●平成17(行ケ)10767 審決取消請求事件 特許権「薄膜トランジスタ

 『平成17(行ケ)10767 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「薄膜トランジスタ」平成18年08月31日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060901104946.pdf)について、コメントします。


 本件は、特許庁の下した拒絶審決が知財高裁により取り消された事案で、その拒絶査定に対する審判では、審判請求時にした補正が却下されて、拒絶理由が通知され、その後、特許請求の範囲について下記の補正(以下「本件第1補正」という。)がされ、更に,最後の拒絶理由の通知を受けたので,特許請求の範囲について下記の補正(以下「本件第2補正」という。)がされ、本件第2補正を却下した上,拒絶審決をしたものです。

 本件第1補正の請求項1と、本件第2補正の請求項1の内容は、以下の通りです。

(1) 本件第1補正の請求項1
【請求項1】
 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であり,前記ニッケルを除去することにより,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らないことを特徴とする薄膜トランジスタ

(2)本件第2補正の請求項1
【請求項1】
 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であり,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らないことを特徴とする薄膜トランジスタ。」
というものです。

 つまり、本件第1補正では、「前記ニッケルを除去することにより,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らないこと」とあるのを、本件第2補正では、「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らないこと」と補正したものです。

 そして、審決では、本件第2補正は,本願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内におけるものではなく,新規事項を追加するものであり,平成6年法律第116号による改正前の特許法17条の2第2項において準用する同法17条2項の規定に適合せず,不適法なものとして却下すべきであり,本件第1補正発明は本願当初明細書に記載されたものではなく,新規事項を追加するものであって,同項に規定する要件を満たしていないから,本願は拒絶すべきであると判断されました。


 これに対し、知財高裁は、
『1 取消事由1(本件第2補正の適法性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件第2補正発明は,ニッケルが過剰な場合に限りこれを上限値まで除去するものであって,本件第2補正発明の「ニッケルの濃度」の下限値である「1×10^19/cm^3 」は「前記ニッケルを除去すること」により得られる値ではないのに,この下限値がニッケルを除去することにより得られた値であることを前提に(審決の認定1,2),本件第2補正が新規事項の追加に該当するとした審決の判断は誤りである旨主張するので,まず,この点について検討する。

ア 本件第2補正後の特許請求の範囲の請求項1は,「基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であり,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らないことを特徴とする薄膜トランジスタ。」,請求項2は,「基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であり,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らなく,前記基板に平行な方向に結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。」というものである。

 これらの記載から,本件第2補正後の請求項1,2には,薄膜トランジスタを構成する結晶性半導体膜がニッケルにより結晶化されたものであり,(1)上記結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度範囲が1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であること,(2)ニッケルの濃度の上限値は,ニッケルを除去することにより1×10^19/cm^3 を超えないようにすることが記載されているものと理解することができる。

 そして,上記請求項1,2の文言上,ニッケルの濃度が1×10^19/cm^3を下回る場合においてニッケルを除去する工程(ニッケル除去工程)を行うことについての記載はないのみならず,ニッケルの濃度範囲が「1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 」であること(上記(1))と,「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らな」いこと(上記(2))とが区別して記載されていることに照らすと,本件第2補正後の請求項1,2は,ニッケルの濃度の下限値である1×10^19/cm^3 がニッケル除去工程とは直接関連しないことを明らかにしているものと理解することができる。

 そうすると,本件第2補正後の特許請求の範囲の請求項1,2記載の薄膜トランジスタは,ニッケル除去工程を必須とするものではなく,ニッケル除去工程を経ていないものを含むものと認められる。

イ そして,本願当初明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,薄膜トランジスタを形成する前に,ニッケル除去工程を行うことが必須であることをうかがわせる記載はなく,かえって,次のとおり,ニッケル除去工程はニッケルが過剰に含まれている場合に必要とされることや,ニッケル除去工程を経ていない薄膜トランジスタの実施例の記載がある。

