●進歩性(3)『平成17(行ケ)10112 特許取消決定取消請求事件』

 今日は、一昨日、昨日と同様、特許庁の出した進歩性なしの判断を知財高裁が取消した判決である『平成17(行ケ)10112 特許取消決定取消請求事件 H17.6.2 「環状オレフィン系共重合体から成る延伸成形容器」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/C1300D5C8577EB024925710E0005DC31.pdf)についてコメントします。


 本件は,原告(特許権者)は、「環状オレフィン系共重合体から成る延伸成形容器」の特許第3365236号について特許異議の申立てがされ,その本件特許の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」をしたところ,特許庁が「訂正を認める。特許第3365236号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定をしたので、その取消しを求めた訴訟で、その取消し決定が取消された事案です。


 まず、本件訂正後の発明の要旨は,下記のとおりです。
【請求項1】少なくとも容器の外表面が環状オレフィン系共重合体から形成された容器において,容器の少なくとも胴部を形成する環状オレフィン系共重合体が少なくとも一軸方向に分子配向されており,且つ該環状オレフィン系共重合体の分子配向が容器内部では保持され且つ容器外表面では緩和されており,容器の外表面を脂肪族石油留出物(CAS No.8052−41−3)と石油ベースオイル(CAS No.64742−65−0)との混合物で塗布試験したときのヘーズ値が20%以内であることを特徴とする耐衝撃性に優れた延伸成形容器。
【請求項2】容器外表面の熱処理により分子配向が緩和されている請求項1記載の容器。
【請求項3】熱処理時の容器の外表面温度が130℃以上である請求項2記載の容器。
【請求項4】容器外表面の火炎処理により環状オレフィン系共重合体の分子配向が緩和されている請求項1記載の容器。
【請求項5】容器の延伸成形が内部では分子配向が保持され且つ外表面では分子配向が緩和されるような温度分布下で行われている請求項1記載の容器。

 そして、本件では、本件発明と引用発明との相違点bの『容器の外表面を脂肪族石油留出物(CAS No.8052−41−3)と石油ベースオイル(CAS No.64742−65−0)との混合物で塗布試験したときのヘーズ値が20%以内である』における数値範囲を規定したことの技術的意義が、問題になりました。


 知財高裁は、取消事由2(相違点bに関する判断の誤り)について、
『本件決定は,相違点bについて,「一般に,ヘーズ値は,数値が低くなると透明性が大になり,逆に数値が高くなると透明性が低くなる特性を有するから,容器の透明性を確保するためには,ヘーズ値の許容範囲はおのずと定まるものであるといってよい。そして,環状オレフィン系共重合体のヘーズ値は,0.1〜5%であって・・・,本件発明のヘーズ値を,含むものである。また,本件発明のように,容器の外表面を脂肪族石油留出物(CAS No.8052−41−3)と石油ベースオイル(CAS No.64742−65−0)との混合物で塗布試験したときのヘーズ値を20%以内にしようとすれば,環状オレフィン系共重合体の分子配向の容器外表面での緩和の程度を加減すれば足ることであるから,この相違点に格別の困難性があるものとはいえない」(決定8頁下から第3段落〜9頁第1段落)と判断した。これに対し,原告は,本件発明1は,指紋付着による白濁という,環状オレフィン系共重合体から成る延伸成形容器に特有の現象に基づくものであり,相違点bに係る本件発明1の構成は,本件石油混合物という特定の石油混合物を塗布することにより,指紋付着による白濁と同様の白濁が発生することを予見し,本件発明1における分子配向緩和の程度を,上記石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値によって規定することとしたものであるなどとして,本件決定の上記判断は誤りである旨主張する。

(1) そこで,本件発明1における構成要件b,すなわち,「容器の外表面を脂肪族石油留出物(CAS No.8052−41−3)と石油ベースオイル(CAS No.64742−65−0)との混合物で塗布試験したときのヘーズ値が20%以内である」との構成の技術的意義について検討すると,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,以下の各記載がある。

