●進歩性(2)『平成17(行ケ)10017 特許取消決定取消請求事件』

 今日も、特許庁が進歩性なしと判断した審決を知財高裁が取消した『平成17(行ケ)10017 特許取消決定取消請求事件 H17.4.27 「難燃性組成物及び電線、ケーブル』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/083BF60B549C54104925710E0008F2C4.pdf)についてコメントします。


 本事件は、「難燃性組成物及び電線,ケーブル」の特許第3339154号について特許異議の申立てがされ,訂正を請求し、この訂正を認めるとした上で,「特許第3339154号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をし、その取消決定が取消された事案です。

 なお、訂正請求に係る特許請求の範囲の請求項1、2は、以下の通りです。
【請求項1】 水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し,脂肪酸脂肪酸金属塩,シランカップリング剤,チタネートカップリング剤より選ばれた少なくとも1種類を主成分とする表面処理剤を,上記天然鉱物に対して0.5〜5重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチック又はゴムに添加し難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えたことを特徴とする難燃性組成物。
  【請求項2】 請求項1記載の難燃性組成物の被覆層を具えていることを特徴とする電線,ケーブル。

 そして、知財高裁では、刊行物1により水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕して得たものが、『耐酸性を向上させる』ことが本件出願当時公知であったものの、『耐酸性を向上させる』ことが『吸湿性を向上させる』ことに置き換えられるか否かという点で、特許庁の判断と分かれました。


 つまり、知財高裁は、取消事由2(相違点についての判断の誤り)について、
『次に,原告は,相違点に係る本件発明1の構成は当業者において容易に想到し得たものであるとした決定の判断は誤りであると主張するので,以下検討する。

 (1) 「耐酸性の向上」について
ア 特開平3−215540号公報(乙2),特開平2−145633号公報(乙3),特開昭63−279506号公報(乙4)及び特開平2−206632号公報(乙5)には,ポリオレフィンに水酸化マグネシウムを配合した難燃性組成物は,大気中で高湿度の環境のもとに置くと,組成物を構成する水酸化マグネシウムが大気中の二酸化炭素炭酸ガス)と反応し白く粉を吹く現象,すなわち,固体の水酸化マグネシウムが高湿度の環境のもとで二酸化炭素を吸収し,ヒドロオキシ炭酸マグネシウム(MgCO3・Mg(OH)2 )を生ずる「白化」の現象が発現することが記載され,また,上記各刊行物には,この「白化」の発現を防止するための方法として,ポリオレフィン系樹脂組成物に配合する水酸化マグネシウムにつきステアリン酸系表面処理剤で表面処理を施すこと(乙2),オレフィン系樹脂に水酸化マグネシウムを配合した難燃性ポリオレフィン系樹脂組成物に,水素添加
スチレン−ブタジエンブロックコポリマーを配合すること(乙3),難燃ケーブルを構成する難燃組成物に配合される水酸化マグネシウムの表面にセラミックコーティングを施すこと(乙4),あるいは難燃性オレフィン重合体樹脂組成物に配合される水酸化マグネシウムの表面にふっそ系エラストマーによってコーティングを行うこと(乙5)の各技術事項が開示されている。

 イ 刊行物1(甲2)には次の記載がある。
 (ア) 「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し,脂肪酸脂肪酸金属塩,シランカップリング剤,チタネートカップリング剤より選ばれた少くとも1種を主成分とする表面処理剤で表面処理を施した後,プラスチック又はゴムに添加し,難燃性を付与すると共に耐酸性を向上せしめたことを特徴とする難燃性組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

 (イ) 「【従来技術及び発明が解決しようとする課題】・・・従来より使用されている水酸化マグネシウムは,海水中のマグネシウムを原料とするものであり,これを難燃性として使用した難燃性組成物は,高湿度空気中に放置すると,材料表面に空気中の炭酸ガスと水酸化マグネシウムが反応した炭酸マグネシウムが析出したり,酸性溶液中に浸漬すると水酸化マグネシウムが溶出して耐酸性に劣るという問題があった。」(段落【0002】,【0003】)

(ウ) 「【課題を解決するための手段】本発明は上述の問題点を解消し耐酸性を向上せしめた難燃性組成物を提供するもので,その特徴は,水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し,脂肪酸脂肪酸金属塩,シランカップリング剤,チタネートカップリング剤より選ばれた少なくとも1種を主成分とする表面処理剤で表面処理を施した後,プラスチック又はゴムに添加し,難燃性を付与すると共に,耐酸性を向上せしめた難然性組成物にある。」(段落【0004】

 (エ) 「【作用】上述の問題を解決するため,種々の水酸化マグネシウムを用い検討を行なったところ,水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を原料とした水酸化マグネシウムが耐酸性にすぐれていることを見出した。このメカニズムに関しては不明であるが,結晶構造等が従来品と異なっているためではないかと思われる。」(段落【0005】)

