものであり,本件特許3は脚載置部を回動させて脚部への押圧力を可変にするものであるところ,本件特許5は,これらの特許発明の部分的な改良発明というべきものであり,座部用袋体及び脚用袋体への空気の供給のタイミングを工夫することにより,脚部を固定した状態で座部を押し上げ,腿部及び尻部の筋肉をストレッチないしマッサージしようとするものである。


 被控訴人は,本件発明5が本件発明1,3を部分的に改良した発明であることは認めつつも,本件特許1,3が無効になった以上,現時点での本件発明5の位置付けは変わっており,その特徴は,脚用袋体と座部用袋体の膨張のタイミングの工夫のほかに,(i)脚部の両側に設けられた脚用袋体によるふくらはぎに対する有効なマッサージ作用,(ii)座部,椅子本体,脚載置部,圧搾空気供給手段,分配手段,入力手段,制御手段等の全体的構成を備えた点にあると主張する。


 しかしながら,上記(i)は,本件発明1に係る特徴であり,本件発明5の明細書にはそのようなマッサージ効果についての記載がない上,本件特許1については無効審決が確定し,何人もその構成を使用することができるのであるから,上記(i)の点が本件発明5の特徴であるということはできない。


 また,上記(ii)についても,確かに本件発明5は,座部,背もたれ部,脚載置部などを備えた椅子式マッサージ機自体についての発明ではあるが,このようなマッサージ椅子の基本的な構成は周知であり,この点に本件発明5の本質的な特徴があるとはいえない。


 このように,本件発明5の本質的な特徴は,座部用袋体及び脚用袋体に空気を同期して供給することにより,膨脹した脚用袋体によって脚部をその両側から挟持された状態で,座部用袋体が膨脹して身体を上方に押し上げるようにする点にあり,特許法102条1項ただし書に該当する事情の有無についての判断は,このような本件発明5の本質に即してなされるべきである。


 (イ) 本件発明5は 座部と脚部の空気袋を組み合わせて膨脹させることにより初めてその作用効果を奏するものであるところ,前記判示のとおり(1(1)イ) ,控訴人各製品において,本件発明5に係る上記作用効果を奏するのは,下半身に関する一定の動作モードを選択した場合のみである。・・・


 また,消費者が椅子式マッサージ機を購入する動機は様々であり,当該消費者がマッサージを求める身体の部位にも個人差があると考えられるが,消費者は,椅子式マッサージ機を購入する際に,その健康効果に着目するとともに,人間の手で押したり,揉んだり,叩いたりする場合に近い感覚(揉み心地のよさ)を求めるのが一般である。本件発明5に係る作用は,脚部から尻部にかけての筋肉が引き伸ばされることによるストレッチ又はマッサージ効果であるが,この効果は,指圧を主とする椅子式マッサージ機の作用としては,付随的な効果といわざるを得ず,座部袋体が膨脹することにより筋肉が引き伸ばされる程度も,例えば,床上でストレッチ体操をする場合などと比較すれば小さいことも明らかである。


 このように,本件発明5に係る作用効果は,椅子式マッサージの作用としては付随的であり,その効果も限られたものであることや,同作用効果が発現するのは,多様な動作モードの一部を選択した場合に限られることに照らすと,消費者が控訴人各製品を購入するに当たり,本件発明5に係る作用効果がその動機付けとなることはあってもごくわずかであるといわざるを得ない。


(ウ) 本件発明5の係るストレッチ又はマッサージ効果は,控訴人製品及び被控訴人製品のパンフレットにも記載されていない。


 控訴人各製品のパンフレットのうち,控訴人製品1及び3のパンフレットにおいて強調されているのは,上半身をもみ玉とローラーでマッサージし,下半身をエアバッグでマッサージすることであり,控訴人製品2及び4のパンフレットにおいて強調されているのは,光センサーにより指圧ポイントを自動検索する機能を備えたことである。わずかに,控訴人製品1のパンフレットには「ふとももとおしりは,掌で押すようなエアバッグによる圧刺激でストレッチ感覚を体感できます 」との記載が存在するが,その他の控訴人製品のパンフレットには,本件発明5に係るストレッチ又はマッサージ作用についての記載はない。


