●『平成17(ワ)3056 損害賠償等請求事件 不正競争 東京地裁』

 今日は、『平成17(ワ)3056 損害賠償等請求事件 不正競争 民事訴訟 平成18年08月08日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060809141558.pdf)についてコメントします。


 本件は、被告らが,原告および原告の取引先(カルフール)に対し,原告の製品が被告らの特許権等を侵害している旨の警告書を送付したところ,当該警告書の送付は虚偽の事実の告知により原告の信用を毀損するものであるとして,原告が,被告らに対し,不正競争防止法2条1項14号及び4条に基づき損害賠償等の支払を求めるとともに,不正競争防止法7条に基づく信用回復措置の請求として謝罪広告の掲載を求めた事案ですが、結局、原告の請求は認められず、棄却された事件です。


 東京地裁は、被告のした警告書の違法性につき、
『(1) 法律論
 競業者が特許権侵害を疑わせる製品を製造,販売している場合において,特許権者が競業者の取引先に対し,競業者が製造,販売する当該製品が自己の特許権を侵害する旨を告知する行為は,後日,特許権の無効が審決等により確定し,又は当該製品が侵害ではないことが判決により判断されたときには,競業者との関係で,その取引先に対する虚偽事実の告知に一応該当することとなるものの,この場合においても,特許権者によるその告知行為が,その取引先自身に対する特許権等の正当な権利行使の一環としてされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解される。

  そして,特許権者が競業者の取引先に対する訴え提起の前提としてなす警告も,特許権者が事実的,法律的根拠を欠くことを知りながら,又は特許権者として,特許権侵害訴訟を提起するために通常必要とされる事実調査及び法律的検討をすれば,事実的,法律的根拠を欠くことを容易に知り得たといえるのに,あえて警告をした場合には,競業者の営業上の信用を害する虚偽事実の告知又は流布として違法となると解すべきである。しかし,そうでない場合には,このような警告行為は特許権者による特許権の正当な権利行使の一環としてされたものというべきであり,正当行為として違法性を阻却されるものと解すべきである。

  もっとも,競業者の取引先に対する上記告知行為が,特許権者の権利行使の一環としての外形を取りながらも,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっている場合,すなわち,その実質が競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであると認められる場合には,もはやこれを正当行為と認めることはできない。現在の商慣習等を考慮しても,製造業者の取引先に対して権利侵害警告を行うこと自体が特許権者の権利行使として許されないと解することはできない。


当該警告が特許権の権利行使の一環としてされたものか,そのような外形を取りながらも,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっているかどうかについては,当該警告文書等の形式,文面のみならず,当該警告に至るまでの競業者との交渉の経緯,警告文書等の配布時期,期間,配布先の数,範囲,警告文書等の配布先である取引先の業種,事業内容,事業規模,競業者との関係,取引態様,当該侵害被疑製品への関与の態様,特許権侵害訴訟への対応能力,警告文書等の配布に対する当該取引先の対応,その後の特許権者及び当該取引先の行動等の,諸般の事情を総合して判断するのが相当である。

(2) 事実認定
 前提事実,証拠(各項に掲げたもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(一部は,当事者間に争いがない。)。

 ア 出願経過
 (ア) 被告甲は,クリップ付きハンガーのクリップとして市場に流通していた
商品に使用される合成樹脂製のバネが脆く,使用中に割れて破片が飛散し,人に当たってけがをさせる危険があることから,合成樹脂製のバネを用いつつ,このような危険を解消するバネを作ることを考えた。そこで,被告甲は,平成6年ころ,市場に流通するクリップ付きハンガーを可能な限り入手し,これら商品のすべてについてバネ部の破損実験を行ったが,いずれもバネが飛散することが確認された。この際,被告甲が入手したクリップ付きハンガーの中には丸田屋商品が含まれており,これは,丸田屋発明の実施例とほぼ同一の形状のものであった。

 (イ) 被告甲は,こうした実験結果をも踏まえ,本件明細書の図面に記載された商品を発明し,平成7年1月,本件特許発明の試作品を乙弁理士の事務所に持参して同弁理士に発明の内容を説明し,特許出願を依頼した。

 (ウ) 乙弁理士は,特許出願の準備に着手し,先行類似技術の調査を行った。
弁理士は,かつて発明協会和歌山県支部にて先行技術調査を担当していた経験を有する者を補助者として用いつつ,「技術用語による特許分類索引」,「公開特許分類索引」,「公開特許出願人索引」といった書籍や検索システム「パトリス」を利用し「ハンガー」,「クリップ」,「バネ」などのキーワードを入力して先行技術を検索し,検索の結果検出された先行技術の図面や明細書を確認した。