・・・

ウ 上記認定の刊行物1の記載によれば,刊行物1発明は,海水中のマグネシウムを原料とする従来の水酸化マグネシウムを配合した難燃性組成物が,高湿度空気中に放置すると,材料表面に空気中の炭酸ガスと水酸化マグネシウムが反応した炭酸マグネシウムが析出したり,酸性溶液中に浸漬すると水酸化マグネシウムが溶出して耐酸性に劣るという問題があったことにかんがみ,その問題を解決するため,水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕した物を使用することにより,「耐酸性の向上」を図ったものであり,決定の認定するとおり,「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を原料とし,粉砕」して得た「水酸化マグネシウム」に表面処理を施したものは,難燃性組成物に難燃性を付与するとともに耐酸性を向上させる添加剤として,本件特許出願当時,既に知られた事項であったと認めることができる。

(2) 「耐酸性の向上」と「吸湿性の抑制」との関係
 ア 上記(1)アのとおり,固体の水酸化マグネシウムが高湿度の環境のもとで二酸化炭素を吸収し,ヒドロオキシ炭酸マグネシウム(MgCO3・Mg(OH)2)を生ずる現象は,本件特許出願当時,「白化」の現象として当業者に周知の事項であったと認められ,刊行物1の上記(1)イ(イ)の記載中,「高湿度空気中に放置すると,材料表面に空気中の炭酸ガスと水酸化マグネシウムが反応した炭酸マグネシウムが析出したり」との部分は,この「白化」の現象を指しているものと認められる。そして,上記の「白化」の発現の仕組みからして,白化の発現には水分の存在が不可欠であると解される。

 イ 被告は,「白化」を防止するためには,水分の増加を防ぐこと,すなわち,水酸化マグネシウムと水分との接触を減少させることが最も有効であり,かつ現実的な手段であるとした上,「耐酸性の向上」の一つである「耐炭酸ガス性の向上」とは,「水酸化マグネシウム炭酸ガスとが,水分を必須として反応生成する炭酸マグネシウム(白色物)の析出を抑制」することであり,通常,「炭酸マグネシウムの析出の抑制」のために,析出に必須である「水分」の吸着の抑制手段が採られているのであり,これは,とりもなおさず,「耐湿性の向上」手段ともいえるものであり,「耐酸性の向上」は「吸湿性の抑制」と同義であると主張する。

 そこで検討するに,上記のとおり,従来の水酸化マグネシウムの「白化」は,その反応の場を形成するために,水分の存在を不可欠とする現象であるから,その発生の抑制手段の一つとして,水酸化マグネシウムと水分との接触を断つ手段があり,具体的には,水酸化マグネシウムに対するコーティングであって,保護コーティングや撥水性コーティング(乙4,5)がそれに当たると解される。そして,このようにして水酸化マグネシウムと水との接触が断たれることにより,「耐湿性」が向上することも理解される。

 しかしながら,刊行物1記載の「耐酸性の向上」,すなわち従来の水酸化マグネシウムと「水分のとの接触を断つこと」が「吸湿性の抑制」と言い換え得るといえるためには,「白化」が,水酸化マグネシウムに吸湿性があり,その発生に不可欠な水分を上記水酸化マグネシウムが吸収することに起因する現象といえることが前提となるところ,刊行物1発明が,「白化」がその現象の発生に必要不可欠の水分を水酸化マグネシウムが吸収する現象であるとの前提の下に,その吸湿性を抑制することにより「白化」の発現を防止するという発想に基づくものでないことは,上記(1)イの刊行物1の記載から明らかであり,本件に現れたその他の証拠中にも,「白化」がそのような現象であることを示唆する記載はない。

 むしろ,「白化」の析出物がヒドロオキシ炭酸マグネシウム(MgCO3・Mg(OH)2 )であることからすれば,「白化」の発現に際しては,水分が存在する環境のもとで従来の水酸化マグネシウムが空気中の二酸化炭素を吸収する過程が存在するだけで,上記水酸化マグネシウムが水分を吸収する過程が含まれているわけではないから,「白化」の発現を防止するために,上記水酸化マグネシウムを水分が存在する環境にさらされないようにすることは必須であるものの,上記水酸化マグネシウムが吸湿性を有するとしても,その吸湿性を抑制する必要があるとまでいい得る根拠はなく,したがって,上記水酸化マグネシウムに対するコーティングによる「耐酸性の向上」も,水酸化マグネシウムの吸湿性が抑制されることによるものであるとまで断定することはできない。

ウ これを要するに,刊行物1発明は,証拠(乙2ないし5)に開示された,水酸化マグネシウムと水分との接触を断つ手段を採用することによって「耐酸性の向上」を図るという従来の技術的思想に沿ったものではなく,たとえ「水分との接触」がある環境下に置かれても,「白化」し難い特性を備えた水酸化マグネシウムとして,水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物の粉砕物を用いることを発見し,これを課題解決手段として採用することによって「耐酸性の向上」を図った発明であると解されるのであって,刊行物1には,上記天然鉱物の粉砕物が「吸湿性の抑制」の性質を有することについて示唆する記載は何ら存在しない。