・・・

(イ) 上記記載によれば,ニッケル除去工程はニッケルが過剰に含まれている場合に必要とされるものであり(上記(1)),実施例2,3,6には,「結晶化の終端に達した珪化ニッケルをフッ酸もしくは塩酸」による処理又は「塩素を含む雰囲気中で,400〜650℃で処理」によるニッケル除去工程(段落【0011】)を経ていない薄膜トランジスタの実施例が記載されていること(上記2ないし4)が認められる。

ウ 以上によれば,本件第2補正発明は,ニッケルの濃度の上限値が1×10 cm を超える場合にはその上限値の範囲内とするためニッケル除去工程を行うものではあるものの,それ以外の場合にニッケル除去工程を行うことを必須とするものではなく,ニッケル除去工程を経ることなしに,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度範囲が1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であるものを含むものと認められるから,本件第2補正発明のニッケルの濃度の下限値である「1×10^19/cm^3 」が「前記ニッケルを除去すること」により得られる値であるとの審決の認定1,2は誤りである。

 そして,前記イのとおり,本願当初明細書には,ニッケルの濃度の上限値が1×10^19/cm^3 を超える場合にはその上限値の範囲内とするためニッケル除去工程が必要であることや,ニッケル除去工程を経ていない薄膜トランジスタの実施例の記載があることによれば,「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らない」ことを補正事項とする本件第2補正は、本願当初明細書に記載した事項の範囲内のものであり,また,本件第2補正は,審決も認定するとおり,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから(審決書3頁7行12行),本件第2補正は適法である。
 したがって,本件第2補正が新規事項の追加に該当し,不適法であるとした審決の判断は誤りである。

(2)ア これに対し被告は,本件第2補正発明の「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らな」いとの構成は,各工程が終了して製造された「薄膜トランジスタ」という「物の発明」においてその結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の上限値を製法で限定するものであり,結晶性半導体膜に薄膜トランジスタを形成する前にその結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」は,結晶化後に結晶性半導体膜中に残留することになるニッケルの濃度範囲の高低に関わらず,必ず行われる工程であって,その結晶性半導体膜の濃度範囲はニッケルを除去した後のものであるから,ニッケルの濃度範囲の下限値もニッケルを除去した後の結晶性半導体膜のニッケルの濃度範囲の下限値を意味することになるのは当然である旨主張する。

 しかしながら,本件第2補正発明の薄膜トランジスタが各工程が終了して製造された物の発明であり,その結晶性半導体膜中に含まれる「ニッケルの濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10^19/cm^3 を上回らな」いとの構成を有するからといって,ニッケルの濃度範囲の高低に関わらず,薄膜トランジスタを形成する前にニッケルの除去工程を行うことが必須のものであると即断することができるものではなく,先に説示したとおり,本件第2補正発明は,ニッケル除去工程を経ることなしに,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度範囲が1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であるものを含むものであるから,ニッケルの濃度範囲の下限値が当然にニッケルを除去した後のものになるものではない。

 また,被告は,ニッケル除去工程を経なければ,本件第2補正発明の結晶性半導体膜が「ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製される」という所期の効果を奏することができないから,ニッケル除去工程は本件第2補正発明を最も特徴付けている不可欠の技術的事項である旨主張するが,ニッケルが上限値を上回る過剰な場合にニッケルを除去することによっても,所期の品質の薄膜トランジスタを得ることができるから,ニッケル除去工程が本件第2補正発明を最も特徴付けている不可欠の技術的事項であるとはいえない。

 したがって,本件第2補正発明において,ニッケル除去工程が必須のものであることを前提とする被告の上記主張は採用することができない。
イ 次に,被告は,仮に結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」が必須の構成ではないということであれば,本件第2補正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むものとなり,「ニッケルを除去すること」をもって先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階における原告の主張と矛盾する旨主張する。

