●平成17(行ケ)10046 審決取消「記録担体上のデイジタルデータの記

 今日は、昨日(9/13)、新たに特許庁の進歩性なしの判断を知財高裁が取消した判決『平成17(行ケ)10046 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「記録担体上のデイジタルデータの記録および/又は再生方法」平成18年09月12日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060913085433.pdf)が出されましたので、本判決についてコメントします。


 本件では、知財高裁は特許出願に係る発明の要旨が認定する際、請求項に記載された用語、本事案では「バースト状」や「クラスタ」の用語の意義を、まずは辞書等により一般的に解釈し、それでも解釈できない場合、明細書の記載を参酌して解釈するという手法を用いており、この考え方は、進歩性等について審査する際の特許出願に係る発明の要旨を判断する特許実務上、役立つものと思われます。


 つまり、知財高裁は、取消事由1(引用発明の認定の誤り)について、

『(1) 審決は,引用発明について,「上記記載事項(ii)〜(V),及び第2図を参酌すると,ディスクのトラックへの記録は記録パルスの出力によって(バースト状に)行われるものであることは明らかである。」(審決謄本5頁第5段落)と認定したのに対し,原告は,引用例には,ディスクのトラックへの記録が「バースト状」に行われることは記載されていない旨主張するので,以下検討する。


(2) 審決は,本願発明との対比において,引用発明においてディスクのトラックへの記録が「バースト状」に行われているとして,両発明が「記録時には該トラックにデータをバースト状に記録し,再生時には該トラックからバースト状に記録されたデータを読み出す」点において一致すると認定したのであるから,審決の上記認定の当否を検討するに当たっては,本願発明における「バースト状」に記録することの意義を明らかにする必要がある。

ア 本願発明の要旨は,前記第2の2記載のとおりであり,特許請求の範囲には,データを「バースト状」に記録するとの記載があるほか,「バーストのデータ」及び「クラスタまたはバースト」という記載はあるが,「バースト状」との用語の意義を直接的に明らかにした記載はない。

 そこで,まず,本件優先日当時の技術水準の下で,本願発明の「バースト」がどのような技術的意義を有するものとして当業者に理解されるかについてみると,昭和59年1月19日ラテイス株式会社発行「最新 データ通信用語辞典」(甲14)には,「バーストburst ある現像の発生において,隣接した2個の発生時間間隔が,あらかじめ指定した時間間隔以内である場合をいう。一般概念としては,現像の集中的発生をいう。」との記載があり,昭和63年2月20日電波新聞社発行「情報処理用語辞典」(甲16)には,「バースト 順々に転送されるデータのうちburst特定の規定により一単位と扱われる信号データの塊。」,「バースト伝送[特burst transmission JIS ] 制御された間欠的な時間間隔で行われる定のデータ信号速度によるデータ伝送。 備考 この方法を用いれば,種々のデータ端末装置間の通信が可能である。」との記載がある。

 本願発明において,「バースト」という用語は,データの記録担体への記録について用いられており,上記各文献に記載されたバーストについての用語の意義を考慮すると,本願発明にいう「バースト状」に記録するとは,一定の期間をおいて記録することを意味するとも考えられるが,また,データについて,一単位として扱われるデータの塊として記録することを意味するとも考えられ,特許請求の範囲の記載の他の構成に照らしても,その意味が一義的に明らかであるとはいえない。

イ ところで,出願人は,特許明細書の用語について,その意味を定義して使用することによって,特定の意味で使用することができるところ(特許法施行規則24条様式29〔備考〕8),本件明細書をみると,「基本的に,デジタルデータの通常の連続的記録が,バーストごとの記録によって置換され,ここにおいて各バーストデータはそれ自体連続的に記録される。

 データのバーストごとの記録によって,有利に各バーストは記録担体上に1つのクラスタ(集群)を形成する。1つのバーストデータとは所定のデータ量(集合),例えば1つ又は複数ビットの所定のデータ量(集合)のことである。1つのクラスタ(集群)とは実質的に1つのバーストデータを含むトラック部分である。そのようなクラスタによる記録は以下“クラスタ記録”と称される。」(3頁右上欄第4段落)との記載がある。

 上記記載によれば,本件明細書は,1つの「バーストデータ」が,「例えば1つ又は複数ビット」の「所定のデータ量」のことであると定義している。

 さらに,同明細書の「・・・」(4頁左上欄最終段落右上欄第1段落)との記載においては,ディスクへの記録を行うに当たって中間記憶装置(一時記憶メモリ)内のデータ量が問題となっているところ,中間記憶装置(一時記憶メモリ)のデータ量について,「バースト」は「所定のデータ量」を示す語として使用されているものと理解できる。

 そして,特許請求の範囲の,「記録担体に記録すべきデータの各バーストをトラックの一部分つまり1つのクラスタに,その正味データレートとは無関係にまえもって定められた物理的な書き込みデータレートを用いて該記録担体に記録し」との記載及び「バーストのデータを一時記憶メモリ(6)を使用して記録または再生装置に一時記憶して,記録すべきデータの正味データレートを書き込みデータレートに変換し,または読み出しデータレートを再生すべきデータの正味データレートに変換し,前記記録担体へのそれらのデータの書き込み後または記録担体からのそれらのデータの読み出し後,書き込みまたは読み出しにあたり休止期間を挿入し」との記載に照らせば,本願発明は,記録担体に対し,連続的に記録を行うのではなく,バーストのデータを一時記憶メモリに一時記憶した上で,記録担体のトラック部分に設定されたクラスタごとに記録を行うものであると認められる。