 かえって,原告従業員A作成の「水酸化マグネシウム(天然品,合成品)の表面処理法の差による吸湿性比較検討」と題する実験レポート(甲16)によれば,「耐酸性の向上」の一態様として「耐炭酸ガス性の向上」が図られた刊行物1発明であっても,必ずしも「吸湿性の抑制」効果が得られるものではないことが実験的にも示されている。

 すなわち,上記実験レポートの表1ないし3及び図1及び2によれば,水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したものと,海水から合成した従来の水酸化マグネシウムとを,それぞれ原料として採用し,ステアリン酸脂肪酸)2.7%の処理量で,乾式法又は湿式法により表面処理したもの50に対して,EVA樹脂100,酸化防止剤1,カーボン2,ステアリン酸亜鉛2.5の配合割合となるように調整した難燃性樹脂組成物について,その耐炭酸ガス性と吸湿性を評価したところ,上記天然品における耐炭酸ガス性試験の結果からは,重量変化が,乾式法によった場合で1.1%,湿式法によった場合で1.2%と表面処理法の相違による差は小さく,いずれも,上記合成品における重量変化である,乾式法によった場合の1.6,湿式法によった場合の1.5と比べて耐酸性は良好であること(刊行物1に記載された内容と矛盾しない。)が認められるのに対し,吸湿性試験の結果からは,168時間(1週間)経過後の体積抵抗値の変化量が,上記天然品においては,乾式法によった場合で2.502E+15(=(3.35E+15)−(8.48E+14)),湿式法によった場合で3.709E+15(=(3.85E+15)−(1.41E+14)),上記合成品においては,乾式法によった場合で3.513E+15(=(3.87E+15)−(3.57E+14)),湿式法によった場合で2.486E+15(=(2.74E+15)−(2.54E+14))と,上記天然品の乾式法による表面処理が最も吸湿性を抑制し,上記天然品であっても湿式法による表面処理では,上記合成品の湿式処理よりも吸湿性の抑制効果が小さい傾向が看取される。供試材は,上記天然品については刊行物1発明の構成要件を充足するものであるから,結局,刊行物1発明を充足する態様であっても,その表面処理法が乾式法ではなく湿式法の場合,「耐酸性の向上」を図ることはできても,「吸湿性の抑制」を図ることができるとは限らないと認められる。

エ 以上検討したところからすれば,刊行物1記載の「耐酸性の向上」は,「高湿度空気中の水分が誘起する炭酸ガスと水酸化マグネシウムの反応」を抑えることをも意味するとした決定の判断は相当であるが,刊行物1発明においては,「炭酸マグネシウムの析出の抑制」のために,析出に必須である水分の吸着の抑制手段が採られているとした上,「耐酸性の向上」は「吸湿性の抑制」と同義であるとする被告の主張は直ちに採用することができず,この点に関する決定の判断は誤りというほかない。

(3) 決定は,「耐酸性の向上」を「吸湿性の抑制」と言い換えることができるということを前提として,刊行物6発明における水酸化マグネシウムも,難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えるものであるから,この水酸化マグネシウムを,難燃性を付与するとともに,吸湿性を抑制することが公知であった刊行物1に記載の「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕」して得た「主成分が水酸化マグネシウムである粉砕物」とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるといえるとしたが,前示のとおり,「耐酸性の向上」を「吸湿性の抑制」と言い換えることができるとの前提は成り立たないから,決定の上記判断はその前提を欠き,誤りというべきである。

 そして,水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物の粉砕物が「吸湿性の抑制」の性質を有することについて発見ないしこれを示唆するものがないのに,「吸湿性の抑制の向上」を図る目的で,刊行物6発明における天然鉱物由来のものでない水酸化マグネシウムを上記天然鉱物の粉砕物に置き換えることは,当業者が容易に想到できることとは直ちにいうことができない。

 被告は,刊行物6には,水酸化マグネシウムについて格別な限定を付す記載はないのであるから,刊行物1発明と刊行物6発明の課題の共通性を論ずるまでもなく,刊行物6の水酸化マグネシウムに刊行物1に記載された天然鉱物を粉砕した水酸化マグネシウムを適用することは当業者が適宜行う事項であると主張するが,刊行物6発明における水酸化マグネシウムは天然鉱物由来の物でないことは,上記1(2)アに説示したとおりであり,被告の主張はその前提を誤るものであって,採用することができない。

 3 以上によれば,決定は相違点についての判断を誤り,ひいては本件特許が特許法29条2項に違反してされたと誤って判断したものというべきであるから,原告主張の取消事由2は理由があり,決定は違法として取消しを免れない。

 よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。』

と判示しました(以上、本判決文より抜粋。)。


 刊行物1記載の「耐酸性の向上」を、本願発明の「吸湿性の抑制」と置き換えることが証明されない以上、容易に発明できるものとは言えないという判断のようであり、このような化学分野は当方の専門でないためか、本特許の特許請求の範囲の書き方や、実験による証明など、本事件より色々参考になることがあります。