 また,被控訴人各製品のパンフレットにも,ふくらはぎを両側から包み込むようにマッサージすることや,尻部を押し上げるようにマッサージすることは紹介されているものの,脚部と尻部のエアーバッグの膨脹を同期させてストレッチ効果を奏することへの言及はなされていない。


 このように,本件発明5に係るストレッチあるいはマッサージ効果は,控訴人製品及び被控訴人製品のいずれのパンフレットにおいても,消費者にアピールすべき特徴としては掲げられておらず,この点からも,消費者が控訴人製品又は被控訴人製品を購入する際に,本件発明5が重要な動機付けになったとは考えられない。


 (エ) 椅子式マッサージ機市場の状況については,前記認定のとおり,平成13年度の台数ベースの市場占有率は,概ね,松下電工が26%,控訴人が17%,フジ医療器( 被控訴人製品を含む。) が13%であると認められるところ 椅子式マッサージ機の市場における販売台数の状況と被控訴人製品の販売台数を比較すると,被控訴人製品の実質的な市場占有率は,本件特許5が設定登録された平成12年には台数ベースで67%程度であり,平成13年にはさらにその割合が低下しているものと推認される。


 松下電工及びフジ医療器の上記製品は,いずれも実勢価格が20万円以上(乙62)で多機能・高価格を特徴とする椅子式マッサージ機であり,上半身のもみ玉によるマッサージと下半身のエアーバッグによるマッサージを併用し,脚部も含め機能の多彩な組合せを備えたものであるから,被控訴人製品と競合する製品ということができる 松下電工の「モミモミ・リアルプロ」 やフジ医療器の「サイバーリラックス」が売れ筋商品として消費者の人気が高かったことは,前記認定のとおりであり,その構成や機能に照らすと,代替性という意味では,エアーバッグによるマッサージを中心とする被控訴人製品よりも高かったというべきである。


 このように,本件特許5の設定登録時点において,被控訴人製品の帰属する市場において,エアーバッグによるマッサージを特徴とする被控訴人製品が有する市場占有率は低落傾向にあり,市場には有力な競合製品が存在したものということができる。


(オ) ・・・このような高価格・高機能の椅子式マッサージ機の市場の動向によれば,本件特許5が設定登録された平成12年10月当時は,もみ玉とエアーバッグを併用することを前提としつつ,使用者の体型差に合わせたマッサージをできるような機能が重視されるようになった時期であるということができる。

 そうすると,消費者が控訴人製品1,3を購入する上で重視したのは,マッサージ部位に応じてもみ玉とエアーバッグを使い分けるという機能であり,控訴人製品2,4を購入する上で主として重視したのは,使用者の体型に応じたマッサージを可能にするための指圧ポイントの自動検索機能にあったと認められる。


 以上によれば,控訴人各製品は,いずれも本件発明5の構成とは異なる特徴的な構成を有するものであり,消費者が同製品を購入する際の重要な動機付けとなったのは 同製品が備えるこれらの特徴的な機能 構成であったものというべきである。


(カ) 被控訴人は,被控訴人製品の販売額が激減したのは,控訴人が本件特許を侵害したからであると主張する。


 しかしながら,前記判示のとおり,控訴人の売上高が伸びたのは,控訴人製品1がもみ玉による上半身マッサージとエアーバッグによる下半身マッサージを取り入れ,さらに控訴人製品2がセンサーによるツボの自動検索機能を備えるなど,消費者のニーズに対応する製品を発売してきたからであると考えられる。


 他方,被控訴人製品の売上高が減少したのは,被控訴人が,エアーバッグともみ玉の併用が市場の主流になる中でエアーバッグによる椅子式マッサージ機を中心とした販売を維持しており(甲37の1〜10) ,とりわけ平成12年以降は,消費者の関心を引くような新機能を搭載した機種を販売することができなかったことや,被控訴人が独自の販売網を持たず,被控訴人製品の販売をすべて委ねていたフジ医療器が被控訴人製品と競合する独自の製品 (「エアーソリューション」)(「 サイバー リラックス」) を相次いで販売し その売上げが伸びたことなどが主たる原因であったと考えざるを得ない。


 そうすると,被控訴人製品の販売額減少の主たる原因が本件特許権5の侵害にあるということはできないのであって,むしろ本件被控訴人の市場競争力や製品販売力が限定的であったことを,特許法102条1項ただし書にいう「販売することができない事情」として考慮すべきである。