 また,乙弁理士は,本件特許発明を出願する際の国際特許分類を「A47G 25/48 」と決定し,同分類における先行技術を検索した。これらの検索の結果,乙弁理士は,本件特許発明と同一又は類似しており,本件特許発明の特許出願の妨げとなるような先行技術は存在しないと判断した。

 (エ) このような先行技術の調査結果及び被告甲の説明を踏まえ,乙弁理士は本件特許発明が新規性,進歩性を有するものであると判断して,特許出願を行った。

 (オ) 乙弁理士は,平成10年12月24日,拒絶理由通知書の送付を受けたことから,特許庁審査官と電話で協議を行い,発明の構成を明確にするため,前提事実(3)イの補正を行った。

 その後,新規性,進歩性に関する拒絶理由は全く指摘されないまま,本件特許権が登録された。
(以上,争いのない事実,乙12の1ないし15,15,17,証人乙,被告甲)

 イ 本件特許権の無効
 (ア) 本件特許権の登録後,第1警告書を送付するまでの間,無効審判請求を提起されるなど,本件特許権の新規性,進歩性が改めて問題とされるような事態が生じたことを認めるに足りる証拠はない。

 (イ) 第2警告書は,別件侵害訴訟の答弁書において原告が本件特許権の無効主張を行った後に発送したものであるが,原告は,同答弁書において,出願前公知の点は明確に主張していたが,進歩性違反の点については 「(2) 無効審判請求,(予定) 被告においては,前項(引用者注・出願前公知)ならびにその他の証拠により,本件特許権が無効であることは明かであることから,近日中に特許庁に対して無効審判申立てを行う予定である。」と主張されていたとおり,主張するのか否か自体が明確ではなかった。
(甲10)

 (ウ) 被告甲及び乙弁理士は,本件各警告書を送付するに当たり,本件特許権の新規性,進歩性を再度確認する作業は行わなかった。

(争いのない事実)
 ウ 第1警告書の送付に至る経緯
 (ア) 被告甲は,カルフール店舗において入手した第1クリップを乙弁理士の下に持参し,同クリップが本件特許発明の技術的範囲に属するものか否かの判定を依頼した。これに対し,乙弁理士は,同クリップが本件特許発明の構成要件を充足し,作用効果も同一であり,本件特許権を侵害するものであると判断した。
 そこで,被告甲は,乙弁理士に対し,カルフールに対して本件特許権に基づく権利行使を行うことを依頼した。

 (イ) また,被告甲は,原告がカルフールに商品を納入している業者と取引をしている旨の情報を入手していたことから,第1クリップが原告の商品である可能性が高いと考え,乙弁理士に対し,原告に対しても本件特許権に基づく権利行使を行うことを依頼した。(以上,甲1,乙1の1,15,17,証人乙,被告甲)

 エ 第2警告書の送付に至る経緯
 (ア) 被告甲は,別件侵害訴訟の提起前に,カルフール店舗において第2クリップを用いた被服用ハンガーが使用されていることを知った。そこで,被告らは,同クリップも本件特許発明の技術的範囲に属するものであり,また,その製造者は原告であろうと考えて,前提事実(5)アのとおり,同クリップをロ号物件として別件侵害訴訟を提起した。

 (イ) しかし,前提事実(5)イのとおり,原告は,別件侵害訴訟において,第2クリップを製造,販売した事実はない旨主張したことから,被告らは,カルフールに対し,第2警告書を送付した。
(以上,前提事実,甲2,10,乙15,17,被告甲)

 オ サンワとの交渉経過
 (ア) 被告甲は,カルフールにおいて第1クリップが使用されていることを発見したころ,同一形状のクリップを用いたハンガーをサンワが製造等している事実を知った。
そこで,被告らは,平成13年11月ころ,乙弁理士に依頼して,サンワらに対し,サンワクリップにつき,本件各警告書と同様の警告書を送付した。
その結果,乙弁理士は,サンワの代理人である丙弁理士と交渉を行うこととなった。

 (イ) 丙弁理士は,本件特許権の無効理由の有無について調査する中で,丸田屋発明を見つけ,乙弁理士との交渉過程においてこれを同弁理士に対して示したが,結局,被告らとサンワとは,平成14年4月ころ,本件特許権には無効理由が存在しないことを前提として,サンワが被告らに対し和解金を支払う内容の和解をした。
(乙16,証人乙,弁論の全趣旨)