 このことに上記「バースト」の意義を併せ考えれば,本願発明は,「所定のデータ量」である1つのバーストデータを,1つのクラスタごとに記録する発明であると認められる。本願発明の「バースト状」に記録することの意義をこのように「所定のデータ量」ごとに記録することであると解することは,バーストについて,「一単位として扱われる信号データの塊」(甲16)と説明する文献があることに照らしても,当業者に通常使われる語義からかけ離れたものを選択したものではない。その他,本件明細書を検討しても,「バースト」の上記定義に反する記載は見当たらない。

 以上のとおり,本願発明における「バースト」とは,「所定のデータ量」のことであり,「バースト状」に記録することとは,「所定のデータ量」ごとに記録することであると解される。

 ウ 被告は,本願発明における「バースト」は,「記録担体に記録するとクラスタ(集群)が形成されるような,所定のデータの集合」といった程度の意味に解するのが妥当であり,それ以上に限定を加えて解釈すべき理由はなく,また,そのように解しても,本願発明の特許請求の範囲の記載,発明の詳細な説明の他の記載及び図面の記載とも何ら矛盾は生じないし,そもそも,「所定」の語は,「一定」あるいは「固定」を意味しないと主張する。

 しかし,上記のとおり,本件明細書によれば,本願発明に係る「バースト」の語は,「所定のデータ量」を意味するものであって,単なる「データの集合」という意味ではなく,被告の主張は,本件明細書による定義を無視するものである。そして,「所定」とは,文字どおり,「定まっていること。定めてあること。」(広辞苑 第5版),「定められていること」(大辞林第2版)であって,「所定」の語から,不特定あるいは可変の意味を読み取ることはできない。被告の主張は,失当というほかない。

 なお,原告は,「バースト」の用語の意義について,所定のデータ量であることを意味するほか,現象が間欠的に起こること,現象が短時間に起こること,現象の速度が高速であることを意味する旨主張するが,上記説示に照らし,採用できない。


(3) 進んで,引用発明について検討する。

ア 引用例には,次の記載がある。

・・・

イ 上記アによれば,引用発明において,データ信号は,一度,バッファメモリに記憶され,円盤状記録媒体(ディスク)に対する記録は,バッファメモリに記憶されたデータ信号のデータ容量のレベルによって記録動作が異なってくるものであり,(1) 同データ容量のレベルが一定のレベル(V1 )以上の間は,記録ヘッドをディスクの未記録トラック上に進行させてディスクへの記録を行い,(2) 上記データ容量のレベルが一定のレベル(V2 ただしV1 >V 2)以下の間,記録動作は中断し,(3) 上記データ 容量がV1 とV2 の間,記録ヘッドは,順次1トラックずつ,未記録トラック上から隣接する既記録トラック上に退行し,既記録トラックの既記録部分の終了位置に到達すると,データ容量のレベルをラッチし,既記録トラックにおける未記録部分の先端から記録信号を記録する,というものである。

 換言すると,引用発明は,従来の技術において,固定長記録されるディスク(円盤状記録媒体)の「このような記録フォーマットを有するディスク1に,音声あるいはビデオ信号の通常データを記録する場合には,トラック単位の記録が行なわれ,1トラックに満たない場合はゼロデータが記録される。従って,このようなフォーマットを有するディスク1に大量のデータを記録する際,冗長度が大となり,大量のデータを記録するには不向きであった。」(上記ア(ウ))ことに着目し,ゼロデータの記録を排除するために,上記のとおり,バッファメモリのデータ容量のレベルが,一定のレベル(V2 )以上のときには未記録トラックに記録を行い,一定のレベル(V1 ただしV2 >V1 )以下のときには記録動作を中断し,V1 と V2 の間のときには,未記録トラックから隣接する既記録トラックに戻り,既記録トラックの既記録部分の終了位置から記録を行い,かくして,「本発明になる情報記録再生装置」は,「データ圧縮された情報をディスク上に高密度で記録でき,従って,情報の長時間記録,長時間再生ができる効果を有する。」というものである。

ウ そうすると,引用発明において,記録担体に対する記録は,バッファメモリ内のデータ容量に応じて継続したり,中断したり,別のトラックに移ったりするものであって,それぞれのデータのまとまりのデータ量は,まとまりごとに異なったものになるということができ,「所定のデータ量」の記録とならないことが明らかである。


(4) 以上によれば,本願発明の「バースト状」に記録するとは,「所定のデータ量」ごとに記録することであると解されるところ,引用発明においては,上記のとおり,「所定のデータ量」ごとに記録するものではなく,本願発明にいう「バースト状」に記録するという構成を欠くものであり,上記(3)判示の引用発明の本質から,通常,データを「バースト状」に記録することはできないものである。

 したがって,引用発明について,審決の,ディスクのトラックへの記録が「バースト状」にされているとの認定,及び,これを前提とする本願発明との一致点の認定は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告の取消事由1の主張は,理由がある。』

 (以上、本判決文より抜粋。)

と判断しました。


 本判決では、上述したように、請求の範囲に不明りょうな用語がある場合、まず用語辞典などから一般の意味により解釈し、それでも解釈できない場合、明細書の記載を参酌して解釈するという手法が用いられており、この手法は、『特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たり、特許出願に係る発明の要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて行い、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。』とする平成3年のリパーゼ最高裁の手法にも沿うものと思われ、出願権利化の際の発明の要旨を認定する際、とても参考になります。


 なお、本出願は、外国出願を翻訳した出願のようですので、翻訳の質の問題もあり、その点でも、色々と難しい面があると思います。



 なお、知財高裁は、取消事由3(相違点の看過2)において、同様に「クラスタ」の用語の意義を認定していますが、長くなりそうなので、こちらは、明日、取り上げたい思います。