・ 「環状オレフィン系共重合体から成る容器には,インクジェットブロー法等による未延伸のブロー成形容器と,コールドパリソン法等による延伸ブロー成形容器とに大別されるが,未延伸のブロー成形容器では,落下衝撃に対する強度が低く,包装容器の実用性の点では,延伸成形を行った容器が優れている。しかしながら,延伸成形を行った環状オレフィン共重合体容器には,未延伸の環状オレフィン系共重合体製容器には全く認められない一つの欠点があることが分かった。即ち,環状オレフィン系共重合体製の延伸成形容器に手を触れると,指先の指紋が容器表面に移行して,表面に白い濁りを生じるのである。この現象は,未延伸の環状オレフィン系共重合体の容器では全く認められないものであるから,延伸成形容器における表面汚染の問題は,環状オレフィン系共重合体の分子配向と密接に関連しているものと推定される。」(【発明が解決しようとする課題】の項,段落【0004】〜【0005】)

・ 「本発明者は,環状オレフィン系共重合体の延伸成形容器における外表面の指紋付着による汚れの発生は,この延伸成形容器外表面の分子配向を緩和させることにより,完全に防止されることを見いだした。即ち,本発明の目的は,外表面の指紋付着による汚れの発生が完全に防止された環状オレフィン系共重合体製の延伸成形容器を提供するにある。」(同,段落【0006】〜【0007】)

・ 「この延伸成形容器の外表面を,脂肪族石油留出物(CAS No8052−41−3)と石油ベースオイル(CAS No64742−65−0)との混合物・・・で塗布試験したときのヘーズ値が20%以内となるように,配向緩和させたことが顕著な特徴であり,これにより,外表面の指紋付着による汚れの発生を完全に防止することができる。」(【課題を解決するための手段】の項,段落【0011】)

・ 「本発明によれば,特定の石油混合物で塗布試験したときのヘーズ値が20%以内となるように,外表面の薄層の環状オレフィン系共重合体を,配向緩和させることにより,外表面の指紋付着による汚れの発生を完全に防止することができる。しかも,分子配向緩和されるのが表面の薄層に限られ,器壁の大部分の環状オレフィン系共重合体では,分子配向が残留しているので,耐衝撃性が実質上低下することなしに維持されているという利点も得られるものである。」(【発明の効果】の項,段落【0078】)

(2) 上記各記載によれば,本件発明1は,環状オレフィン系共重合体から成る延伸成形容器における,指紋付着による白濁の発生を技術的課題とし,当該課題を解決する方法として,延伸成形容器外表面の分子配向を緩和させるとの方法を採用した上,分子配向の緩和の程度について,構成要件bを採用して,本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値が20%以内となるようにしたものであり,これにより,外表面の指紋付着による汚れの発生を完全に防止することができるとともに,耐衝撃性が実質上低下することなしに維持されているという利点も得られるという効果を奏するものであると認めるのが相当である。

 この場合,構成要件bは,環状オレフィン系共重合体の延伸成形容器における指紋付着による白濁の発生という特定の技術的課題を解決し,所期の効果を得るという技術的意義を有するものであり,その意味で,構成要件bに示された,本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値の数値範囲は,上記特定の課題及び効果との関係において最適化されたものであるということができる。

(3) ところで原告は,環状オレフィン系共重合体の延伸成形容器における指紋付着による白濁の発生という本件発明1の解決課題が新規の課題であることを前提とする主張をしているところ,被告は,本訴においては,指紋付着による白濁の点が本件特許出願当時,周知又は公知の課題であったとの主張はしないと述べて(平成17年4月12日の第2回弁論準備手続期日),原告の上記主張を間接的に認めている。

 そうすると,環状オレフィン系共重合体の延伸成形容器における指紋付着による白濁の発生という課題が,本件特許出願当時,新規の課題であったと認められる以上,当該新規の課題及び効果との関係において本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値の数値範囲を最適化したものである構成要件bにつき,他に特段の事情のない本件において,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,これを容易に想到し得たものとは認められないというべきである。

(4) これに対し被告は,(i)相違点aについて,引用発明の「少なくとも容器の外表面が環状オレフィン系共重合体から形成された延伸成形容器」において,延伸成形時の分子配向を原因とする白化現象を知見した当業者ならば,本件特許出願時において公知ないし周知であった延伸成形時の分子配向を緩和する技術の適用を試みることは,ごく自然な行為であるというべきであり,刊行物4発明の適用は,そのような通常の行為にすぎないと見るべきである旨主張した上,(ii)相違点bについて,引用発明に刊行物4発明を適用するに際し,所望の結果,すなわち,期待される白化の程度を得るべく環状オレフィン系共重合体の分子配向の容器外表面での緩和の程度を加減することは,当業者が通常行うことにすぎない旨主張する。