(ア) 原告が本件審判段階において提出した本件審判請求書の請求の理由の欄を補正する平成14年12月17日付けの手続補正書(甲13)には,本願の請求項1に係る発明は,主として,「(イ)「元素を除去することにより,」(以下,「第1の特徴的事項」という。)」と「(ロ)「結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であり,」(以下,「第2の特徴的事項」という。)」の二つの特徴的事項を備えることを特徴とし,これら二つの事項を一体不可分の構成として備えることにより,各引用文献との差異を明確にするものである旨の記載があり,本件審判段階における審尋に対する平成16年9月10日付けの原告の回答書(甲15)でも同様の主張がされている。

 一方で,原告が上記手続補正書及び回答書を提出した当時の請求項1は,平成14年10月28日付け手続補正書(甲12)に基づく補正後のものであり(「【請求項1】 絶縁表面上に形成された,ニッケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元素を含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記元素を除去することにより,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であることを特徴とする薄膜トランジスタ。」),その後,平成16年11月11日,平成14年10月28日付け手続補正書に基づく補正を却下する決定(本願当初明細書に,「前記元素を除去することにより,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度」の下限値が「1×10^19/cm^3 」である薄膜トランスタが記載されていないことを理由とする。甲16)がされ,更にその後,本件第1補正,本件第2補正が順次行われたことは,前記第2の1のとおりである。

 そして,本件第1補正に係る平成17年1月28日付け手続補正書(甲4)及び同日付け意見書(甲18),本件第2補正に係る同年4月4日付け手続補正書(甲3)及び同日付け意見書(甲20)によれば,本件第1補正及び本件第2補正は,平成14年10月28日付け補正を却下する決定を受けて,特許請求の範囲を補正するものである上,本件第2補正は,ニッケルを除去すること(ニッケル除去工程)が,ニッケル濃度の下限値と関係しない事項であることを明確にすることをその目的の一つとするものであるから,本件第2補正発明が,ニッケル除去工程を必須とせずに,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むものとなることは,原告の本件審判段階の主張と矛盾するものとはいえない。

(イ) また,原告が本件審判段階において提出した平成17年1月28日付け意見書(甲18)も,ニッケル濃度が上限値を超えた場合に除去することより薄膜トランジスタの特性,信頼性の劣化が防止されることを述べたものであり,第2補正発明が,ニッケル除去工程を必須としないことと矛盾するものではない。

(ウ) したがって,本件第2補正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むことが,「ニッケルを除去すること」をもって先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階における原告の主張と矛盾するとの被告の主張は,採用することができない。

ウ なお,本件第2補正発明の請求項1,2の「前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10^19/cm^3〜1×10^19/cm^3 」との部分は,最終的に形成された「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」における「ニッケルの濃度」を表すものであって,「結晶性半導体膜」のすべての領域においてニッケルの濃度範囲が「1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 」であることを意味するものとは認められないから,本願当初明細書に「結晶性半導体膜」のすべてのニッケルの濃度範囲が1×10^16/cm^3〜1×10^19/cm^3 であることを裏付ける記載がないとしても,本件第2補正が新規事項の追加に該当することはない。

(3) したがって,原告主張の取消事由1アは理由がある。

2 結論
 以上によれば,審決は,本件第2補正が新規事項の追加に該当する不適法なものであると誤って却下したものであり,その結果,本願に係る発明の要旨の認定を誤ったことになるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。

 よって,原告の本訴請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。』
と判断しました。


 確かに上記の知財高裁のように判断すると、本件第2補正は、本願当初明細書に記載した事項の範囲内のものになり、本件第2補正発明は、ニッケル除去工程を行うことを必須としないことになりますが、そうすると、特許庁側の主張通り、本件第2補正発明は、ニッケル除去工程を行わない先行技術を含むものとなり、本件が審判に差し戻されて、再度審理されても、本件第2補正は、認められず、拒絶審決されるような気がしますが、・・・。