(キ) 以上のとおり,本件発明5の本質的な特徴は,座部用袋体及び脚用袋体の膨脹のタイミングを工夫することによるストレッチ又はマッサージ効果にあるところ,本件では,(i)本件発明5の機能は,控訴人各製品の一部の動作モードを選択した場合に初めて発現するものであること,(ii)本件発明5に係る作用効果は,椅子式マッサージの作用としては付随的であり,その効果も限られたものであること,(iii)控訴人製品のパンフレットや被控訴人製品のパンフレットにおいても,本件発明5に係る作用は,ほとんど紹介されていないこと,(iv)本件特許5の設定登録当時,被控訴人の市場占有率は数%にすぎず,椅子式マッサージ機の市場には有力な競業者が存在したこと,(V)控訴人製品は もみ玉によるマッサージとエアバッグによるマッサージを併用する機能や,光センサーによりツボを自動検索する機能など,本件発明5とは異なる特徴的な機能を備えており,これらの機能を重視して消費者は控訴人製品を選択したと考えられること,(vi)被控訴人製品はエアーバッグによるマッサージ方式であり,その市場競争力は必ずしも強いものではなく,被控訴人の製品販売力も限定的であったなどの事情が認められる。


 これらの事情を総合考慮すれば,控訴人各製品の譲渡数量のうち,被控訴人が販売することができなかったと認められる数量を控除した数量は,いずれの控訴人製品についても,上記譲渡数量の1%と認めるのが相当である。


(6) 損害額

ア 控訴人製品1,2(平成12年10月20日平成13年3月5日)
  譲渡数量 1万7598台
  販売し得た数量(1%) 176台
  単位数量当りの利益の額 1万6650円
  金額 293万0400円

イ 控訴人製品14(平成13年3月6日平成14年3月31日)
  譲渡数量 5万1381台
販売し得た数量(1%) 514台
単位数量当りの利益の額 1万6650円
金額 855万8100円
ウ 合計 1148万8500円



4-2 特許法102条3項に基づく主張

 (1) 被控訴人は,予備的に,特許法102条3項の実施料相当額(製品当たり5%)を損害として主張するが,前記のとおり,本件発明5は,椅子式マッサージ機の一部の動作モードが選択された場合に初めてその作用が発現し,効果自体も付随的なものにとどまることや,本件発明5の機能を備えていないとしても,脚部や尻部のマッサージ自体は行うことができ,控訴人製品の販売への影響は少ないと考えられること,さらには前記判示の事情を総合すると,実施料相当額が特許法102条1項に基づいて認められる上記損害額を超えると認めることはできない。


 (2) 被控訴人は,仮に,競合品の存在を考慮して特許法102条1項ただし書を適用したとしても,被控訴人によって販売できないとされた分(99%)については,特許法102条3項の実施料相当額として販売額の5%が損害として認められるべきであると主張する。


 しかしながら,特許法102条1項は,特許侵害に当たる実施行為がなかったことを前提に逸失利益を算定するのに対し,特許法102条3項は当該特許発明の実施に対し受けるべき実施料相当額を損害とするものであるから,それぞれが前提を異にする別個の損害算定方法というべきであり,また,特許権者によって販売できないとされた分についてまで,実施料相当額を請求し得ると解すると,特許権者が侵害行為に対する損害賠償として本来請求しうる逸失利益の範囲を超えて,損害の填補を受けることを容認することになるが,このように特許権者の逸失利益を超えた損害の填補を認めるべき合理的な理由は見出し難い。


 したがって,被控訴人の主張は採用できない。


4-3 その他の主張について

 なお,被控訴人は,特許法102条2項に基づく予備的主張を行っているが,同条1項に基づいて認定した損害額を超えると認めるに足る証拠はない。また,差止請求については,控訴人製品3,4についての差止めの必要はなお失われていないと認められる。


第5 結論

 以上のとおりであるから,被控訴人の請求は,控訴人製品3,4の製造,販売等の差止め,同製品の廃棄,損害賠償として1148万8500円及び内金293万0400円に対する平成13年3月6日から支払済みまで年5分の割合による,内金855万8100円に対する平成14年5月9日から年5分の割合による,各遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する』

と判断しました。


 なお、本控訴審では、控訴人製品による本件発明5の特許権の均等侵害の均等の5要件の成立も判断しており、この点でも参考になります。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。