 しかしながら,仮に,被告の上記(i)の主張のとおり,引用発明に刊行物4発明を適用して,「容器の外表面における分子配向が緩和された環状オレフィン系共重合体から成る延伸成形容器」を得ることが,当業者にとって容易であったといい得るとしても,指紋付着による白濁の発生という課題が新規の課題である以上,当該新規の課題との関係において,本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値の数値範囲を最適化したものである構成要件bを備えるよう,分子配向の緩和の程度を加減する動機付けが存在しないというほかはないから,被告の上記(ii)の主張は採用の限りではない。

(5) また被告は,(i)構成要件bにおけるヘーズ値20%という数値は,原告が許容する白化の程度であって,換言すれば,当業者が,自ら許容し得る白化の程度に応じて適宜定め得る値にすぎないから,20%という数値自体に臨界的意義はない,(ii)本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値によって評価することは,容器外表面の配向又は配向緩和の程度を特定する上での唯一の手段ではなく,また,本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値によって特定された延伸成形容器と,他の試験方法によって特定された延伸成形容器との間に,物としての差異は何ら存在しないなどとして,物の発明である本件発明1においては,本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値を特定すること,及び,そのヘーズ値を20%以下とすることは,格別な技術的意義を有しない旨主張する。

 しかしながら,構成要件bにおいて,本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値の数値範囲を規定したことは,指紋付着による白濁という特定の課題を解決し,所期の効果を得るという技術的意義を有するものであり,かつ,当該課題が新規なものであることは上記(2)及び(3)のとおりである。そうすると,その課題自体を知らない当業者が本件石油混合物を塗布した際のヘーズ値について試験を行うことは考えられないし,もとより,そのヘーズ値の数値範囲について適宜定め得るということができないことも明らかであるから,被告の上記(i)の主張は失当である。

 また,上記(ii)の主張については,本件発明1の課題を解決する上で,本件石油混合物を用いた塗布試験以外の試験方法があり得ることは,被告指摘のとおりであるとしても,構成要件b(又はそれとは別の試験方法による同等の構成)を備えた容器と,これを備えない容器とは,他に特段の事情がない限り,物として別の物であると認めるのが相当であり,上記特段の事情を認めるに足りる証拠もない。そうすると,物の発明である本件発明1において,構成要件bが格別な技術的意義を有しないということはできないから,被告の上記(ii)の主張も採用の限りではない。

(6) 以上によれば,相違点bに関する本件決定の上記判断は誤りであり,この誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告の取消事由2の主張は理由がある。

3 小括
 そうすると,本件発明1については,取消事由1の主張について判断するまでもなく,容易想到性があるとした本件決定は違法であることになる。
 また,本件発明2〜5は,前記のとおり本件発明1の構成を発明内容に含むものであるから,上記2のとおり,本件発明1の容易想到性に関する本件決定の判断が誤りである以上,これを前提とする本件発明2〜5の容易想到性に関する本件決定の判断も誤りであることになり,原告の取消事由3の主張も理由がある。

4 結語
 以上のとおり,原告主張の取消事由2及び3は理由があるから,本件決定は,違法として取消しを免れない。
 よって,原告の請求は理由があるから認容して,主文のとおり判決する。』
と判示しました。

 結局、知財高裁は、本件明細書の【発明が課題を解決しようとする課題】や、【課題を解決するための手段】、【発明の効果】の欄の記載から、本件発明の技術的課題が指紋付着による白濁の発生にあると判断しており、当該技術的課題を解決するため、構成bを採用して、本件石油ベースオイルとの混合物で塗布試験したときのヘーズ値が20%以内になるようにしたものと判断して、その数値範囲を規定したことの技術的意義を認定すると共に、指紋付着による白濁の発生という課題が新規な課題である以上,当該新規の課題との関係において,本願発明が本件石油混合物を用いた塗布試験時のヘーズ値の数値範囲を最適化した構成要件bを備える動機付けが引用発明には存在しないので,進歩性なしという判断は採用できないと判断したようです。


 本判決は、請求項の用語の技術的意義を、本件明細書に開示された発明の課題から判断しており、本件発明の課題および当該課題を解決する構成が引用発明に開示されていなければ、進歩性なしと、いえないことを示した判例であり、とても参考になりました。


 なお、今回、知財高裁は、本件発明の要旨に認定にあたり、平成3年のリパーゼ最高裁判決を持ち出しませんでしたが、請求の範囲の用語の意義が不明確の場合は、明細書の記載を参酌して判断する、とする当該最高裁判決にも沿うものと思いました。