 カ その他の事情
(ア) 被告会社は,第1警告書の送付時から第2警告書の送付時ころまで,西友及びその関連業者を主要な取引先としていた。

また,当時の原告の営業形態は,ハンガーを製造し,これをアパレルメーカー各社に販売,納品するとともに,店舗から排出される使用済みハンガーを回収し,これを洗浄,補修,再生産等の工程を経て,再びアパレルメーカー各社に販売,納品するというリサイクルシステムを採用していた。これに対し,被告会社の営業形態は,ハンガーを製造し,これをアパレルメーカー各社に販売,納品するとともに,店舗から排出される使用済みハンガーを回収し,粉砕した上でこれを原料としてハンガーを再生産し,再びアパレルメーカー各社に販売,納品するというリサイクルシステムを採用していた。
(甲19,乙10,11,13,15,被告甲)(イ) 第1警告書の送付後,被告らが,カルフールに対し,新たに被告会社と取引を行うよう働きかけたことを認めるに足りる証拠はない。
 (ウ) カルフールは,世界的な大手スーパーマーケット会社である。
(甲4,弁論の全趣旨)
 (エ) 前提事実(4)エのとおり,カルフールは,第1警告書に対する回答書において,原告が全責任を負い,原告の代理人である弁理士が全面的に対処する旨回答したため,被告らは,それに従い,原告と交渉を行った上で,別件侵害訴訟の提訴に及んだ。

(争いのない事実)
 (3) 違法性阻却の成否について
 ア 前記(2)アないしカの事実に,前提事実(3),(4),(6)及び(7)を併せ考慮すると,本件特許権者であった被告甲及びその専用実施権者であった被告会社が,カルフールに対して本件各警告書を送付するに当たり,本件特許権が無効であることを知っていたと認めることはできない。

 イ(ア) また,一般に,特許の進歩性に関する判断は,微妙な判断を要することが少なくない。本件においても,本件特許権は,別件侵害訴訟及び審決取消訴訟において,進歩性欠如を理由に無効とされたとはいえ,いずれも原告及び被告らの主張を踏まえた慎重な判断の結果であり,丸田屋発明の存在を踏まえても,明らかな無効理由が存在したとまではいえない。

 この事実と上記アに掲げた諸事情を併せ考慮すれば,被告らが,カルフールに対して本件各警告書を送付するに当たり,特許権侵害訴訟を提起するために通常必要とされる事実調査及び法律的検討をすれば,本件特許権が無効であることを容易に知り得たのに,あえて警告をしたものと認めることもできない。

  (イ) この点につき,原告は,被告らには,本件各警告書送付に当たり,本件特許権が無効であることを容易に知り得たにもかかわらず,あえて権利侵害の告知を行った旨主張する。

 確かに,乙弁理士は,出願前の調査において丸田屋発明を検出しておらず,これを検討していなかったこと,本件各警告書の送付に先立ち,再度,本件特許権の有効性に関する調査・検討を全く行わなかったこと,その後,サンワとの交渉過程において丸田屋発明の存在を知ったにもかかわらず,これを十分に検討したことを窺わせる事情がないことを考えると,被告らには,本件特許権が無効であることを知らなかったことにつき,慎重さを欠いた面があることが認められるが,本件特許権が無効であることを通常人であれば容易に知り得たにもかかわらず,あえて権利侵害の告知を行ったものとまで認めることはできない。

 ウ また,前提事実(3)ないし(6)及び上記(2)アないしカの事実を総合的に考慮すれば,本件各警告書の送付は,いずれも本件特許権の権利行使の一環としてされたものというべきであり,形式的に権利行使の外形を取っているが,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっていたものとは認められない。殊に,第2警告書の送付は,別件侵害訴訟において原告が第2クリップの製造,販売を否認したことが契機となって行われたものであることから,形式的に権利行使の外形を借用したものとは到底認められない。

 エ したがって,被告会社による第1警告書の送付行為及び被告らによる第2警告書の送付行為は,いずれも違法性を欠き,不正競争行為に該当するということはできない。

5 結論
 以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。』(以上、本判決文より抜粋。)


と判示しました。



 被告である特許権者が2度警告する際、その無効審決の際引用された先行資料の引例(丸田屋発明)を認識してなく、しかも、被告会社と別会社との本件特許による係争でその一引例(丸田屋発明)の存在を知ったものの、被告会社と別会社の双方の弁理士の間で無効資料とならないと判断したことを考慮すると、警告書の送付が不正競争行為に該当するとはできない、というのは妥当という感もしますが、個人的には、被告会社は1度目の警告書を、原告と原告の取引先であるカルフールに同日に送付しており、原告会社と被告会社とが一応の競争関係にあったことを考慮すると、やはり競争相手の取引先にまで警告書を送る必要があったのか?という点が、どうも若干気になりました。


詳細は、本判決文を参照して下さい。


追伸;<気になったニュース>
●『知財保護に弁理士活用・代理人業務を拡大、特許庁検討』
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20060811AT2C1001E10082006.html